アムシャフ小説詰め
- 7月12日
- 読了時間: 6分
1.
「貴方、シャフさんに変なことしてませんよね?」
「世の中の全てが自分の感覚に当てはまると思わない方が良い」
「誰が変態ですか。腕が吹き飛んでも気づいてない誰かさんの方が、余程気持ち悪いと思いますが」
不謹慎と言われるかもしれないが、アムリタにとって腕が吹き飛ぶのは日常であり、レオンにとって彼のそれを弄るのもまた日常だった。
アムリタは死なない。腕が飛ぼうとも気づけば再生が始まり、首が飛んでも棺桶から蘇る。不死身の呪いを受けた彼は"不死者"と呼ばれ、人でありながら生き物として最も持つべき『死』の概念を持たない…そんな奇妙な存在。
それを気にしていないのか、はたまた慣れてしまったのか。受け入れて生きている訳でもないが、抗っている訳でもない。
彼のことを知れば、多くの人間は恐れる。
それであっても、"死なない"いうことは、生きとし生けるものが散る様を見届けねばならない。置いていかれるのは摂理で、見送るのは道理。"不死身"と力いうのは世界が平和になればなるほど価値が薄れるもので…アムリタが、他の世界へ旅立とうとしているのは、きっとその事に気づいているからだろう。
彼の境遇は複雑だが、彼の内面は単純だ。
そのあべこべさが彼を"わかりにくい人間"として周囲の人間に評価付けさせているが、ただ彼は……不死者の力を使い、出来ること全てを成し遂げたい、そう思っているだけなのだと、長年の付き合いを持つレオンは薄々感づいていた。
だからこそ、彼にとって同じ目線で話せる相手が見つかったのは喜ばしいことだと思う。
彼と共に旅をする予定の青年、シャフは、彼と同じく不死身の肉体を持っている。なんなら、元々人間だった彼とは異なり、より強く神聖な力を持っている。"死なない"という理由だけで、同胞の中でも強き者として祀られてきた彼よりも根拠のある理由で強く、彼を守ることの出来る存在。それがシャフという青年だった。
さて、レオンが気にしているのはこの青年についてだ。レオンは別世界の商人と共に今後の人生を歩むことを最近決めたばかりなので、普段はどうでも良いと投げ捨てるようなこんなことにも気になったのかもしれない。
例の青年…シャフは人ならざるものでありながら心優しく、平和主義な性格の持ち主だった。人間なのにド畜生で、すぐに手が出るタイプの誰かさんとは真逆な存在。
──────そんな彼とこの男が、共に同じ目的に向けた旅をするなんて、出来るのだろうか?
「……なんて、私が気にすることでも無いでしょうが。私も余計なことにも気が回るようになりましたよ、本当に。何も考えていない誰かさんとは違いますね」
「お前の脳内の七割は異国の商人かマスカットの話だろう」
「やかましいんですよ」
2.
