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EP 1-1

『オラクル』
それは惑星間を自由に旅する巨大な船団だ。
その誕生と共に外宇宙への進出が可能となり、新たな歴史は始まった。
そして今や、我々の活動範囲は数多の銀河に渡る。
行く先々で見つかった未知の惑星には、『オラクル』内で構成された部隊『アークス』が惑星に降下し調査を行う。

『アークス』は『オラクル』に存在する四種族からなる。
バランスに秀でたヒューマン、フォトンの扱いに長けたニューマン、
屈強な身体を持つキャスト、高い攻撃力を誇るデューマン。
それぞれが補い合い協力する事で我々『アークス』が成り立っているのだ。

「………え…?」

ようやく意識がはっきりとしてきた頃、スウロは今の状況を呑み込めず思わず小さな声を上げる。
たとえ小声でも周りが静かだったのと、困惑した様子の一声が印象的だったのか、話を聞いていた何人かが視線をスウロへと向け、話は中断された。
訝し気に見てくる人達に対し反射的に「なんでもないのです」と答えれば、周りの人達は引き続き画面へと視線を戻す。画面越しから話していた人物は一時スウロの様子を見ていたものの、一つ咳をした後話を再開し始めた。
その話の内容は辺りの態度を見る限り基本的な情報のようだが、スウロは聞きながら隅で一つ一つ思考を巡らせる。

 

あの時。確かに唄を聞き、喰われた。
ラビナと共に研究者ロルフッテを探し出す旅を続けて何年かが経った頃、とある商店街で吸血鬼の血液から造られたという宝石を購入し、その宝石から声が聞こえたのだ。
ルビーよりも真っ赤に輝く宝石はとても眩しく、寂しく、悲しい、けれどとても美しい歌声。
その唄に手を伸ばし、視界は真っ暗になった。
他に覚えているのは意識が途切れる前に見えたラビナの後ろ姿と、歌声とは違う無邪気な二人の笑い声。

宇宙間を移動中らしい船空機が僅かに揺れる中、怪しまれないよう辺りを目だけで見渡し状況の再確認を取ろうと試みる。
最初に見えるのは画面に映っている無機質を感じさせるような白い容姿の人物。見た目は機械だが、少なくともスウロ自身が知っているAIとはかけ離れた自然な振る舞いだった。屈強な身体を持つキャストとは彼のような人物を指すのかもしれないとスウロは感じる。そしてどうやら彼は『オラクル』の上官にあたる人物であり、この場にいる人達が惑星ナベリウスの調査を任命されたようだ。


見慣れない容姿は彼だけではない。『アークス』と呼ばれた周りの者達の容姿もそれぞれ特徴があり、初めて見るものばかりだった。ふと自身を見下ろせば、スウロも見覚えのない黒をモチーフとした正装のようなカウンタコートの格好をしていて驚く。

『新たに誕生するアークスよ、今から諸君は広大な宇宙へと第一歩を踏み出す。覚悟を決め各々のパーソナルデータを入力せよ』

新しい発見の数々にすっかり怪しまれる事を忘れキョロキョロと辺りを見渡していると、目の前に小さな画面が現れた。パーソナルデータ、という単語にピンときたスウロはそっと指先で触れれば各自身の情報や記入欄などが表示される。

(ぼくの種族…アークスの『ニューマン』になっていたのです。種族も言語も容姿も違いますし、オラクルも初めて聞きましたし、)
(やはり此処はぼくの知っている世界ではないのでしょうか?でしたら何故突然このような事に…)

情報操作、とは言い辛い内容と知らない言語だが何故か解読出来る事にスウロは首を傾げる。紋章が刻まれた羊の角、キラリと光る十字のイヤリング、左頬には涙のようなマーク化粧、普段とは格好が異なる自身の姿を眺めながら、書き入れそうな部分のみ記入する。顔を上げれば既に周りの人達も大体の記入を終えていた。

