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06
🌹 4話以降は台詞メインの簡易文章🌹
暗い夢。何も見えない夢。
真っ暗な視界の中耳に残る言葉の数々。
バケモノ、と。
次に見えたのはとても広々とした教会だった。ステンドガラスから差し込む日差しに眉を寄せ見上げる。
吸血鬼ならばその眩い光で焼け朽ちてしまうだろう。しかし自身の体は太陽の光に反応は示さず、人間のように立ち尽くすのみ。光に屈しなければ歳もとらず傷口も瞬く間に塞がる。この世のものと思えない神秘的な容姿であれど普通に過ごしていれば、血の乾きさえ無ければ気が付かれない。弱点という伝説上の弱みが無い状態で人間と共に行動していれば、それは人間にとってそこらの怪物よりも恐ろしいことなのだろう。
ファフ達だってそうだ。本来ならば相容れない関係でそれ以上の感情は不要なのだ。
シャフの背中を悲しげに見つめる少年の姿を最後に夢から醒めた。
――――――――――――――――――
シャフ
「……」
ぼやけた視界から白い天井が見え始めた頃シャフはひっそりと欠伸をする。ベットを背もたれにしていたシャフはふと後ろを見ると静かに寝息を立てるファフの姿があった。
ファフと共に行動するようになってから約一ヶ月が経とうとしている。
無言でファフを眺めていると部屋のドアの外からコンコンと小さくノックする音が聞こえた。その音でファフも目が覚めたらしく、ぴく。と体が動くとゆっくりと重たい瞼を開く。ルビー色の目で状況把握出来ていない様子で見つめてくるファフにシャフは小さくため息をするとフ、と消えてしまった。
コンコンともう一度ノックする音が聞こえ、今度はむくりと体を起こし白いワンピースの部屋着をひらりと揺らしながら床へと足を伸ばす。そのままドアへと向かい鍵を解除し小さく開くとアルトレーデの姿があった。
アルトレーデ
「おはよう!昨日は大変だっただろうけど、よく眠れた?」
ファフ
「うん…おはよう…」
アルトレーデ
「それなら良かった。もう一人の怪我の様子は?」
シャフ
『……』
ファフ
「……もう治ってるみたい…」
ファフの言葉にアルトレーデは目を丸くする。怪我は以前力試しの時に受けた傷のことである。
アルトレーデ
「凄いな、代謝の良さげなハリーでさえ数日は掛かりそうな傷だったと思うんだけど…」
ファフ
「シャフは自然治癒だって言ってた…」
アルトレーデ
「自然治癒といってもあまりにも治るのが早すぎるんだよね。相当な魔力を消費してるはずだし…いやあ戦闘スタイルといい吸血鬼の能力様々だわ」
ファフ
(…そういえば、どうしてあの時ギリギリまで反撃しなかったのかな…。戦闘の記憶が急に戻った…?のもなんだか不思議な感じ…)
シャフ
『……』
回復の早さにアルトレーデの中で吸血鬼の不老不死説が強まる。考え込んでいたアルトレーデの手元の書類に気が付きファフは問い掛けた。
ファフ
「あの、その書類は…?」
アルトレーデ
「あ!そうだった。いきなりで悪いんだけど一つ頼まれてくれないかな?」
ファフ
「?」
アルトレーデ
「これ僕が処理する書類の中に間違えてエコーの分が紛れ込んでてさ、僕ちょっとこれから依頼の用事があるから代わりに届けてほしいんだ」
そう言って胸元へ差し出されたのは数枚の書類だった。ファフはアルトレーデに向かって小さく頷いてみせる。
ファフ
「…分かった…」
アルトレーデ
「ほんとっ?ありがとうファフ!お土産買ってくるからさ、今晩期待してて〜」
思わず抱きしめ感謝の表意を示すアルトレーデ。
ファフ
「あの、」
アルトレーデ
「ん?」
(あ、もしかして抱きしめるの嫌だったかな?女の子だもんね〜気をつけなきゃ…)
ファフ
「いってらっしゃい…」
アルトレーデ
「えっ」
ファフ
「?依頼…」
常日頃ハリー達に頭を撫でられ慣れたのか構わずアルトレーデを見送ろうとするファフの態度にアルトレーデは良い意味で拍子抜けする。
