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EP 3-0

「もう一度言う。魔女ラビナ、研究者ロルフッテの居場所を教えろ」

自身の身長とほぼ同じくらいの長さがある刀を再度握りしめれば、チャキリと金属音が鳴る。漆黒の長髪は僅かに毛先が紫掛かっていて、マリンブルーのドレスと共にゆらゆらと靡く。刃の先には観測者を引き継いだシャオに向けられている。

「っ、シャオ!」
「動くな」

突如ショップエリアで起こった事態に焦ったサラがシャオへ近付こうとしたが、静かに警告され立ち止まる。マトイも創世器を手にしようと試みるものの、少女が淡い橙色の瞳で睨みを効かせていて隙が無い為、身動きが取れず冷や汗をかく。少女の凛とした立ち振る舞いにその場にいる者達が圧されている中、問われたシャオは酷く落ち着いていて、軽い調子で少女へ答える。

「だからさっきから言ってるだろ。ぼくらにはきみが探している二人の居場所は分からない。…というか、魔女とか研究者とか初耳なんだけど。ねえ、サラ?」
「あ、あたしに振らないでよ。あんたこの状況でよく呑気に答えてられるわね!」

マザーシップで起こったルーサーとの決闘、及びシオンの消滅。
唯一の存在だったフォトナーやマザーシップを支えていた宇宙の理を失ったことにより、受け継いだシャオ初めアークス全体の修復に時間が必要な状態だった。
その間マトイと共に活躍していたスウロ、シャフは修復に手を貸しながらとある件の模索に取り掛かっていた。それは本来スウロにとってアークス活動を続ける理由となっている、行方不明者の特定である。
ルーサーが発言した事は明らかにラビナ、ロルフッテの二人がこの世界のどこかに存在している内容であり、スウロにとって一筋の希望が見えた瞬間だった。シャフも彼の意見には同意し、共に今まで探索してきた場所をもう一度隈なく探し続けている。
全ては、はぐれてしまったラビナの無事を確認するために。元の世界で既に姿を消していたロルフッテの事情を知るために。
スウロやシャフがこの世界に飛ばされた理由を聞くために。

―――少女はこの日、任務中のスウロと出会った。
少女が出会ってまず彼に発言したのは、スミレという己の名と、忠告だった。

「お前はこの世界で言うアカシックレコードじゃないのか。全知の存在が演算出来なくてどうする」
「痛いところ突いてくるね、きみ。でも残念。ぼくはシオンのコピー存在だから全知じゃあないよ」

スミレが忠告した内容は、魔女ラビナと研究者ロルフッテを野放しにしてはならないというものだった。
居場所を問われスウロは知らない事を主張したが中々信じて貰えず、困った彼はショップエリアにいるシャオとまず話をするよう持ち掛ける。理由はラビナやロルフッテの事を知っている時点でルーサーと関係がある者か、あるいは自分と同じように別の世界から飛ばされてきた人物の可能性があると判断したからである。彼女はその提案にあっさり乗り、案内している間も然程敵意も無く会話も普通にしていた為、油断していた。

スミレはショップエリアでシャオと対面した瞬間刃を向けた。スウロと会話を交わしていた時とは打って変わって言葉一つ一つに棘があり、未だに冷たい視線を送っている。
あまりの豹変に流石のスウロも驚いていて、シャフは思わず口元を手で覆い青ざめている。シャオと共に過ごしていたマトイやサラも落ち着かない様子でスミレとシャオの様子を伺っていた。

「さて。きみの問いに答えたから、今度はぼくの番。きみの目的は?」
「……」
「ぼくが"それ"で殺す事は出来ないのは何となく分かってるんじゃないのかい?言ってしまえば敵陣に一人で乗り込みこんな事をしてまで成し遂げたい目的は何なのか、ぼくは興味がある」

ぼくはアークスの救世主の一人であるスウロやシャフに協力していただけ。と付け加えるシャオの瞳からはスミレへの好奇心が感じ取れた。それは観測者シオンや全知を求めたルーサーと似た探求心の一つであり、彼はアカシックレコードには到底及ばないと自己評価しているが、しっかりと言動には生命の影響を受けているのが分かる。

「…本当に二人の居場所は知らないんだな?」
「はい、です。ぼくもお二人を探している最中でして、シャオさん達はその手伝いをして頂いていましたなのです」
「そうか。……刀を向けて悪かったな」

シャオの問いにスミレは黙って目を細め、彼から視線を外す。そうしてスウロへ顔を向け再度確認を取った。
スウロは一瞬目を丸くしたが、素直に頷き経緯を説明する。スウロの返答にスミレは意外にも受け入れ、シャオから刀を下し一つ謝罪をした。
が、まったくシャオへ顔を向けない彼女の態度に用心深いねとシャオが両手をあげて見せる。その表情はやれやれといったところか。サラは辺りの緊張の糸が解かれた事に安堵し肩の力を緩める。マトイは脱力したシャオ達を確認し、武器を取ろうとした手を下ろした後スウロを心配そうな目で見守る。シャフはスウロとスミレを交互に見ながら口を閉ざしている。公共の場であるショップエリアだが、幸いにも目撃者はいないようで事が大きくならずに済んだ。
スミレは刀を鞘に納めさっさとその場から去ろうと彼らに背を向ければ、からんと下駄の音が鳴る。

