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ナガ夢衣シズ出会い編

  • reisetu
  • 2月16日
  • 読了時間: 11分

更新日:6月13日

ふわりふわり。と舞い降りる桜の花びら達をまるで愛し子のように見つめる一人の少女。彼女は今日もこの一人で住まうには広すぎる日本式の一軒家で過ごし、立派な日本庭園を座敷部屋の端に座り眺めている。


少女の背中はとても小さかった。今にも消え入りそうなほどに。

よそ風と共に彼女の長い二本の尻尾が僅かに揺れる。尻尾の柄は三毛だった。







――――――――――✃


「夢衣。むいや。こっちにおいで」


何代目かの主様がわたしを呼ぶ。わたしはにゃん、と一声鳴き布団をかぶる主様の元へすり寄りゴロゴロと喉を鳴らす。主様は老いた顔を幸せそうにほころばせ、年の功で誇らしくなったおててでわたしの頭を撫でてくれた。大きくてあたたかくて大好きな手。


「夢衣。今年も綺麗な桜が咲いたね」


大好きな落ち着いた声。おじいちゃんもおばあちゃんもおとうさんもおかあさんも元気なおこさんまで。みんなみんな何度も何度も聞いてきたわたしの主様達。


夢衣

「あるじさま、あるじさま」


「君は……おやまあ驚いた」


徐々に力を無くしていく主様の様子に耐えきれず三毛猫から姿を変え泣きじゃくる一人の少女を見て主様は特に驚いた様子もなく微笑んで頭を撫で続ける。


「君とお話が出来る日が来るとはねえ。とても綺麗」


夢衣

「あるじさま、」


「夢衣。むいや。沢山お話を聞かせておくれ」


何代目かの主様は今年、一緒に桜を見ることはなかった。

それでも頭を撫でてくれたぬくもりはずっと忘れない。何年、何十年経っても。


そんな優しいあるじさまは猫又の私を見て唯一態度が変わらないお方だった。








――――――――――✃


夢衣

「ん……、あれ……」


桜を眺めている内にいつの間にか眠っていたらしい。夢衣は目を擦りながら身体を起こす。


夢衣

(暗くなる前に買い物に行かなきゃ)


身なりを整え尻尾を服で見えなくして帽子をかぶることで獣耳を隠す。くるくると鏡の前でチェックしたのち


夢衣

(よし…!)


人混みがやや怖い夢衣はこうして気合を入れる機会が多いようだ。買い物用のカゴを持つとそそくさと玄関へと向かっていった。




…………。





夢衣

「な、なんとか終わりました……ううっ、緊張でまだ胸がドキドキしてます…」


やはり人混みの中買い物をするのはまだハードルが高いようだ。通常猫又は人を襲う妖怪として知られているが夢衣には人間に対しての恩情がある為出来るはずもなく。こうして長年の知恵を借りた上で料理を学び人里へひっそりと食料を調達しに行くのである。


夢衣

(すっかり夜になってしまいましたし…今日はちょっとだけ近道をしましょうか)


辺りが暗くなり不安になった夢衣は材料が入ったカゴを持ち直し細道へと踏み入れる。しばらく歩いていると桜の花びらが視界に入り見上げた。


夢衣

「あ……此処にも桜の木…」




ブワッ




夢衣

「っひゃあ!?あ、帽子が…!」


と、桜吹雪。咄嗟に反応出来ず帽子が川沿いへ飛んでいってしまう。突風にびっくりして二本の尻尾もぼわぼわの状態で表に出てきてしまった。呆然と見守った後再び桜の木々達を眺め思わず立ち尽くす。


夢衣

(そっか…そうだよね。今は春だもん。主様の庭だけじゃなくてお外にも沢山咲いてるのは、当然だもの)


僅かに寂しげな表情で微笑み桜の木へ祈るかのように瞳を閉じ思いふける。


夢衣

「…………。あるじさま…今日も夢衣はあるじさまのおかげでなんとか生きながらえています」




ちゃぷん。




夢衣

「え?」

(今何か音が聞こえたような……。川から?そうだ、帽子回収しなきゃですね)


帽子が飛んでいった方角から水の音が聞こえ夢衣の獣耳がピクリと動く。帽子は遠くで水に濡れゆっくりと流れていっている。慌てて川沿いの近くまで向かいしゃがみ込んで帽子を取ろうと手を伸ばしたその瞬間だった。




ガ  シ ッ



夢衣

「ーーーひっ!?」


何者かの大きな手が水面から伸び両腕を掴まれそのまま川の中へドボンと落ちる。元々着物は重く水に濡れると命取り。夢衣は何が起こったのか理解するまでに時間を取った。何者かに両腕を絡み取られている。


夢衣

「っけほ、!」

(嘘、わたし、引っ張られて川に…!?い、息が…!)


