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 02 

「っハア」

己の焼ける匂いは不快だ。
いくら不死身の体とはいえ滅多に体験することのない皮膚の激痛に歯を食いしばり耐えながら壁伝いに歩む。彼女が飛び出した部屋はもう跡形も無いだろう。
体は熱で疲労し再生が遅れているが、彼は構わずズルズルと片足を引きずり未だに燃え盛っている屋敷の奥へと向かう。

「――――てめえ、いつまで閉じ籠もる気だ」

コツリ。
そうして暗闇の底から浮かび上がったとある大きなステンドグラスの扉の前まで辿り着き、その場で言葉を吐き捨てる。

 

「女があの十字架を持っていた。あいつは、ロルは本気だ。てめえが答えなくてどうする」

 

ごうごうと広がっていく火の音に負けじと声を張り上げ扉の向こうへ訴えかけるが扉は固く閉ざされたままで動く気配が無い。
傷口を押さえながら生贄ファフの背中を思い返し、夜色のコートをなびかせ唸る。

 

「逃げるな、たたかえ、」

 

ガンと扉を叩く。扉は炎に包まれているとは思えない程に冷たく、重かった。
ジリジリと絨毯が焦げ、シャンデリアが床へ流れ落ち、屋敷が火の粉と共に灰へと化していく。彼は扉を叩いたのを最後に足場を崩し熱のこもった廊下の上へと倒れ込む。途端に塵屑と黒い煙が彼を襲い苦しげに咳き込んだ。

(――――クソ、…意識が、)

吸血鬼がざまあねえな。火に囲まれる中彼は何故か乾いた笑みが零れる。住処まで灰になろうとしているというのに未だ死ぬ事も出来ないとは。
生贄に半端な情けはいらない。だがこの状況の中で思い浮かべるのはあの恐怖を抱く目で化け物を見た彼女の姿だった。
生きる事を必死に選択する人間が別に新鮮という訳ではない。仮にありとあらゆる方法で吸血鬼を殺害し欲のままに彼が与えた願いを叶えようとする者達がいた。最終的に吸血鬼は「人間の考える死」から再生し予言通りの生贄となる運命だった訳だが。

ファフは、違った。彼が与えようとした人間の欲を恐怖し拒んだ。
さらに生きる事を選択した彼女の瞳からは吸血鬼自体の恐れではなく、孤独と寄り添える希望を壊された事による悲しみだった。
貫き通そうとした少女の心をあっけなく壊したのは自分だというのに彼は居心地の悪さを感じたのだ。

 

ぎい。

 

遠退く意識の中で扉の開く音と共に吸血鬼の元へ駆け寄る小さな人物が見えた。
その者はかすれた声で何かを叫びながら大粒の涙を流し続けている。
横たわる吸血鬼の体を座り込み抱き寄せ蹲る少年へ耳を澄ませば、繰り返し謝罪の言葉を口にしていた。

 

(泣くなよ)

 

ごめんなさい、ごめんなさいと泣き震える少年を懐かしげに目を細め見やる。だが少年にはその優しくも悲しい瞳を向けられている事に気が付かない。

 

(そんな顔で、泣くな)

 

残りの力を振り絞り吸血鬼は右腕を動かし少年の頭を雑に撫でた。
屋敷が崩れるまでもうそんなに時間は掛からないだろう。次に目覚めた時にはこの体も再生を終え、また地獄のような日々が始まる。
やがて燃え落ちる屋根を眺めながら吸血鬼は少年を残しゆっくりと瞳を閉じた。

+ + + + +

「あかん、完全に迷ったかもしれへん…」

何処までも広く深く続く緑の中心で困った表情を浮かべ立ち尽くす一人の青年。昼頃の時間にも関わらず伸び切った木々により太陽の光が遮断され視界も悪い。
幼少期の記憶を頼りに薄暗い森の中を長いこと歩き回っていた彼だが、いつまで経っても目的地に辿り着けず今に至る。長い事歩き額に滲み出た汗を手で拭えば前髪が揺れる。黒髪は膝下程ある長さだが幸い一束にまとめているおかげで幾分か暑さにも耐えられるようだ。

(子供の頃に一度来たきりやったし無理もないか)

