top of page

 08 

「――――ほっといて下さいと言ったはずです」

がしゃん、と何やら騒がしい物音にファフは目を覚ます。
重たい瞼をゆっくりと上げ、軽く手でこすりながら寝転がっていたベットから上半身を起こした。横に置いてある小さな長方形の時計を眺めながら、かなりの時間寝ていたのだと自覚する。突然の依頼後なんとかぷちりょーしゅかに帰る事が出来たファフはカムチャッカに休む様言われ、こうして休息を取っていたのだ。起きてみると眠りに付く前とまったく体調が違うのが分かる。気分も悪くない。

だが辺りはどうだろう。聞きなれない少年の声が聞こえ、気になったファフはぺたりと床に足を付き物音のする方へと歩き始める。部屋を出ると夜中なのだろう廊下がいつもより冷えていて、靴を履いていても足にひやりと伝わる。わずかな音だが何かもめているのだろう、ハリーやカムチャッカの声も緊張しているように思えた。

「こちらの意思を無視して連れて来るなんて、非常識にも程があります」

こつ

「わたしは、軍人なんです」

こつ、

「これはわたしに与えられた試練なんです。耐えれば終わる。強くなれる」
「だから赤の他人の貴方達には関係のない事――――」


「分かっとらん!!」

―――こつり
自分の足音と共に聞こえてくる言い合いの中、ハリーの怒鳴る声でビクリとファフは硬直した。足を止めた所は丁度ハリー達のいる広い食堂の真後ろで、思わずファフは近くの壁に身を潜める。
誰と話しているのだろう。気になるファフは少しだけ覗く様に見てみると、そこにはやはり見慣れない小柄な少年がハリーといがみ合っていた。少年は傷だらけでフラフラと足もおぼつかない様だ。それでもハリーに噛み付くような口調と、『軍人』としての意地なのか青い瞳は敵意の目を表していた。
軍人という名の武装と、燃える様な赤い髪。強い意志を持つ少年だと、一目で分かった。つう、と頭から血が流れ落ちコンクリートの床にぽつぽつと丸い赤が残っていく。そんな少年を今、ハリーは大声で怒鳴った。そんなもので強くはなれないと。ただ我慢して耐えるだけでは何も変わらないと。怒りに任せたものではなく、少し苦しそうな声。初めて聞くハリーのその言葉の揺れに、ファフはその場から動けないでいた。

「すまん、治してやってくれ」
「えー?もう、なんで僕が…」

アルトレーデに傷の手当てをする様言うとハリーは近くの椅子にどかりと座り、そのまま黙り込んでしまった。少年が気絶してしまったので一旦切り上げになったようだ。頼まれたアルトレーデは「この子女の子じゃなかったあああ」と何やらショックを受けている様だったが、一応カムチャッカと共に手当てをしているのが見て取れた。見ている事しか出来なかったファフだったが、おさまった辺りの雰囲気にほ…と安心する。

「ん?何だファフ、いたのか」

と、少年を別の部屋へと運ぼうとしたエコーとふと目が合い話し掛けられる。エコーにそう言われた後その場にいた皆の視線が一気にこちらに集中しファフは戸惑ったが、やがて小さく頷いた。そして苦しそうに眠る少年をじ…と見ているとエコーが笑みを浮かべ、「着いて来るか?」と問われる。

「そういや、お前と似ているな。拾われた感じが」
「まるで俺が誘拐したみたいな事を言うんじゃない!」
「えー違うの?」
「違う!」

グラスについだ酒を飲みながらエコーに言うハリーに茶々を入れるアルトレーデ。そんなやりとりを聞きながらファフは「…行く」とだけ答えると、エコーの後ろをゆっくりと歩き始めた。同じ速度でリンセもニコニコとしながら足を運ぶ。まだ話題が尽きていないのか話し続けるハリーとアルトレーデを宥めるカムチャッカの声を背中に受けながら、やがてその声も小さくなった。






+ + + +

「まだ此処にいるか?」
「………うん…」
「…そうか、じゃあ一時そいつの看病を頼む。俺は仕事があるんでな、一旦戻らせてもらう」
「……」
「行くぞ」
「はい。ファフさん、何かあったら呼んで下さいね」

少年を部屋のベットで休ませている少しの間、エコーとリンセが話し相手になってくれていた。3人共口数は少ない方だが、今の状況やリンセのちょっとした話など聞いていて心地良いものだ。時間もあれから1時間が経過した頃だろう、エコーは放置していた仕事の続きをする為に座っていた椅子から立ち上がる。部屋から出ようとするエコーの後を追うリンセもファフにニコリと笑いかけ、開いたドアを静かに閉めた。ぱたん…と短い音が鳴り、そして同時にやってくる沈黙の時間。
…のはずだが。

