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 09 

「お取り込み中悪いけどアンタに手紙来てるわよ」

キィン、と甲高い音が地上に響く中やる気のなさそうな、それでいて少し強めに声を張り上げたのはハユキだった。

彼女の声に逸早く反応したシャフは、ひらひらりと攻撃をかわした所で足を止める。途端今まで舞い上がっていた砂埃や荒々しい金属音も同時に静まっていく。一方シャフに攻撃を仕掛けていたククも遅れてピタリと振り回していた腕を止め、小斧を地面へと下ろす。昼間にも関わらず夜空を見ているかの様な黒のコートを羽織り、ハユキへと目を向けるシャフは相変わらず不機嫌そうな表情でいる。あれから何だかんだで適度にククの相手をしているようだ。ククもそれを望んでいる様で、最近此処ぷちりょーしゅかに訪れるようになった。いや、ククの場合理由は他にもあると思われるが。大方この場所を気に入ったのだろう、本人は否定しているものの以前より表情がきつくなくなった事は確かだ。それはハリー達も気付いている事で、とても喜んで歓迎していた。
 

それはそうと目の前でピラリと白い封筒を見せる彼女ハユキは、早く取れと言わんばかりの表情でいる。カラフルな色合いの格好が印象的なハユキは露出も半端無いので普通なら目のやり場に困るものだが、シャフは気にもせず近付くと無言で受け取る。その反面ククは少し動揺しているようだ。そのぎこちない視線に気付いたハユキはククを見て笑う。

「そういえば初対面だったわ。あたしはハユキ…ほらアンタも!いつまで後ろに隠れてんのよ」
「ひええ」

ハユキの後ろでずっと隠れていたククと同じ位小柄な少年は前に立たされ緊張のあまりあたふたとしている。こちらもまた鮮やかな衣装が目立ち、赤髪を一つ結びにした少年は最終的にペコペコと頭を下げながら

「ふ…フフフフリムです!よっよよよよろしくお願いします!」
「アンタ何でそんなに怖がってんのよ」
「だ…だって…」
「男でしょ、しゃきっとしなさい。隣のエットを見習って」
「エット君寝ちゃってるよ…」
「ぐー」

フリムはシャフをちらりと見た後怯えて再びハユキの後ろに隠れてしまう。そんなフリムの様子には慣れたのかシャフは何も言わずに近くの木陰で気持ちよさそうに眠っているエットリェルを見やる。

「こいつまた寝てんのか」
「まーね。この子よく寝るわはしゃぐわで毎日が宴会よ」
「…シャフさん、この方達とは知り合いですか?」
「ああ。ティミ野郎の仲間だ」
「…ああ、ティミリアさんの。初めまして、私はククと申します」
「ククね。宜しく」
「あ、あの…っ」
「はい?」
「その…さっきの戦闘、とってもカッコ良かったです…!」
「はあ…」

先ほどの稽古を見ていたらしいフリムは顔を真っ赤にしながらも「良いなー僕もクク君みたいになれたらなあ…」と目を輝かせていた。そのキラキラとした眩しさにククは目を丸くして、おずおずと答えている。少し照れている様にも見え、シャフはそんなククを見ながら話を続けた。

「で?俺らは敵同士のはずだが」
「つれないわねえ。ま、今回はコレ渡す様頼まれただけだから安心して」
「誰だ」
「見りゃ分かるわよ」
「…」
「そういえばシャフ、アンタが『仲間』とか言うの珍しいわねえ」
「うるせえ黙れ」
「あーらら、こりゃ面白い部分が見れたわ」

意地悪く笑うハユキに不機嫌極まりない様子でいるシャフの殺気オーラにフリムはビクリと肩を揺らし、ククは半ば呆れた顔で見ている。
「とりあえず見たらどうですか」とククに言われたシャフは黙り込みつつ乱暴に封筒の端を破り中身を取り出す。カサ、と小さな音を立てた後折られた手紙を開くシャフ。他のメンバーも内容が気になるのかシャフの横で覗き込もうとするハユキ達。
その気になった内容が

『明日の昼ルニーシャ森に集合な 遅れたら猫耳カチューシャの刑やで☆』

「「「……」」」

これである。



「潰す」

グシャアッ

(ひいっ!殺気が一気に濃くなって…!!)

一行で書かれた手紙を容赦無く握り潰すシャフにフリムは涙目で怯える。

「…これ書いた方の予想がつきました」
「でしょ?」
「…」
「ハッ今あるじさまの事悪く思われた気がする…!」
「思ってねえし」
「あら起きたのエット」
「あるじさまの事悪く言う人は誰であろうと許しません!」
「聞けよ」
「無理無理、この子一直線だから」
「……どいつもこいつもふざけやがって…」

いつの間にか起きて来たエットリェルが元気良く反応し、金色の髪を揺らしながらシャフへと言い寄る。かなり長身で今にも飛び掛りそうな勢いにシャフは迷惑そうに後退った。

(…そう言いつつも、きっとシャフさんの事だから)

