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 08 

🌹 4話以降は台詞メインの簡易文章🌹

シャフ

「知らねえ」

シャフの容赦無い一言にユンと名乗る青年はズルッと滑る。

ユン

「即答やな…!?確かに俺ら子どもやったし記憶薄いのは分かるけど、もう少し考える素振りくらいしてくれてもええやん?」

念願の依頼も無事終えぷちりょーしゅかの本拠地へ帰還しようとしていた二人の前に現れたのは盗賊と名乗るユンという男性だった。漆黒の長髪を一束にまとめ、真っ赤で派手な腰マントとアクセがともに小さく揺れる。左目は傷を負い閉じたままでもう片方の瞳で視界を判断しているようだった。

ファフ

(シャフの友達…?)


シャフ

(…知らん)


ファフ

(まだ全部思い出せてるわけじゃないんだよね…?もしかしたら関係者かも…)


シャフ

「……」


ユン

「にしてもこんな賑やかな街におるのは意外やったなあ。ようやっと外に出る気になったん?」


シャフ

「気安く触んな」

シャフは肩に置こうとしたユンの手を乱暴に退けギッと睨み上げる。

ユン

「はは、つんけんしてんのは今も変わってへんな〜」


シャフ

「…」


ファフ

(あ……)

口調は変わってないが冷たい態度を取られ少しだけ寂しそうな表情をするユンの様子に気付くファフ。シャフもユンが少なからずショックを受けているのは分かるようでそのままジッと見つめている。

ファフ

(もしも本当に友達だったりしたら、拒絶されるのは悲しい…よね)


シャフ

「…てめえは昔の俺の事を知ってんのか」


ユン

「ん…?昔?」


シャフ

「答えろ」


ユン

「あー…。せやな。吸血鬼と会うたのはお前が初めてや」


ファフ

『!』

言い難そうに話す彼の様子からどうやら何かしらシャフを知っている事は間違いなさそうだった。シャフは目を細めしばらく黙り込む。

シャフ

「場所を変える。来い」

そして顎で軽く別の方向を指しながら言い放つとさっさと背中を向け再び歩き始めた。
ユンはすぐには行動せず少し考えたのちにゆっくりと着いて行く。ユンには見えていないだろうファフは彼の様子をチラチラと見ながら先を行くシャフの後を追った。

+ + + +

ユン

「なあ。こないな人気の無い所まで連れてきてどないするつもりなん?」


シャフ

「仮にも今はぷちりょーしゅかの一員だからな。他の連中に聞かれると厄介になる」

賑やかな通り道から抜け出し狭い通路を進んだ先にある空き地まで来るとシャフはようやく足を止める。疑問の声を背中から受け振り返り淡々と話すと、ユンは驚いた口調で続けた。

ユン

「ぷちりょーしゅかって言うたらあの武装集団の…!?お前そないなところで活動しとるんか。よう逆に狩られんかったなあ」


シャフ

「…詳しいな」


ユン

「そりゃ…あの辺になってくると俺みたいな賊は天敵さかい、知らん奴の方が少ないと思うで?出来ることなら関わらん方針を選択する意味で有名っちゅー話や」


シャフ

「はっ、腰抜けどもめ」


ユン

「堪忍したってや〜軍人さまには叶わへんわ。情報を買うてくれるんなら話は別やけど」


シャフ

「情報?さっき盗賊って言ってたじゃねえか」


ユン

「シャフは世間知らずやな〜。情報は財宝なんやで」


シャフ

情報はあるほど俺にとっては好都合だ。こいつ、ふざけてはいるが場合によっては役立つか)


ユン

(あれ…怒らへんの?変なところ真面目やなー)

茶化しには反応せず顎に手を当て何やら考え始めたシャフの態度にユンは拍子抜けする。シャフは警戒を解く様子はなく慎重に話を広げようと試みているようだった。

シャフ

(関係無ければぷちりょーしゅかの情報が目的か。それとも俺に近付いて得する事でもあるのか?エコーの野郎によれば俺の情報は然程行き届いてないはずだが)

