top of page

ルイアニェ/無感情な天使様

ピチチ…と小鳥のさえずりと柔らかな風の音がステンドグラスをすり抜け日差しと共にふわりと舞い落ちる。

暖かな気温を受けながらとある小さな教会の最奥にある祭壇で両手を組み静かに祈りを捧げる青年がいた。青年と少年の間の年齢に見える彼は中性的な顔付きで肌も白く、儚げな雰囲気を持つ。


「此処にいましたか、ルイフ」


背後から女性の声。ルイフと呼ばれた青年は赤と黒のオッドアイを見せ振り返る。ふわふわと青いグラデが掛かった足元にまで伸びた黒髪が振り返った時に細やかに揺れる。

彼は中性的ではあるものの常に気難しそうな顔でむす…としている為一見近寄り難いだろうが、女性は然程気にしていないようだった。


「今朝は食料の調達をしていただきありがとうございました。焼きたてのパンは子ども達も喜びます」

「いつも言ってるだろ、シスター。毎回お礼なんて言わなくて良い。…いつものことだし」


ぶっきらぼうに答える彼にシスターは微笑む。そう、ルイフの優しい面を知っているからこそ彼の事を怖がったりしないのである。それはシスターだけでなく此処にいる市民達からもあちこち子ども達と行動したり調達に出掛ける姿を見ている為、外部から負傷し逃げるようにして訪れた彼を歓迎しているのだ。

近くで起きた大きな戦争が終わってからもう随分と時が経った。ようやく此処の街も復旧が終えみんなで協力し合いながら毎日を生きている。

ルイフもまた、傷の手当てだけでなく住処まで用意してくれたこの場所には直接言わないものの行動で感謝を示しているのだった。


「ルイフ兄ちゃん〜!ずっと祈ってないで遊ぼうよ!」

「缶蹴りしよ、缶蹴り!」

「新しい手品も見せてよ!今度こそ仕掛けを解いてみせるからな」

「お前ら午前中の勉学は終わったのかよ?サボってたらおやつ抜きだからな………って、おい!引っ張るな!」

「ふふ、」


子ども達とも随分と距離が縮み懐かれているルイフは引っ張られ外へと連れて行かれる。わいわいと出ていく様子をシスターは微笑ましげに見守る。







──────────


すっかり日が暮れ広場に移動し散々子ども達と缶蹴りや手品を付き合ったルイフはげっそりとなりながらもそれぞれ手を繫ぎながら歩いて帰っていた際。

教会の前で慌てた様子の見覚えのある成人女性をシスターが宥めている光景を見る。


「どうした」


近くまで来て事情を聞くとルイフへ泣きそうな顔になりながらも女性が説明し始める。


「う、うちの子が朝から帰って来なくて…ルイフは見てないかい?」

「ディレットか…今日は見てないな」


ルイフはよく広場で子ども達との遊びに付き合う為この街の者達の名を全て記憶している。ディレットの母は肩を落とす。


「てっきり教会にいるんだろうと思って来たんだけどね…」

「一緒によくいる場所も探してみたんですけど…」

「もうっ、あの子ったら一体どこに行っちゃったのかしら…」


シスターが申し訳無さそうに首を横に振る。不安の声が上がる中ルイフはもう一度探そうと口を開こうとした時、


「あ!ディレットだ!」


子ども達が通ってきた道の先の小さな影を指差す。そこにはフラフラとおぼつかない足でこちらへ向かう少年の姿が見えた。


「ディレット!ああ良かった…!」


母が咄嗟に駆け寄りディレットを抱きしめる。シスターもホッと胸を撫で下ろしている中、ルイフは少年の違和感に気付く。


(目に光がない…?ディレットは口数が少ない奴じゃ無いはずだが…)


ぽや、としているディレットはまるで周りの声が聞こえていない様子だった。しかし数分後にはケロッと意識を完全に取り戻し元気な姿で母と並びお礼を述べて帰還していった。


「……シスター、子ども達の監視を頼む」

「え?何処かに行かれるのですか?」

「そんなところだ。窓閉めもしとけよ。今日は誰も入れるな」


引き留めようとするシスターの声を遮りルイフは再び広場へと足を運ぶ。


(昔より判断は衰えてはいるが…間違いない。あれは催眠魔術か操作魔術の一種だ。まさか戦争後にそんな能力を見る羽目になるとはな)


ルイフは長期間吸血鬼と呼ばれる人外だった。今となっては研究成果により無事人間に戻ることが出来ている為以前よりもそういった力を感じ取る事は難しくなっているが、相手の力が相当強烈なのか人間の器でも尚ピリピリとまとわり付くような空気を感じている。

それは先程いた広場から放たれていた。一般市民には気付かない人外の気配も僅かだが感じる。


ザ、と砂を踏み広場の中心で瞳を閉じ深呼吸をする。神経を研ぎ澄ませ一つ一つ丁寧に気配を感じ取っていく。

………そして。



「……────おい。そこに居るんだろ、出てこい」



とある木陰に問う。しんとした辺りは風さえも止む。不思議と先程まで賑わっていた広場は全く人気が無い空間へと導かれ、その存在はまるで急に現れたかの如く









ゾッと気配が『こちらを向いた』。







(っ、…子ども………?)


