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EP 4-1

ばらり、ばらり。

視界が崩壊していく。
パズルと化した世界が形を忘れていく。
ばらばらとピースが散らばり、本来の色を失い、黒く、黒く、浮かび上がり続ける。

がしゃん、と鈍い金属音が赤黒く染まった廊下に響き渡る。ピースを失い覚束ない足元に構わずひたすらに逃げ続けていた少年がとうとう限界を迎え膝をついた。再び立ち上がろうとするが傷口が痛み蹲り、震えた様子で大きく息を吐く。ぶらりと下げられている手元には少年が持つには大き過ぎる鎌が落ちている。
少年の周りには焦点が合っていない様子で教室や廊下をふらふらと彷徨い続けている生徒、倒れたまま悪夢から覚めない生徒、暴走し他の者と殴り合っている生徒。そろそろ外も同じような光景になっている頃だろうか。窓の外から見える赤い空から開けられた扉を虚ろな目で見送りながら少年は考える。見る見るうちに数が増えていく扉からは泥の様に流れていく黒い物体。

この鎌は力を吸収している。
使えば、この世界を救えるかもしれない。

ドッドッド、と煩く鳴るのは少年の心臓の音。あの先輩の事だ。単純な自分を探し出すのも容易な事だろう。そう分かっているのにも関わらず、少年は逃げる気力を既に失いかけていた。何度も苦痛を重ねついに奪ってやったその強大な能力を持つ鎌を少年は眺め、力なく笑う。安堵と虚無感に苛まれた少年の乾いた笑い声は静まった校内にぽつりと呟かれるのみで、誰も聞いている様子は無い。

―――分かっている。この世界はもう手遅れだという事を。
この行為は、抱いていた夢は、非現実的な理想に過ぎない事を。
「別√の自分」に未来を託し、繰り返される悪夢のようなこの世界の自分を受け入れる他無い事も全て理解しているつもりだった。
諦めているようで消化しきれない感情を吐き捨て、戦い続け、意外にもあっさりと手に入れた鎌は想像以上に罪が重く、責任が伸し掛かってくる。この重さを持ち主がこれまで抱えてきたのだと思うと、恐ろしさで気が狂いそうになる。どうせこの重さに耐えきれないだろうと指をさされている気分になり、唇を嚙む。違う、楽になりたかったのは自分だけではないのかもしれない。そう言い聞かせる自分の醜さにじわりとまた、涙が出そうになる。

 

――――――――♪、―――――――

 

いずれまた振り出しに戻るだろうこの世界に別れを告げ目を閉じれば、ふと廊下の先で小さな唄が聞こえ顔を上げる。見えたのは最初に開かれた楽園の扉。その扉の向こうから鈴のようなか細い唄がぽつり、ぽつりと聞こえてくる。今まで無かった展開に少年は目を見開き困惑した。ぐらりと心が揺れ動き、冷や汗が頬を伝う。自然に呼吸が乱れ、鎌へと手を伸ばす。
がらがらがら。
最後の力を振り絞り、引きずるようにして鎌を持ち上げた。眩暈に襲われながらも一歩一歩踏み出せば、負傷した脇腹から床へ血がぽたり、ぽたりと流れ落ちる。血液と汗でべたついた黒髪を邪魔そうに拭う。その間扉が消える事も、唄が聞こえなくなる事も無かった。

少年は最初で最後の奇跡を見た。
その奇跡を決して逃しはしないと、本来の自分とかけ離れた感情を露にしながら。

+ + + + + + + + + +


「ーーー現時点で判明されている幻創種の詳細については以上になります。…って、ケイネさん?」
「…ああ。終わった?」
「そのどうでも良さげな反応、やっぱり聞いてなかったですよね!?」

せっかく復帰したリハビリにと手取り足取り資料データを参考にしながら丁寧に説明したシエラだったが、彼女の話を聞くどころか画面さえも見ているのか不明な守護輝士ケイネの様子にがっくしと肩を下げる。それも赤と青のオッドアイを細めにっこりと返答するものだから余計にたちが悪い。此処惑星航行船団オラクル全体の管理を含め守護輝士等のアークス補佐を任されている彼女、シエラはコンピューター操作内にあるややサイズが似合わない椅子に座り直しケイネをじとりと睨む。

「ケイネさんって、何だか不思議です。記録も皆さんが噂する内容も聞けば物腰柔らかい感じだったんですけど…いざお話してみると印象が違って見えるといいますか」

惑星地球にて存在し始めた幻想種には然程興味を示していなかった彼だが、シエラの率直な疑問には視線だけ向けてへえ、と静かに相槌を打つ。拾われると思っていなかったのかシエラは慌てて両手をブンブンと左右に振りながら付け加える。

「はっ!け、決して変な意味ではないですからね!あの【深遠なる闇】を初め数々の活躍をされたお方にそんな変人だなんてこと…」
「変人なあ」
「も、もう!私をからかうのはやめてくださいよっ」
「シエラが勝手に暴露したんだろ」

あくまで冷静な一言に何も返す事が出来ず、うぐぐと唸る彼女の様子を眺めるケイネ。落ち着いた艦橋の中でこのようなやり取りを交わすのはもはや二人にとって日常茶飯事になりつつある。
同時にケイネ側からしてみると他のアークス達と余計な交流をせずに済む場所として此処は丁度良い場所だった。

