EP 2-2
「お疲れ様、サラ」
ちなみに道中の発言ぼくには全部筒抜けだからね。
そう言った少年は一つにまとめた青暗い長髪をなびかせその場からストンと降りる。
惑星アムドゥスキアの浮遊大陸には龍族を祭る龍祭壇という場所がある。スウロやシャフはサラに頼まれ、この場所に誘導されて来ていた。
夢の中でスウロと出会い、現実でも再会を果たしてから数日後。初対面時はスウロどころかほとんどの者達と会話をする事が出来い状態だったシャフは、ほんの僅かだが落ち着きを取り戻していた。それでも完全に克服するのはしばらく時間がかかりそうなのは確かで、心は開き始めているものの未だに自分から話す事は無い。そんな様子にスウロは、少しでも慣れてもらえるようなるべく任務など行動を共にしていた。
そうして物事が進みつつあったとある日サラに呼び出しがかかり、今に至る。
連れて来られた場所は以前クーナ、ハドレッドと時間を共にした場所に似ていて、キラキラと粒子が飛び回り、青いキューブブロックはパズルのように組み合わさって道を作り出している。
広い奥地まで辿り着いたところで、サラは足を止める。視線の先を見上げると、さらに一際青く光り輝く巨大なキューブブロックが固まって浮いている上に、シャフよりも少し小さめな少年が優々と座り込んでいた。
地に降り立ちサラへ一文句入れる少年の容姿は海を連想させ、青、赤のグラデーション掛かった深海魚、海月などがまるで生きているかのように光を灯し、泡を奏でている。その姿は身体が同じように海で完成されていると思わせるシオンとそっくりだ。
少年の指摘にまったく動じていないサラは、スウロとシャフが見ているのにも構わず生き生きと反論する。
すっかり連れて来た事を忘れ口論をし始める二人に状況も把握出来ないまま眺めていると、少年が気付き「ああ、ごめんね」と謝る。
そして先ほどから立っていた場所から一瞬で距離を縮め、サラ達の前に現れた。遠かった少年が近くに来て驚いたシャフが思わずスウロの後ろに隠れ、首に巻かれた和柄のリボンを揺らす。
シャオは特に気にする事無くゆっくりと歩みながら喋り始める。
「それじゃ、改めて。はじめまして、ぼくはシャオ。シオンがいつも世話になってるね」
「シオンさんの事をご存知なのです?あなたは一体…」
「ぼくは……そうだな、わかりやすく言えばシオンの弟みたいなものだよ」
そして、彼女の解放を目的としている。
へらりと笑った後に少年シャオは今までのやり取りとは違って真剣な表情になった。
「縁者」と呼ばれたサラも隣で黙ってシャオの話を聞いている。
何故隠れて会う必要があったのか。
それはあの造龍やデューマンを作り上げた空虚機関の総長ルーサーに気付かれないようにするためだと言う。ルーサーがシオンを理解し組織を崩す、あるいは抹消してまで行おうとしている事はアークスらにとって見逃せない行為だと二人から説明される。
以前創世器の欠片を探している頃に出会ったカミツにも話をし龍族に協力を仰いだらしく、その様子からかなり気を引き締めて事を進めているのが分かった。
「気付いているかもしれないけど、今のあのアークスの形はまずい。ルーサーの傀儡に等しい状態だ。それでもぎりぎり組織の形を保っていられるのは、シオンのことをルーサーが理解できていないから」
「理解…シオンさんはルーサーさんと因縁があると仰っていましたが、それと何か関係があるのです?」
「そう。ルーサーの目的はシオンを理解すること…つまりは一つになることだから。彼女が人間の言葉を使わないのは、自分をルーサーに理解させないためさ」
きみもルーサーの発言を聞いていたんじゃないかな。そう言ってシャフを見る。
シャフは肩を揺らし目を丸くする。スウロはルーサーと出会った時シオンらの会話の途中で入ってきた為、何を話していたのかあまり知らない。その反面、最初からシオンと共にいたシャフは少なくともルーサーの目的を僅かに聞いていたようだ。
確かに暴走龍の追及やダーカーによる市街地の襲撃、ダークファルスの復活など、この短い期間の中でアークス全体を揺るがす出来事が多発したせいか、最近周りの者達の落ち着きの無さが目立つ。その重苦しい空気は鈍感なスウロでも気付いていた。その原因を作っているのがルーサーなのだとようやく知ったことになる。
「でも、気付いているかな?彼女の言葉に、少しずつ意味が通ってきてしまっていることに」
ルーサーに理解させないために難解な言葉を発していたシオンが、人間に寄ってきている。
それはシオン側の気持ちになって考えると感情が表に出始めた事に素直に喜ぶところだろうが、同時にルーサーの理解が深まってしまうということを頭に入れておかなければならない。
