パンケーキと子供
- 7月12日
- 読了時間: 6分
『今日のお昼ご飯はパンケーキを作るから、中庭で待っててね☆』
暖かな日差しが射し込む昼下がり。
エオス島の中庭のベンチで、渋々だが…フロウはパンケーキ女の忠告通りに待っていた。
しかし一向に経っても彼女は現れない。
マイペースな彼女だが、フロウや友人との約束を破ることは無かった。
──────何かあったのではないか?
そんな一抹の不安が、フロウの頭をよぎる。
………と、その時だった。
「うわぁぁぁん!フロウ!フロウ〜!どこにいるのー!」
「は……?」
どこかから、否………主に上空から。
探し主の泣き声が聞こえるので、フロウは冷や汗を書きながら空を見上げた。
──────空からは、サーフィンの尻尾に腰掛けた少女が、2匹のメッソンを抱えてフロウ目掛けて落ちてきていた。
「で?なんなんだコレは…」
地面が柔らかい芝生で良かったと、改めて思う。落下してきた彼女はフロウと衝突し、小さなメッソン二匹と共にころころと転がった。
しかし、その少女……ツヴァイは転がったことに対しては特に気にする様子を見せずにフロウに泣きついた。
「大変だよ!大変なんだよー!!!」
「ぐえっ……おい、わかった、わかったから離れろ前が見えん!」
「みんなが小さくなっちゃったの!見てよーっ!」
ツヴァイはフロウの言うことを聞いたのか、ふわりと離れる。そしてフロウの視界に映ったのは──────
「びゃぁぁぁぁあああ!!!!!」
「ぐえっ」
飛びついてくるメッソンだった。
ツヴァイの時とは異なる子供の容赦の無い勢いに、フロウはまたもや地面に戻される。どうやら容赦の無いツヴァイでも、フロウが倒れない程度には手加減していたらしい。
なんなんだクソ…と吐いた呪詛は、顔に張り付く生き物の泣き声で誰にも聞こえていないだろう。
「フロウ〜!フェイクがずっと泣き止まないんだ!どこか痛いのかなぁ?それとも、パンケーキが足りない…?」
「お前と一緒にすんな……おい離れろ、いい加減泣き止め」
フロウは顔にくっついたメッソンをはぎ取る。小さい身体から出せる力は小さいらしく、簡単に剥がれたことに拍子抜けした。普段の彼の印象から、警戒しすぎたのかもしれない。
ずびずびと鼻を啜って泣きやもうとする小さな少年は、普段の彼からは想像つかないほど健気なものだ。少し乱暴に剥ぎ取りすぎたかと思い、頭をポンポンと撫でてやると、涙で潤んだ大きな瞳と目が合う。
「おー!泣き止んだ!よかったねぇ〜!」
「良かったですね〜」
「ったく…手間かけやが…………は?」
もう1つ、見知らぬ賞賛が飛んできたことにフロウはガバリと顔を上げた。
……ニコニコと微笑むツヴァイの隣に、わざとらしく拍手をするメッソンがもう一匹。そういえば先程空を見上げた時、二匹のメッソンが降ってきていたことを思い出した。
「………おい、まさかとは思うがソイツ、」
「リグだよ!」
「はぁいフロウさん、ミニテレオンです。うぉれおん♡」
「ガキになっても腹立つなオマエ…」
というかこっちは記憶があるのかよ。フロウは心の中で突っ込んだ。メッソンの状態でここまで可愛くないのは、もはや才能とすら言えるだろう。
「………で?なんでこんなに事になったって?またエオス島のシステムの不具合か?いい加減にしろよ…」
「おー!流石フロウ!大正解☆」
ツヴァイは長いしっぽで丸のマークを作った。
大体予想が出来る。この島はフロウが暮らしてきたポケモン世界や…それこそ人間の世界よりも、常識やシステムがとち狂っている上に常識が通用しない。だから稀にシステムがバグってらウッウが無敵になったりタイレーツが無敵になったりするのだ。今回もまた、その類の不具合だろう。今頃運営は大忙しでメンテナンスを行っており、時間が経てば解決するのだから、焦る必要は無い。
……………無いのだが。
「うぅ……ぐすっ…………ぴぇ」
「……………あ゛ーっ!おい泣くな!」
さっきからピーピー泣いているこの子供を放ってほっつき歩く訳にも行かない。
