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ルイアニェ/信頼

  • reisetu
  • 6 日前
  • 読了時間: 9分

夢を見た。

吸血鬼の噂を口にする者達の視線の先。そこには屍の山の上にぽつんと一人の少年が立っていた。

べったりと返り血を浴び、赤黒くなった両手で大粒の涙を拭い続ける少年。少年の顔もまた、爪でこすった後がついていく。


わんわんと泣くその背中は小さく、無数の手が指をさし示し罵倒や恐怖の言葉が飛び交う。

飛び交う。

飛び交う。





…飛び交う。















─────────────








「ルイフ?ルイフってば!」


眩い教会のステンドグラスから差し込む陽の光がふと顔に当たり、ぼう…としていた意識を地上へと取り戻した彼ルイフは声の主である子ども達へ視線を落とす。


「何だ」

「なんだじゃなくてさ、この間言ってた秘密基地作るの手伝ってよ!」

「あたしは折り紙で遊びたい!…見て!昨日作ったの」


そう言って一人の女の子が小さな橙色の折り鶴を彼に見せる。


「…お前にしては良く出来てるな」

「ほんとっ?えへへ」

「折り紙なんて細かい作業つまんねーだろ!なあ〜ルイフ〜〜早く秘密基地作ろうぜ!」

「ルイフは今から手品の為に折り紙を沢山折るんだから駄目!」

「なんだと〜!」

「おい、俺を囲んで喧嘩すんな…」


5、6人の子ども達に引っ張りだこになりながら囲まれげんなりするルイフの様子にクスクスと微笑ましげに笑う声が少し離れた場所から聞こえる。

顔を上げるとそこには此処小さな教会のシスターが口元に手を当て上品に笑っていた。


「笑ってねえでこいつらどうにかしろよ、シスター」

「ふふ、皆貴方と遊びたいのですよ。聞いてやってくださいな」

「ったく……確か今日は巡回の日だろ。お前達に構うのはその後だ、良いな?」


子ども達にそう言うと互いに顔を合わせながら首を傾げた後に再度口を開く。


「じゅんかい、って?」

「今日はハーブを皆に渡して回るつもりだ。昨日山程収穫したからな」

「ハーブってそんなに大切なの?」


疑問を投げかける少女にシスターは子どもに目線を合わせるために屈み込み、にこりと微笑みながら頷く。


「お料理にも飲み物にも、薬草としても役立ちますよ」

「すごーい!」

「だったら日が暮れちまう前に終わらせようぜ!母ちゃんも丁度ハーブ無くなったって言ってたし」


彼の言う巡回、というのは場合によってケースは様々だが此処小さな街に皆協力し合いながら過ごしている住民達へ食べ物や材料を届け、情報共有する言わば回覧のようなものだ。

終戦後この街はそうやって手を取り合う事で生き永らえてきた。


シスターから香りの良いハーブが色とりどりに入った籠をルイフと子ども達に手渡す。受け取りはしゃいだり張り切ったりする子ども達を眺めていると、ふと…頭上から視線を感じ見上げる。そこには階段上の廊下から小柄で中性的な姿がじっと蜂蜜色の無感情な瞳でこちらを見守っていた。

彼はアニェラ。今年から突然この街に現れ一度はルイフを攫い自分の領域へ取り込もうとした人物…いや、神子だという。


彼曰くルイフを神殿と呼ばれる場所まで連れて行ったのは興味からだったらしいが、実際のところ未だにはっきりとした理由は明かされていない。元々双方口数も多くない上に右も左も分からぬ場所に連れて来られたルイフにとって、第一印象があまりよろしくないのもある。

だがアニェラから悪気は一切感じられず、結局のところしばらく神殿や神の街で世話になった後日アニェラを知る周囲の者達からの誘導によりにこうして元の故郷へと帰還出来た。


「あら、貴方は…」

「アイツまた来たのか?ルイフは渡さないぞ!」

「その人さっきからずっとこっち見てたよ?折り紙折ってた時から…」


ルイフが見上げて見つめている先へ周囲も視線を向け、アニェラの姿にシスターは目を丸くし子ども達は困惑したり不思議そうにしたり警戒したりと忙しい。どうやらルイフが一度彼と共にいなくなった為一部の者達からはアニェラの事を良く思っていないようだ。

ルイフはしばらく考える素振りを見せた後、動こうとしないアニェラへ声を張り上げた。


「お前も来るか?アニェラ」

「…いいの?」

「此処は貴族や神子様を養えるほど裕福じゃないんでな。来るからには見てないで手伝え。それが此処にいる条件だ」

「………。分かった」

「ええ~!?そいつも着いてくるの?やだ!」

「じゃあお前が残れ」

「それもやだー!!」


ルイフから仕置きのデコピンをされ文句を言う少年を囲って笑う子ども達。誘われたアニェラは驚いたのかしばらく反応を示さなかったが、やがてゆっくりと応答し階段を降りこちらまで歩いて来た。


「ではアニェラさんはこちらをお願いします。子ども達とも仲良くしてやってくださいね」


シスターは子ども達の時と同じくアニェラへ視線を合わせる為にかがみながらハーブの入った籠を彼へ手渡す。流石は修道士の奉仕の精神、シスターはアニェラの事を既に快く受け入れている。

