安寧キャンセル界隈
- 7月12日
- 読了時間: 8分
「一切誰とも交際しなかった貴方が、あの子フロウと付き合うなんて。……どういう風の吹き回し?」
「……交際?」
夜のジーヴルシティは昼の穏やかな空気とは一変、ルガルガンの如くディープな空気を纏う。
隣に許可も取らずに座ってきたグロリアはワイングラスを傾けていたが、酒好きでは無いリグはめんどくさいな…と顔を顰めた。
リグが酒を好まない理由は単純で、特に飲むメリットが無いから。小さい頃から酒と限らず、毒やら何やらを飲まされてきたリグには身体に異変を起こす液体に対する耐性がついている。よって、酒を飲んでも他の皆のように気分が良くなることも無いので、彼にとってはただ値段が高価なだけのソフトドリンクである。
しかしこうして共に飲んだ相手は勝手に酔っ払うので、無駄に絡まれて疲弊するだけなのだ。同寮のカメックスにも張り合えるくらいの損な役割だろう。
「聞いたわよ。フロウとちゅーしたんでしょ。ちゅー!」
「うるさいですよザシアンさん。誰から聞いたんですか?」
「ツヴァイ」
「あぁ………え、えぇー………」
想定外と言えば想定外だが、言われてみれば悪意無しに言いふらしそうランキングTOPに入り込むのが彼女だ。
とはいえ、元いえば恋仲なのはツヴァイとフロウの二人である。リグはどちらかといえば部外者で、キスに関してはリグが毒を飲んでしまったので毒タイプであるフロウに吸い出してくれ…と依頼した結果なのだが。無論、報酬は支払った。…否。支払ったというよりは、フロウにとっては恋仲であるその少女を、趣味悪い同族から庇った貸しへの帳消しで手を打ったという方が正しいだろう。
「で、どうなのよ?」
「残念ですが、我々はそのような関係性では御座いませんので悪しからず。誠にソーリー」
「嘘よ」
はぁ?とリグは笑顔を貼り付けたままキレた。なんだコイツ。変な酔っ払いに絡まれたものだ。女性の何がなんでも恋愛に繋げたがる頭にキュワワーを乗せてそうな思想は、リグに取って理解し難いものだ。いや、リグと限らず多くの男性はそうだろう。他人の関係性なんてどうだっていいだろうに、何をそんなに気になるんだか。……まぁともかく面倒なので、ここは退散しよう。
「埒が明かない会話は嫌いです。私は帰ります。お代はここに置いておくので、貴方は一人寂しくミルクでも啜っておいてくださ…」
「────ユピテルが、言ってたのよ」
「はぁ?何をですか」
ユピテル。エオス島の選手のサーナイトだ。
リグはあまり関わることはないが、グロリアは定期的に中庭で開かれる女子会に顔を出しているので、関わる機会が少なからずあるのだろう。
……その彼女が、どうしたって?
「……フロウと一緒にいる時の貴方は、心が落ち着いているのだと」
「………………」
「確かにそうよね。最近、彼といる時の貴方は必要以上の刺激を求めない。それは、落ち着くからでしょう?刺激で心を麻痺させて、寂しさを紛らわす必要が──────」
「ザシアンさん」
"それ以上言ったら殺します"
リグは冷たい笑顔を浮かべながら、グロリアに対して殺意を向けた。
冷えきった空気に、グロリアは溜息をつく。
リグは今度こそテーブルに代金を置くと、マントを翻して立ち去った。
「……………難儀な子だと思わない?アレルヤ」
取り残されたグロリアは、その場にはいない弟に向けてそんなことを呟く。
彼が元々、刺激的なものを好んでいるのは知っていた。口の中でパチパチ弾ける飴、遊園地のジェットコースター、危険と隣り合わせのサーカス。こうした"刺激的なもの"をよく好み、それらを自ら摂取しているのがリグという青年だった。
──────しかし、最近の彼の楽しみ方は度を超えているとグロリアは思う。
少数のギャンググループに単独で乗り込み、全身を真っ赤に染めて帰還し一番に放った一言が「色違いになりました♡」だった時は…それはもうぶっ飛ばしてやろうかと思った。
しかし何時からか。彼のそうした行為が、グロリア達がこうして酒を嗜むのと同じ目的であると理解出来るようになった。過去に着いた耐性で酒にも酔えず、かと言って性の方面には良い記憶が無いようで自ら手を伸ばさない。
もっと言うなら、恐らく彼には……健康なポケモンであれば一年に一度は迎えるはずの発情期も無い。何故か?グロリアの予想だと、『最終兵器』の放射物質を浴びた影響だろう。『最終兵器』は生き物を根絶やしにする為に生み出された存在。故に、生殖機能ですら奪う恐ろしい効果を持っているのだ。
そうとなってしまえば…グロリアだってこうやって酒を飲んでいる以上、止めることも難しくなる。
おまけにだ。彼は他者からの内部への干渉を許さず、上辺だけで物事を思う様に動かすことが出来る。故に、聞かれたら都合の悪いことは避けて、自分が主導権を握れる話題だけを気づかれないように回すことが出来る。グロリアにとっては、あの青嫌いなルチェよりも手強い存在だった。
結局未だに解決の糸口が見つかっていない…というところで、フロウの話をユピテルから聞いた。この場で振ったのは間違いだったかもしれないが、彼の反応的に全く見当違いという訳でも無いのだろう。
「……ねぇアレルヤ。フロウが少しでもあの子の寂しさを埋めてくれるのならば、あの子が傷つくこともなくなるのかしら?」
窓の外に広がる空に向けて、グロリアはそんなことを語りかける。故郷で同じ空を見上げているだろう弟も、きっとグロリアの提案には頷いてくれるはずだ。
──────ガラルの子らに、幸多からんことを。
グロリアは守り人として、そう願う他無いのだから。
呼吸の音が、鬱陶しい。
凍てつく冬の空気と、夜の街のやかましいネオンは張り詰めた神経を逆撫でする。通り行く人々の匂いが鼻につき、対して食べてもいないはずなのに胃の奥から込み上げてくるものがあった。
「うぇ……っ…!…げほっ、……はっ、はー………………ふふ、あははっ、……はははははは…!」
嗚呼、無様で笑える!