アルトレーデ
「…あ、ああうん!行ってくるね!ファフちゃん優しいなあ」
ぱっと明るい表情を見せファフに両手で書類を渡すとアルトレーデは手を振りながら小走りでその場所から離れていく。その様子をしばらく眺め、やがて着がえる為にファフも一旦自室へ戻っていった。
+ + + +
黒いドレスに着替え部屋から出る。一歩踏み出せば頭に付けたヘッドドレスと同時にドレスに装飾された林檎の様に赤いフリルが交互に揺れ、首に掛けた赤い十字架の首飾りがキラリと光った。
未だに慣れない格好で歩くファフの横で宙に浮きついてくるシャフ。力試しの日からファフの十字架にはシャフの魔力が入れ込まれており、まだ未使用だが発動させればファフは『弓』シャフは『矢』の役割を持った武器へと変化するらしい。
又シャフは音魔法の他に属性魔法も得意とするらしく、特に炎や闇を操るのに長けている。少しずつではあるがファフも基礎的な魔法を学んでいる最中だった。
エコーの部屋に着くと小さく深呼吸し、遠慮がちにノックすれば「入れ」と短い返答。口ごもった様子で失礼しますとお辞儀しながらドアノブを持ち押すと、真ん中の大きなテーブルに置かれた書類の山に一つずつ目を通してペンを回しているエコーの姿があった。そのエコーがこちらに目を向けるとファフの姿に意外そうな顔をして口を開く。
エコー
「ファフか、珍しいな。何か用か?」
ファフ
「あの、これアルトレーデさんから…」
エコー
「書類…?こっちに持ってきてくれるか?」
手を差し伸べるエコーへファフは書類を渡す。エコーは目を通すと小さく苦笑いを浮かべた。
エコー
「ああ…なるほど。やれやれ…こっちも忙しいんだけどねえ…」
ファフ
「?」
エコー
「いや、こっちの話だ。アルトレーデの代わりにご苦労だったな」
ファフ
「…書類届けただけ…」
エコー
「ん?なんだ、依頼がもらえない事に拗ねてるのか?フフ」
ファフ
「……」
そう。軍に入ってから一ヶ月が経とうとしているが未だにファフやシャフの依頼は一通も頼まれていないのだ。ファフの小さな呟きにエコーはまた一つ笑う。
エコー
「ハリーの過保護な面は困りものだがお前を心配しての行動だ。大目に見てやってくれ」
ファフ
「……うん。ハリー達にいつも助けてもらってる」
エコー
「お前は十分頑張ってるよ。軍人のオレ達から見れば眩しいほどに」
エコーは書類に目を通しながら会話を続ける。
エコー
「…と、その格好よく似合ってるな。ハリーの妹さんに作ってもらったんだろ?」
ファフ
「うん…この間の分も、全部作ってくれた…」
エコー
「流石妹さん。手先が器用なことで」
こんこん。がちゃ。と扉が開く音。
リンセ
「エコー様いますか?そろそろお昼の時間ですよ……あ、お取り込み中でしたか」
姿を現したのは鮮やかな蒼色のロングヘアに見え隠れする翠眼が印象的な一人の女性。手には箱の様な物を抱えていてファフがいることが分かると微笑みながら一礼する。
リンセ
「10分後に出直しましょうか?」
エコー
「いや、もう用事は済んだからいい。もうそんな時間か……ってリンセ…また持ってきたのか」
リンセ
「はい!エコー様の好きなチーズケーキ、今回も自信作ですよ」
エコー
「わざわざ此処に届けなくて良いっていつも言ってるだろ。昼食どころかケーキで腹を満たすつもりか?まったく…」
リンセと呼ばれた女性はエコーに呼ばれると嬉しそうに部屋の中へ足を踏み入れこつりとヒールの音が響く。そしてファフの隣に来ると興味深そうな顔でこちらを覗き込んできた。
リンセ
「もしかして噂の新人さんですかね?」
エコー
「ああ。ファフだ。まだ新米だから色々教えてやれ」
リンセ
「わあ、はじめましてファフさん。女性メンバーが増えて嬉しいです、よろしくお願いしますね」
ファフ
「よ、よろしくお願いします…」
見慣れない人に話し掛けられ戸惑っているとエコーがフォローを入れる。リンセはチーズケーキが入った箱を机の上に置きまたにこりと笑いかけてくれた。
