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 07 

🌹 4話以降は台詞メインの簡易文章🌹

ファフ

「…着いた…」


シャフ

『…』

古びた小さな一軒家。外には修理中の時計や装飾品が積み重なっている。晴天の昼、シャフとファフはこのおもちゃの家を探していた。

+ + + +

二日前。リンセと初対面の日、食堂での出来事である。

エコー

「ファフ、シャフ。お前たちに依頼だ」

長方形のテーブルに向かい合わせで座り食事を取っていたエコーがふとファフへとある内容を話し始めた。あまりにもさらりと発言するものだからファフは一瞬何を言われたのか理解するまで思考が停止する。その隣の席でフレドリカが目を丸くし会話を続けた。

フレドリカ

「あら…エコー様まだ話されていなかったのですか?」


エコー

「そうだな。次にファフと対面した時に話そうと思ってたんでね。タイミング良かったよ」


シャフ

『嘘つけ。コイツぜってーわざと話さなかったな』

ファフの隣で宙に浮き足を組んだ状態でいたシャフはギロリとエコーを睨みつける。

エコー

「どうしたファフ。相方の小言でも聞いて疲れたのか?定期的なメンタルケアはしておけよ」


シャフ

『てめえが言うな!本当にいけ好かねえ奴』


ファフ

「………大丈夫です…」

今にも掴みかかりそうな勢いに押されないようファフは慌てて話題を振った。

ファフ

(シャフ、チーズケーキ食べないの…?)


シャフ

(興味無え)


ファフ

(そう…甘いもの好きなのかと思ったんだけど…)


シャフ

(…興味無えっつってんだろ、早く食え)

シャフはエコーへの殺気を止め気だるそうにため息をつく。あの時一瞬ケーキに目を引いていたのは気の所為だったのだろうか。ファフはそう思いながら大人しくデザートのチーズケーキをフォークで刺し小さな口に頬張る。

エコーの隣の席に座って紅茶を彼へ差し出すリンセがファフへ話し掛ける。

リンセ

「どうですか?お口に合うと良いのですが…」


ファフ

「…ふわふわしてて、美味しいです…」


リンセ

「それは良かったです!ファフさんの初のお仕事も応援してますね」

ファフ

「依頼…本当?」


エコー

本当だとも。実は少し前にハリーとも話を付けてある」

いまいち飲み込めないファフの反応は想定内だったのかぺらりと書類を渡す。
書類を受け取り目を通すファフと隣から覗き込むシャフ。二人は徐々に複雑な表情へと変わる。

 

フレドリカ

「いかがでしたか?」


シャフ

『軍人の依頼とは思えねえ内容だな』

シャフの不機嫌な一言はフレドリカ達には届かず。

エコー

「言っておくが軍人の役目はあくまで市民を守る事だ。なにも戦う事だけが全てじゃない。…引き受けてくれるな?」


ファフ

「……はい。ご依頼、お受けします」


エコー

いい子だ。初の依頼が終わったらお祝いでもするか」


ファフ

「……」


エコー

「…はは、お前もまだまだ子どもだな」

僅かに表情が明るくなったファフの様子にエコーは笑う。

リンセ

「その時は是非出来たてのチーズケーキを持っていきましょう!」


エコー

「今4人で囲って食ってるってのにまだ作る気か…」


フレドリカ

「ふふ、きっと賑やかで楽しい日になりますわね」

――――――――――――――

こうしてファフ達は依頼を引き受け当日この場所へと踏み入れた。ちらりと隣のシャフを見るがエコーとの揉め合い後不機嫌極まりない彼とは中々会話が続かず目的地に到着するまで沈黙のままだった。相変わらず眉間にシワを寄せていて怖い。
ファフはシャフへ話し掛けることを諦め困った表情で目の前の建物を見上げる。やがて深呼吸をし扉の横にある小さなベルの紐を引く。

カランコロン、

……しん。


反応が無い。

ファフ

(?留守かな…)

罪悪感を感じつつも試しにドアノブをひねると、いとも簡単に扉が開いた。恐る恐る辺りを見渡せばはじめて見るアンティーク品ばかりで密かに彼女の心が踊る。積み重なったダンボールやタンスの行列、古びた時計、品のある人形、書物、おもちゃ、ティーセット、衣服、アクセサリー。目的を忘れキョロキョロとしているとふと奥の方に人影が見え、ファフは声を掛ける。