「待って下さい、スミレさん。『ラビナとロルフッテを野放しにしてはならない』というのはどういう事なのか、教えて頂けませんか、です」

そんな彼女を引き止めたのは回答を聞き出せなかったシャオではなく、スウロだった。
スミレは振り返り一時考える素振りを見せた後、静かにこう答えた。

「私はセリア様から命を受け、奴らを処刑する為にこの世界に来た。二人は一つの世界だけでなく、あらゆる世界を敵に回した。世界の罪人なんだよ、あいつらは」
「な、処刑って…セリアって一体誰の事よ!?」

思わず声を荒げたサラにスミレは睨む。お前には関係ないといった様子にサラは言葉を続ける事が出来ず怯んだ。そんな二人を宥めるようにしてスウロが話を続ける。

「もしかして、堕天使セリア様の事でしょうか?もう随分昔のお話で本の知識しかありませんが、ぼくらの世界では確か地位の高いお方で世界を見守る人物の一人だと」
「えっと…つまりこの世界で言うと、シオンさんやシャオくんみたいな存在の人ってこと…?」
「一つの存在としてのシオンさんというより、どちらかというと引き継いだシャオさんに近いのです。世界を見守るお方はセリア様だけではないはずなので…」

マトイの疑問にスウロが微笑む。
セリアという名で心当たりのある人物。スウロは幼少期の頃読んだ本の中に記された部分を思い出しながらマトイ達へ話し始めた。それは随分と昔のお話であり、どこまでが真実なのかは明らかになっていない内容である。



舞台は魔界。天界。人界。無界。
それぞれの世界には、手に取ると幸せになれるといわれる石がありました。
その石の名は『心況玉』
誰かの為と石を求める者もいれば、我が身の為と石を求める者もいました。
終わりのない争いを進んで起こす者もいました。
それはどの世界でも起こり、何十年も何百年も続きます。
しかし、どの世界でも知られていない事がありました。
その石は『誰かの為』の石ではなく、その『世界の為』の石なのだと。
石の立ち位置が崩れていく中、者達は気付かない。この世にあってはならない罪や災いが襲い掛かる事に。

そこで見守っていた神様達は、それぞれの世界に秩序を与えました。
罪や災いが降りかかる度に秩序を与え、世界の保護を図り、石は秩序を乱す原因となりうるものとして人々が届かない場所へ隠しました。

こうしてそれぞれの世界は平和を取り戻し、今も尚神様達は世界を見守り続けているのです。



「シャオみたいな奴が何人かいるってだけでも通常ありえないしゾッとする話ね…」

一通り話を聞き終えて最初に難し気な表情で呟いたのはサラである。もちろんこの歴史が全て正しいとは限らず、聞けば聞くほどおとぎ話に近い。しかし当時まだ幼かった頃のスウロにとってこの内容は夢があるもので、よくロルフッテに読み聞かせて貰った記憶がある。ただでさえ面倒事を嫌う彼にも関わらず、そのお話にだけは断られなかったのだ。無論、ラビナもその話には理解があり随分と細かく教えて貰ったはずだが、残念ながらあまり覚えていない。唯一覚記憶にあるのは、今現在も世界を見守っているという話だった。スミレの発言により幸運にもその内の一人「セリア」を思い出す事が出来たようだ。

今考えれば、そのロルフッテが長年研究していた『心の宝石』というものにも、似ている節があるのだろうか。

思い出しながら話していた中、一瞬とある可能性が頭に過り、言葉が止まった。
その間サラの冗談にも反応が遅れ、シャオが続ける。

「演算の効率が上がるから案外有難い状態かもしれないよ?…それはそうとスミレが何故ぼくに対して当たりが強いのか、これでようやく理解した」
「どうしても何も、あんたの態度が気に食わないだけじゃないの?」
「半分正解。もう半分は、ぼくに対して怒りを覚えている。『この世界の秩序を与える役割を受け継いだにも関わらず、何故本来とはかけ離れた演算を通しているのか』ってね。ようするにきみは、ぼくを神様的存在として見ているわけだ」

そんな大層なものではないと首を横に振るシャオ。解釈としては大きく捉えがちな部分はあるものの、何か思う事があったのかシャオの言葉にスミレは訝しげな表情で反応を示す。

「きみの思う通り、ぼくは本来迎えるはずの演算を躊躇し別の演算を行っている段階だ。…けど、この行為を間違ってるとは思わない。アークスやこの宇宙の未来のために、それこそシオンの想いを叶えるために今こうして必死に演算の毎日を送っている」
「シャオ…」
「いつだって決断は難しいものさ。…ねえ、きみもそう思うだろ?」

