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EP 3-3

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「―――――ふざけるな!白々しい、あんたのままごとに付き合っている暇は無い!」
「おや、心外だね。僕は真実を述べたまでさ。今言った僕の言葉をままごとと捉えるのだとしたら、僕は君を買いかぶり過ぎていたようだ」






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一面に広がるナベリウスの花。
黄色、白、桃、その花の香りは戦いが終えた事への合図でもあり、臨戦態勢を取っていたアークス達はようやく武器から手を離し、力を抜いた様子で辺りを見渡している。
太陽の下で【深遠なる闇】復活の阻止任務を終えた事を噛み締めながら話す仲間達を横目で見ながら、スミレも刀を鞘に納め一呼吸置いた。ざあと暖かく、それでいて僅かに寂しげな風が彼女の長い黒髪を潜り通っていく。

ダークファルス【双子】が喰らっていたダーカー因子はこれまでとは比べ物にならないほど巨大なものであり、撃退し取り込もうと試みたマトイの身体はいつ【深遠なる闇】となってもおかしくない状態だった。
爆発寸前のマトイのダーカー因子はダークファルス【仮面】が吸い取り、救出した代わりに【仮面】が【深遠なる闇】となる。
【仮面】はスミレと全く同じ容姿をしており、スウロやシャフが見ても【仮面】は鏡のようにその人物を映し出していた。
本来犠牲となったであろうマトイ一人を救う為に、何度も過去を巡り回った人物。彼らは謎を残したままアークスに手を貸し、【深遠なる闇】となる事を選択した。

「もう一度、巻き戻る…【深遠なる闇】復活直前の状態までずっと、何度も、永遠に。それじゃあ…あの人は同じ事を繰り返して、ずっと、ずっと?」

シャオの推測を聞いて悲しげな声をあげるマトイ。スウロやシャフも賑わうアークス達の声が聞こえてくる中、黙って目を伏せている。

【深遠なる闇】が完全な力を取り戻す事、それは宇宙の終わりを意味する。膨大なフォトンを持つ【深遠なる闇】をアークスは撃退することは出来なかった。
しかし【仮面】は理解した上でアークスらが【深遠なる闇】の力を削ぎ取る間にある事を実行し、惑星ナベリウスに縫い止めた。
時間遡行。それが【仮面】のダークファルスとしての能力。
【仮面】はその能力を使用し【深遠なる闇】が復活する直前の状態まで巻き戻した。

マトイはふと近くにいたシャフ達へ視線を向けていき、最後にスミレへと目が合う。
彼女が視線を向けたのは【仮面】の事を思い浮かべたからだろう。どんな理由であろうと【仮面】もまた、この世界の秩序という名の時空を崩した人物の一人である事に変わりはない。ましてやアークスが敵対するダークファルスだ。【深遠なる闇】を縫い止めている英雄とはいえ、最悪な事態もなくは無い。

「そんなのあんまりだよ…!何か助ける方法を探さないと」
「…いつまでももつと思えないな」

しばらく二人は見つめ合っていたが、自然に【仮面】の事を考えるのをやめたのかスミレは自ら視線を外す。マトイもシャオへ話を振り始め、その様子にスミレは心の中で安堵する。どうもマトイのあの綺麗な目で見つめられるのは慣れていないようだ。
やや感情的になって答えるマトイを横目に、スミレは少し距離を置いた返答をする。

「そう。このサイクルがいつまで続くか、それも分からない。今回は大丈夫だった。では次は?その次は?10回繰り返したら? ……ぼくにも、誰にも分からないんだ」

目を伏せ申し訳無さそうに話すシャオを、シャフやスウロが心配そうに見守る。ふとシャフの周りで泳いでいる熱帯魚達がシャオを囲み始め、ぷくりと小さな泡を浮かべる。まるでシャフやスウロの心情を読み取り、彼らの代わりに慰めているような魚達の行動にシャオは目を丸くし、やがてありがとうと微笑む。

​「でも、【仮面】やシオンのおかげでそれだけの時間が貰えたんだ。この時間を無駄にはしない。きっと答えはあるはずだ」

​その決意が唯一アークスの、マトイ達の希望と言って良い小さな可能性。マトイもシャオを顔を合わせ覚悟を決めた表情で強く頷く。
【深遠なる闇】の阻止に協力したアークスの人数はこれまでとは規模が違うのだろう。転送に時間が掛かる為、その間【深遠なる闇】への対策について話しているシャオ達とは少し離れた場所で過ごすスミレへスウロが近付き話し掛ける。

​「スミレさん。協力してくれてありがとうございますなのです」
「私はただ約束を守っているだけ。…あまり私に関わらない方がいいよ」
「でもスミレさんは、マトイさんが【深遠なる闇】へ変わろうとした時庇ってくれましたのです。それだけでなく、今こうして【仮面】さんやシオンさんの救出に賛同してくれています。僕らはその約束はしていません。だからとても感謝していますのですよ、です」

躊躇する事を知らない眩し過ぎるスウロの微笑みに、スミレは居心地が悪くなり目を伏せる。


あの時。
【双子】の体内で出くわしたルーサーの発言にスミレは激怒した。
世界の秩序を乱す元凶の二人の居場所をようやく突き止められそうなところで、彼は優々とした表情で回答を口にしなかった。