万が一のことを考えてしまい顔を真っ青にさせ必死に抵抗するがびくともしない。ごぼごぼと口元から空気が抜け出ていく。



夢衣

「あ………」



目を開けるとそこにはとても大きな蛇のような巨体が二体夢衣を囲み彼女の腕まで尾びれを伸ばしとぐろを巻いていた。

いや、蛇ではない。この巨体は…――――竜だ。


夢衣

(きれい、)


月明かりに照らされキラキラと光る鱗、射抜くような青と水色の瞳、神々しい角や巨大な尾びれ、クルル…と鳴く声は美しく、機嫌が良いのか歌を奏でているかのよう。そして何よりもそっくりな容姿。


夢衣

(双子、なのかな……水って透き通っててこんなに綺麗なん、です…ね…)


かわいい。かわいいね。きれいだね。

優しい誰かの声とじっと見つめられる視線。沈んでいく。双子と共に。意識と共に。



そこで夢衣の意識は途絶えた。






…………………。









夢衣

「ん………」


ふわりふわりと意識が戻る。辺りを見渡せば桜の木々達が迎える。手元には帽子が握られ、足元には散らばったはずの野菜たちがカゴの中に綺麗に収まっていた。


夢衣

「え……あ、あれ……?」


キョロキョロと見渡すが川の水は穏やかで人一人も通っていない。ふと頬に触れるとすっかり体温が冷え切っているのが分かった。


夢衣

(今のは……夢…だったのでしょうか)


戸惑いを隠せないまま夢衣はカゴを再度持ち直し家へと帰っていった。夢の中とはいえ溺れそうになった時の恐怖が、あの綺麗で大きな二体の竜に囲まれた時の感触が未だに消えずにいて落ち着かない。心臓の音も帰宅するまで鳴り止まなかった。








――――――――――✃



不思議な体験をして数日後。夢衣はあれからどうにも近道を通るのは怖くて避けていた。いつものように買い物から帰っていたある日。


「おいアイツじゃね?」


「ホントだ。……ねえ、きみ」


夢衣

「?は、はい…?」

(ううっ、男の人…)


背後から成人男性二人から声を掛けられ肩が跳ねる。そう、夢衣は男の人がちょっぴり苦手なのである。恐る恐る振り向き答えると男の一人がずい、と笑いながら詰め寄り



「きみって猫の妖怪なんでしょ?」



ざあ。と、男の声と共に夢衣の耳へ届くからかいの声に表情が引きつり足が竦んだ。


夢衣

「え、ええと、な……なんの事ですか?」


「隠さなくてもいいって!巷じゃ有名だよ、きみよく買い出しで人里に現れるって。妖怪は人間を食べる化け物だからみんな警戒してる」


夢衣

「そ、そんな、ち…違います!わたしはそんな事しません!………あ、」


口を滑らせしまったという顔をする夢衣。


「やべーやっぱり妖怪じゃん!まあちっとも怖くないしこんなのかぶったところでバレバレだけどな」


「桜の花びらでいっぱいになるしな、コイツの足元」


夢衣

「ひっ……!」


「てか間近で見ると意外に可愛くね?」


帽子を引っ剥がされ獣耳があらわになる。人前で化け猫なのがばれてしまった今、彼女が出来るのは逃げる事一択だ。捕まればこちらが殺される。


夢衣

「………っ!」


「あ、逃げんなよ」


「走り難そうな格好してんのに逃げられるわけねえだろ」


息を切らせながら無我夢中で走る。きっと彼らが言うようにすぐに追いつかれてしまうから。

背後から聞こえる下品な笑い声達に恐怖が増し震える足を必死に動かす。このまま帰っても家には誰もいなければ身を守る為の道具もない。どうしよう。どうしよう。どうしよう。


夢衣

「っ、は、はあ、あ…あるじ、さま、っ…!」


目尻に涙がたまり始め視界がゆがむ。本来妖怪は人間の食べ物を摂取する必要はない。こんなことなら人里に降りず静かに家で暮せば良かったのだ。

男が苦手になったきっかけも似たような騒動があったからだ。その時は以前の夢衣の主が守ってくれた事により難を逃れ、しばらくの期間平和だった。

でも今はもう主はいない。自分の力でどうにかする勇気も持てず、また主のような優しい人に会えるかもしれないと人恋しさに人里まで降りてきたのは紛れもなく自分自身だ。


夢衣

(わたしが甘えた、罰、なの…かな)

「っきゃ!」


ドサリと自分が所持している透明な瓢箪から無限に咲く桜の花びらを踏んだ際に滑りそのまま転ぶ。慌てて見上げればそこはあの近道になる細道で桜の木が並んでいた。



「自分が持ってる桜の花びらで転けてるじゃん。かわいいね〜」


「お、尻尾も見えてんじゃん!本当に化け猫なんだな…」


起き上がる余裕もなく泥と土埃で汚れた重い着物を持ち地べたで後退るも足音が段々近づいてくるのが分かりガタガタと震える。

手を伸ばされぎゅ、と目を瞑ったその時。



「ぎゃ」



夢衣

「………え、?」




一人の男が、水に呑まれた。

竜の形をした水に襲われた男はあっという間にバクリと食われ川の中へと消える。呆然としているともう一人の男が悲鳴を上げる。


「ひ…!?な、なにが起こって……お、おいお前!一体何をした!?」


夢衣

「…!」


混乱した男が夢衣に殴りかかろうと手を振り上げる。夢衣は己の身体を庇い縮こまった。





シズク

「救いようがないってこの事を言うんだろうね」



バ クン !



