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EP 4-7

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「……なんとか、止まってくれた?」
「だが、終わったって感じじゃねえぞ…!」

マザーが暴走し始めて一体どれだけの時間が経っただろうか。
長い戦闘を繰り返し疲労の声を上げるコオリやエンガは武器を滑らせないよう再度握り締め、肩で大きく息をしている。広く美しい青色の底が続く中、ヒツギ達を照らし続ける惑星地球の輝きはどこか月を連想させ、鏡のように彼らを見守っている。
その光を背に浴びながら、マザーは重傷した己の巨体を倒れまいと起き上がらせ、どこか強い眼差しでヒツギ達を見やる。エンガも負けじと睨み返し、マザーの大きな手に捕獲されない様距離を取り銃を構える。コオリは戸惑いを完全に拭い去る事は難しい様子ではあったが、ヒツギを守る為前に出る。

 

「……あーあ」

 

遠くで彼らの攻防戦を眺めていた人物ケイネは、当時は全く予測が立っていなかった光景に思わずため息混じりの声が零れる。

 

(何で俺此処にいるんだろ)

 

ぼんやりと立ち尽くした状態で考えるのは、今現在置かれている己の状況について。スウロ達の立ち位置「守護輝士」を記憶操作により奪い成り代わってきた彼は、偽りの記憶がシャフの奇跡の唄により破壊された時点で何もかもを諦めていた。
手を抜いた訳ではない。どんな手を使ってでも正規√に成り代わろうと行動してきた。
しかしその野望も呆気ないもので、いざ順調に事が運べば運ぶほど彼の心情的にはとてつもない虚無感に襲われるばかりだった。
その悪事を働いたにも関わらず記憶操作が打ち消された時ケイネは確かに安堵し、諦めがついた。

彼は結局、彼自身の天邪鬼さに振り回された。
正規√に成り代わる強引さも、悪夢√を受け入れる器も無かった。

 

だがスウロ達はそんな彼をあっさりと招き入れた。
六芒均衡に拘束され、それなりの罰が下されようとしていた時にスミレとヒツギが止めに入り、スウロが宥め、シャフが事情を話した。
奇跡シャフが舞台へ降り立った頃、これまで見た夢の中から伝わったものがあったのかケイネがこの世界に訪れた原因を知っていた。そしてそのきっかけを作り出したのは己だと。

 

絶望の唄によるトリップ現象の奇跡を自身の責任だと答え、彼を元の世界へ帰す事を願うシャフの姿に、ケイネは言葉を失った。行き場の無い感情を全てシャフが共有し、あろうことかその言葉をアークス達は許容したのだ。

 

解放されたケイネは理解が出来ずシャフに暴言を吐いた。
だがシャフはそこに返答はせずにケイネを抱きしめ、こう話した。

 

『もう自分を責めなくていいんだよ』、と。

 

 

 


「ため息ばっかついてないで少しは協力したらどうなの?」
「俺が手を貸すまでもねえだろ。お仲間さまさまだな、と」
「あー言えばこう言う。ほんっとにひねくれ者ね、あんた」

ケイネのやる気の無さが気になったらしいヒツギは振り返り一文句付けるが、傍観者の彼は両手を上げ軽い調子で首を横に振る。金属音が鳴り響いている中、動く様子の無い彼にヒツギは半ば呆れた表情で見ている。

「…目的は何だ?」
「え?」
「俺を庇った理由」

ふと、ケイネはマザーと戦うコオリ達の姿を眺めながら独り言のように呟いた。ヒツギはしばらく彼の顔を横目で見ていたがやがて同じように正面を向き、普段とは違う調子で答え始める。

​「あたしさ、あんたの事嫌いだった。平気な顔してアークスの記憶乗っ取った上に成り代わって、あたし達の事裏切って…仲間の事馬鹿にして。それなのに変な所で助けてくれたりするもんだから、こっちは何考えてるのかさっぱり」
「そりゃどーも」
「褒めて無いわ!…まあでも裏切られて腹が立ったのは事実だけど、助けられていた事も事実だったから、だからあたしはあたしがやりたい事をした」

それに、とヒツギは曇り無き青い瞳で話を続ける。

「あたし見ちゃったんだ。あたし達を遠くで見ていた時のあんたの、表情」
「……」
「あんたもあたしも、マザーと同じだったのよ。あたし達の事を騙してまで何をしようとしたのか結局分からなかったけど、その感情は誰にとっても大切なんだ。大切で、それを乗り越える事だって…大事なのよ」

どすん、と地響きが聞こえる。
かなり消費したのだろう、マザーの動きが止まった瞬間。きらりとヒツギ達の身体から光が溢れ出る。
何事かと反射的に自身を見るヒツギ達だがその光の粒子は温かく、傷口が止血され身体が軽くなっていくのが感じ取れた。さらに失いかけていた力が再びみなぎり、そこでようやく背後で援護していたスウロからレスタとシフタを掛けられたのだと分かった。
注目されたスウロは、軽傷を負いながらも変わりなく彼女達へ穏やかな表情で微笑みかける。そして彼はエメラルドグリーンの瞳をマザーへ真っ直ぐに向け、通信先で補助を頼んでいたシエラへ珍しく声を張り上げる。