ファフ

「…あ……あの…」


ご老輩

「ん?おお、すみませんな。私の家に何か用かい?」

老眼鏡を外し姿を現したのは優しい表情をした男性のご老輩だった。手先には先程まで作業をしていたのか腕時計の部品が握られている。ファフはペコリと頭を下げた。

ファフ

「こんにちは…ぷちりょーしゅかのファフです…。依頼を送ったのは貴方ですか?」


ご老輩

「君がぷちりょーしゅかの一員!?驚いた…確かに依頼をしたのは私だよ」

ぷちりょーしゅかを口にした途端ご老輩は酷く驚いた表情でファフを見た。無理もない。

ご老輩

「重い荷物を運ぶ事になるが、大丈夫かい?」


ファフ

「……頑張ります…」


ご老輩

「じゃあ…あそこのダンボールを外に出してくれ。量も多いから一人では手に負えなくてね」

ご老輩の言葉にファフは小さく頷くと指されたダンボールの元へと向かう。ダンボールの中には子どもが喜びそうなロボットや可愛らしい人形が見え隠れしている。落とさない様両手でゆっくりダンボールを抱えた。よろよろとしながら玄関へと歩くファフの背中を見守りながら男性は微笑む。

ご老輩

「無理しなくて良いよお嬢ちゃん。軽いものを運んでくれるだけでも助かるからね」


ファフ

「大丈夫です…」


ご老輩

「はは…ありがとう。それにしても久しぶりに子どもがこの家に来てくれて嬉しいよ」


ファフ

「…」


ご老輩

「お嬢ちゃん?」


ファフ

「っ!」

がたんと大きな物音と共に舞い上がる埃の数々。

ご老輩

「お嬢ちゃん…!?大丈夫かい!?」

ご老輩は慌ててファフの元へ駆け寄る。目の前まで来るとご老輩はさらに目を見開いた。

ご老輩

「え……、き…キミは……」


シャフ

「……」

影はやがてむくりと立ち上がりご老輩を睨み付ける。目の前に立っていたのは転びそうになったファフと一瞬にして入れ代わったシャフだった。

+ + + +

ご老輩

「いやあ、助かったよシャフくん。見掛けによらず力持ちで驚いた!」

狭かった通路も一段と広くなり奥にある座席に座り肩をほぐそうと腕を回していたシャフの側にご老輩はお茶を置く。
アルバイトの様な依頼内容に納得いっていない様子のシャフだったが、ファフのもたつき加減にも腹を立てこうして夕方まで付き合った。ファフはその行動に驚いたようでなによりシャフ自身も苦い思いでいる。

シャフ

(何やってんだ、俺は)


ファフ

『凄い…あっという間に片付いた…』


シャフ

(……こいつの筋力も早くなんとかしねえとまためんどうな事に付き合わされそうだな。おちおち情報も集められねえ)


ファフ

『?』


ご老輩

「この様子なら今月までには片付きそうだ。ぷちりょーしゅか様々ですな」


シャフ

「…用はもう終わったんだろ、帰る」


ご老輩

「おや、もう帰るのかい?忙しいのに付き合わせてすまなかったねえ。…そうだ、せっかくの機会だ。何か持って行くと良い」


シャフ

「いらな…」

いらないと答えようとしてファフのじと、とした視線に気付き止まる。その間にご老輩からずいとさらに押しかけてきた

ご老輩

「手伝ってくれたお礼だよ。遠慮なく持って行っておくれ」


シャフ

「………はーーー…」

一時考えていたがやがて長いため息をつくと重たい腰を上げ、適当にぶん取って行こうと辺りを見渡す。

シャフ

「……?」

その中で彼はとあるものに視線が向いた。本棚に整頓された書物の中に差し込んである薄っぺらい本だった。ご老輩はその本を見ると表情が曇る。

ご老輩

「…ああ…それは娘が書いた楽譜ですな。私は音楽に詳しくないから読む事が出来ないがねえ」


ファフ

『がくふ?』


シャフ

「音の記録みたいなモンだ」

楽譜を見るのは初めてだったらしいファフはシャフの隣で首を傾げる。
 
シャフ

「…これは伴奏だけじゃねえな。歌詞が記してある」


ご老輩

「娘は歌が大好きで作曲家になるのが夢でね。もう何十年も前に老いぼれを残して旅に出ちまったよ」


シャフ

「………」


ファフ

『おじさん……』

顔はもの穏やかに笑っているが悲しげな声の調子で話すご老輩の姿を見てファフは心配する。沈黙する中しばらく様子を見ていたシャフはふと楽譜へ再び視線を戻し、ゆっくりと口を開いた。