シャオの言葉からは並々ならぬ決意に溢れている。かつてシオンの感じていた歴史や感情を、願っていた想いを受け継ごうと常に頭を働かせているのが見て取れた。それこそアークスシップの修復をしている間にアークスの未来を考えていたのだろう。
スミレはシャオの話に横槍を入れるわけでもなく、静かに聞いていた。

「私がどんなにあんたが気に食わないと思おうが、セリア様の決断が下されない限り手は出さないし、下される事もないだろ。どんな形であれ、あんたはこの世界でいう『観測者』なんだから」

それに、とスミレは後ろで控えているシャフを見る。

「あんた達はあんた達でこの世界にとっての罪がそれぞれあるんだろうけど、結局元凶を考えると巻き込まれた側だ。私としては、これ以上二人には関わってほしくない。…特にシャフ」
「っ、?」
「あんたに降りかかったものはあまりにも痛々しい。何故二人を恨まないのか不思議なくらいに」

あの二人を殺せば、あんたのその災いから解放されるかもしれないのに。皮肉なもんだよ。
災いの元凶、スミレは魔女ラビナと研究者ロルフッテの事を指しているのだろう。スミレが話した事により彼女はスウロ達の事を知っており、シャフ自身絶望の欠片として存在し始めた全ての原因は二人にあると確定されてしまった。
シャフは何も言い返せず、息詰まった。スミレはしばらく戸惑っている少年を見つめた後、その場を離れた。

おとぎ話でいう世界を見守る神様的存在の一人が「堕天使セリア」
その秩序を与える側のセリアが、スミレにロルフッテとラビナの二人を処分するよう命じた。
これは二人は世界にとって罪や災いとなる存在と判断したという意味だ。
なぜその命をスミレが受け取っているのか、世界を見守る者達が本当に存在しているのか。なぜ二人が罪を問われることとなったのか。
不明な点よりも万が一現実に起こっていると予測した場合の事の重大さが勝り、ショップエリアから重苦しい空気が流れる。

「追わなくて良かったの?」
「あの言動だとぼくらには手を出さないだろうし、無理に足を踏み込む必要は無いかな。ただ、あの様子だと二人を見つけ次第殺すつもりだ」

どうするんだい。沈黙していたスウロとシャフへシャオが静かに問いかける。
スウロは一呼吸置いた後、意外にも穏やかな表情は崩さないまま自身の考えを述べた。

「ぼくにとって、ラビナやロルフッテは大切な人なのです。…でも、大切な人だからこそぼくは思います。なぜ罪を背負う覚悟をしたのか、と」

遠くを見つめるようにして話すスウロの姿を一同は心配そうに見守っている。
シャフはスウロの意見を聞きながらも未だに心の整理がついていないのだろう。きゅ、と自身の袖を握りしめ僅かに俯いて何か考え込んでいる。ゆらゆらと熱帯魚が彼を隠すようにして辺りを囲む。

「ぼくは二人の罪を知りません。二人に会って罪の内容だけではない彼らの事情をお聞きしたいです。そのために二人を探します」
「そう言うのならぼくは止めないけどね。アークスシップの修復にも手を貸して貰っているし、お礼もかねて出来る限り協力しよう」
「あたしも。あんた達の突拍子の無さには呆れるけど、助けて貰ったことは事実だしね」

スウロはシャオとサラに感謝の言葉を述べ、沈黙しているシャフの様子を伺おうとやや覗き込む。
シャフはびくりと肩を揺らし見上げる。安心させるように微笑むスウロの姿にシャフは頷くことも、首を横に振ることもなく見つめ返していた。その瞳から伝わってくるのは、自身はこの件に意志を告げる資格は無いという悲しげなものだった。
するとマトイが躊躇うシャフを気遣いやんわりとスウロへ声を掛けた。

「もちろん、わたしも手伝うよ。スウロやシャフの力になりたいからっていうのもあるけど、わたし…探している二人の事も気になるんだ。罪を犯すのはよくない事だけど、きっと何か理由があるんだよ。取り消す事は出来なくても、大切に想ってきたスウロには二人の話を聞く権利があると思う。だから一緒に探そう」

スウロは驚いた顔でマトイを見る。出会った時よりもはるかに成長した彼女の意志は今やアークスに光を与える存在になりつつあるのを、スウロは気付いていた。そんな彼女の素直な気持ちをスウロは嬉しく思い、柔らかく微笑む。

「…ありがとうございます、マトイさん。貴方の心は本当に美しく、力強くも温かい光なのですね」

そう言われたマトイは照れくさそうに笑い、ごまかすようにしてシャオやサラへ今後の事を話し合い始めた。重苦しい空気から段々解放されつつある中、スウロはやり取りを交わしているマトイ達とは少し離れた場所で見守り、目を伏せる。

「ぼくには話さなかった、お二人の罪。…ああ、不思議な気持ちなのです。これは……これがいう」

寂しさ、なのでしょうか。
小さく呟かれたその言葉を、シャフには聞こえていた。

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