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EP 5-2


『―――緊急事態発生。シップ内のショップエリアにて襲撃被害を確認。敵は生体不明二名を検知。アークス各員は指令に従い市民避難誘導又は出撃準備を』

ステージエリアで鳴り響く警報と無数の銃声。破壊されていく瓦礫の音。
数分前まで平穏だったこの場所は今や面影を失い、アークスと二人の影による斬撃が繰り広げられている。
シップ内で起こった悲劇に住民達は悲鳴を上げ、足をもつれさせながら我先にと避難場所を必死に探し出す。アークスはパニックに陥る一般市民に圧され、誘導の声掛けにも焦りが生じさらに追い込まれる。

 

ショップエリアの方角へ流れるように逃げる人々をゴールデンイエローの瞳でうっすらと円を描き嘲笑う人物。その目は獲物を狩る強い眼差しで、長身の彼から見下されれば蛇に睨まれた蛙のように身体が硬直するだろう。ゆらりゆらりと生きているかのように揺れるゴシック調の黒衣装は死神を連想させ、逆十字模様がはっきりと描かれている。
彼こそがこの穏やかな日常を銃撃した張本人。未だ住民達の頭へ狙いを定めている彼へ、守護輝士の一人マトイが光魔法を放ち妨害する。

 

彼女の周りには銃撃の被害に遭い傷口を押さえながら苦しげに倒れ込むアークスや住民達が点々としている。戦闘員とはいえシップ内では守護輝士以外のアークスは能力にリミッターが掛かる為、上手く立ち振る舞う事が出来ないケースが多い。しかしそのリスクを含めないとしても彼の実力は相当なものだとマトイは経験上察している。何よりも危険信号を身体で感じ取っているのだ。これ以上の被害は許されない。彼女は冷や汗をかきながらも一歩前へ出でて、隙を見せまいと張り合う。

 

「今のは、警告。銃を下してこのまま帰ってくれないかな」
「あ?うぜえな。邪魔すんじゃねえよ、女」
「!」

 

かつてマザー・クラスタの一員と交わした話し方で圧を掛けるが彼には通じず、ギロリと不快そうに目を向けられた。その瞬間。放たれた銃弾にマトイは表情を崩し、狙われた負傷者を守るように杖を前に振りかざし光魔法で出来た斜線状の壁で弾く。さらに追撃しようと呪文を唱えるが彼と目が合い、息を呑む。

 

先程から見える彼の姿に、違和感。
時折彼女がよく知っている人物と重なって出来るその姿に、マトイは躊躇いが生まれ思考に霧が掛かり、攻撃する手が緩む。
彼女の僅かな隙に彼は見逃すはずも無く。銃を大きく振り上げればステージエリアに無数の弾が飛び、大画面に巣穴を作りガシャンと割れ落ちる。弾が当たった機能装置が制御を失い爆発を引き起こす。
ガラスや土煙がマトイを襲い反射的に目を瞑り、咽る。

 


――――  パ ン

乱射された銃撃の後に聞こえた音は、恐ろしいほどにあっけなく静かなものだった。


「ヒャハハハ!ざまあねえな、『5人目』!!」

 

マトイがハッと瞳を開き最初に見えたのは、銃を構えながら高笑いをあげる相手とほぼ同じ身長分の影。ぽたぽたと右肩から指先にかけ血液が流れ落ち、地面にシミを作っていく。敵に背を向け彼女を守った金髪の青年スウロは僅かに目を伏せ、痛みに耐える。

 

「…お怪我は御座いませんか?マトイさん」
「そんな、わたしを庇って…スウロ…スウロ…!」
「大丈夫なのです。落ち着いて、ゆっくり深呼吸しましょう、です」

 

マトイはからんと力なく杖を落とし口元を両手で覆い悲鳴を上げ、泣きそうな表情でスウロへ駆け寄る。彼女の様子にスウロは膝をついた状態でにこりと微笑みかけた。
 

負傷しているのはスウロだけではない。彼もまた敵襲に巻き込まれた一人でありながら、被害者の治療と援護に廻っていたアークスである。言動から一刻も早く倒れている者達の救助に向かいたい気持ちが彼から伝わる。マトイは最初こそ困惑していたが、彼のエメラルドグリーンの瞳に見つめられる内に落ち着きを取り戻していく。やがて一つ、感情を抑え頷くと彼女は杖クラリッサⅡを再び手に取り、スウロの肩へかざし回復呪文を唱え始める。

 

ギィン、と金属音が飛ぶ。
治療中の二人へ放った銃弾が打刀によりはじき返され、相手は地面を蹴り流れ弾を避ける。土埃で視界が悪い中目を凝らせば、漆黒の長髪とマリンブルーのドレスが見え隠れする。刀を一振りすれば煙が散り散りに斬られ、音も無く空気へ溶け込み消えた。銃の男と刀の女スミレが睨み合いを続ける。

 

「目的は」
「見りゃ分かんだろ、復讐だ」
「何の…―――っ!」

 

何の復讐か。
聞こうとしたところで頭上から気配。スミレは目を見開き咄嗟にその場から離れ刀を上で構える。


 