すう。
 


――――――――♪、

りんと透き通る声。ゆらゆらとした視界。踊る様に夜色のコートがはためく。
ぞくりと鳥肌が立ち言葉を飲み込むファフ。この場所だけ時が止まる。かなしばりにあったかのような感覚。しかしながらどこか心地良いと感じる力強い歌声。

ご老輩

「……!」

目を見開きシャフを見るご老輩。
そのご老輩に向けて送る『唄』も『歌詞』も何よりも小さく、何よりもぽつぽつと、何よりも優しく、寂しく、


――――――――

そして何より短い歌詞だった。再度訪れる沈黙は先程までの冷たい空気はなく、あたたかな日差しに当てられたような気温となった。

唄い終えたシャフは乱暴にご老輩へと楽譜を渡す。ファフは思わず彼へ問い掛けた。

ファフ

『その…がくふ?読めたんだね』


シャフ

「…俺は音楽家系だったからな。こういうのは日常茶飯事だった」


ファフ

『!え…もしかして、思い出したの…?』


シャフ

「…ああ」


ファフ

『そう…良かった…また一歩進んだね』


シャフ

「……」


ファフ

(シャフが…はじめて自分の事を話してくれた)

シャフの新たな一面を知れたファフはほ、と安堵し胸を撫で下ろす。そんなファフをよそに黙って立ち尽くしていたご老輩がようやくポツリポツリと話し始めた。

ご老輩

「そうか……そんな、歌だったのか」

ご老輩は徐々に表情を崩しうっすらと涙を浮かべながらくしゃりと楽譜を強く持つ。

ご老輩

「娘が出て行ってから見つけてね。聞きたくても、聞けなかったんだよ……」


シャフ

「…」


老人

「私は作曲家になる事を反対していた。ただ、幸せになってほしかったがためにいつまでも非現実的な夢を追うのは止めろと、他にも酷い言葉を沢山吐き捨ててきた。一番そばで応援してほしかったのはきっと親である私だっただろうに…本当は分かっていたはずだったんだ…」


シャフ

「……」


ご老輩

「憎んでいるだろうなあ…私の事を。いつまで経っても後悔する気持ちが無くならない…私は…」


シャフ

「本当に憎んでるなら」

鈴のように綺麗な声で静かに言葉を紡ぐシャフにご老輩は顔を上げる。

シャフ

「本当に憎んでるならこの歌を此処に残すわけがない」


ご老輩

「……!」


シャフ

「俺は、“俺ら“はお前の後悔を聞きに来たわけじゃねえよ。この歌の題名が全てだろ。いい加減受け取らねえのか」

真っ直ぐなシャフの言葉にご老輩は心を打たれ息を呑む。シャフの表情は不機嫌そうな顔つきではあるものの空気は落ち着いていた。

ファフ

『……』


ご老輩

「シャフくん、それとファフちゃんにも伝えておくれ。老いぼれの話を聞いてくれてありがとうねえ」

ご老輩は目を伏せ大事そうに楽譜を握り直しながら何度も、何度も、繰り返し呟いた。
楽譜に記された歌の題名は「幸せを願って」
ファフはそんな二人の様子とかつての自分の家族や村の人達の事を照らし合わせ眺めていた。

+ + + +

ファフ

『…新しい所でも上手くやっていけると良いね…』

雑貨屋を出る。どうやら依頼内容は引っ越しの準備の援助で間違いなかったようだ。ファフは黙って歩みを止めない様子のシャフを追いながら話を続ける。

ファフ

『最初は初めての依頼に不安だったけど、少しでも記憶が戻ったのなら嬉しい…』


シャフ

「嬉しい?俺はお前を人質にしてるんだぞ。前言った事も嘘だろ」


ファフ

『……嘘じゃない…。吸血鬼の貴方が怖い事も、仲良くなりたいと思ってるのも本当』


シャフ

「訳わかんねえ」


ファフ

「……ボク、本当は村の人達と仲良くしたかったんだと思う」

ファフは瞳を閉じかつて共に暮らしていた村人達や家族を思い浮かべながら一つ一つゆっくりと言葉を口にしていく。ファフから自分の過去を話すのも珍しい光景だった。懐かしむ彼女の姿を夕日が照らしより透き通る。