リンセ
「そういえば噂だと“二人いる“とお聞きしたのですが…今日はファフさんお一人ですか?」
エコー
「…ああ、確かに“二人“だな。目の前にいるんだろうが気難しい子でね」
ファフ
「え…」
エコーのわざとらしい物言いに隣で聞いていたシャフが不快そうな目で彼を睨みつけた。オロオロとし始めたファフの様子に何かを察したのかエコーはさらに続ける。
リンセ
「目の前に…私からは見えませんし、その物言いはエコー様も見えてませんね?」
エコー
「ああ、普段は霊体のようなものだな。…いや、入れ代われれば姿形も変わるし食事も取れる。ファフの体に乗っ取った形でなければ霊体より便利だ」
リンセ
「なるほど…エコー様が興味を持つの分かる気がします。ファフさんには申し訳ないですが私も見てみたいですし、いずれお会いしたいですね」
エコー
「会いたいなら本人に聞いたら良いんじゃないか?どうせ盗み聞きしてるだろ」
リンセ
「……」
エコー
「……」
一時の沈黙後リンセとエコーが同時にファフを見る。
リンセ
「……出て来ませんね?エコー様の挑発に乗らないなんて中々の強者ですよ」
エコー
「思った以上に繊細みたいだ。相方が気難しいと苦労するな?なあファフ?」
ファフ
「え……あ、あの……」
もしかして、煽ってる?
挑発をしている様な態度を取るエコーとリンセにシャフは明らかに苛立ちを見せていて、その様子が分かってしまうファフは背筋が凍る。
ぐる ん
そうして視界が代わった瞬間ガンと机を蹴る音がした。
はっとして目の前の光景に動揺するファフを見ようともせずに入れ代わったシャフは目付きの悪いルビー色の瞳をエコーに向けながら机に片足を置き身を寄せていた。ひらりと紫髪と羽織った夜色のコートが生きているかのように揺れ、両腕にくくりつけられたベルト装飾がコートとすれる音を鳴らす。一瞬の出来事にリンセも目を丸くしていたがエコーは特に焦った様子も無く、笑みを崩さない彼にシャフはますます腹を立て低い声で問いかける。
シャフ
「お前、立場が分かってねえようだな」
エコー
「そうか?オレはぷちりょーしゅかの中で最も立場を理解してるつもりだよ、最古を継ぐ短気な吸血鬼サン」
シャフ
「…」
ファフ
『……!』
ぶわりと殺気が部屋中を駆け回る。
確かめる様に見返してくるエコーに目を細め片手をコキ、と鳴らし始めるシャフにファフは怯える。助けを求め思わずリンセを見ると意外にもリンセは表情が消え、静かに二人のやり取りを見ていた。
シャフ
「俺はその気になればファフを殺せる。てめえ等とはあくまで条件の為に行動を共にしてるだけだ。立場を理解してるならその減らず口俺の前で容易にしないことだな。…それとも、二度と喋れねえよう捻り潰してやろうか」
エコー
「それは困るな。ハリー達の面倒を見てくれるなら話は別だがね」
わざとらしく肩をすくめる。
エコー
「しかし不思議な事だ。お前はあくまで条件の為にと話しているようだが、その割にはぷちりょーしゅかやファフとも打ち解け始めているように見える」
シャフ
「は?なんだと?」
エコー
「なんだ、自覚がないのか。初対面にみせた殺気は僅かだが薄れてきている。ましてや身代わりを名で呼ぶような奴が簡単に殺せると思うか?」
シャフ
「!」
ファフ
(あ………、)
エコーの言葉にファフは確かに覚えがあった。記憶喪失の影響もあってか彼は意外にも世間に疎く、嫌がりはするが人が近寄る事に然程抵抗がない。それはエコーからは打ち解けてきているように見え、ファフからは何もかも諦めているように見えていた。あの悲しそうな表情でいた吸血鬼を思い出すのだ。
今のシャフは髪で隠れどんな表情でいるのか正面にいるエコーからしか分からない。
シャフ
「この俺が、吸血鬼という名の化け物が同情で殺める事を躊躇うとでも」
エコー
「殺める奴は化け物でなくても手を下す。オレ達軍人でもな」
シャフ
「………」
エコー