『……何だ、こいつは』

ファフにとって沈黙とは少し違うものでもある。ふと隣に視線を注げるとファフ以外見えないシャフがあの不機嫌そうな表情で眠る少年を見ていた。ふわりと夜色のコートが揺れ、宙に浮いた状態で足を組み静かに見下ろしている。
―――少年については既にハリー達は知っていたらしく、エコーからいろいろ話を聞いたが…とても残酷なものだった。
少年は戦乱に巻き込まれますます貧しくなった村の為に軍人になったらしく、上司から暴力を受けていたらしい。その上司はぷちりょーしゅかと少なからず関係があり、噂はそこから聞いていたようだ。資金を入れる為に『嫌いな軍人』になった少年。まだ13歳という若さだった。そんな少年を知らないとなると、どうやら今起きて来たようだ。そうファフは思うと、視線を少年へと戻しぽつりと呟く。

「…ハリーさんが……連れて、来た…」
『は、アイツも物好きだな』
「……怪我…してるの……」
『…だからどうした』
「……」
『……』
「……シャフだったら、治せる…」
『…』
「…お願い」
『二人、回復掛けてるだろ。必要無い』

二人…というのは恐らくアルトレーデとカムチャッカの事だろう。かすかな魔力に逸早く気付いたシャフはぴしゃりと言い放つ。手当てをして貰ってはいるものの、僅かに残っている古傷を見ていたファフは心配になりシャフにお願いしたのだった。しかしあっさりと断られてしまう。瞳を細め軽く俯きながらも落ち込むファフに、シャフは眉を顰めたまま。そしてピクリと少年が瞼を動かすのが見え、シャフとファフは会話を止める。小さな丸い椅子に座っているファフの真横にある一人用のベットのシーツをくしゃりと手で握った後、少年は目を開き天井を見上げる。一時そのままの状態でいたが、意識が戻って来た所で少年はハッとし突然身体を起こす。しかし治したばかりの傷がまだ痛むのだろう少年は顔をしかめ、上半身を起こしたまま体勢が低くなる。

「…無理…しちゃ、駄目……」

そう言ったファフは慌てて少年を支えようと腰を浮かせたが、少年にキッと睨まれ怯む。呼吸を整えようとゆっくり深呼吸をしているのが見て取れ、ファフは不安げにしつつも再び椅子にすとんと座る。
しん、とした空間。先ほどまで会話していたシャフはいつの間にか姿も見えなくなっていて、本当の沈黙を浴びせられた気分になった。

「……此処は、どこですか」

やがて小さく問われた言葉にファフは黒いドレスを両手できゅ、と軽く握りながらおずおずと答え始める。

「……ぷちりょーしゅか…が、いるところ……」
「…やはりあのまま……何故放っておいてくれなかったのです」

突き刺さる言葉。少年はそれでも続けていく。吐き捨てていく。

「わたしも軍人で、貴方も軍人でしょう?人に情けは無用です、わたしに関わらないで下さい」
「……」
「…手当てをしてくれた事にはお礼を言います。ですが…」
「……怪我、してるの…」
「…え…?」
「怪我…してるから……動いちゃ…だめ…」

こちらを見向きもしないまま言い放っていた少年は驚いた様子でファフを見た。ファフは震えた身体を必死に抑えながらも、少年に小さな声で一つ一つ伝えようと答える。少年にもそれが伝わったのかかすかに戸惑いの表情が見えた。

「……村、…」
「…」
「………僕も、ハリーさんに拾われた、の」
「!」
「貴方は、村の皆の事…すきなんだね。…僕も、村の皆…すき…。…忘れられていたとしても……。そう思える様になったのは、ハリーさん達のおかげ、なの…」
「…」
「それまで、僕も貴方と同じ様に…周りの人を信じるのが……怖かった…。………でも、ね」

小さく小さく、ほとんどかすれた様な声でファフは言う。

「…」
「本当は…信じない事で、一人になるのが……一番怖かったの…。だから…貴方を見ていると…苦しい、の」
「…」
「一人になってほしく、ないの」

「…っ、貴方は変です。どうかしてる」
「……」
「初対面にも関わらず何を言い出すかと思えば、」
「……」
「……ですが、」
「え…」
「……貴方がそこまで言うのでしたら、今日だけは…大人しくしてます」

軽く瞳を閉じ静かにそう口にすると、黙って再び布団へと潜り込んだ。少年の行動によって此処で休んでくれると分かったファフは、背中を向けている少年を眺めながらかすかに微笑む。良かったと、心の隅で感じながら。確かに明日には傷も完全に治っている頃だろう。
今日だけと言わず此処にいて良いのに。と、もし今の少年の言葉を聞いたら真っ先にぷちりょーしゅかのメンバーはそう答えるだろう。少なくとも、もっとお話したいと思っているファフはそう願うのだった。