ユン

「まあ何か困ったことがあったらこのユン様にお任せや。特別に割り引いたるで」


シャフ

「てめえの情報が正しいとは限らねえがな。…けほ、」


ユン

「しっかし情報が中々出回らへんはずや。裏組織におるのは想定外やった…って…ん?」


ファフ

『!』


シャフ

「…………っ、」


ユン

「おい、顔真っ青やん。どないしたん?」

突然苦しげに咳き込み始めたシャフの様子にユンは目を丸くする。かふ、と過呼吸を引き起こしふらつく足をなんとか保ちながら己の体を支える彼の瞳はギラリと潤み、人間から外れた様子にファフとユンは息を呑む。

ファフ

(シャフの目が、怖い。これって…)

シャフ

「………けほ、」


ユン

「シャフ、」


シャフ

―――――寄るな…!」

思わず手を伸ばそうとしたユンへ静止の言葉を投げかける。声を掛けられればびくりとシャフの体が跳ねた。
頭の中にガンガンと響き渡る声。声。声。ズキリと頭痛がシャフを襲いくしゃりと自分の髪を掴む。
甘い香りが吸血鬼を誘惑し鼻につく。とてつもない喉の乾きに追いつかず動揺する。

―――――――このままでは、駄目になる。

シャフ

―――っ…!」


ファフ

『シャフ…!』


ユン

「な、」

ざくりと自分の腕を爪で切り裂き、追加された痛みに顔をしかめながらぐらりと体が揺れる。ドサリと冷たい地面へと倒れるシャフを呼ぶ二人の声。爪痕からはサラサラと血液が流れ落ちる。数分経たない内に意識が遠くなり、頭痛や乾きも治まっていくのを感じながら重たい瞼を閉じた。

―――――――――――

暗い。暗い。暗い。
限りなく続く闇色に人々は恐れる。
寒い。寒い。寒い。
誰も存在せず広過ぎるこの世界は雪の様に冷たい。

「バケモノ!」


「こいつ、ボロい屋敷に住みついてるって噂の吸血鬼だぜ」


「こっち来るな…!殺される!」

いつからだろうか。化け物と呼ばれる様になったのは。
いつからか俺は化け物を認め、人間を憎み、この屋敷に住み着いていた。誰からも親しまれず、誰からも求められないまま、ただ意味も無く此処にいた。静かに死を待つだけでよかった。
しかし人間は化け物の安息など望んではいないのだ。それは、仕方のないことだった。

かくして吸血鬼は思う。
人間とは、なんて愚かな生き物なのだろうと。
いつの日か己の痛みを全て鉄の味へと変えてやろうと。

憎い。
憎い。
憎い。

はじめて人を殺めた過去を思い出す。
紅く染まっていくどす黒い爪は肉を裂く感触を知り、耳に鳴り響くのは悲鳴。悲鳴。悲鳴。
俺が求めていた事はこんな物だったわけじゃない。俺が欲しかった物はこんな事だったわけじゃない。
こんな思いをしてまで外の世界に憧れるほど俺は冷酷じゃなかった。そこには確かに感情が、あったはずなんだ。

『俺、海賊になるのが夢なんや』

過去の記憶を掘り返すほどお前の笑顔を忘れられない。忘れさせてくれない。
なぜだ。
なぜだ。
なぜ、だ。

+ + + +

遠くから聞こえる賑わいの声と風の音に気付き目を覚ますと真っ先に見えたのはすっかり日が沈んだ夜空とそれを覆う様に立っている木の枝だった。さらさらと風が鳴り心を落ち着かせてくれる。