ルーサーの理解が追いつくまでになんとか阻止する必要があり、そこでシャオはシオンの姿が見え、話が出来るスウロとシャフに協力を求めた。
理由はアークスという組織を正しい状態に戻すため。
「ウソみたいって思うでしょ?実際あたしもそう思うし、関係ないって言いたいんだけど…ウソじゃない。こいつは気にくわないし偉そうだし思わせぶりでむかつくことが多いけど、今の話だけは本当よ」
「…サラ、知ってる?ぼくの精神は君との対話で成長したものだから、君は自分自身に石を投げてるんだよ?」
思った以上に残り時間が限られているであろう内容にスウロとシャフは言葉が思い付かず、そのまま二人を見つめ返す。辺りが静まった後見かねたのかサラが口を開き、ほんの少し軽い口調で話し始めた。そこにシャオも賛同し、またもや口論が始まる。
話を聞いているとサラの精神にシャオが入り込んでいる状態らしく、はたから見ているとスウロにはまるで幼馴染のようにとても親しい仲に見えた。
二人の会話がずれたキャッチボールに微笑ましくなったスウロは思わず笑い、シャフはそんな彼を見上げて不思議そうにする。
「ふふ。とても仲がいいのですね、です」
「じ、冗談じゃないわ。四六時中居座ってこき使われるあたしの身にもなってほしいくらいよ」
「満更でも無い癖に。…はあー、だめだね。また話が逸れちゃったよ。信憑性もどんどん薄れていっちゃう」
シャオはこほんと一つ咳払いをして見せ、気を取り直す。
「いきなりこんなことを言われても中々信用できないと思う。だから、一つ証拠を示させてほしい。ぼくたちになら、結末を変えられるという証拠を」
そう言うとシャオはまた一歩スウロとシャフの距離を縮め、スッと手を差し伸べる。
途端シャオの手から光の粒が集まり、瞬く間に二人を包み込む。シャフはビクリと身を縮め込ませているが、スウロは驚きはしたものの新たな展開に抵抗も無くむしろ楽しんでいるようだった。虹色に輝く光に囲まれ、やがて身体に吸い込まれるようにして消えていく。
消えていった光を見送った後シャオは、ナベリウスの奥地にある遺跡の指定ポイントに行くよう説明をする。
「かのダークファルスが復活した時。復活したあの日あの時の結末を、ばれないように少しだけ変える。前日に、サラやマリアに会っただろう?あそこが目標とする場所だ」
「サラさんとマリアさんにお会いすればいいのですね、分かりましたのです。お時間はどうしましょうか?」
「うん…噂通りの人だね。大丈夫、時間合わせはぼくがやる。貴方が今まで自然にやってきたことを今度は意識的に行うだけの話だよ。そこで貴方は一つの歴史改変を行う。はたからみればちっぽけだけど、大きな一歩となる改変だ」
躊躇うかと思いきや快く引き受けるスウロの表裏のない性格にシャオは笑う。
くい、と袖を軽く引かれ見れば、シャフが不安げにこちらを見返していた。スウロは安心させるようシャフの頭を軽く撫でる。
「もう少し、お時間宜しいでしょうか?お聞きしたいことがあるのです」
「いいよ。ルーサーに感づかれる前に撤退したいから、数分程度になってしまうけれど…それで大丈夫かい?」
「はい、ありがとうございますなのです。シャオさんは、シオンさんからぼくらの話は伺っていますでしょうか、です」
「ぼくはシオンと繋がっている身だ。だから「貴方達」の事は知っているよ。この世界の人物ではないことも、貴方は人探しをしていることも」
無暗に口外するつもりも無いから安心してね。そう返答するシャオにスウロは安堵した。そして言葉を続ける。
「今、不思議なことが起こっていまして。ぼくとシャフさんは同じ人物として見られているみたいなのです。名前や姿は別々に見て頂いてるようですが…立ち位置や評価などがぼくと瓜二つで、シャフさんにも同じように向けられていますのです」
夢の中でシャフと出会い、そして現実の世界で彼と再会した後の話。実は不思議な事が起こっていた。
周りのアークスらにシャフを紹介したところ、何故か首を傾げる者ばかりで、話をよく聞けばどうやらスウロとシャフは「同じ人物」として扱われている様子だった。
最も曖昧さが目立ったもので、二人が別々にいる事は分かるようだが立ち位置などが重なっているのである。
例えば新人アークスとして最初の任務で活躍したのはスウロであるのにも関わらず、シャフにも全く同じ評価が来ている。表には公表されていないクーナと共に決着をつけたかの暴走龍に関しても、シャフはスウロと同じように実績を残した事になっていた。
シャフにその事を聞けば、彼は申し訳無さげな様子で首を横に振る。彼も何故そのような事が起こっているのか分からないようだった。