「ボク…ファフって言うの…名前、……聞いても良い…?」
「…クク、です」
「…宜しく…クク…」



 



+ + + +

「ん…」

本日二度目の眠り。椅子に座り込んだまま眠っていたファフは目を覚ますととある違和感に気付く。

ベットに寝ていたはずのあの少年、ククがいない。
少し捲られた毛布を眺めながら止まっていた思考が回り始め、ファフはハッとする。慌てて辺りを見回すもののククの姿は無い。ふと気付いたのはベットの奥にある窓で、かすかに開いているのが見えた。なるほど此処は2階だ、窓から飛び降りてもあの少年ならありえなくもないだろう。思わず窓まで来て外を覗いてみるが人の気配は無いようだ。

『近いな』

するといつの間に隣で一緒になって覗いていたシャフがぽつりと呟く。

「まだ…怪我治りきってない、のに…」
『…』
「……追いかけ、なきゃ…」

ククの傷は確かにカムチャッカとアルトレーデによってほとんど完治した様なものだが、それでも半日程度の休みでは心配で仕方ない。そう呟くとすぐに部屋から出て行き、ファフにしては慌しく長い廊下を走る。広すぎるこの場所も随分と慣れてきたファフはやがて外へと足を踏み入れると、少し肌寒い気温に身が震えた。まだ朝は来ていない。人がいた気配もどこかに溶け込んでしまった様な、そんな感覚を持ちながらファフは気を取り直してシャフの行った方角へと向う。


 

 

 



+ + + +

「――――っ、く…!」

迂闊だった。ククはそう後悔する。
あの場所がくすぐったくて居ても立ってもいられなかったククは気付かれないよう、ぷちょーしゅかから離れた。何故あそこまで自分に構うのか、止めるのか分からなかった。こんな気持ちになるのは初めてだった。それがまた何故か心地良く感じて、息苦しく感じて
こうしてククは逃げてきたのである。お礼も一応は言う事が出来た、クク自身はそれで満足していた。
しかし。

「はああああっ!」

ガシャンッと、自分の持っていた斧が弾き飛ばされ地面へと転がっていく。自分の掛け声と共に相手側の手が目の前までに迫ってき、ギリギリの所でククはしゃがみ込みもう片方の斧で斬り込もうと腕を振る。ガリッと嫌な音が鳴った。し止めたと一瞬ククは力を緩める。


―――――ギィイィイイイイイィィィィッ               ィイ

「っ!?」

油断してはいけなかった。
相手はククの一回り巨大な鬼だ。きっと最近ここら辺で人を食って回っていると噂が出ていた化物だろう。ククは運悪くそんな大鬼に当たってしまったのである。足止めという問題でも無く。斧が腹に食い込んだまま鬼は暴れ始め、ククの胸倉を掴み上げると地面に叩き付ける。げほっ、と痛みに耐え切れず息が切れ未だ押さえ込まれた全身は痺れた様に動けなくなる。

 

やばい。

やばいやばいやばい。
何とかしなくては。自分が、自分が。一人で今まで何もかも乗り越えて来た。

こんな痛み、耐え切ってみせる。

こんな、奴に
どくどくと心臓の音が耳に響く。傷口が開いてしまったのだろう。どうする?
斧は地面に落とされた。もう片方は突き刺さっている。動けと何度も念じても、力を入れても動いてくれない。
どうする
どうする

どうすれば、いい



「―――――――≪ブラッドキャットイリュージョン≫…!」



ガ        ァ ンッ

動けないでいると次の瞬間、鬼はいとも簡単に吹っ飛んでいった。ズガンと木々に擦り付けられるかの様にザリザリと滑らせ、鬼の姿はは土煙で見えなくなる。ほんのわずかな出来事だったが、ククにはしっかりと視界に入っていた。あの鬼と同じ腕が影となって現れ、鬼は自分の攻撃を食らったのだ。黒い腕はやがてぶわ、と墨の様に飛び散り無数のコウモリの姿へと変えた。土煙がおさまり鬼が懲りずに起き上がって来た頃、コウモリが群がる場所にふわりと夜色のコートが舞う。ストンと地面に足を付き、閉じていた瞳をギラリと鬼へと向ける。
ファフと似た顔付きと紫の髪に、ぞっとする白い肌。そして何より紅い瞳に、ククは吸い込まれる様な感覚に陥る。グウウ、と鬼は彼の姿を見ると飢えた様なうめき声を上げ始めた。