ユン

「お。気が付いた」

体を起こし辺りを見回せば隣であぐらを組み様子を伺うユンと目が合った。シャフはユンから目をそらし大きな木に寄りかかる。

ユン

「うん、顔色も大分マシになったな」


シャフ

「ここは」


ユン

「そう離れてへんで?涼しい場所の方がええと思ったから、木陰まで移動しとる」


シャフ

「…礼は言わねえからな」


ユン

「素直やないなあ、さっきまで気絶しとった癖に。…で、」

ユン

「何でさっきあんな事したん」


シャフ

「………」


ユン

「お前の自然治癒能力が高いのは知っとるけど、次はするな」

先程の気さくな態度とは打って変わり声の調子が一段階低くなるユンの問いにシャフは無言で返す。

ファフ

(シャフの自然治癒の事も知ってる…自然治癒の事も黙秘してるってエコーさんから聞いてたはずなのに…)

そんなピリ、としたしばしの二人の沈黙を心配そうに見つめるファフ。

ファフ

(やっぱり、シャフの知り合いなのかな…)


ユン

「…なあシャフ。ほんまに俺の事覚えてへん?お前は信じてなかったかもしれへんけど、あの時言うた事本気やったんやで」


シャフ

「………」

さらさらと風と共に草木の音がする中、ぽつりと独り言のように話すユンの横顔を見ながらシャフはようやく口を開く。

シャフ

「……幼少期からの記憶が無い」


ユン

「え?」


シャフ

「記憶喪失なんだよ、今は。目覚めたらこの体にとりついていた。本来この体は俺のじゃねえし、何処にあるのかも知らん」


ユン

「は。え。な…何言うとんのや」


シャフ

「正直肉体も生き残ってるのか不明なところだな。死んでる確率の方が高い」


ユン

「……それ、本気で言うとる?」


シャフ

「試してみるか?」

明らかに動揺しているユンの様子に目を細めるとその場から立ち上がり見下ろす。ゆらゆらと生きているかのように風と踊る夜色のコートに首元で青色に光る十字架が揺れる。静まり返った中、シャフはルビー色の瞳を静かに閉じていき…

ぐ         る      ん

ユン

「……!」

次の瞬間ユンの目の前に現れたのは黒いドレスをふわりとさせこちらも戸惑いの表情でいる少女の姿だった。ファフ自身も入れ代わると思っていなかった為目を丸くしてお互いに固まっている。

ファフ

「……あ…あの…」


ユン

「お、おんなの…子…?」


ファフ

「は…はい。あの…フ、ファフです。よろしく…」


ユン

「ああこりゃご丁寧にどうも……っていやそうやなくて!」

何か喋ろうとした結果自己紹介をしたのちペコリと頭を下げるファフにユンも慌てて頭を下げたが、途中でブンブンと首を横に振り自身へツッコミを入れる。

ユン

「ちょい待てや…俺が頭痛おなってきよった」


ファフ

「シャフはその、記憶を取り戻すまでの間ボクの体を借りてる状態なの…」


ユン

「シャフが高速で着替えたんやなくて?容姿そっくりやけど」


シャフ

『潰されてえのか』

ファフと入れ代わった今のシャフでは頭を抱え唸るユンには殺気一つも届かないのだろう。ファフはコメントに困り声を掛けられずにいるとシャフとまた入れ代わる。

ぐ  る ん

ユン

「おお…戻った…。何やえらい事になっとるみたいやなあ…」


シャフ

「…まあな。嫌でも慣れる」

ファフの気持ちもお構いなしに自由に入れ代わり続けるシャフは肩を回しながら面倒そうに答える。正直初対面の人と話すことに慣れていないファフにとって後ろに控えるよう誘導された事は助かっていた。

ユン

「記憶喪失で肉体が行方不明って話は分かったけど、さっきのとは何か関係あるん?