あいつ、元気にしとるやろうか。
そう思い浮かべるのは幼き頃に出会った小さな少年の姿。この森にある古い屋敷を住処としている吸血鬼の噂は昔から有名であり、定期的に賞金稼ぎが動いている事も彼の耳に入っていた。
その頃はまだ幼かったのもあり陸への単独行動を禁止されていたのだが、年月が経ち成長した青年は近場に寄った縁もありこうしてルニーシャ森に訪れたのだった。
記憶の中の少年が未だこの森に潜んでいるのか自身を覚えているかは分からないが、再会を密かに期待しながらさらに森の奥へと歩んでいく。

何処を見ても森、森、森。
垂れ下がる木枝や葉を手で払い除け、ずんずんと進む様は今のところ疲労を知らず。盗賊の持久力は底知れないのだろう。

ふと青年は空気の異変に気付き顔を上げすん、と匂いを嗅ぐ。その僅かな煙の匂いは森の最奥から風に乗って来ているようで青年は首を傾げた。
そのまま足を運び続ける事数分も掛からない内に異変の正体に気付き、思わずメロンソーダ色の右目を見開く。

「は…?」

ざり。と灰と埃が混ざった砂利を踏む音。青年はその場で立ち止まり瓦礫の山を見上げる。
ようやく辿り着いた古びた屋敷は全焼していた。

「嘘やろ……一体何があったんや…!?」

真っ先に脳内を駆け巡るのはあの少年の背中。彼は無事だろうか?
彼の存在でいう「都市伝説」には不死身の噂もある。だがいくら吸血鬼とはいえ肉体が灰になっては再生は不可能に近いだろう。最悪な想像を一瞬し眩暈がするのを慌てて首を横に振りながら誤魔化す。
状況を把握する事を優先し辺りを見渡し始め、未だ一部の建物が微々たるものではあるが燃えている事に気付く。崩れた建物へ慎重に触れると熱が手に伝わり、全焼して日が経っていない事が分かる。
さらに倉庫室と思われる場所からは熱に強い素材で出来ているのかいくつかの金庫が辺りの品物より形を残したまま瓦礫の下敷きになっていた。
もしも賞金稼ぎが屋敷を放火したのだとしたら高価なものを見逃しはしないだろう。火は事故の可能性が高いと判断した青年は静かに目を細めガシガシと頭をかく。そうして重い腰を上げ煙が上がった青空を見上げる。

「…シャフ。このユン様が必ず探し出したる」

少年と再会するには情報が必要である。そう遠くへ移動していないはずだと言い聞かせ、新たな大地へと足を踏み入れ始めた。

 

 

 

 


+ + + + +

「ハリーさぁーん!ま、待って下さいよー」
「さっさと来んか!置いて行かれたいのか」
「だってハリーさん張り切り過ぎて歩くの早いんですよ~、もっとゆっくり進みましょう?」
「そんな暇は無い!全く、その腑抜けた精神では森を抜ける事は叶わんぞ」
「そんなあ…僕ら森を抜けることが目的じゃないですのに…」

フンと胸を張りきっぱりと言ってみせたガタイの良い男ハリーの様子に休憩を促そうとしたカムチャッカはがっくしと肩を落とし、三日月の装飾が特徴的なベレー帽が寂しそうに揺れた。
とはいえカムチャッカはハリーと比較すれば確かに細い体ではあるが軍の一員なだけあって未だ体力の余裕はあるようだった。彼の性格をよく理解しているのかハリーは提案を呑むことはせず、薄暗い道が続く森の奥へと進み続ける。その堂々とした姿は武装集団「ぷちりょーしゅか」のリーダーとして申し分ない立ち回りだろう。

武装集団ぷちりょーしゅか。
その名は知る人は知る軍隊であり有名な裏社会始末の担当者達だ。当然表向きでは何でも屋として活動しているが、実力を知る者は腰を浮かせて逃げ出すほどとの事。
そんな武装集団が何故ルニーシャ森に訪れているのかは数日前に遡る。

任務中ハリー達の目の前までおぼつかない様子で飛んできたとある紙飛行機には、救助を求める文章が書かれていた。
紙飛行機にはほんの僅かだが魔力が込められており、慣れない魔法を使って遠くへ飛ばしたのだと判断出来た。弱々しい魔力とその必死さから送り主は武力や土地が広くない地域の住民だと予測し、ハリーはこの救助依頼を受け持ったのだ。
本来このようなケースは立場上前払い制か一先ず検討するのだがリーダーが力の無い人々を助けることに躊躇のない男というのはカムチャッカ達も理解している。