「全て」


ガツンと容赦無く刀へ大剣がのしかかる。攻撃的な波動がシップ内を襲い、瓦礫と砂が舞う。握っていた刀が大剣の重さにギシリと悲鳴を上げスミレは苦痛の表情を浮かべる。大剣をいとも簡単に扱う彼女の表情は黒の目隠しで見えないが、そこに迷いは一切感じられない。スミレは彼女の圧倒的な殺意に身動きが取れず、足元に込めていた力の加減を失い地面がミシリとひび割れる。
スミレよりも小柄なその身体からは考えられないほどの腕力に食いしばり耐えていたが、やがて一瞬の疲労が仇となり彼女がスミレごと弾き飛ばす。ロビーの階段上まで飛ばされたスミレはコンクリートに叩きつけられ、ガラガラと崩れ落ちる。様子を見ていた彼が流石N様と上機嫌で口笛をあげれば、黒猫を連想させるその獣耳が僅かに動いた。
強い打撃により酷く咽込むスミレの状態に青褪めるマトイとスウロ。そんな二人へゆっくりと距離を縮め見下しながら、Nと呼ばれた少女は刃を向ける。

「あなた方は、一体……どうしてぼくを『5人目』と…?」

 

膝をついた状態でスウロがNへ話し掛けるが、少女の応じる様子は無い。ゴシック調の格好に生きているかのように揺れる黒のマントの姿は男の容姿とよく似ている。スウロの視点から見るといつ二人が攻撃してくるかと目が離せない状況であり、「話す」手段も通用しないとなるといよいよ追い込まれているのを痛感する。

 

5人目。
その言葉にスウロは聞き覚えがあるからこそ、問いかけた。
研究者ロルフッテが長年取り扱ってきた「心の宝石」の実験。その実験に選ばれた被検体の人数は4名であり、それぞれの感情から宝石を取り除くことに成功した。
スウロは他4名とは決定的な違いがあった。それは心の宝石「自体」から誕生させる事に成功した最初で最後の人物。

 

スウロは心の宝石自体から創られた者であり、「5人目」の被検体である。

Nは刃を振りかざそうと大剣を持ち上げる。
しかしふと、少女は手を止め宇宙の景色が見える頭上へ目を向ける。男もまたNの様子に気付き黙る。
そして

 

「……帰還したか」

 

とだけ呟くと大剣を鞘へ納め背を向ける。男も軽く舌打ちをした後、銃を下し大人しくNの元へ歩み寄る。途端光の粒が二人を纏い始め、姿がぼやけていく。

 

『―――スウロ、マトイ!シャフとシエラがオメガから帰還した!』
「!」

 

帰還という言葉の意図が見えず首を傾げるスウロだったが、直後シャオからの緊急通信により空気が一変する。

 

惑星地球との接触により起こった事件から数ヶ月。シャフはマトイと共にダークファルス【仮面】救出作戦を実行するため、ヒツギの具現武装「天叢雲」を参考にした武器で【深遠なる闇】に挑んだ。しかしあと一歩のところで【深遠なる闇】はアカシックレコードの夢の中へ逃亡を図り、その時空の歪みにより巨大なブラックホールを作り上げる。
シャフはシエラをサポートにその夢の中「オメガ」へ潜入し、癒着した【深遠なる闇】を切り離す手段を模索する日々を送っていた。
確か近頃はクエント国革命軍代表ハリエット達と行動を共にし、オメガの世界に影響を及ぼすエフィメラという徒花駆除に協力していた。二人が帰還したという事は、エフィメラにより暴走した国王ルツの件は解決したという事だろうか。
同時にシャフの存在を感じとったNと男に、マトイ達が未だ攻撃を躊躇する理由に、スウロは一つの可能性を考え、ぴたりと動作が止まる。

 

スウロ達がいた世界からの訪問者であれば、この世界の者達にはシャフの唄の影響でスウロ達と同じ様に視えるはず。ケイネのようにスウロ達がいた世界以外の場所からトリップした場合も、同じ。

――――だが、もしも異世界からの訪問者ではなければ?

しかも今回はケイネとは違った復讐という絶望的な理由。
珍しく押し黙るスウロの様子にマトイが目を丸くし、緊迫した空気が流れ続ける。

 

「逃げるのか!」

 

スウロが口を閉ざした代わりにスミレがふらつく足元を無理矢理立たせ、撤退体勢に入る敵に向かって怒りの声をぶつける。睨み上げる彼女に男が反応し、口元を歪ませ笑いながら再び銃を構えた。

 

「おーおー!意外に根性あるじゃねえか。なんなら俺様がお望みどおりにしてやっても良いんだぜ?」
「ノイズ」

 

好戦的な男ノイズはNに短く制止され、彼は「…冗談ですよ」と拗ねた顔で返答し銃を渋々下ろす。この動作により画面越しで避難誘導や戦艦管理を演算し続けるシャオは密かに安堵する。
守護輝士のマトイや様々な活躍を見せてきたスウロ、スミレが苦戦するほどの敵。ましてやこの場所では一般市民がいる分余計な手出しを行う訳にはいかないため、彼女達にとって分が悪すぎる。どんな状況であれ敵が撤退を図るというのならば作戦を立て直せる。今は見送るしかない。

 

シャオは個人的にそう言い聞かせ、スミレにもそれ以上動かないよう指示を送る。彼女は納得がいかない様子だったがそれも一瞬で、すぐに冷静さを取り戻し刀を鞘に収めた。

「―――忘れんなよ?てめえらを、この世界をぶっ潰すのは俺様だ」

悔しげに睨み上げるスミレや戸惑いを隠せないスウロとアークス達にノイズはギラリと目を光らせ、姿が見えなくなる前に言葉を吐き捨てる。
その言葉には大きな憎悪が含まれ、間違いなくスウロ達に向けていた。

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