シオンにも恐らく同じ反応が返ってくるだろうと予測したスウロはシャオに相談を持ち掛けたのだ。
話を振られたシャオは手を顎に当て考え込みながら答える。
「それは多分、別の世界から来た人がこの世界の人達にとって「同じ存在」として見えているのかな。前例が今のところ無いからあくまで憶測でしかないし、そもそもこの状況が例外なのかもしれないけど…」
「では、ぼくが探しているラビナやロルフッテも、この世界の方々からはぼくらのように見えているのかもしれないのです?」
「恐らくね。貴方達は突然別次元から出現した惑星のようなものだから、ぼくやシオンからでも判断がつきにくいんだ。それと、唄で反映されて溢れ出た絶望の奇跡が何時何処で具現化されてもおかしくない」
スウロがこの世界に来たのも、同一人物として見られるのも、絶望の唄が影響されているものだろうとシャオは話す。
唯一救いなのは、この世界に佇んでいた少年は本来のシャフの唄から出来た存在だということ。絶望が絶望の唄を歌い、絶望の奇跡を誕生させた。欠片から生み出された能力には希望の奇跡が含まれていないため、不完全である。そのため、絶望の奇跡も本来の奇跡よりも幾分か薄まった状態で引き起こされるという。
「聞きたいことってそのこと?ごめんなさい、ぼくも貴方が探している人物に関してはあまり教えられないよ。……教えられない…というか、シオンが隠していてぼくにも分からないというのが現状だけれど…」
「いいえ、とても貴重なお話を聞く事が出来て助かりましたのです。それに、ラビナやロルフッテは自力で探そうと思っていますので、大丈夫なのです」
ぼくが気になっていたのは…と、シャフを見る。
「同じ存在として見られているから…という理由もありますが、なにより一緒に行動したいのでシャフさんとその歴史改変のお手伝いをしても宜しいでしょうか?シャフさんを一人にさせるのはまだ不安なのです」
「なんだ、そんなことか。もちろん構わないよ。そのためにシャフにも「与えた」んだから」
与えた、というのは先ほどの光の事かとスウロは考える。あの光の粒は何かしらの歴史改善に必要な力が含まれているのだろうと。
そしてシャオは俯いているシャフへ目を向け言う。
「それに、この子にとっても良い経験になると思うしね。なるべく外の世界に出してあげて」
「ありがとうございますなのです!よかったですね、シャフさん」
スウロの言葉に反応出来ないシャフの様子。どうしたのかとサラ含め三人で彼を見ると、シャフは自身が原因と改めて感じ取ったのか罪悪感により黙り込んでいたらしく、スウロの袖を握っていた手が僅かに震えていた。気付いたシャオがシャフへさらに近付き、優しく声を掛けた。
「シャフ。貴方は唄を紡いだ事に後悔しているのかもしれない。けれど、それは違うよ。貴方が助けを求めたのは決して間違いじゃないんだ」
「…………」
「現実と向き合うのは怖いと思う。自身が感じ取っている後悔から解放されるのも、時間が必要だ。でも、貴方はそれでも前に進みたいと思ったから此処にいるんだろう?」
言葉に反応したシャフは恐る恐る顔を上げ、穏やかな表情のシャオやサラと目が合う。
「ぼくたちもそうだ。後悔のまま結末を迎えない為にも此処にいる。そしてぼくたちは貴方の奇跡のおかげで巡り会い、新たな可能性を演算する事が出来ている」
「………、」
「お互い勇気を持とう。ゆっくりでいいからさ」
シャフは戸惑いながらシャオ、サラ、そしてスウロの順にゆっくりと目を合わせる。先ほどまで真剣な表情をして説明をしていたシャオはへらりと笑っていて、サラやスウロも優しい目で見守っているのが分かる。
「シャオ、そろそろ時間」
「うん。分かったよ、サラ」
「……あ、……」
そろそろ切り上げなければならない時間となったのだろう、サラがシャオへ忠告すると彼は頷く。覗き込んでいた体勢を戻しシャフから離れると、シャフは引き止めるかのように小さな声を発する。
振り向き不思議そうにするシャオとサラにシャフは一度息を詰まらせた後、やがて何かを決意した表情に変わり、
「……ありがと、う……」
ようやく感謝の言葉を送った。
勇気を振り絞った行動にスウロ達は驚き、また笑う。そしてシャオが嬉しそうにしながら、重ねて落ち着いて口を開く。
「忘れないで、シャフ。絶望を絶望と捉えるかどうかはその人次第で、絶望に立ち向かう勇気は必要不可欠だ。世界は希望も絶望も両立して存在している。どちらか片方だけじゃ、世界や人は成り立たないということを…どうか忘れないであげて」
残り時間スウロとシャフへ信頼の言葉を捧げ、二人は背を向ける。
シャオとサラの背中をじっと見送りながら、シャフはスウロの袖から手を離し、今度は自身の和服の袖をきゅ、と握りしめ直した。