top of page

 10 

「父さん、母さん」

花、摘んじゃ駄目?
そう聞けば最初に首を横に振ったのは父だった。残念そうに少年は俯いてしまうと、それを見た母は宥める様に「これで我慢して頂戴ね」と小さな飴を渡す。少年は少し不満そうにするものの、しぶしぶ黄色い紙に包み込まれた飴を受け取った。本当に見たいのは、あの赤い薔薇なのに。薔薇にはトゲがあるらしく、親は一切少年に触れさせようとはしなかった。

「シャフ様だわ」
「シャフ様だ」
「今日はどんな美しい歌声を聞かせて下さるのかしら」

―――シャフ自身、この生活にはうんざりしていた。
毎日毎日毎日、知らない人が俺の唄を聴きに来る。毎日毎日毎日、仰々しい態度で俺に接してくる。小さい頃からそうだった。気が付けばこんな日々が当たり前になっていた。俺の両親は代々受け継ぐ有名な音楽家らしく、子の俺にも音楽へ進んで貰おうと唄を習わせたのが全てのきっかけだった。最初はただの、好奇心からだったのかもしれない。親と同じ様に何かをする事ほど、喜べるものが…今の俺には無かったのだから。

「素晴らしい」
「美しいですわ」

いつもの様に俺はこの広すぎる屋敷の中で、それでも数え切れないほどの人数が集まっている中、ひたすらに唄い続ける。凛として、踊る様にゆっくりと両手を、両足を、身体ごとぐるりと回り、瞳を閉じて声を響かせる。
一声一声に反応する観客達と。一音一音に応える空気と、温度と。

10分も無いたったこの声で、人々は息を呑み、言葉を失い、ただただ黙って「それ」に耳を傾ける。


――――俺の唄には不思議な「力」がある
そう教えられた俺自身、未だに分からないでいる。
枯れてしまっていた花は咲いていた頃の美しさを取り戻した。病気で意識が無かった老人は嘘の様に軽々と起き上がった。助からないと思われた大傷を負った人々や動物、そして自然までもシャフの歌声によって「奇跡」を起こし、元に戻っていく。そんな「力」を家族は大喜び。そんな「異常な力」を何故人々は求め、大切に大事にするのだろう。

 

シャフは不思議でたまらなかった。こんな事人間に出来るはずが無いというのに。自分は人間じゃないのではないだろうかといつもシャフは不安でたまらなかった。しかし家族はそんなシャフを、過激に外に一歩も出さないほどの過保護へと変わっていく。まるでシャフは私のものだと言わんばかりに。シャフには何も、言えなかった。


今日も知らない人達が幸せを求めてシャフの唄を聴きに来る。何か奇跡が起こらないかとひそかな期待を胸に抱きながら。
こうしてシャフはいつも思うのだ俺ではなく、俺の唄が目的なのだと。言ってしまえばそれ以外、何もいらないのだと。だからこそ、シャフ自身この生活にはうんざりしていた。そんなある日。

「今日から一時世話になる研究者、ロルフッテ君だ。仲良くするんだぞ」

また知らない人が来た。
いつもならシャフは仲良くする気も無く、相手も相手で目的はシャフではなくシャフの唄なので表向きのやりとりは気持ちが悪いほどのくっつき様だった。自分に甘い甘い幸福が流れてこないか、自分の為に唄を歌っては貰えないか待っているのだ。本当に、気持ちが悪い。

「よろしく、シャフ」
「別によろしくしなくて良いよ、お前も俺の唄が目的だろ」
「唄?へえ。キミ唄歌うんだ?」
「知らなかったのか?」
「そういう事になるね」
「ふうん…。なあ、おじさん」
「ロルフッテだよ」
「『研究者』って事は、いろいろ知ってるんだろ。なあ、外の世界ってどんな感じ?教えて」
「知らないのかい?」
「そういうことになるっ」
「はは、面白い子だね。良いよ、じゃあ何から話そうか」