ファフ

「ボクもボクの家族も、村の人達とはあまり馴染めていなかったけれど…それでもボク達が育った場所だから…大切だった。捨てられても恨むことは出来なかったの」


シャフ

「………」


ファフ

『ボクの事、言う程か弱くないって言ってくれて…嬉しい事に最近気付いた。ボクはきっと強欲だから、生き残る事も貴方と和解する事も望んでる…今までそうして生きてきたから…』


シャフ

「…はっ。確かにてめえは強欲だな」


ファフ

『…シャフ』


シャフ

「なんだ。代わるなら代われ」


ファフ

『…ううん。ありがとう』


シャフ

「何笑ってんだよ。…変な女だ」

くす、と可愛らしく微笑むファフの様子にシャフは僅かに困惑の表情を浮かべ、ふいとそっぽを向き先に歩みを再開していった。

シャフ

(…初めて俺に向けて笑った。お前はどうしてそんな顔でいられるんだ)

ファフは人混みの多い街中へと入り込んだシャフの隣で宙に浮かびながら着いていく。夕日が沈む前なのもあって辺りの飲食店や宿屋がより賑わっていた。

ファフ

『シャフの歌声…綺麗だった』


シャフ

「…俺は好かん」


ファフ

『そうなの…?ボクはシャフの歌声好き…』


シャフ

「………アイツと同じ事言うな」


ファフ

『?ごめん、聞き取れなかった』


シャフ

「何でもねえよ」

人々の歓声の声でかき消されたシャフの呟きはファフには届かなかった。ファフはぷちりょーしゅかの本拠地へと帰還するシャフの背中を眺めながら考える。

ファフ

(少しずつ記憶が戻ってきてる…。言葉は…ボクが生贄に選ばれて出会った時より優しい気が…する)

ピースが埋まっていくシャフの記憶が最後まで取り戻すとどの風に変わっていくのだろう。またあの頃の吸血鬼に戻ってしまうのだろうか。あの寂しくも冷たい目をした吸血鬼に。

ファフ

(シャフはずっとあの場所に一人でいたのかな…ボクとそんなに歳も離れていなさそうなのに)

当時見上げる程の大きな屋敷にいたのはシャフ一人のようだった。吸血鬼の中でも特殊の分類に含まれる最古の血を継続する彼は不老不死といわれており、一体どれほどの年月から孤独だったのだろうか。

ファフ

(それはきっと…ボクだったら、寂しい…な)


シャフ

「おい、何急に黙ってんだよ」

ファフはまだシャフの事を知らない。彼女の中で一歩ずつ進展した関係に喜ぶ気持ちと複雑な心境の中、シャフに呼ばれる。と、その時。

ユン

「ちょっと、待ちい」


シャフ

「!」


ファフ

『えっ…』

人混みの中、膝下程ある黒髪を一束にまとめた長身の青年とすれ違った瞬間シャフは腕をがしりと掴まれ強制的に振り向かされた。

ユン

「顔をよう見して。…ああ、間違いない。やっと見つけた!」


シャフ

「――――なん、」


ユン

「はーーーほんまに心配した。屋敷が全焼しとると思ったら流石に肝が冷えたわ…」


シャフ

「っおい!いきなり何しやがる…!」

両手で顔を固定され覗き込まれていたシャフはドンと腕で押し退け距離を取った後思いきり睨み上げる。普段から警戒心が強いとはいえこうも簡単に相手のペースに呑まれている辺り、確かに隙が大きいというのは彼にとって不都合のようだ。
突然の事でファフも何も言えなかった様子で呆然と立ち尽くしている。

ユン

「あれ…もしかして覚えてへんの?俺のこと。盗賊ユンさまやで!」

困惑を隠せないでいる二人とは正反対にユンと名乗る青年は明るく笑う。
黒髪が揺れクリームソーダ色の瞳でシャフを見つめる。その迷いのない瞳はとても懐かしさを感じさせる色だった。

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