はー、と深いため息をするシャフの様子を眺めながらククは明日昼前には出掛けるだろうと予想を立てる。
そう。彼はこう見えて、そういう性格なのだ




 



+ + + +

「こっちやファフ!」

元気良く呼ばれた声にファフはふと顔を上げ反応する。視線の先にはニッとあの明るい笑みを浮かべるユンの姿が見えた。ファフはユンの姿を確認すると相変わらずの控えめなお辞儀をし、少し駆け足で近付く。足を踏み入れれば入れるほどサクリと奏でる様に音が鳴る草花と涼しげな風。

「シャフはちゃんと起きとるか?」
「…うん…」
「じゃあ問題無いな、出発やで」

ユンが一番乗る気で一足先に森の奥へと進み始め、ファフもその後にゆっくりと追う形で足を踏み入れた。

此処、ルニーシャ森に来た理由はシャフの記憶を集める為。この辺りには吸血鬼が住んでいたと思われる屋敷が存在しているらしい。ユンはその情報を完全ではないがあれからさらに深く掴めた様でこうして案内して貰う事になった…らしい。ユンの手紙やらハユキ達のやりとりやらあってる間ファフは眠りに入っていた為、知らなかった。なので隣で眠そうな表情でいるシャフに話はある程度聞いたファフは、未だに動揺を隠せないでいる。

だって此処は、自分の故郷なのだから。吸血鬼が住んでいたと言われている時点で想像出来る屋敷は一つしかない。きっとあの村もそう遠くはない。ファフは確信していた。同時に、不安で仕方なかった。まだ事実を知るには早くないだろうか、と。シャフ自身はどう思っているのだろうか、と。

――――ファフがその村にいた時から言われていた吸血鬼への『生贄』
きっと相当前からその屋敷は存在していたに違いない。そしてその屋敷で『生贄』を喰らっていたのは、『生贄』として選ばれたファフに牙を向けたのは。
火に溺れ崩れていったのは、記憶を失ったのは。
紛れも無く、今目の前にいる…シャフなのだ。

それを知った時、彼はどんな行動に出るのだろうか。また最初に出会った時の様に、彼は「吸血鬼」を望むのだろうか。人を喰らう者へと、人を殺す者へと戻るのだろうか。それを村の人達が知った時、昔と同じ様に生贄を捧げ命乞いをするのだろうか。それともバケモノと呼ばれた彼を、殺めようと狂うのだろうか。
何から何まで考えると気分が悪かった。だからと言って今更引き返す訳にもいかず。結局ファフはそんな心境を表に出さないで行動するのみだった。

「…顔色悪いなーファフ」
「……」
「何かあったらすぐ俺に言うんやで?」
「……ユン、」
「ん?」
「……横にいる人…誰…」

森の中を黙々と歩いている中ふとユンから心配の声が掛かり、ファフは思考を止めふるふると首を横に振った。しかし未だ訝しげに見てくるユンにファフは困り誤魔化す為の話題は無いか考えた後、共に森の中を探索する以前から気になっていた事を小さく問い掛けた。気になっていたのはさっきからユンの横でじっとこちらを見てくる男性。

ぼさついた紫髪は肩までかかっていて、軍服に見えて違うような黒をメインとした格好。あちこち包帯を巻いているのが印象的で、ほんの少しだがシャフと雰囲気が似ている気がした。

「……ああ!スマン、紹介がまだやったな!」

そんな男性をユンは一目見た後今思い出したかの様にポン、と掌の上から握り拳を作ったもう片方の手で鳴らした。

「こいつはチューニー。俺の知り合いで情報交換もまれにしてる仲や」
「まれではなく殆ど無に等しい…何故俺まで共に歩まなければならぬのか。俺にはやらなければならぬ野望が……」
「あー!はいはい紹介遅れてすまんかったって。チューニーも此処の屋敷に用があるらしいから一緒に行動してもええかなって」
「…そう……。あの…ファフ、です。宜しく、チューニーさん…」
「…お前にも、あるのか」
「……え…」
「野望が」
「初対面に厨二発動しても分からへんでチューニー」

突然の問いに少々戸惑ったものの彼チューニーの言った事は冗談ではなさそうだった。真顔で言われた言葉にファフ自身野望と似た感情はあるのかもしれないとひそかに思う。
怖いけれど、シャフの記憶を取り戻してあげたい。それが何よりの望みだ。
その問いが最後、チューニーは再び口を閉ざした。横でたまに話題をふっては笑うユンを見ていると、もしかして記憶が戻る事に喜びを感じているのはユン自身ではないだろうかと考える。もちろんファフも嬉しいのだがあれほど明るくずんずんと足を踏み入れていくユンの様子を見ているとそんな気がしてならないのだった。…いや、いつもこうなのかもしれないが。



 