しかし、この『研究者』は何か違った。
あくまで静かに微笑み、何かを隠しているかのような態度にシャフは自然と興味を持った。逆に相手ロルフッテも何かしら興味を持ったのだろう、お互い数え切れないほどのやり取りを交わした。外の世界を知らないシャフの話と、外の世界を知り尽くしたロルフッテの話。まったく正反対の話は意外と簡単に組み合わさり、あっさりとしたそれでいていつの間にか毎日会話をする様にまでなる。
不思議だった。自分の知らない事を沢山教えてくれるロルフッテと話すのはシャフ自身家族と居るよりも楽しかったのだ。

「シャフは本当に唄が綺麗だね」
「…俺、その言葉嫌い」
「おや、機嫌を損ねてしまったか」
「だって、いつも俺に向ってそう言う人は俺の唄にしか興味が無い人ばっかだ」
「俺は、そうじゃないけどね」
「えっ?」
「俺はシャフと話していて楽しいよ、とても」
「ほんとか?」
「うん」
「ホントのホントか?」
「そうだよ」
「俺も…ロルと話すの楽しいっ」
「それは良かった」
「へへ、」

なあ、ロル
俺はロルのこと、本当の家族の様に思ってたんだよ。人と話していてこんなにも楽しいと感じた事は今まで無かったんだ。知らない世界をこんなにも楽しそうに教えてくれた人は今までいなかったんだ。
なのに。それなのに。


ロルフッテは、俺を裏切っていった。
いとも簡単に。




 

 


+ + + +

「知ってるか?此処の屋敷に吸血鬼が住み着いてるらしいぜ」

知らんわそんなん。
此処に来てそう日も経っとらんし、ってかそんな情報どっから聞いたんや。俺も情報集めは得意な方やけど「そっち系」の噂は集めない主義なんやけど。ケラケラと笑いながら草むらをかきわけていく知り合い二人を、俺は眠そうな顔でゆっくりと着いて行く。

「おいユンさっさと歩けよ!俺たちこっそり船から出て行ってるんだからな、のろのろしてたらバレるだろ」
「バレるのが嫌なら最初から行かなければええやろー」
「ばっかこんな面白そうな事見逃せるかってんだ。…な!」
「そうそう!」

(面白そう…なあ)

複雑そうな表情でいるユンの様子に気付かない二人は一足先にずんずんと森の奥へと進んでいく。
子供というのは時に残酷だなとまだ幼いユンは思う。
…いや、残酷さは子供も大人もある人はあるもので、それは仕方の無い事なのだろう。それを「いけない事」だと言う必要も無ければ、言う理由も特に考えられないし答え難い内容でもあるのだ、ユンは小さくため息を付きながらこうして大人しく二人の好奇心に付き合っている。自分達の住み場所でもある船から脱走してまで気になったらしい二人の話を聞くと、たまたま通りかかっていた此処「ルニーシャ森」を影にして大きな屋敷が存在しているのだという。さらに詳しい情報を探った所、そこにはひっそりと住み着いている吸血鬼がいるらしい。二人はその噂に興味を持ち、あわよくば自分達で退治してしまおうという暇潰しの様な提案だった。

 

もちろんユンは乗る気で無かった。何しろユン自身戦うのは苦手分野なのだ。そんなに強くも無ければ、耐久力も長けている訳ではない。しかし唯一飛びぬけていたこの足の速さが連れて行かれる要因となり、しぶしぶ着いて行く破目となったのだった。こうしてはいるものの二人の実力は一般よりかは優れている方だ。吸血鬼という言葉に一時退治なんて出来るのだろうかと疑問に思ったものの、昔から二人の力は見てきているので問題無いだろうと予想した。というよりもユンの方が弱いと「思われている」為、口論する義理も無いかと早くも諦めていたのだ。そんな事をぼんやりと考えていると、突然目の色を変えた知人の一人が「しっ」と人差し指を唇の前にそえて見せ、静かにするよう他の二人に視線を送る。少しかがんで近くの上手く隠れられそうな木陰へと素早く身を潜める知人に合わせてユン達もしゃがみ始める。

「おい、あいつじゃねえか?」

小声でぽつりと言う知人の声を聞きながらユンは物音を立てずに前をゆっくり向くと、まず目に写ったのは見上げきれないほどの大きな屋敷だった。一体何人の人が住んでいたのだろうかと同時にかなり古い建物だと不思議に思う。
そして視線を下へとおろしていくと…