『…到着したようだな。これより向かう惑星はナベリウス。文明は存在せず、原生生物は狂暴だ。決して油断はするな。健闘を祈る』

『我々は、諸君を歓迎する』

その言葉を最後に画面はプツリと途切れた。再び船空機が揺れ、やがて空間移動を終えたのか僅かに感じていた圧迫するような感覚が無くなる。周りの人達がいくつか会話を交わし、ふと一斉に外が視える窓へと駆け寄る。つられてスウロも後を追えば大地と海が見え隠れする巨大な惑星が見えた。

世界は違えど惑星を生まれて初めて目にしたスウロは言葉を失い、探索準備を急かされるまでの間ずっと眺めていた。

+ + + + + + + + + +

広々とした大地にどこまでも続く自然溢れる森。木々はゆらゆらと風に揺られながら太陽へ伸びている。
暖かい空気を浴び、快晴の空を見上げながらふと、あの時と状況が似ていると感じた。場所は全く違えど、ラビナとはぐれる前までは確かに広い大地を共に歩み、暖かな日差しを浴びながら会話を交わしていたのだ。

「ぼーっとしてると迷子になっちまうぞ、相棒」

スウロをはじめ新人アークスらは無事目的地惑星ナベリウスに到着した。
未だ状況を上手く呑み込めず大地に立ち尽くしていたスウロの肩に軽くぽん、と手が置かれる。振り返れば若いニューマンの少年・アフィンと目が合い、彼はニッとはにかみ話を続ける。

「まあ緊張するのは分かるけどな。でも、おれ達戦闘は初めてだろ?基本的な動きとか練習させて貰えるみたいだし、何とかなるって」
「戦うのです?」
「え、だっておれらアークスだぞ?調査にトラブルはつきものだし、何かあった時に対処出来る様にならねえと…」
「…そうですか、です。ぼくは……ううん、ぼくたちは本当にアークスなのですね」
「あ、相棒大丈夫か?」

まるで自身に語りかけるように話すスウロの様子にアフィンは訝しげに顔を覗き込めば、太陽の光を浴びた鮮やかなショートカットの金髪が揺れる。
 

此処に到着する少し前、アフィンという男はスウロに声を掛け、お近づきの印にという話でスウロは「相棒」という愛称で呼ばれる事になった。
他の新人アークスよりも比較的穏やかな雰囲気を持っているように見え安心したのか、アフィンは初対面とは思えない態度で話す。その大胆だが不思議と気さくに見えるアフィンの言動にスウロは微笑み、会話を楽しんだ。

「そういえば、相棒は何でアークスになろうと思ったんだ?」

経緯はどうであれ此処では新人アークスの身となってしまったスウロは、アフィンと肩を並べ草原を踏みしめながら密かに返答を考える。

あの「唄」を聞いた事により自身の知らない世界に「飛ばされた」という事なのだろうか。仮にそうだとすれば、ラビナもこの世界の何処かに飛ばされているのかもしれない。スウロと同様アークスの一人となっているかもしれないと。
まずはこの世界自体を知らなければ、ラビナの行方も此処に飛ばされた原因も解明される確率は極めて低い。ならば今はこの調査を無事に終わらせる事が先決だと、彼は内心で決断した。
運が良いかは分からないがアークスの身であるなら、調査と人探しを並行出来る。自身が本当は黒魔法使いという事等を伏せれば不審に思われる事も少ないだろう。

「実は一緒に行動していた人がいるのですが、途中ではぐれてしまった人がいるのです。アークスになれば人探しも出来るかなと思いまして。名前は…ラビナという小さな女の子なのです。ご存知ないでしょうか、です?」
「ラビナ……いや、知らないな。途中ではぐれた、って事は行方不明の子ってことか?」

スウロが頷けばアフィンの青い瞳が微かに揺れ、苦い表情で「そっか…」と静かに呟いた。

「……その……、相棒も…人探しが目的だったんだ、な」
「はい?」
「あ、いや、なんでもない!おれもその人探し、いつでも協力するぜ。なんてったってパートナーだからな」

話を聞いたアフィンはしばらくスウロをじっと見ていたが、やがてあの明るい笑顔を向けると自信あり気にそう答える。スウロもその笑顔につられ礼を述べながら笑った。
そのときだった。

『 助けて 』


声が聞こえた。
今にも消え入りそうな、それでも必死に助けを求めている、少女の声が。

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