+ + + +

「……お、」

どれくらい歩いただろうか。
一時黙々と突き進んでいたファフ達は少し先にある木々の別れ道で一旦足を止める。左側の奥の方には既に屋敷らしき建物がうっすらと見えているのが分かった。ユンはファフとチューニーにそれぞれ顔を見合わせた後小さく頷くと、再び足を前へと踏み出す。
この先に、シャフがいた屋敷が。
ファフは思わず小さく息をのみ、震える手をもう片手で押さえながらもユンの後を着いて行く。此処まで進むと気付くのは辺りの雰囲気で、かなり空気が変わった気がした。今までさらさらと鳴っていた緑の音も、涼しげな風も、鳥の声も段々小さくなり最終的には消えてしまった。聞こえてくるのは自分の足音のみ。そんなぞっとするほどの静けさにファフは余計に硬直しているのだ。無理もない。ユンはそれに気付いているのか否か、いつもと変わらない調子で「こうして見るとかなりでかい屋敷やなあ」と話し掛けて来る。チューニーも少し警戒はしているものの黙ってファフ達の後を着いて来るのみ。

「着いたな」
「…」

少しずつ進んでいたファフもその声で俯いていた顔を見上げれば、目の前に嫌でも見えるあの屋敷の姿。その姿は初めて見た時とあまり変わってはいないものの、誰が見ても分かる焼け跡がしっかりと残っていた。
一度燃え広がった吸血鬼の屋敷。かなりの被害があったはずだというのに、屋敷はこうして目の前にじっと建っている。眺めるだけで吸い込まれそうな、不気味なのに冷たく何処か寂しそうに感じるそれはやはりシャフを連想させた。

「一度全焼したと思うのやけど、中に入っても平気そうやな」
「俺は此処に残る」
「何やチューニー、此処に用があるんやなかったんか?」
「そう、俺は『此処』に用がある。これ以上進む必要は無い」
「…なるほど、待ち合わせか。よしファフ、俺らは中に入るで」
「……うん…」

どうやらチューニーは此処で何かあるのだろう。動く気配の無いチューニーの言葉に納得したユンは笑い、ファフに手招きをしながら大きなドアへと向う。ファフは一度入った事のある屋敷を見上げつつ、チューニーの横を通り過ぎユンの後を小走りで追いかけた。ギィ…と既に扉を開けているユン。古びたというより焼けた独特の香りがつん、ときた。しかしそれも最初だけで、ユンが完全に片方の扉を開いた頃には匂いも感じなくなった。
代わりに感じたのは冷気。中に入れば余計に分かる寒さにファフとユンは顔を見合わせゆっくりと奥へと進んでいく。ユンが開いた扉以外にも開いている場所があるのか、思ったよりも暗くは無かった。薄暗いと言ったところか、しかし相変わらずの沈黙にファフは気分が悪くなる。一歩進めばコツリと靴の音が広いリビングへと響く。最初に見えたのは天井にぶら下がった金の華の様な形をした大きなシャンデリアで、電気あるいは火等が切れているのか明るい感じはしなかった。あちこちに舞っているのが分かる埃に似合わず長い通路には真っ赤な絨毯がひかれいる。

「あー、予想はしとったが此処まで広いとはなあ。ファフ、シャフはどうや?何か思い出したか?」

思い出せそうに無いなら中探索する事になると思うんやけど、と付け足すユンの問いにファフは小さく頷き恐らく居るだろうシャフに聞こうと隣に視線を送る。

「………シャフ………?」

ここで、やっとシャフの様子がおかしい事にファフは気付いた。

『………、』

あのシャフが驚いているのと同時に少し怯えた様な表情でいる。
彼の記憶に相当の影響があったのだろうか、それとも別の理由か、ファフには理解出来ずシャフの様子に戸惑う。

「し…シャフ、?」
『…』
「シャフっ…」
『……』
「何や、どうした?」

前を見てそのまま一点集中していて、何度呼びかけてもこちらにまったく反応しない。よく見ると呼吸も乱れているのか息苦しさに耐え切れず汗が頬を伝っていた。ファフの焦った様子にユンは気付き、不振そうに話し掛けて来た。

「シャフの様子が、変…なの、」
「まさか、記憶戻ったとか?」
「分からない、けど、変っ…」
「落ち着いや、ファフ。とりあえずシャフと入れ代わる事は出来るか?」
「…う、うん……」

ユン自身も話し掛けようと試みるのだろう、ユンの宥める様な言葉にファフは動揺した心を落ち着かせた後それでもおどおどとしながらシャフへと再び目を向ける。
そして。

ぐ      る   ん

「って、うわ!」

入れ代わった瞬間シャフの意識が混乱しているのか、シャフはその場で足を崩し倒れそうになった所を慌ててユンは肩を支える。呼吸の仕方が変だ。ぐったりとしているシャフの様子にファフが動揺する理由も理解し、その上で冷静さが大事だと感じたユンはゆっくり問い掛けた。

「シャフ、俺が分かるか?」
「……」
「気分悪いなら一旦外出てもええんやで?」
「………と、…」
「と?」

「とう、ぞく、のひと」

「!」
「や、しきの」
「お、おい」
「う…み、を」
「おい、しっかりしいや!あかん、記憶が混乱しとる…っ」

やくそく、

その言葉を最後に、シャフは意識をとばした

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