「……あいつ、が?」

ふわりとただ静かに「そこ」に座って空を眺めている小さな少年。屋敷の前で野原に腰を下ろした状態でいる少年。ショートカットよりも少し長めの紫髪を風がゆらゆらと撫でる様に触れていく。一目見た時は本当にこの子が噂の吸血鬼なのかと疑うほど、自分が想像していた吸血鬼とは別人そのものだった。
しかし見れば見るほどエルフらしき細長い耳に、髪飾りとして付けられた赤と黒の羽アクセ。夜色の長いマントを羽織り、赤いルビーの様な宝石の色をした鮮やかな瞳。

なるほど、吸血鬼と言われてもおかしくないのかもしれない。年齢が意外だったものの、どうやら間違いは無さそうだ。そうユンは確信した。

「餓鬼じゃねえか。もっと強そうな奴想像してたのに」
「まあ良いんじゃね」

他の二人も吸血鬼だと把握したものの納得はいっていない様で不満そうな表情でいた。だかそう言いつつもしっかりと戦闘準備を始めている二人にユンは慌てて止めに入ろうとする。

「ち、ちょっと待てや。俺らよりも幼いんやで、危害加える様な奴にも見えへんし放っておいても…」
「それじゃ俺ら来た意味無えだろ。船に帰って怒られるぐらいなら報酬くらいあった方がマシだっつの」
「怒られる前提かいっ」
「当たり前じゃねーか!でも退屈だしこれくらい良いだろ別に」
「そーそ、いつも通りだって」
「そんじゃ始めるぜ!」

本気でしとめるつもりらしい二人はユンの言葉にふざけ笑いしながら気付いていない少年の方へと体を向け一人は魔法を唱え、

「―――覚悟しろ、吸血鬼!!」
「!」

木陰から姿を現し突然地の魔法を掛けて来た知人に吸血鬼の少年はビクリと肩を大きく揺らし驚いた顔で相手を見た。

「くらえ!」

知人は足元の地面へ片手を付くとバキバキ、と大きな音を立てながら地面が割れ尖った岩へと姿を変える。無数にばらついた岩の棘は一直線に少年に向って襲い掛かった。
ガガガッ!

「やったか!?」

思わず目をそらしていたユンは一時の沈黙から二人の驚く声が聞こえ、バッと振り向いた。見るとそこにはあの吸血鬼が両手を前へと突き出し、守った様な体制でいた。土埃がぶわ、と舞い吸血鬼の周りには忙しそうに翼を動かす無数のコウモリ。何かの呪文を咄嗟に唱えたのだろう吸血鬼を襲った岩は円を描いて砕け散っていく。

「こいつ、俺の技受け止めやがった」
「しかも無傷かよ!」
「いや、あれ見てみろ」

一見無傷にみえる吸血鬼に悔しがりながら草むらから出て来る知人に対し、もう一人の知人はニヤリと笑みを浮かべる。そんな様子に不審に思ったユンはよく目を凝らしてみると、ハッと気付いた。吸血鬼の右膝のソックスが痛々しく破れ、そこから赤い血が流れている。
しかも何やら吸血鬼はそこから一歩も動こうとしない。痛みで動けないのか、それとも…

ぴぃ

「鳥をかばって怪我してやんの」
「ばっかじゃね、バケモノが何『人間みたいな事』してんだよ。笑えるんですけど!」
「…っ、」

ゲラゲラと笑う人間に対し吸血鬼はぎゅ、と両手で服を握り締めながら睨み付ける。
しかしその瞳は、とても泣きそうな目をしていた。

「おいもう一回だ、今度はお前も手伝え!」
「これでとどめさしてやる…!」

「 ―――――――やめろ!! 」

がつん、

鈍い音がした。地面と顔がズザ、と滑り付き知人は倒れた。
殴られた知人の一人は何が起こったのか分からず目を見開いたまま後ろを振り向く。仁王立ちで見下ろすユンは握り拳を作ったままこちらを睨んでいる。ユンに殴られたという事にやっと思考が回った頃知人は眉間にしわを寄せながら上半身を起こし叫んだ。見ていたもう一人の知人も吸血鬼から視線を外し敵視し始める。