「記憶喪失の割に落ち着き過ぎてるんだよ、お前さん。人間の…力無き少女の言葉も乱暴ではあるが聞き入れているところがある。……お前、本当は記憶喪失なんてものーーー」
シャフ
「黙れ!」
ファフ
『っきゃ…!』
シャフの叫びは音魔法となりパリンと窓ガラスが砕け散る。ビシビシと部屋の中で風が吹き荒れシャフをまとい、冷たい目で見下ろす。しかしそれでもエコーは椅子に座ったまま動く気配がない。
エコー
「リンセ。お前はそのまま動くな。武器も仕舞え」
リンセ
「………はい」
殺気の度合いが冗談で済まされないレベルと判断したのかいつの間にリンセは戦闘態勢を取り武器を向けようとしていた。それをエコーがいち早く気付き静止するとリンセは無表情で小さく頷く。
ファフ
(……?エコーさんは、何を言いかけたんだろう…)
エコー
「…やれやれ…。ファフ、お前はどうだ?シャフのことは今でも怖いか?」
彼女の声や姿が見えないと分かった上で今度はファフへ問いかける。ファフはしばらく考えたのちゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
ファフ
『…今でも、怖いと思う時がある』
シャフ
「……」
ファフ
(それは、記憶喪失になる前のシャフが…ううん。吸血鬼としてのシャフが怖かったから。記憶を取り戻したらどうなるのか不安で、助けてもらったぷちりょーしゅかの人達にも申し訳なかったから)
ファフ
『……でも』
(だけど)
ファフ
『シャフこと…もっと知りたいとも思ってる』
(ボクはあの時助けてくれたシャフ自身の事をちゃんと知りたい。怖いけど、あの寂しそうな瞳が…忘れられないから)
ファフ
『ボクは、シャフと仲良くなれるのかな…』
シャフ
「ーーーーー」
シャフの動きが止まる。
エコー
「隙あり」
シャフ
「!」
僅かに動きが停止し殺気が緩んだシャフに突然襲い掛かって来たのは細長く自在に曲がる鞭だった。理解する前に避けようと思わず机から足を退くが反応が遅れ両腕と首元を縛られ身動きが思うように取れなくなる。
ぎり、と絞められ呼吸が浅くなるシャフの様子をエコーは楽しげに見ながら取り出していた鞭を持ち直す。
ファフ
『シャフ…!』
エコー
「力と素早さは確かに飛び抜けて高いが、隙がでかいのが難点だな」
シャフ
「こ、の」
エコー
「おっと。動いたら余計絞まるぜ?大人しくしてくれるなら放す」
シャフ
「ぐ、」
ファフ
『……』
シャフ
「!」
無意識でファフがエコーをきっと睨む。ファフの意外な行動にシャフは再度目を見開く。
エコー
「…?どうした。降参か?」
シャフ
「………」
急に静かになったシャフの様子で流石に不審に感じたのか声を掛けるもののシャフは思い切り睨み上げるだけで抵抗自体を止めた。
シャフ
「……離せ」
エコー
「…おーけー。今のお前なら安心だ」
その表情に降参だと判断したエコーは素直に鞭をびゅ、と鳴らしながら縛っていたシャフを解放する。
リンセ
「流石です、エコー様」
観察していたリンセが表情を取り戻し微笑みながら拍手をして褒め称える。
リンセ
「貴方がもう一人の方ですね?本当にファフさんにそっくり…それに彼女の姿も忽然と見えなくなるなんて興味深いです」
エコー
「その辺にしておけよ?また暴れられても面倒なんでな」
エコーが席を外し部屋の外へと向かう。
リンセ
「エコー様?」
エコー
「昼食取るんだろ。食堂に行くぞ」
リンセ
「あ、そうでした。シャフさんとファフさんもご一緒しましょう?食堂でフレドリカさんも待ってます」
シャフ
「……」
エコー
「おいおい、レディの誘いを無視するのは得策じゃないな?」
リンセ
「ふふ。自信作のチーズケーキも特別にお裾分けしますから機嫌直してください、シャフさん」
シャフ
「…いらん」
ファフ
(……今、一瞬動作が止まったような……甘いもの好きなのかな)
また一つ、シャフのことを知れた気がして密かに嬉しいファフだった。嬉しいと感じること自体に不思議に思いながら。