シャフ

「何故そんな事を聞く」


ユン

「え?何でって…気になるやん?お前急に自分の腕引き裂くし目を疑おうたわ」


ファフ

『多分、心配してるんだと思うよ…』


シャフ

「………はーーーー…」


ユン

「た、ため息付くほど話すん嫌か…!?」


シャフ

「吸血鬼を知ってるならある程度予測出来るだろうが。貧血だ貧血。腕を裂いたのは疼きを痛みで紛らわす為にしただけだ」


ユン

「お前ほんまに次からするなよ…。あー。そりゃあかんな…栄養はしっかり取らんと成長せえへんで……って、いや。今の言葉忘れて」

言葉を放つ前に極端な想像をしてしまったのか背筋を震わせ両肩を手でさするユンにシャフは呆れる。

シャフ

「言っとくがさっきみたいなケースはまれだ。無闇やたらに喰って掛からねえからな」


ユン

「ええ…ほんまにか?さっきフラフラしてた時ギラギラ怖い目しとったで?喉食い千切られるかと思ったわ」


シャフ

「…確かに飢えは多少あるが普段は俺の能力で抑えてある。それに俺はどうも血は好かんらしい」


ユン

「血が嫌いな吸血鬼って前代未聞やん…」

喉に触れながら眉間にシワを寄せるシャフ。まだ本調子ではないようだ。夜空を見上げまた一つ深く息を吐くと彼は星の数を数えながらさらりと自身の記憶をたどり話し始める。

シャフ

「……おい。てめえの夢は海賊になることだったか?」


ユン

「!」


ファフ

『かいぞく?』


シャフ

「まだ霧が掛かった感覚だが話してる内に思い出してきた。…だが理解出来ねえことがある」


ユン

「…それは?」


シャフ

「お前と会ったのは幼少期のほんの数回きりのはずだ。今になって俺を探す目的は何だ?」

そう言ってルビー色の瞳をゆっくりとユンへ向ける。

ファフ

(シャフはユンさんのこと…ううん、シャフ自身の記憶を疑ってる…?でも、ボクもユンさんの目的は気になるかも…)


ユン

「目的なあ…」

シャフの視線から目をそらし今度はユンが星空を見上げる。賑わっていた街中の温度は冷め始め、ポツポツと光る店内の数はいつの間にか少なくなっていた。帰還予定時刻は既に過ぎているためそろそろぷちりょーしゅかの人達も心配するだろうか。

ユン

―――――――海。海を見せてやりたい」

ユンは何かを懐かしむようにそう答えた。

シャフ

「………は?」


ユン

「はは、その様子だと完全に思い出した訳ちゃうみたいやし今は信じてくれなくてもええで。けど俺はお前と再会出来て嬉しいんや」


シャフ

「………」


ユン

「またよろしゅうな、シャフ。困ったことがあったらいつでもユンさまを頼ってや!」

にか、と笑う彼の言動にシャフは徐々に表情を暗くさせ俯く。

シャフ

「……んで…、………え……だ…」


ユン

「ん?なんて?」


シャフ

「…ぷちりょーしゅかにいるのは記憶を取り戻し肉体の行方を知る為に情報が必要だからだ」


ファフ

『……』


シャフ

「…俺はまだお前を信用したわけじゃない。信じてほしくば俺に情報を渡せ。その気がないなら二度と俺の前に現れるな」


ファフ

『っシャフ、その言い方は…』


シャフ

「俺は人間じゃなければ再会を喜ぶお人好しでもない。…化け物に近付く方がどうかしてる」


ファフ

(……あ……、)

 冷たく突き放す言動にファフは思わず声を掛けようとするが、シャフの表情があの悲しげなものに変わっている事に気付き言葉を失う。
シャフはわざと遠ざけようとしている。人間から。関係者から。自分自身から。吐き捨てられた言葉をどう受け止めるのか気になったファフはユンの方へと顔を上げる。

ユン

「ええで」

しかし強引な取引を提案された当の本人は特に気にする様子もなくあっさりとシャフの要望を承諾した。流石の彼も予想外だったのか一瞬目を見開き信じられないといった顔でユンを見る。