「てめえ!何すんだよ!!」
「もう少しでし止められたのに!」
「こいつ、鳥を守ったんやで?そんな奴が悪さなんてするはず無いやろ!人に危害加えない奴をし止める必要もあらへんわ…!」
「な、何怒ってんだよ!お前らしくもねえ」
「あーもう…てめえのせいでやる気失せたじゃねえか…こんな奴放っておこうぜ」
「ったく…お前マジで信じらんねーし」
「ノリ悪すぎ」

勝手に言ってろ。
ユンは二人に何と言われ様が気を抜くつもりもなく。そんなユンに対しても怯んだ二人は不満そうな表情をしつつも来た道をしぶしぶ走って戻っていく。
ああ、きっと船にいる連中に言い付ける気だ。それでも構わない。少なくとも「危害を加えない奴に手は出さない」というのは船の連中から教わった事の一つだ、守れないあいつらが怒られるに決まっている。教われなくとも、きっと同じ行動を起こしただろうが。そうユンは森の奥へと消えていく二人を睨みながら考える。

と、浸っていた所で近くからカサりと木葉のすれる音が聞こえ、ユンは振り返ると足を動かした吸血鬼と目が合った。透き通った赤い瞳は驚いているのか、ゆらゆらと揺れて見える。そして怪我の事を思い出し、ユンは慌ててどれくらい傷を負ったのか見ようと近付けば

「っ!」
「!動いたらあかんて、」

警戒した吸血鬼は一歩足を引いた瞬間激痛が体を駆け巡り、その場で尻餅を付いてしまった。
その間ユンは吸血鬼の目の前まで来るとしゃがみ込み、背中に後ろから片手を回し逃げない様にする。そのまま倒れられても危ないと感じたからだ。しかしユンの心情を知らない吸血鬼の少年はいつの間に触れられた事に酷く怯え必死にもがく。

「…!……っ!」
「いてて、頭叩くなや!何もせえへんて、傷広がったら大変やろ!」
「………、」
「…な?大丈夫やから、傷見せて?」

落ち着かせようと優しく声を掛けていくと吸血鬼は抵抗していた腕の力が段々ゆるくなり、俯いて黙り込んでしまった。参ったな、と叩かれた自分の頭をさすりながら吸血鬼を見るユンは気まずいものの、怪我を治す方が先だと判断し少年の足へ視線を向けると…

「な、治っとる…!?」
「…」
「凄いな…治癒能力か何かか?」

傷は綺麗に塞がり出血も止まっていた。そんな有様にユンは驚きを隠せず思わず吸血鬼に問うが返事は返って来ない。
吸血鬼は心臓を貫かれない限り不老不死と同じだ。そんなありきたりな話を聞いた事があるものの、実際の話は不明だ。しかし明らかに人間よりも治癒能力が早いという事に関しては、どうやら間違い無い様だ。しばらくお互い黙ったままでいると、ふと頭の上で重みを感じた。先ほど吸血鬼が守っていた小鳥だ。まるで二人を元気付けるかの様に甲高く「ぴい」と鳴いた。

「こいつは怪我無いみたいや」
「…」
「お前のおかげやで、良かったな」
「……、」

やがてゆっくりと顔を上げた吸血鬼にユンはに、と笑ってみせる。不安そうな紅い瞳はしっかりとユンを写しているのが分かった。手を離し改めて向かい合わせになるユンを吸血鬼は変わらずじっと見つめる。

「俺、ユン。お前さんは?」
「……」
「…あー、やっぱ警戒するよな…」
「……ャフ」
「ん?」

「………シャフ…」

やっと言葉を口にしてくれた事に喜びを感じたユンは前かがみになりながら「シャフ……ええ名前や!」と、明るい声で話した。先ほどまで気まずさに沈んでいた声のトーンも上がっている辺り本当に嬉しいのだろうユンの様子にシャフは目を丸くし、瞬きを繰り返す。