「それにしても中々村が見えて来ませんね…」
「うむ…エコーよ、本当にこの道であっているのか?」
「たまにはオレに頼らないで自力で探したらどうなんだ」

終わりのない木々達に軍服の大男二人が首を傾げる。そんな様子を背後で見守っていた眼帯男エコーは呆れた表情で肩をすくめた。彼の態度や手元に地図がある事から毎度頼まれ役なのだろう。
しかしその頼みの綱もお手上げなのか先程から地図を見直す気配が無い。

「とはいえハリーの感を頼って野宿になるのは御免被るしな」
「毎回頼んじゃってすみませんエコーさん、僕ら方向音痴なので…ハリーさん魔力を辿るのも苦手分野のようですし」
「だ、黙っていれば好き勝手言いよって…役割分担は必要不可欠だろうが」
「そうそうリーダーの腕力頼りにしてますよ~」
「ふふふ、リーダーは僕らのカリスマでーす」
「貴様ら~~~馬鹿にしてるだろう!」

ちなみにこんな森の中じゃ地図の活用法なんて無えよ。
と、一言を付け加えながらからかうエコーやそれに便乗するカムチャッカの態度にハリーは拳をワナワナと震わせる。今のやり取りからはとても恐れられている武装集団には見えない緊張感の無さだろう。
太陽が見えない森の中で重装備をした男3人が小さな村を発見したのはその会話から約数十分後である。

 

 

 

 


「この辺りじゃないか?」

森の探索を続け始め日が暮れそうになっていた頃。黒のグローブを装着したエコーの右手が指差す先に貧しい村がぽつんと見えた。
ようやく景色が変わったところでハリー達は安堵し木々に囲まれた村を訪れる。魔獣避けの為の小さな架け橋を渡り中へと足を踏み入れれば、突然の訪問に驚いた村人達の視線が集まる。ただでさえ軍装は目立つほか、別の地域から此処に訪れる事も貴重なのだろう。
がっしりとした武装をしているハリー達と比較すると村人達の格好はどれも着回しをした乏しいもので、木製の住処や畑の様子を観察すればかなり衰退しきっている場所だと判断出来た。
少し距離を置き様子を伺う村人の内一人の男性へハリーは遠慮無く堂々とした声で問い掛ける。

「おい、聞きたい事があるんだが」
「は、はあ…どのようなご要件で…?」

村人の男は訝しげに見上げながら恐る恐る答える。警戒されている事に気付いたエコーは軽くハリーの横腹を肘でつつき声量を抑えろと注意する。
ハリーは誤魔化しを含めて咳払いをし村人達をなるべく怖がらせないよう意識して話す。

「俺達は…そうだな、何でも屋とでも呼んでくれ。この紙飛行機の送り主を探しているんだが知っている者はいるか?」
「!あ、あああ…紙飛行機を受け取って頂けたのですか…!?」
「うお!?」

懐から例の紙飛行機を取り出し問い掛けた瞬間男は暗い表情から一変しハリーの手を両手で握りしめた。予想以上に強い挨拶にハリーは困惑し、一緒に握りしめられたであろう紙飛行機が丸まった事にも意識が向かずそのまま男を見下ろす。
男の顔を覗くと先程の死んだ目は何処にも無く光が戻った瞳から嬉し涙が溢れていた。

どうやらこの村で間違いないようですね。
手を取り何度も頭を下げブンブンと握手を交わす二人の様子を見守りながらカムチャッカが小声でエコーへ耳打ちし、彼も静かに頷く。

「この魔法を使用したのは貴方ですか?」
「はい。半信半疑ではありましたが祖父の書物から少々知恵を借りまして…いやはや、魔法を使えるようになって良かった…」
「……少々?」

カムチャッカの問いに対する男の言葉にエコーの雰囲気が僅かに変わるが誰も気付いている様子は無い。

「それより何でも屋様、この手紙を辿って来られたという事は依頼を受けて下さるのですよね?」
「ん?ああ。内容は退治依頼だったはずだが……」
「おーーい皆!何でも屋様が退治してくれるってよ!!今すぐありったけの果実を持って来てくれ!」
「って、おい!まだ話の途中だぞ!」
「期待されてますねえ…」

