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EP 1-0

雲一つ見当たらない快晴の空。

さらさらとした風は街中で賑わっている声達を青空へ運んでいく。

温かい気温に誘われ外出する者達が増える昼頃、観光客や街の者達の瞳は輝いている。

そんな様子を見た商人もまたより一層声を高らかにするのだ。よってらっしゃい、みてらっしゃい、と。

人の多さと活気的な空気に思わず喉が渇きそうな光景。ずらりと並ぶお店は飲食、雑貨、娯楽と多種多様のようだ。

彼、スウロが目に止めたのは小さな宝石屋だった。

高身長の為かほんのわずかに前屈みになりながら、翡翠色の瞳はとある宝石に興味を示す。ルビーよりも真っ赤に輝くその宝石は他の宝石よりも小さいが、一際不思議な魅力を持っていように思えた。

柔らかな金髪のショートボブの頭上には羊のような黒い角があり、この辺では見かけない魔導士に似た格好をしている彼には落ち着きがある。

「気に入ったかい?お兄さん、お目が高いねえ」

交渉に応じそうな物腰柔らかい彼に気付いた商人はひょっこりと顔を出し、両手をさすりながらにこやかに話し掛けてきた。

「君は運が良い、これはつい最近たまたま輸入出来た代物だ。吸血鬼の血液が固まって出来たもので、不気味だが美しさはどの宝石よりも劣らない。今ならお安くしとくよ」

彼は宝石から視線を外し、商人へと顔を上げ一つ微笑む。

「血液で宝石が作れるなんて初めて知りましたのです、確かにとても貴重だと思いますです」

「そうだろうとも、取り入れるのに苦労した甲斐があったってもんさ」

「この宝石はどこで手に入れたのです?」

「そりゃ企業秘密だよ。…見せもんじゃねえんだ、金が払えないなら帰った帰った」

のんびりとしたスウロの様子に痺れを切らしたのか、商人は大袈裟に手で彼をしっしと払い避ける仕草を取った。見世物ではないと突然拒絶されたスウロは「そうなのですか?」と首を傾げきょとんとしている。

その時。

「ふむ、確かに美味そうな宝石だ。有難く頂くとしようじゃあないか」

ばらばらばら。

なあ、スウロ?と笑みを含めた声がした途端、商人の目の前にある台の上から光り輝く宝石と金銭が散らばる。赤、青、緑、視界に広がる高価な品物の数々に商人は唖然とした。

商人と向い合せとなっていたスウロの隣に、いつの間にか小柄な少女がくすりと笑いながら立ちこちらを見ている。

ぼさついた茶髪を二つに結び、左の額には小さな角が二本。夜色のマントを着こなす少女は彼と似た魔導士のような格好をしているが、彼女の立ち振る舞いのせいか、それとも雰囲気によるものか、商人には「魔女」に見えた。

いや、たった今「魔女」だと確信してしまったのだ。

「これだけあれば足りるだろう?ああ、お釣りはいらない。きみの好きに使うといい」​​

エメラルドグリーンの瞳が商人を映し出す。何故かスウロとは違う色の瞳をしているのに、よく似ている。

 

「さあ。そろそろ行こうか、スウロ」

「はいなのです」

最後にまた一つ小さく笑うと、何も言えずにいる商人から目を盗み品物を手に取り背を向ける。

商人へ一礼した後、少女の背中をスウロは嬉しそうについて行く。

がやがやと賑わう街中に飲まれ、ゆっくりゆっくりと二人の姿は人混みの中へと消えていった。

+ + + + + + + + + +

「ほら。これが気になっていたんだろう?」

たまには活気のある街に寄れば気分もより晴れるというもの。旅の途中で知った近くの街の雰囲気に惹き込まれ気分転換に巡回してきた二人は、満足気に街外の空気を改めて吸い込む。空はすっかり夕焼け空へと変わっていたが、二人は新たな場所へ移動するつもりのようだ。涼しくなった風が森をくすぐり、音を奏でる。

軽く雑談していた時、気になっていた宝石を少女にあっさりと渡され、受け取ったスウロは目を丸くした。

「てっきりラビナが食べるのかと思っていたのです」

「美味だろうが、きみがあんなにも何かに目を奪われる姿を見るのは久しぶりだったからね」

せっかくだ、大事にすると良い。ラビナと呼ばれた少女はそう答えるとスウロから目を離す。渡された宝石を眺めながらスウロはありがとうなのですと感謝の気持ちを述べた。

「さて、粗方回ったが此処にもロルフッテはいないようだ。次はどこに向かいたい?」

「そうですね…思えば彼を探し始めてから随分と時が経ちましたです」

ロルフッテ。人の感情から生み出されるという「心の宝石」を中心とした実験を重ね、ついにはその宝石から『生命』を誕生させる事に成功した研究者だ。非現実的内容を証明してみせた彼は世界から高い評価を得ており、いずれ世界にとって必要な人材の一人となるだろう、と各地から様々な期待をされていた。…はずだった。

彼は忽然と姿を消した。

何の前触れも無く、研究施設もそのままに、ただ静かに。

スウロとラビナはそのロルフッテを探し出す旅を長らく続けているが、未だに消息不明の状態だった。

もう既にこの世にいないかもしれない。自殺か、殺人か、誘拐か。最初はある事無い事噂する者達も、やがては時代の流れで彼の事を話さなくなった。

それでも二人の旅はまだ終わりそうにない。

「彼が向かいそうな場所は他にありますか、です?」

「彼は昔から研究になると無我夢中になっていたからな。何処にいても可笑しくはないのさ」

歩幅を合わせながらスウロはラビナに聞くと、少女はさらりと話す。

彼女はとても物知りで、気まぐれだ。例え手掛かりを知っていたとしても、話すかどうかはラビナ次第なのだろうと、共に行動する様になってからスウロは理解し始めていた。そしてその事に関して特に気にしてはいない。

だって彼女は「魔女」なのだから。

♪――――――♪♪、――――、

「唄?」

話の途中で、りんと鈴のように美しくか細い唄が聞こえた。僅かな声に思わず足を止め耳を澄ましてみると、受け取った宝石から聞こえている事に気付き、スウロは再度目を丸くし驚く。

「なんて綺麗な歌声なんでしょう……ラビナ!凄い発見です、宝石がお歌を歌うなんて僕初めて見ました、です」

宝石に耳を近付けながらスウロは少々興奮気味に呼べば、ルビーよりも真っ赤な宝石はきらりと輝いた。

「ラビナ?」

隣にいるラビナの反応が無い事にスウロは不思議に思いもう一度彼女を呼び顔を向けると、ラビナは薄暗くなった空を見上げていた。その表情はいつもの笑みを含めたものだった。雲一つ無い空から視線を外す事無く、スウロの呼びかけにも答えずにぽつりと

「成る程。次の物語は随分とまた、愉快で甘美だな?」

そう呟いた瞬間

――――――――― ば く り 。

この世界は喰われた。

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