アニェラは小さく頷き籠を受け取りルイフの元へ並ぶ。


「揃ったな?じゃあ行くぞ」

「ごーごー!」

「…ごー?」

「皆さん、転ばないようお気を付けて」


いざ教会の外へ。

こうしてシスターに背中を見送られながら本日の奉仕が始まった。
















────────────────


「こっちのハーブが飲み物用、こっちが薬用だよ」

「これは?」

「それは料理に使う奴だって。アニェラってホント何も知らないんだなー!みこさまって普段何してるんだ?」

「人間観察…かな」

「???よく分かんねーけどカッケーな!」

「ねえねえ、アニェラってもしかして折り紙も知らない?ずっと見てたでしょ?」

「さっき君が持ってた紙の事?ああやって手遊びするのはあまり見たことが無いんだ」

「そう!知らないなら今度教えてあげるね」


子どもというのは純粋無垢で素直なものだ。しばらく街の家を転々と周りハーブを渡していく間にあれだけ嫌がっていた少年少女達はすっかり打ち解け、アニェラの手を引きながら楽しげに雑談を交わしている。

アニェラも心なしか表情が穏やかだ。あまり庶民とこういった会話を交わす事自体、神子様にとって珍しい事なのかもしれない。


「次は此処だ。…いつまでも喋ってねえで働け」

「ルイフがやればいーじゃん!俺らは皆から貰ったもの持ってるんだしさ」

「ねー!」

「アニェラと遊びたいだけだろうが…ったく…」


呆れながらもルイフは何件目かのレンガの家の扉の前まで向かいコンコンとノックする。はい、と返事が中から聞こえた後数秒ほど経ち扉が開かれ、老夫婦が姿を見せる。


「今週分のハーブです」

「ルイフくんじゃないか!いつも届けに来てくれてありがとうねえ」


ハーブを受け取り香りを堪能した夫妻は満足そうな表情で出迎えてくれた。杖をつく妻の様子を見たルイフは会話を続ける。


「いえ。…足の具合はいかがですか」

「おかげさまで随分と良くなったよ。シスター様が丹精込めて育てたハーブは万能だわね」

「おばさん、おじさんこんにちは!」

「おやおや!これまた可愛らしい配達係だこと。お手伝いかい?偉いねえ」

「丁度焼きたてのパンが出来たところだ、ついでに持って行きな」

「ぶどうパンだ!」

「やったー!」

「ありがとうございます。いつもすみません」

「それはこちらの台詞だよ。…ん?」


大きめの葉に包まれた出来立てのぶどうパンを受け取り喜ぶ子ども達の少し背後で静かにしているアニェラの姿を見た老夫婦は表情を曇らせる。

そして子ども達が整頓とパンのつまみ食いに夢中になっている間ルイフとアニェラにだけ聞こえるような素振りで口を開いた。


「どうしてアンタが此処にいるんだい?」


まだ穏やかな声色ではあるが文字通り厳しめの言葉だった。

そう。アニェラはこの街に訪れた際子どもを操った形跡がある。ましてやルイフも誘拐したようなものなので街の者達からは懸念されていたのだ。子ども達が最初警戒したのも大人達の噂があったからこそだろう。


「…ハーブを配る手伝いをしていたの」

「……そうかい」


アニェラは言い訳をするつもりも無くただ事実を淡々と述べている。恐らく本人が行った事に関して他の神子や神様達に指摘を受けている為、一般から見るとその行為は嫌われる行いである事を学んだのだろう。罵倒までは行かないが厳しい言葉も受け入れるつもりでいるようだった。


ただ、その黙って聞き入れる姿を見ていると神の街で起こった事を思い出す。

詳しい事情はまだ聞かされていないがアニェラは神子の失敗作であるらしく、神の街に住まう住民達からは拒絶されていた。

拒絶のされ方は今のようなものは生易しいもので、中には石を投げる者もいた。

住民とはいえ神の領域にいる者達が行っている差別は人間と然程変わりないのはなんと物悲しくも虚しいものなのだろうか。少なくともルイフはそう感じ、過去の自分と重なり気が付けば庇っていた。


過去の自分。彼もまた吸血鬼の化け物と恐れられ長い間苦痛を味わった過去がある。

その過去は今となっては兄的存在であるシャフによるものだという事が判明し、存在価値も理由も歴史も何もかも失った自分であるわけだが。


「…アニェラは……彼は、反省していますよ」

「!」

「子ども達を操作した理由も、俺を連れて行った事にも、常識に問題はあれど悪気はありませんでした。それに、俺は神殿で特に酷い事もされていません」


驚いて言葉を失う双方に構わずルイフは続ける。


「俺も以前は化物と呼ばれたはぐれ者だった。条件は同じです。そんな俺を受け入れてくれたこの街は、必ず最後まで守り抜いてみせる。例え神様だろうがな」

「ルイフくん…」

「………」

「…また何か困ったらいつでも。失礼します」


軽く会釈しアニェラの手を引き子ども達へ帰るぞと声を掛けるルイフの様子を老夫婦はしばらく見つめた後、ようやく少し緩やかな表情でアニェラへぶどうパンを差し出し答えた。


「信じてほしいのならルイフと共に働きながら学ぶんだね。彼も子ども達も、私達にとって宝なのだから」


アニェラはパンを受け取り老婆の話へ答えようとする前にルイフに手を引かれその場を離れた。


「何話してたんだ?」

「早く帰ってパン食べよーよ!」

「お前らもう食ってただろ」


老夫婦だけじゃない。アニェラが本当に信用出来る神子様かどうかその目で確かめる者達がこれから先増えるだろう。

本人にとってむず痒くも時に厳しい目で見られる日もあるだろうが、親睦を深める努力をするかどうか…ここから先は彼次第だ。



かつて受け続けた罵倒や恐怖、暴力の記憶を足場として踏みしめルイフは先を歩いた。

 
 

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