シャフ

「…お前、話聞いてたか…?」


ユン

だから、ええって。お前ほんまに昔と変わってへんな」

度々聞けば今度はユンの方が呆れた顔で答える。

ユン

「俺が所持しとる情報は主に海を渡った先さかい、箱入りやったシャフの役に立つかしらんけど」


シャフ

「喧嘩売ってんのか」

はは、とユンははにかむ。

ユン

「せや、報酬の代わりに俺からも依頼してええか?俺だけやと力不足で踏み込めんモンもあってな。シャフはそこんとこ能力も高おうて困らなさそうやし、協力してほしいんやけど」


シャフ

「…ふん、逆に利用するって魂胆か?いい性格してる」


ユン

「お互い利益あった方が燃えるやろ?それに」


シャフ

「…?」


ユン

「再会はもっと長く楽しまんとな?」


シャフ

「………。依頼は引き受けてやる。だが下手な真似をしたら無傷じゃ済まねえからな」


ユン

「おおきに〜!」

満足げに頷くとユンはスッとシャフへ手を差し出す。シャフは彼の好意という名の握手を交わすことはなくそのままふい、とそっぽを向いてしまった。まだ警戒しているのだろう。元々人に触れること自体得意ではない様子だった。ユンは予測出来ていたのか特に不審に思う事もなくニコニコしている。

シャフ

「…そういやお前、屋敷が全焼してると話してたよな?あれはどういう意味だ」


ファフ

『!』

ふと話題を振ったシャフの言葉にファフは肩を揺らし硬直する。見知らぬ者から迂闊に記憶の事を話されるのはファフにとって冷や汗ものだった。

ファフ

(きっと、燃えた事自体は知ってる人達もいるだろうけど……ユンさんはお屋敷のこと何処まで知ってるの…?)


ユン

「そのままの意味やけど?…ってそうか、その辺りの記憶無いんか。お前が以前住み着いてた屋敷が燃えて無くなったんや。お前と会うたのもその場所さかい、そこにおると思うて探したんやけど…」


シャフ

「…つまり何らかの形で住処は燃え、俺の肉体もそこで灰になった可能性があると」


ユン

「!うわ…」

再開するまでの間その予測は考えなかったのだろうユンはシャフの言葉に体の熱が急降下する。

ユン

「い…いや、まだそうとは限らんやろ!外におったかもしれへんし…」


シャフ

俺は屋敷から出る事が無かったんだろ?腑に落ちないが状況としては最悪だ」


ユン

「シャフ…、」


ファフ

『………』

流石に返す言葉が無い様子のユンにシャフは私情を挟まず続ける。

シャフ

「…場所は?」


ユン

「…ルニーシャ森の最奥や。此処からそう遠くない」


シャフ

「ハリーの野郎と実力試しをした場所の近くか…。分かった。別の依頼が無ければ後日向かう。お前も覚悟があるのなら着いて来い」


ユン

「……」

そこまで話し終えるとファフが先程から黙り込んでいることに気付き呼び掛けた。

シャフ

「…ファフ?どうした」


ファフ

『!…な、なんでもない…』


シャフ

「……」

沈黙と視線が痛い。予測の付かない未来に圧を感じ押し潰されそうになるファフの顔色は悪く、シャフも彼女の異変に気付いている。
そんな重い空気を最初に破ったのは深呼吸したのちへらりとまた笑いかけるユンだった。

ユン

「あかん、暗くなるのは止めや止め!ええで、付きおうたる。お前連絡手段はどうしとる?」


シャフ

「連絡手段?………。そういや考えた事ねえな」


ユン

「何やまさかぷちりょーしゅかでも外出てへん言うんやないやろうな…?」


シャフ

「うっせえ、依頼を引き受けた事自体今日がはじめてだっただけだ。エコーの野郎め、制限掛けやがって…」


ユン

「ふーん?よう分からんけど初任務お疲れさん!で、方法としては通信機か対話魔術があるけど…あ、俺が直接向かってもええで。こう見えて足の速さには自信あるんや!」


シャフ

「…お前が情報を寄越す場合の手段は好きにしていい。俺は対話魔術を使用するから教えろ」


ユン

「え、教えろって…今から…!?結構術式複雑やで?