特定の部署に所属する事なく自分の意志で行動を決めていい。アークスで唯一の存在、守護輝士。
なってみて分かった事といえば、想像以上に守護輝士はアークスらに慕われていて忙しいという事。此処艦橋に避難していても通信であれやこれやと依頼を持って来られるくらいだ。せっかくの惑星探索であり宇宙の景色を楽しみたかったケイネだが、人混みに紛れる事になっては美しい光景が台無しだ。賑やかなのは変わりないがこうして時折退屈しのぎに少人数で会話をする方が遥かにマシだ、とケイネは思う。

(さぞかし人気者だったんでしょうねえ、と)

艦橋から見える輝く惑星を瞳に映しながらぼんやりとケイネはシエラから得た情報を辿り、守護輝士という人物を考える。
全ての元凶といえる巨大なダーカー因子が集まった【深遠なる闇】復活から2年。壮大な活躍を見せたとある一部のアークス達は吸収したダーカー因子の集中浄化の為コールドスリープに入り眠りについた。その浄化作業に移ったアークスの内やがて実績を残した者としてシャオ直々に名を与えられる。それが守護輝士。守護輝士は二人のみで、もう一人がマトイという少女だ。少女とは未だに連絡が取れていないがどうやら先に眠りから目覚めたらしく、既にアークス活動も再開しているらしい。
当時は【深遠なる闇】が仮復活した時点でこの世界が助かる術は無いとされてきたはずだが、僅かな救済の可能性を生み出した二人はアークスから英雄と呼ばれてもおかしくはないのだろう。

「…来ましたね。お待ちしていました。ヒツギさん、アルくん」

ぽつぽつと会話が続いた数分後シエラへ通信してきたのは、あの惑星地球の住人ヒツギだった。一度目は一人で訪れたが今回は未だ正体不明のアルもついて来ているらしい。シエラは緊張した足取りで艦橋に入って来た二人へ挨拶をすると、ヒツギは強張った表情からどこかほっとした様子で近付く。

​「大分落ち着いたか」
「え?…えっと…そう見えてるなら、気を張ってるかいがあるかも」

ケイネは心にもない言葉をヒツギへ投げ掛けると、彼女は精一杯笑って答えてみせた。すぐ後ろでくっついて離れないアルは初めて来る場所にまだ慣れていないようで、キョロキョロと不安げに辺りを見渡している。二人の言動を見る限り他のアークスとはなるべく遭遇しないよう意識して此処に来た可能性が高いと判断が出来る。となると今頃「普通」にアークス活動を続けているであろうスウロ達にも遭遇はしていない。ケイネはほんの僅かに目を細める。

「正直頭の中はずっとふわふわしてる。信じてきたものが覆る可能性もあるし…何があるか分からないから」
「信じてきたものを変えたくないのなら無理に知る必要は無いだろ」
「ちょ、ケイネさん…!?」

せっかく勇気を振り絞って来て下さったのに、とシエラはケイネの歓迎とは思えない言葉に焦り交互に見る。アルはケイネの言葉の意味があまり通じなかったのかきょとんとした表情で見ていて、ヒツギは同情の無い空気に一瞬怯み息を呑んだ。
しかし、

「そう…かもね。怖いと思うのは本心。…でも、何も知らないままはイヤなの。何も出来ないまま失っていくのはもう、絶対にイヤだから…あたしは知りたい。本当の事を」

​曇り無き真っ青な瞳でケイネを見つめ話すヒツギの純粋さに彼はじっと眺めた後、そうかと面倒そうにあしらい瞼を閉じる。その適当な態度にヒツギはムッと表情を硬くし食いかかろうとするが、身振り手振りで大袈裟に状況の説明を始めその場の空気を和ませようと必死になるシエラの姿を見て気の毒に思った彼女は引き下がり、ひとまずは言い合いをせずに済んだ。二人が話を進める中、ケイネは頭上でぐるりと時間を掛けて泳いでいる魚達を見上げる。

(本当にくだらない)

本当の事を知って何になるというのだろう。知ったところで何かが解決する訳でもなければ救済の余地があるとも言えない、そんな曖昧な決意で。
あまりにも容易に事が運ぶ為か、人間の薄っぺらい記憶と信頼に呆れたのか、ケイネの口から小さな笑みが零れた。こうも簡単に書き換えが出来ては「本来の守護輝士」さん方には流石に同情する。

(まず俺が此処にいる事自体が「嘘」そのもので、「真実」なのに)

絶望の唄でこの世界に導かれ、魔女ラビナや研究者ロルフッテを探す為にアークスとなり様々な活躍を見せたスウロ。絶望の唄が形となって誕生し、この世界では海の底で宇宙の安らぎを祈り続けていた​シャフ。秩序を乱す者らとして魔女ラビナ、研究者ロルフッテを処分する為この世界に訪れたスミレ。
いつまた復活するか予測不可能な【深遠なる闇】を阻止するのにあれだけ協力していたアークス達の事を、膨大な記憶を赤の他人であるケイネは知っていて、この世界はすっかり忘れている。記憶を「奪った」とはいえ一つや二つ難関な要素があっても良いだろうに。笑わずにはいられない。

「見物だな」
「え?」
「ああ、アルをダイレクトスキャンするんだろ。続けて?」

こいつらはどういう風に絶望していくのか。見物だ。

侵入者そのものといえる天邪鬼守護輝士は笑顔でシエラとアルが手を取り合うのを眺める。その笑みは何に向けてなのか、天邪鬼が此処にいる事の異常に気付いていない平和なアークス達には分からない。

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