男性は嬉しさのあまりハリーの言葉を遮り近くの村人達へ声を荒げながら走って行ってしまった。ハリーは呆気にとられ、カムチャッカは苦笑いを浮かべる。そして話を聞けば次々に人々がハリー達を囲むようにして集まって来た。
「救世主だ」「本当に退治出来るのか?」「もうこの者達に頼むしかないだろう」「村をどうか救っておくれ」
人が集まれば様々な声が重なりハリー達の耳へと届く。賑わう声を隅にぐるりと見渡せば瘦せ細った男をはじめ元気の無い老若男女が救いを求めている様子が見て取れる。なけなしの果実を集めた女性の細い腕を見てハリーはこのような村が存在している事自体珍しくない分余計に心が痛んだ。地域外とはいえ軍の存在意義を考えればぷちりょーしゅかほど有名になったところで勢力の実力不足は未だ拭えない。リーダーであるハリーにとってそれは見過ごせない事なのである。
確かにこの村には活気が無く、武力ある者に頼るのは村人だけでは太刀打ち出来ない事情があるのだろう。

「それで何を退治してほしいんだ?」
「吸血鬼だ。しかもただの吸血鬼じゃねえ、『最古の吸血鬼』の次世代じゃないかと噂される程かなりの年数を生きてるって話だ」
「昔からこのルニーシャ森の最奥にある屋敷を住処にしているのです。普段は姿を現さないのですが…非道な鬼が近くにいると思うと恐ろしくて叶いません」
「おいおい最古の吸血鬼かよ…都市伝説並の大昔だぞ」

ハリーの次なる問いに村人達は声を震わせながら吸血鬼を「鬼」と呼び続ける。
吸血鬼自体はさほど珍しくは無いのだが何百年も昔から生存しているとなると魔力の蓄積量が桁違いになるケースが多い為厄介なのは確かだ。
しかも最古の吸血鬼というワードにエコーやカムチャッカは心当たりがあるらしく驚きを隠せないでいた。エコーは顎を手に乗せながら考える素振りを見せる。

「ルニーシャ森の近くに来た時点でまさかとは思ったが、次世代の名まで噂された人物が村に手を出しているとは」
「その吸血鬼って確か賞金…いえ、退治リストに含まれていましたよね」
「ああ。実力派な退治屋が向かったはずだが、そういやその後の話聞いてねえな」
「その退治に出た連中も帰って来ねえ、きっと殺されたに決まってる」

エコー達の疑問に村人の一人が悔しげに言葉を地面へ吐き捨てる。カムチャッカが言うように武力を持ったギルドや軍隊への退治候補の中でその吸血鬼退治の報酬は伝説級の一つである為高額だと情報が広がり、実力に自信のある者達が定期的に申請していたはずだった。
だが村人の言葉を聞く限り悉く葬り去られてしまっていたようだ。道理でリストから抹消されないはずだとエコーは一人納得する。

「人も日に日に減ってしまい、このままでは村が滅びてしまいます。どうか力をお貸し下さい」
「だとさ。どうする?ハリー」
「フフフ吸血鬼か…そこらの退治屋では刃が立たないほど厄介なのだろう?久しぶりに腕がなるではないか」
「やる気満々みたいです」

村人達から得られる情報はある程度収集し終えたと判断したエコーがリーダーへ声を掛ける。ハリーは最初こそ村人達の勢いに圧されていた様子だったが、今はすっかり吸血鬼という強者退治に心躍らせている最中のようだ。リーダーらしい様子にエコーはまた一つ肩をすくめる。

「やれやれ…じゃ、依頼は引き受け――――」
「おい、あれ…!」

エコーがハリーの代わりに退治依頼を承諾しようとしたその時だった。
人々の視線がハリー達から違う場所へ集まっている事に気付き、男の驚いた声と指を指した先へ振り返る。ハリー達の背後にある村の入り口付近で木々に両手を付き体を支えながらふらりと立ちすくむ少女の姿があった。
少女はかなり衰弱していて此処に訪れる途中で転んだのか所々擦り傷が目立ち、服も太腿の辺りまで破れボロボロの状態だった。彼女は虚ろな瞳で村人達を見つめる。その瞳は首元に掛けている十字架のネックレスと同じ美しいルビー色だった。