「に、逃げて下さい!あれだけの攻撃を受けていながら立っていられる鬼は危険過ぎる…」
「邪魔だ、下がってろ」
「なっ…」

興奮している鬼を見て危険を察したククは痛む身体を起こしながら彼…シャフへと必死に訴える。

が、シャフはこちらに一切顔を向けずにそう言い放つと鬼の元へと歩き始めた。鬼は巨大な腕を振るってシャフへと襲い掛かってくる。

一方的な攻撃。単純な思考。――――つまらない。

「退屈させんなよ?」

ぽつりと好戦的に言うとシャフは凛、と姿を消す。そして鬼の後ろまで来ると一気に手を真横へと振りかざした。

ザン

ドサリと鬼は地面へと倒れれば、大きな地響きが鳴った。そのあっという間の戦闘にククは唖然とする。鬼の背中を見ると生々しい横線が深く刻まれている。振り下ろした時見えたのは赤い矢の様な光線で、それ以外のものはまったく見えなかった。シャフは起き上がらない鬼を「もう終わりか」と言わんばかりの呆れた目で見下ろしている。やがて小さくため息をすると、シャフはさっさとククの元へと向い始めた…
…かと思いきやまるで眼中に無いかの様に座り込んで見ていたククの横を通り過ぎる。何事も無かったかの様に。

「っ、ま…待って下さい!」

その対応に思わずククはシャフへと叫べば、シャフは一応ぴたりと足を止めた。しかし振り返る様子は無い。ククはそんなシャフに威圧を感じながらも、そのまま言葉を続ける。

「教えて下さい、どうしたら…どうしたらそこまで強くなれるのですか…っ?」
「…」
「わたしは…強くなりたいんです…貴方の様に…」
「やめとけ。足手纏いになるだけだ」
「…っ!では何故わたしを助けたのですか!貴方の様な人が何の為に……っ!」

「…知るか。ファフに聞け」
「え…?」

ファフ、という聞き覚えのある名前にククは爆発させていた怒りが静まっていく。
ざあ…と冷たい風が吹き込む中、シャフは止めていた足を再び動かし始める。遠くなっていく背中を眺めていたククは唇をかみ締めるとその場を立ち上がり、シャフの前まで駆け込むとバッ、と両手を広げた。

「納得、出来ません。ちゃんと、説明して下さい」

キッと、ファフを最初に見た時と同じ目付き。シャフは静かにククを見下ろす。

「……フン、良い目だ」
「!」
「今のお前じゃ話にならん、カム野郎にでも頼んで傷治して来い」

さらりと容赦無く言い放つとシャフはざり、と音を鳴らしながら歩く。既に日は昇っていて草木が光で明るく見える。そんな光に黒色の衣装のシャフは溶け込んでしまいそうに思えた。ふわり、ふわりと 物音も無く。ククはそんな光景に息を呑みながら、痛む傷を手で押さえつつシャフの元へと駆け寄る。今まで居なかった人の気配もぽつぽつと。そろそろぷちりょーしゅかの人達も一騒ぎする頃だろう。戻ったらハリー達に怒鳴られるだろうか。そうなった時はファフに代わろうと思うシャフと、そうなるだろうと感じたファフは隣で微笑んだ。
そんなちょっとしたやりとりを知らないククは未だ不満そうな表情で、いずれは師匠となるだろうシャフを見上げていた。


 

 

 



「…どう思います?オルガさん」
「そう、ですね。ティミリア殿が申していた通りかと」
「実力はかなりのものですよねえ…」
「…ところで妖太郎殿、何故この様な事を?私達はあの鬼を退治するのが目的だったかと思いますが」

シャフとククの姿が見えなくなった頃、倒れている鬼の後ろの木々からガサリと音を立て男女二人が出てきた。
一人は狐の御面を斜めに被っていて、すらりとした長身を持つ緑髪の男性。もう一人は物静かな口調であって意思の強そうなイメージのあるロングの白髪の女性。二人ともそれなりの武器を手に持っていたものの、今は戦闘する気配は無い。

「でも彼が先に倒しちゃいましたから…出るタイミングを失いましたよ」
「夜から見張っていたというのに、やられましたね。それに…」
「それに?」
「きっと、彼は私達の存在に気付いていました」
「マジかよ…」

思わずぼろりと本音が出た妖太郎という男性は慌てて苦笑い。それでも冷静な判断をしつつ「この鬼どうしましょうか」と思考を回す女性オルガはじっくりとうつ伏せになっている鬼を眺めていた。

「…とりあえず、ティミリアさんには倒したと伝えておきましょうか」
「そうですね」

bottom of page