サク…と草を裸足で踏み姿を現したのは小さな容姿の性別が明確に認識出来ない存在だった。

真っ白なまつ毛にくせ毛の強い銀の長髪。そこから覗くのは虚ろな鼈甲飴色の瞳。その瞳からは一切感情を読み取ることは出来なかった。


「……何もんだ、お前」

「………?アニェラ」


すんなりと口を開いた様子にルイフは眉間にシワを寄せる。悪いと思ってないのか?アニェラと名乗る彼はどう考えても只者ではない。何故地位の高そうな奴がこんな小さな街へ訪れたのだろうか。

ルイフは何人分かの距離を保ちつつ慎重に問を続けた。


「何故子どもに魔術を掛けた。取って食うつもりだったのか?」

「?ぼく、人間は食べない」

「は?じゃあ何で子どもを操ったりしたんだ」

「子ども?………泣いてた子どものこと?」

「泣いてた?」

「かくれんぼって言ってた。……泣いてたから"送った"の」


アニェラの言い分にルイフは僅かに動揺する。考えをまとめると彼はあくまで子どもが泣いていた為迷子かと思い家まで送ろうとし、かと言ってディレットの家がわからなかったのでこの街で最も建物が高めな教会へ送り届けた…と言う話になる。


「お前…何が目的で此処に来たんだよ」

「目的…?…………」


しばらく考える素振りを見せたのち、




「……多分………迷子………?」




なんともあやふやな言葉で首を傾げた。

これがルイフとアニェラの唐突な出会いである。
















───────────


「─────アニェラ!お前っ、こんなところまで逃げやがって、」

「……どうしたの、そんなに大きな声出して」

「誰のせいだと、思ってんだ誰の…!」

「苦しそう」

「そりゃ走ったから、で、けほ、!」


アニェラに小さな手で背中を擦られながらもむせるルイフは内心複雑な思いだった。息切れと共にじろ、と睨むが彼は動揺も何もなく首を傾げられる。


因みに今二人がいる場所は教会の屋根上であり、ぼんやりと小鳥と戯れながら日向ぼっこをするアニェラの姿にぎょっとした市民達の騒ぐ声にルイフが気が付き、こうして必死になって登ってきたのだ。元吸血鬼ハーフだったとはいえ今は人間なので屋根に登るのも一苦労である。


「あのな…普通はこんなところで暇をつぶしたりしねえんだよ」

「そうなの?」

「そうだよ。見ろ、連中が焦ってんだろーが」


地上を見下ろせば不思議そうに見上げる子ども達とオロオロとするシスターの姿が。


「どうして?」

「どうしてって……そりゃ心配だからじゃねえの。…とにかく、降りるぞ」


二人してそんな様子を眺めた後ルイフは溜息を付きながらその場から立ち上がり降りようとする。

するとじっと見ていたアニェラが静かに口を開いた。


「どうして僕の事を心配するの?僕は部外者なのに」


その言葉はぽつりとルイフの耳にだけ届く。特に感情が乗っているわけではないが、それでもなんとなく声色が伺うような、理解が出来ないといった意味が含まれていた。


部外者…という言葉が出てきたのは、きっと以前アニェラの事をそう言った住民がいたからだろう。迷子である為しばらく教会で匿う話になった時、どんなに悪気が無かったとしても当然市民の人達は子どもに危害を加えたとして反対し、敵視している。

幸いシスターが受け入れてくれた為こうしてある程度の制限はかけつつもルイフが監視することによって納得させているようなものだ。まだ数日にしか経ってないのもあって人外の存在が人間から信頼を得るには時間を要する。


ルイフはそんな様子を独りぼっちだった頃の自分に似ているような気がして、放っておけずアニェラの迎えが来るまでこうしてそばに置いている。人外が人間に拒絶される悲しみは…少なくとも知っているからだ。

本人がどう感じ取っているのかは知らないが。



「余計な事されるとたまったもんじゃねえからな」



そんなお前を見捨てるのは気分悪いじゃねえか。

その言葉を飲み込み別の言葉でかき消す。こいつが裏切らないとは限らない。監視はまだ始まったばかりなのだから。


けれどはじめて会った時、ルイフは不覚にも天使が舞い降りたのかと思うほどに美しいと感じてしまっていたのだ。

無感情な天使様。ルイフはそう、言い聞かせた。


Relationship

© 2025 by relationship.(2008~) Powered and secured by Wix

bottom of page