聞いたことのある声。その声は何時ぞやの川に飲み込まれ気絶する前に囁かれた優しい音色。しかし今はその甘い声の中に僅かな怒りも込められているようにも聞こえた。


次に目を開くとそこにはもがく男の顔を掴み無言で見下す立派な角の生えた青年らしき人物と、瓜二つの青年が夢衣の身を起こしていた。

水滴が雨のようにパラパラと彼らの周りに浮かぶ。男を掴む青年がポイ、と川へと投げ入れる。ボチャンと無慈悲な音が鳴り響きビクリと夢衣は怯えた。

怖がる夢衣の様子に気付いた肩を持つ方の青年があの優しい音色で声を掛けてきた。


シズク

「びっくりさせてごめんね?……ええと、自己紹介からしたら良いのかな…?俺はシズク。こっちはナガレ。俺の兄なんだ」


ナガレ

「………」


シズク

「君の悲鳴が聞こえてね。間に合って良かった」


ゆっくりと夢衣の手を引いて二人でその場から立ち上がる。ナガレさんと呼ばれた青年は夢衣の方へ向き直りじ…と見つめている。


夢衣

「………、あ………」


シズク

「……大丈夫…?…じゃない、か。怖かったよね。もう俺らで“追い払った“から安心して」


ふわりと笑うシズクさんの言葉に夢衣はあまり対応が出来ず上手く言葉が出て来ない様子だった。シズクさんが夢衣の頬に付いた泥を手で拭い心配そうに見つめ、ナガレさんは二人のそばまで近付き見下ろす。


シズク

「可哀想に…綺麗な顔も着物も泥で汚れちゃったね」


ナガレ

「…家になら新しい着物はある」


シズク

「駄目、怖がらせちゃったばかりでしょ。この間持ち帰ろうとしたらメルラに怒られたの覚えてないの?」


夢衣

(も、持ち帰り……!?な、何の話をしているのですか…!?そっ…それに…)


チラリと容姿そっくりな二人の足元を見る。


夢衣

(あの大きな尻尾……間違いない、川で手に絡めてきた竜の尻尾……)


ということは。夢衣の顔が真っ青になっていく。


シズク

「それでこの後なんだけど」


夢衣

「ぎゃひ!」


シズク

「ぎゃひ?」


ナガレ

「………?」


夢衣

「はっ…はい…!?ななななんでしょう、か」


声を裏返しながら後退り答えるとシズクさんはふ、と笑う。


シズク

「ふふ。まずはお名前を聞いても良いかな」


夢衣

「…む、むい、です…」


ナガレ

「…むい」


シズク

「夢衣ちゃんだね。よろしく。…夢衣ちゃんはここから一人で帰れそう?家まで送ろうか?」


夢衣

「い、いえ!ひひひ一人で帰れます!此処から家も近いので…!」

(か…川での出来事が夢じゃないなら、また連れて行かれる…?で、でもさっき助けてくれたし、)


慣れない会話に男性から追いかけられた恐怖もまだ残っているようで困惑している様子の夢衣を黙って見守っていた二人は一度顔を見合わせ改めて声を掛けた。


シズク

「…そっか、それなら良かった。じゃあ俺らはこれでお暇しようか」


夢衣

「へ?」


ナガレ

「………」


意外にもさらりとひいてくれたシズクさんの言葉に夢衣は思わず呆けた声を上げてしまう。食材が入ったカゴと帽子をナガレさんに渡されおずおずと受け取る。


シズク

「またね、夢衣ちゃん。助けてほしい時はいつでもおいで。…”神の御加護があらんことを”」


夢衣

「…は……は、い」


夢衣は言葉の意味を理解するよりもペコリと頭を下げその場から逃げるように立ち去っていった。ふわふわと夢衣の後を追いかける桜の花びら達を見送る二体の竜。


ナガレ

「………いいのか」


シズク

「一応加護も掛けてるし、何かあれば鏡越しで分かるから大丈夫さ。…それに」


シズク

「きっとまた近い内に会える気がしてるんだ。きっとね」







……………。




ぱたぱたぱたと草履の音は慌ただしく、玄関まで転がり込むと一気に力が抜けその場にへたり込む。両手を見るとまだ僅かに震えている。


久しぶりだった。誰かとあんなにもお話をするのは。人恋しさに人里に降りたというのにいざとなればこのざまだ。なんて情けないのだろう。


乱れた呼吸を落ち着かせていく内に冷静さを取り戻していく。そうして真っ先に考えたのは


夢衣

「……お礼、ちゃんと言えなかった、な」


助けてくれたお礼をきちんと出来なかった後悔だった。またあの近道を通ったら会えるだろうか。


この日から夢衣の止まっていた時間の針が少しずつ、少しずつ、動き始めていた。


竜神と呼ばれる、かみさまと共に。

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