街の一角で、EM能力者の暴走が起きたと救助隊に通報が入ってきた。G・Gの勢力が静まろうとも、悪人が消えたわけではない。どうやら今回の暴走は体内のエネルギー器官の構造を変える特殊な薬によって起きたものらしく、その薬の取引先を調べれば、G・Gから逃げ出した研究者であることが発覚した。
ちょうどこの時、アルバートやレオンはその他の任務で出払っていた。そうなると、旅前とはいえアムリタに声がかるわけで。
「構わないが」
「ありがとう、忙しいのにすまないね。ウェンに任せたいのは暴走した能力者の捕縛だ。後片付けは任せてくれて構わない」
隊長のフレイムはそう言って、アムリタに事件箇所を指し示す地図を渡した。
──────これが事件の始まりだとは、この時は誰も知る術も無かったのだ。
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「──────えっ?」
シャフは目をぱちくり、と瞬きさせた。
周囲の魚達は、彼の動揺を表すようにそわそわと動き出す。
いくら長生きで過酷な経験ですら乗越えた人ならざる者とはいえ、友人がよく見知ったものと全く別の姿で帰還してきたら、それはもう驚かざるを得ない。
シャフの目の前には、見た事のある髪色と目の色を持つ小さな男の子。
──────そう、アムリタが小さくなっていた。
「な、何があったんだ…!?」
「暴走した能力者のEM能力が、"浴びた者の年齢を若返らせる"というものだった」
いつもよりも高い声が、いつもと同じトーンで響く。
「ゆえに、こうなった」
「え、えっと…怪我とか不調が無いならとりあえずはよかったけど……」
シャフは小柄だが、今のアムリタはそんな彼よりも小さい。いつもの大きな斧や棺桶は流石に置いてきたようで持っていなかったが、服はそのままなのだろう。床に垂れ下がり引き摺られていた。
「そうだ、医務室には報告した?」
「ふむ。奴の能力は毒のようなものだと行っていた。ゆえに、俺の血中に浸透したその毒を取り除けば治るのだと」
アムリタはいつもよりも大きく丸い目で、シャフのことを見上げた。
「少年、頼みがあるのだが。俺の血液を吸ってくれないか?」
「え、ええと……つまり、アムリタの体内の毒を吸い取るってことだよな?確かに俺には毒も聞かないし、血を吸い取ることだって出来るけど…いいのか?」
「お前にとって問題がなければな」
シャフは吸血鬼だ。血を飲むことは造作もない、なんなら吸血鬼として必要不可欠な行為だ。とはいえ──────
「俺は構わないけど、今のアムリタはいつもよりも身体が小さいだろ?吸血で身体に害が起きないか心配なんだ」
「案ずるな、俺は失った血も回復出来る」
「ま、まぁそうなんだけどさ」
シャフは少し考えていたか、後に「わかったよ」と頷いた。
「何かあったらすぐに言ってくれ」
「ああ」
アムリタはダボダボとした服を脱ぎ始める。そうしてシャフの視界に入ってきたのは、普段の彼とは比べ物にならないくらい小さく、細い手足…人間の子供。
「ほ、本当に大丈夫なのか…!?」
「少年」
「い、いや。大丈夫。ちゃんとやるぞ…」
このシャフという吸血鬼は"超"が着くほどのお人好しなのだ。相手の頼みとはいえ、大切な友人を傷つけるのは忍びない。しかし頼みは聞いてやりたい。両方の思いがせめぎ合っていたが、辛勝したのは後者だった。
「……それじゃあ行くぞ?痛かったらすぐに伝えて」
「わかっている」
シャフはアムリタの肩辺りに、剣士をプツリと突き立てた。じわじわと血の味が口内に溢れ出す。慣れた血液の味とは別に、不思議な味もした。きっとこれが彼の言う"毒"なのだろう。
やがてシャフが口を離し、アムリタは手元の布で軽く止血をする。
「………ふぅ。だ、大丈夫か?味がしなくなるまで吸ったんだが、いつもより量が多かったかもしれない」
「ああ、問題ない。……ふむ、すぐに治るわけではないらしい。徐々に戻るのだとアリシアが……」
顔を上げたアムリタは、珍しく目を見開く。
「…………その目はどうした?」
「えっ?目?」
どうやら自分の目に異変が起きているらしい。鏡が無いので代わりにと、シャフは窓際へ駆け寄る。
そして映ったのは──────
「あ、あれ…!?なんか目が、緑色に………」
「ふむ。俺の血をいつもより多く吸ったからか?」
「…そっか、アムリタの瞳の色、なんだな」
血液を吸収することで瞳の色が変わるなど前代未聞だが…シャフが感じたのは不思議と喜びだけだった。愛する友と同じ瞳の色。穏やかな緑が、自分の瞳の中にこの時だけは生きているのだ。
「すまない、少年。まさか君の身体に異変が起きてしまうとは」
「……ふふ、気にしないで。俺はアムリタの色が好きだから」
楽しそうに笑うシャフを見て、アムリタは首を傾げる。
「緑は幸せを呼ぶ色。アムリタの瞳は、みんなに幸せをもたらしてくれるんだ」
そう言って、シャフはもう一度笑った。