「―――シエラさん!」
「はい!間に合いましたよ…!ダークファルスの対処は、アークスの仕事!そうですよね、マトイさん、シャフさん!」

その姿は記憶操作で何も知らないまま人に流されるアークスではない。
常に誰かへ躊躇いなく手を差し伸ばし、心の温もりを感じさせるスウロの姿。
​甲高い音が鳴り響き、二つの粒子が集まる。光は収束しやがてマトイとシャフが姿を現し、マザーの体内で暴走を続けるダーカー因子集合体ダークファルスの浄化の為にそのままマザーへと走り出した。マザーはなけなしの力を振り絞り掴み掛ろうと両手を突き出し襲い掛かる。
巨大な両腕に押しつぶされそうになり二人は避けようと足に力を入れるが、間にスミレが素早く入り込み、降りかかってくるマザーの攻撃を刀ではじき返す。次の手と畳み掛けるようにしてマザーが彼女を押せばガキンと刀と音が重なり、スミレの漆黒の長髪がマリンブルーのドレスと共にぶわりと舞う。

「っスミレ…!」
「足を止めるな!クラリッサを!」

スミレはそう叫ぶと腕に力を込めマザーの手を押し返し、二人の前に先頭して走り攻防を続けながら道を切り開いていく。
その姿は記憶操作で機械の様に任務を受け入れるアークスではない。
与えられた秩序を守り抜き、己の意志を見定める強さを持つスミレの姿。
マトイとシャフは目を合わせ決意し頷くとスミレを追うように地面を蹴る。

「…クラリッサ、お願い……!」

マザーに近付きながら祈るマトイの言葉に白錫クラリッサは反応し、眩い青の粒子がマトイとシャフを覆う。途端力任せに迫り来るマザーの動きを線状の光で封じ、身動きが取れなくなったマザーは苦しげにその場でもがき始める。スミレは二人がマザーの傍にまで辿り着くのを確認したのち足を止め、攻撃態勢を崩さないまま様子を見る。
マトイとシャフはマザーへ手をかざし、光の拘束をコントロールした状態のままヒツギへ振り返り合図を送る。

​「今だよヒツギちゃん、わたし達がダークファルスを封じてる内に…!」
「―――お願い、マザーを助けて」

シャフのりんと鈴のように涼しげな声が辺りに広がる。
その姿は記憶操作で己の存在さえも知れず初期の頃と同じ様に怯えていたアークスではない。
誰かの傷や心が癒える事を願い、誰かにとっての光を信じ続けるシャフ本来の姿。

「みんなを、全てを助ける為の力を」

ヒツギは未だ黙って見つめるケイネへニッ、と笑い掛けた後マザーへと視線を戻し真剣な表情で自身の具現武装神剣・天叢雲を鞘から抜き、集中し始める。
覚悟を強める為刀へ語りかければ刃がきらりと光り輝き合図を取り、彼女は今にも崩れ落ちそうなマザーの元へ全力で走り出した。途中で最後の力を振り絞り向かってくるマザーの両手がヒツギを襲うが、コオリとエンガの防御により回避された。

それぞれの役割を果たし、協力態勢で必死に戦う姿。
純粋を認め信じ合い、確かな力で正面から立ち向かう姿。
その姿をケイネはオッドアイにしっかりと焼き付けた。まるで懐かしみを感じさせるかのように。

(――――ああ、懐かしいんじゃねえな)

エンガが銃で片側を防御していたがマザーの力が僅かに勝り押し退けられ、ヒツギに再び掴み掛かろうと腕を伸ばす。
ケイネは黒の軍服を揺らしながら足に力を込め、マザーの腕の真上まで宙へ飛び上がり距離を縮める。落下時に装備していた淡い色の両剣を手に取り刃を一気に振り下ろした。
ズドンと大きな音を立て周囲に衝撃波が発生し、ケイネは動かなくなったマザーの手の上に着地する。一瞬の出来事に驚いてこちらを見る一同へ視線を送る事無く、ケイネはマザーの方向へ身体を向けたまま呟いた。

「ヒツギ。あんたの夢、見せてくれよ」

いつの日だったか誰かが夢見ていた光景だった。​
せめて正規√の己が望んでいた夢になれる為の影と、なれただろうか。

ヒツギの一撃によって美しい地球へ手を伸ばしながら崩れ落ちていくマザーを眺めながら、やがてケイネはスペードの柄が入ったトランプ型のイヤリングをチャリ、と鳴らし静かに瞳を閉じた。
閉じた先には、笑ってこちらへ手を振るかつての仲間と小さな鳩がいた。

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