本当に!!!
やはり、彼女なんかに干渉を許すべきではなかった。『守り人』としての体裁を保つ為だけに他者から"弱み"と認識出来るものを探し出し、掘り返した上で自分が助けてやると手を差し伸べる。詐欺師も驚くほど、悪質な人助け。
実に滑稽と思ってはいたが……嗚呼、やはり。自分に矛先が向くとそれはそれで不愉快なものだ。
『ガラルの守護者』とは言うが、結局彼女もその弟もただのポケモンに過ぎないとリグは身をもって知っている。守護者なんて建前。なんなら、人の精神を保たせるためにでっち上げた宗教の神みたいなものかもしれない。
嗚呼、本当に笑えてくる。
嘘かもしれないただの肩書きを信じ続けた彼女も、その偽物を信じる民も、そんなでっち上げに尻尾を捕まれた無様な自分も。
ふと、胸元の電子端末がバイブを鳴らしていることに気づく。
画面を見れば、先程話題に出たゴーストの名前。
ああそういえば。今日はお菓子を持ち寄ってゲームをするとか言っていたか?
リグを誘ってくるのはフロウだけでは無い。例えば彼の救助隊のメンバーである少女達や、それこそ恋人のツヴァイもだ。
彼の傍が心地が悪いかと言われれば、嘘になるだろう。
彼はどこぞの守り人もどきと異なり無駄な詮索はして来ないし、協力を仰げば協力してくれるが必ず後に報酬を要求してくる。
これを持って、リグは得体の知れない善意とかいうファンタジーな存在から来た協力では無いのだと安心することが出来る。
……そういえば先程、キスがどうとか言っていた。ツヴァイが見たのは先程述べた通り、あくまで解毒の処置なのだが、実際はキスよりもハードルの高いことにだって巻き込まれている。無論、フロウもリグも自発的では無いし、どちらかといえば被害者だが。
しかし、そういう行為であれど嫌がらないところは、お互いに絆されていると言えるのかもしれない。きっとツヴァイとフロウのような関係性にはなれないが、少なくとも彼らはリグのことを大切に思っているだろう。
そう信じることが出来るのは、形はどうあれ今まで築き上げた"信頼"なのだろう。
だからこそ。リグはフロウにツヴァイや、他にも大切な人々が彼を囲んでいて、良かったとすら思うのだ。
それこそフロウの周りにいるのがリグ1人だけだったら、リグが死んだ時、彼はひとりぼっちになって悲しむだろう。リグが今まで恋仲を避けてきたのは、主にそれが理由だ。
いつ、どこで死ぬかわからない。
自分を愛してくれた人を一人でこの残酷な世界に置いて行けるほど、リグだって残忍じゃないのだ。死ぬ時はきっと、心配事も全て忘れたいものだろう。
電子端末の画面を見る。
バイブ音は止んだが、メールの通知が複数。
「………あーあ、可哀想なフロウさん。私みたいな奴のこと気にかけて、時間も労力も全部無駄になっちゃうんです」
リグは、ケラケラと笑った。
この島で、こんなに心の底から笑ったのは、初めてかもしれない。
「可哀想なフロウさん!あはは!ほんとうに可哀想!そんなんだからフェイクさんにも執着されて、フェルマータさんのことだって忘れられなくて…私みたいな悪いトカゲに目をつけられちゃうんですよ」
お人好しって大変ですね!
私は優しい人間になんかなりたくないです。
優しい人は、損ばかりなので。
ああ、実に馬鹿馬鹿しいとさえ──────
リグは電子端末の画面を操作する。
着信拒否。
そして今度は、見慣れた番号へ掛ける。
「──────ああ、シャモ。ガラルに行きます。はい、今からですよ。ええそうです。ええ…………ふふふ、お待ちしてます」
ピ、と軽い音を鳴らして電話を切る。
リグは軽いステップで暗闇の中へと姿を消した。
Fin.
