雪の下で
- 7月12日
- 読了時間: 5分
一軒家の玄関の外に閉め出されその場で丸くなって眠っていた小さな少年は肌寒さにぱちりと目を開く。
むくりと起き上がり見上げればひらひらと落ちてきたのは冷たい白色。その白色…雪は辺り一面に振り注ぎ地面を白く染め上げていた。わずかに積もった雪を眺めながらふと、少年は考える。周囲を見渡し次につい先程まで背後に存在していたはずの自宅を見るが己の知る建物ではなかった。
「………?」
は…と呼吸をすれば気管支が冷え、吐いた息が白くなる。少年はそれがどんな現象なのか理解出来ないまま首を傾げしばらく知らない世界を眺めていると、次にくしゅんとくしゃみが出た。
まだ眠気のある状態で目を擦りながら立ち上がると少年は自分の家を探し求める他興味の赴くままに白い雪の上をぺたぺたと歩き始める。
少年にとって見知らぬ街中の裏側。細道をたどり、いくつかの分かれ道を通り過ぎたところで前方から複数の足音が聞こえ始める。
「っ!?……────!」
「!待て…!」
騒がしい物音を立て少年の前に現れたのは大柄な男性で左手には拳銃を所持していた。鉢合わせた際男は人気のない場所でノコノコと子どもが彷徨いているとは予想してなかったのか驚いていたが、目が合い背後から追っ手からの制止の声を聞いた瞬間少年へ手を伸ばし腕で拘束した上で銃口を側頭にこすりつけ叫ぶ。
「動くな!これ以上動けばコイツの命は無い!」
「姑息な、」
拘束され銃口を向けられた少年は不思議そうな表情で双方を見る。まるで己が今どういった状況なのか理解していない態度で。
人質を取った男に対し苦難の表情を浮かべるもう一人の男。
「今更そんな手が俺らに通用するとでも?随分と贅肉がたらふくつきそうな環境で甘やかされたものですね。羨ましい限りです」
すると次に聞こえてきたのは二人の声ではなくもう少し離れた場所から若い声が聞こえた。煽りにも似た言葉に頭に血が上った男は反射的に口論し、
「なんだと!?我々メフィストの侮辱は万死に値す─────」
"パ ン"
雨音のような、風船が割れたような、そんな音と共に男はドシャリと倒れた。共に倒れた少年はもぞもぞと男の腕から離れようと動き、ぷは…と起き上がり見下ろすと男の頭部から流れ出た血液で雪の色がじくじくと赤く広がりそのまま凍っていく。
「いちいち動揺しては命がいくつあっても足りませんよ?相手が雑魚で良かったですね、新人」
「す…すみません、ボス…」
「………?」
「…ああ、すみません。ステルスを解除するのを忘れていました」
キョロキョロと声の主を探す少年の様子を察しこれで見えますか?と突如新人と呼ばれた部下の隣に姿を見せたのは少年と然程年齢に差がなさ気な少年だった。
ボスと呼ばれた彼はファウストの頂点、リグである。赤色のピアスを揺らし金色の瞳でリグは静かに相手を見る。長めの紫髪に頭上にはぴん、と生えた獣耳のようなもの。ラズベリー色の瞳はじ…とリグを見つめそその場に立ち尽くしている。
「……ボス」
「俺はお前のボスじゃないんですが…。…それにしても、随分と寒そうな格好ですね?」
「確かに…君、迷子かい?怪我は…無いみたいですが…近くに親の姿もありませんね」
この世界…ガラル地方では現在冬の季節が訪れている。少年の格好は冬を越すには薄着な上にどことなく少年自身も己の格好に見慣れていないようだった。急に自分の長い袖をくんくんと嗅ぎ始めた少年の行動が読めず部下は困る中、リグが一歩前に出て少年に近付く。
「お前、名前は?」
「……フロウ」
「此処で一体何をされていたんです?この付近は一般市民はあまり近付きたがらない場所ですよ。どうやって此処へ?」
「………?知らない。…家、ない」
「…そうですか」
「孤児ですかね…?」
「恐らく。メフィストの事も俺らの事も知らなさそうですが…言葉が未熟過ぎるのでなんとも言えませんね」
自分の家の前で寝ていたはずが家が見つからない、という意味で返答した言葉も少年フロウから発される言葉の発達はかなり遅れている為明確には伝わらず。
くう。
部下とリグが話している間に小さな音が鳴る。その音はフロウの腹部から鳴ったものだった。
「お腹空いてるんですかね…この子かなり痩せ細ってますし…」
(……傷跡…?)
フロウの空腹の音とは別にリグが注目したのは彼の肩辺りにある傷跡。その傷跡は先程人質を取られた際に出来た傷にしては古く、転んで出来るような擦り傷にしてはこすった形跡は無かった。よく見れば別の箇所に"自然には出来ない"アザのようなものが見て取れ、リグは密かに虐待を受けていた可能性を考え少しの間黙り込む。
本当に虐待であれば見知らぬ者に対しこんなにも警戒心もなく己の瞳をまっすぐに見つめられるだろうか?彼は一進化の野良ゴーストの割にあまりにも無知だ。この世界じゃいつ死んでもおかしくないだろう。
裸足で雪の上を歩いていたせいで足先が赤くなっているフロウの様子を眺めていたリグは仕方ないと言わんばかりに小さくため息をつくと彼へ手を伸ばす。
「ではフロウさん。腹が減ってはなんとやらです。お前も生きたければついてきなさい」
「?」
「お腹が空いてるんでしょう?あたたかいご飯を馳走しますよ」
そういうとフロウの手を取りファウストの拠点へと向かい始める。
「保護するんですか?」
「一応目の前で見られてますから。今後の事はもう少し立場が理解出来るようになったら考えます。使えそうであれば衣食住を提供する代わりにしっかり働いてもらいますよ。ね?フロウさん」
「?…ボス」
「……。俺の事はリグで良いです」
「ふっ、……あ!す、スミマセン!!」
思わず笑ってしまった部下はジト目で睨むリグに気付き慌てて咳払いする。
ゆらゆらとリグと手を繋いだ状態のフロウはリグの手をぼんやりと見ている。
「前を見て歩かないと転びますよ」
「…リグ」
「?」
「ごはん」
「……意外と生きていけそうなメンタルしてますねお前…」
ふわふわと舞い落ちる雪の下で彼らは出会った。
この先どんな世界を見ることになるのかまだ知らないフロウはただ、久々に感じた手の僅かな温もりと共に見知らぬ世界を記憶に焼き付けていくのだろう。
それが儚き夢の中の世界だったとしても。