シャフの絶望の唄によりスウロ達のいる世界に導かれた【双子】が取った行動は容易に想像出来る。まるで新しい玩具を見つけた子供の様に喰らい続け、その中にスウロとラビナが居た。
【双子】の体内は様々な異空間と繋がっており、恐らくスウロはそこから自然に脱出しオラクルに飛ばされたのだろう。そこから既に新人アークスという存在であった経緯は未だ謎のままだが、そこには【仮面】と何か関係があると考えて良いだろう。

分からないのがラビナとロルフッテの行方。あろうことかルーサーは未だにこの【双子】の体内に二人がいると発言したのだ。
スミレは二人の居場所を必死に問い詰めたが、この男が簡単に口を開くような人物ではない事を改めて思い知ることになる。
それどころか困惑している様子の彼女を見て楽しんでいるのが見て取れ、頭に血が上ったスミレは彼の胸倉を掴み怒りをあらわにした。ふざけるな、と。
ルーサーはスミレの問いには答えず、とある決断を委ねた。
一つは此処に残って二人を探すか。
もう一つはこの場所から離脱し他の方法を探し出すか。
独自で決断を下す前に彼女はスウロに止められた。まずは【双子】の体内から二人を救出する方法を共に探さないか、と。

スウロは何らかの経緯によりアークスとなっており、スミレやシャフもまた現在はアークスとして存在している。【双子】の体内から脱出するには異空間を探し出し、大量のフォトンを使用しこじ開ける必要がある。そこで問題視すべきなのは、二人はアークスとしてフォトンを使用出来る身なのかどうか。仮に今現在のルーサーは肉体はおろかフォトンを膨大に扱う事が難しい状況である事が見て取れる。
そこでスウロが考えたのは、異空間を探し出したとしても二人はアークスではない為【双子】の体内から離脱する事が出来ない可能性。
スウロの視点から見ると、元々変化や革命を好き好み何事にも興味で動いていたあの二人がいつまでもこの場所でじっとしているようには感じなかったのだ。


「私の方針に変わりは無い。全ては世界の秩序を守る為に【双子】の体内から二人を引きずり出し、処分する」
「はいなのです」
「……その際、二人の言い分くらいは聞いてやるというだけの話だ。【深遠なる闇】の対策も、二人を叩くには必要な事だからな」

スミレの言葉にスウロはより一層嬉しそうに微笑む。
スミレはスウロの提案に乗り、【双子】の体内から脱出する事を選んだ。【深遠なる闇】撃退の協力やアークス達の援護も、スミレにとっては罪深き二人を探し出す為。
しかしこの世界の住人達と共に過ごしていく内に、彼女の中でとある変化が生まれ始めている事に本人も気付いていた。スウロは自身の大切な人を殺めようとしている相手にも拒む事無く受け入れている。その姿勢は一体何処から生まれるのだろうか。少しずつ此処の人達に影響されていく事に、言葉では表現出来ない感情が芽生えつつある。これでは秩序を守る戦士失格か。スミレは小さくため息を吐く。
するといつの間にか途中から話を聞いていたらしいマトイ達が彼女らの傍まで駆け寄り、落ち着いた口調で話し始める。

「スミレ。お友達もシオンさんも、…あなたも、きっと助けられるよ。あなたは私だって助けてくれたんだもの。救ってくれたんだもの」
「…あんたを助けたのは此処にいる人達だ。私じゃない」
「ううん、あなたが何と言おうがあなたも私を助けてくれた。だから、スウロと同じ様に私からもお礼が言いたかったの」

マトイがスミレの両手をそっと取る。

「ありがとう、スミレ。わたし、あなたともっともっと、仲良くなりたいな」
「……ねえちょっとこいつら全然人の話聞かないんだけど勘弁して」
「あはは、ちょっと抜けてるくらいが丁度良いと思うよ?まあマトイほどになると色んな意味で困る時もあるだろうけど」
「シャオくん?それってどういう意味?」

シャオの軽い言葉にマトイが頬を膨らませる。
【深遠なる闇】阻止後沈んでいた空気が僅かに和らぎ始め、笑い合うマトイ達を眺めながら、スミレは握られた手を困った様子でやや遠慮がちに放す。
変えられなかった未来をこの人達は変えた。それは良い未来か、悪い未来か。

これも一つの答え
だが答えは一つではない

別れの際シオンから聞いた言葉がふと頭をよぎる。
​眩しい彼女の眼差しを背に受けながらスミレは静かにその場を立ち去る。あ…と声を漏らし見送るマトイへ振り返る事は無かったが、気付かれないようそっと笑った。

​私はこの刀を二人へ向け続けるだろう。
だが、もしも。
もしもこの世界の人達が【深遠なる闇】を、あいつらも全てを秩序諸共救う事が出来たなら。
大切な人を失い後悔し続けていたどこかの未来の自身と向き合える日が来るというのなら。

「最後まで見定めてやる」

金色の花びらが空へと舞い上がる中、スミレは再度覚悟を決めた。

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