「酷い傷…すぐに手当を、」

 

 


「触れてはなりません!!」

ばん
と、強い衝撃で力無い少女は肩と頭を強打しながら地面へ倒れる。
あろうことかカムチャッカが少女へ寄り添おうと向かった瞬間村人の一人が少女を突き飛ばしたのだ。その光景にハリー達は目を見開いた。

「何をするんだ!その子は怪我をしているんだぞ、お前達の子じゃないのか…!?」
「その子は生贄に捧げた子です。…おいお前、何故戻って来たんだ。吸血鬼がこの村を襲ってきたらどうしてくれる…!」
「生贄だと?」

聞き捨てならない言葉にハリーが眉間にシワを寄せ村人達へ説明しろとばかりに睨み付けた。村人達の言い分をハリーとエコーが聞いている間にカムチャッカが警戒しながらも背中を向け、ヨロヨロと起き上がろうとする少女の元へ歩み寄る。少女は泥まみれであり、近くに来たカムチャッカを見上げる様子もはりついた髪を拭う事もせずただ黙ったままだ。
カムチャッカの行動に再び口出ししようとした村人をエコーが遮り冷めた声で問い詰める。

「人が減っていると話していたが、まさか自ら生贄を捧げてるんじゃないだろうな」
「そ、それは……」
「それならこんな小さな村で魔法書があるのも合点がいく。学んだのも伝達魔法だけじゃない。大方賞金稼ぎの連中からなけなしの金で生贄に掛ける為の催眠魔法の知識でも買ったんだろ」

エコーの読みは当たったのか一瞬怯んだかと思いきや焦りと罪悪感に耐え兼ねざわめき始め、次第に村人達の口調が強くなっていく。

「どうとでも言ってくれて構わんさ。大層な者達に私達の苦しみが分かるものか」
「そうでもしないとお怒りに触れてしまうんだ。どうかご理解頂きたい」
「いや、もう手遅れかもしれないぞ…」
「そんな…!アンタっ早く元の場所に戻りなさいよ!あたいらを殺す気かい!?」

「――――あんなに『お前は良い子だね』ってあやしてやったのに!」

老婆の言葉にびくりと少女は俯いたまま肩をすくめる。生贄に選ばれたとはいえ生活を共にしてきた村人達に暴言を吐かれるのは彼女にとって絶望的状況だろう。虚ろの目ではあるが唇を震わせ固く閉じているのが分かり、心配したカムチャッカは少女の足元へ腰を下ろす。
すると。

 

 

 

「この子は俺達が引き取る」

 

一度開ききれば収まらない無数の言葉を浴びる中、ついにハリーが断言する。
厳しい表情と一言から滲み出る強い圧に辺りの空気が凍りつき静まる。怯える村人達の眼差しを気にする様子もなくハリーはカムチャッカへ目を向け合図し、把握した彼はコクリと頷いてみせ軽すぎる小さな少女を抱き上げた。

「行くぞ」
「はい」
「何でも屋様!?あ、あの…吸血鬼退治は…」

そうしてさっさと背を向ける3人へ慌てた村人の一人が引き止めようと手を伸ばすがハリーからはサラリと躱される。

「好きに暴れさせておいて良いんじゃない?オレらはそんなに良い人じゃないんでね」

何も答えず己の本拠地へと歩き出す二人の代わりに嘲笑いながらエコーは言葉を吐き捨てると、先頭を歩くハリーの後を追い遠ざかっていく。
抱えられた少女ファフはぼんやりとカムチャッカの体温を感じながら3人の立ち振る舞いを眺めていた。やがて疲労で気絶するファフを起こさないよう扱うカムチャッカは一度だけ振り返ると、村人達はじっとこちらを見つめ続けている事に気付き、不覚にも人間の不気味さを思い知る。
そう。「あいつらに頼まなくても他の有力な人に頼めば良い」と僅かに話し声が聞こえていた事も事実なのだ。
引き取る事自体は村にとって都合の良いことだと彼女が知るのは酷な事だろう。カムチャッカは同情の目を向けたのを最後に再び前へ進む。
眠るファフの胸元で十字架は一瞬黒い蝙蝠が浮かび上がり、元の赤色へと戻った。

その後村がどうなったのかは知りもしない。

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