「…………おい、パンケーキを作るぞ」
「えっ?パンケーキ〜?もしかしてフロウ、パンケーキの美味しさに気づいてくれたのー!?やったー!任せて!ボクが最強に美味しいの作ってあげるからね☆」
「いや違っ………おい聞け!………はぁ……ったく」
ツヴァイはサーフィンを急がせ、キッチンの方へとふわりと飛び立った。
こうして二匹のメッソンを押し付けられ、置いていかれたフロウの図が完成したのである。
「………はーー……なんなんだ本当にこの島は………おい、泣き止んだな?」
「…………ぐすっ…………すぅ、……すー…」
「あれ、寝ちゃいましたね。フロウさん、子守りお疲れ様です〜」
「オマエも今はガキだろうが!………はぁ………試合はどうしたんだ?代行でも頼んだのか?」
「試合?ああ、そうです。ツヴァイさんにお願いして代行を探していただきました」
「…………そうかよ」
寝られてしまっては変には動けない。ツヴァイはいつ帰ってくるかわからないし、もう一匹のトカゲは相変わらず行儀よく座ってニコニコしている。
「フロウさんって、やっぱり子供に好かれますよね」
「ケッ、コイツがおかしいだけだろ」
「そうですか?」
リグは、メッソン特有の丸まった尻尾をゆらゆらと揺らした。
「で、オマエは何で記憶があるんだよ」
「………そうですねぇ…」
リグはニコリと微笑んだ。
「お願いしました」
「……はぁ?」
「記憶を失いたくない…そう強く願えば、叶えることが出来る。夢は諦めてはなりませんよフロウさん」
「おい。適当なことを抜かすな」
適当なんて酷いです!私は本気で言ってるのに!…と、リグは尻尾でペシペシ床を叩いて抗議した。とはいえ、フロウも深追いする気は無い。
そんなことを話している内に、甘い香りが漂い始める。
「お待たせさまだよ〜!パンケーキ、出来ました!みんなでたべよ!」
何枚も重なったパンケーキの皿を片手に一枚ずつ持った少女は、おっとっと…と言いつつバランスを器用に保ちながら、中庭へと降り立った。
テラス席のテーブルにパンケーキを置くと、辺りは甘い香りで包まれる。これだけで胸焼けがしそうだ…そんなことを思うが、腕の中のメッソンはその甘い香りに惹かれたようで、パチリと目を覚ました。
「フェイク、パンケーキたべよ!」
ツヴァイは彼の前に、クリームとフルーツの盛られた甘い香りのそれを差し出した。
──────空腹だったのか、恐怖が紛れたのか。フロウの腕の中に縋り付くように抱かれていた小さなメッソンは、パンケーキに興味を示したようで、おずおずとツヴァイの方へと歩みを進めた。
「ゲゲッ、涙と鼻水でグチョグチョになってるじゃねーか……はぁ…ったく。世話のやける。…オレは洗ってくるからオマエも食ってろよ」
「いえ、私は遠慮しておきます」
断るリグに、フロウは顔を顰める。
「オマエ…………、………はぁ…なんも入ってねぇから警戒すんな。ガキは大人しく食って寝てろ」
「……………何を、」
「はい!あーん!」
「むぐっ…!?………ちょっ、何するんですか!?」
ほら来た。フェイクへの餌付けに成功したパンケーキの妖精は、今度は矛先をリグに向けたようで、フォークに差した一口をリグの口に突っ込んだ。
「どう?美味しいでしょー!」
「………美味しいですけどー…」
「いっぱい食べて大きくなってね!」
もきゅもきゅと突っ込まれたパンケーキを咀嚼しながらも、リグはむくれていた。
「強引ですねぇ……フロウさんって強引なタイプが好みなんですか?マゾなんですか?」
「……ほんっとに口が減らねぇなぁこのクソガキは…」
フロウも食べようよー!ツヴァイとフェイクがこちらを見ていた。
…仕方ない。
服を洗うのは後にして、フロウは彼女たちの方へ歩みを進めた。
「ほら、オマエも来い。……将来的にオマエが関わることになるアイツの強引さを、せいぜい味わってくことだな。ケケッ」
「でもどうせ、1番振り回されてるのってフロウさんなんでしょ?」
「……………」