シャフ

「大体の魔術は一回聞けば覚える」


ユン

「ええ…うそやろ……」

ファフは複雑な思いを抱えながら少し距離を取って二人の話をぼう…と静かに聞いている。

ファフ

(あの時、シャフは苦しんでいたのにボクは怖くて逃げ出してしまった…。もしもお屋敷で一緒に燃えてしまっていたら、無事じゃないかもしれないのに……ユンさんは怖くないの…?)

ぐ   る  ん

ファフ

「!」

全焼する前の記憶を辿って考えていると突然視界が二人の横顔が見える場所からユンの目の前に変わり驚く。キョロキョロと見渡すがシャフの姿はなく、向かいにいるユンだけだ。

ファフ

「……終わったの…?」


ユン

「ああ、あいつほんまに一回聞いただけで術式覚えよった」

両肩をすくめる彼の話に納得すると同時に街の片隅に経っている時計塔の鐘の音が鳴る。

ファフ

「じゃあ、今日はこれで…」


ユン

「もう日も沈んだし女の子の独り歩きは危ないで。近くまで送ってくわ」


ファフ

「え…?」


ユン

「まあ何かあったらシャフがどうにかするんやろうし頼りないかもしれへんけどな」


ファフ

「…ううん…ありがとう…」

に、と優しく笑うユンへ素直にお礼を述べ共に再度通路へと繋がる商店街へと足を運び始めた。

ファフ

「……。ユンさん、一つ質問してもいい…?」


ユン

「ユンでええで。どうした?」


ファフ

「ユンは怖くないの?…ボクは、お屋敷に行くのが怖い。怖いけど、シャフの力になりたい」


シャフ

『……』

歩幅を合わせ耳を傾けるユンが何を考えているのか気になったファフは歩きながら問いかける。ぽつりと本音が地面へとこぼれ落ちるのを眺めるファフの表情は暗い。

ユン

「ファフちゃん優しいなあ。まあ平気って言ったら嘘になるわ」


ファフ

「……」


ユン

「自分でも不思議に思うとるんやで。どっかの誰かさんみたいに俺もそんなお人好しちゃうし?…けど」

んー、と言葉を考えながら答える彼の話はファフにとって共感出来るものがあった。

ユン

「それでも協力したいって思えたんや。理由はそれだけでも十分やろ」


ファフ

「……うん…」


ユン

「何かあったらそん時に考えればええ。前向きに行こうや!」

ユンの明るい励ましにファフはようやく緊張の糸が切れ少しだけ微笑む。彼女の笑顔にユンもほっと胸を撫で下ろす。

ファフ

「…シャフの事知ってる人と会えて嬉しい。でもユンのこと、少しだけ羨ましい」


ユン

「え?」


ファフ

「ボクもシャフと…友達になりたいから」

瞳を閉じゆっくりと言葉にするファフの表情はとても穏やかだった。

ファフ

「…今日はありがとう。これからよろしく…」


ユン

「ああ、よろしゅうな。お礼言われる程の事してへんって!」


ファフ

「……あのね、本当は…シャフは優しい人なの。中々気難しいかもしれないけど、許してあげて…」


ユン

「は」


シャフ

『な…』

ファフの思いがけない話に男二人はそれぞれ固まり、先にユンがお腹を押さえながら大声で笑い始める。

ユン

「ーーーーふは!よう言うたでファフちゃん!ひーお腹痛い!」


シャフ

『〜〜〜〜てんめえ笑うな!YOU!!』


ファフ

「ふふ、」

交わせないはずの二人の喧嘩を見ながらファフはまた微笑んだ。

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