「さっきはごめんな。アイツらあんな感じやけど、悪い奴やないんやで」
「……別に…」

慣れてるから。こんな目に会うのはシャフにとって初めてでは無かった。吸血鬼というモノが自分に張り付いているだけで、周りの人々の見る目は酷く冷たかった。
こんな身体、望んでいる訳ではないのに
こんな能力、求めている訳ではないのに

「帰って、」
「へっ?」
「人間がこんな所に、来ないで。…出て行け」

違う。
本当はそんな事を言いたい訳では、ない。本当は自分を庇ってくれた事にお礼を言いたい。
―――しかし人間が怖くてたまらないシャフにはその一言すら口にする事が出来なかった。
変わりに出た言葉は避ける様な人間に対しての攻撃。否定。拒絶。恐怖。突然雰囲気がごろりと変わったシャフの様子にユンはそのまま立ち尽くしている。ガサリと静かだった辺りは冷たい風に吹かれ木々達が騒ぎ始める。まるでユンを追い出そうとするかの様に、低く。

「早く」
「…」
「はやく」

シャフの瞳は咲いてまもなく枯れる寸前の最も赤く染まった薔薇の色を光らせていた。しかし言葉と今にも襲い掛かりそうな魔力は棘の様に残酷な雰囲気を漂わせている。思えば何年も何十年もこうして人間を恨み続け、恐れていた。あの時、あの「ロルフッテ」らに裏切られ吸血鬼にされた日から。

信じていた?家族の様に思っていた?楽しかった?


馬鹿馬鹿しい。腹立たしい。
思い出すだけで
胸が、苦しい。




「―――――お前さんの屋敷ってめっちゃ広いなあ。上がってもええか?」

「え……」

大人しく他の二人を追って引き返すと思えば、立ち上がった後逆に奥へ足を進め始めたユンの行動にシャフは酷く動揺した。笑みを浮かべたまま屋敷の扉まで歩いていくユンの姿を最初は戸惑いのあまり動けないでいたが、やがてはっとすると慌てて追いかけ止めようと必死に声を掛ける。

「…っ、何して、る…!」
「え、だって面白そうなモンごっつありそうやん?」
「そうじゃなくて、俺は…吸血鬼なの、に、怖くないの……っ?」
「怖いないで」
「っ!」
「お前は、怖いん?」
「ちが…っ、」
「…」
「………」
「…お前吸血鬼だからって、よっぽど人間に酷い事されたんやろ。俺は…そんな事せえへんで。だから怖がらなくてええんやで!」
「――――」

太陽の光と一緒にユンの笑った顔が目に映り、シャフはひるむ。震えていた手足の緊張もユンの言葉でほぐされていくのが分かり、ますますシャフは息詰まった。
何だ。
何なんだコイツは。

「…嘘」
「嘘ちゃうで」
「嘘だ」
「ちゃうって!」


「嘘だ!人間は皆『うそつき』だ……!」

何度も否定していく内無意識に言葉に力が入り、叫んだ後には呼吸の仕方がおかしくなっていた。肩で息をしながらユンから目を外し、地面へと向けた頃にボロボロと流れる雫。

何年ぶりに声を張り上げただろう。何年ぶりに涙を流しただろう。ひっく、と嗚咽を上げ始めたシャフの様子にぎょっとしたユンは近くまで来ると頭を優しく撫でながら話を続けてきた。

「ごめん、ごめんな!な、泣かへんで~…」
「…っ何で、謝る…、」
「何でって……な、何でやろな…その、つらいの…思い出させてしもうたかなって…うーんどないしたらええんやろ…」

謝る必要なんて無いのに、関わらなくても良いのに、どうしてこの人はそう一緒になって悲しそうな顔をするのだろう。
どうして、

「…あ、せや!なあシャフ、俺と話そうや!沢山俺の事喋ったら、何ていうかその…少しでも信じてくれるかなって思ったんやけど」
「何で…そこまでして、俺に関わる…、」
「……俺な、いつもは船であちこち移動してん。船の中では知り合い沢山おるけど、外ではほとんど話さんのや。…だから、ともだちになってくれへん?シャフ」

「とも、だち……?」

そんな事を、言うのだろう

「さーって何から話そうか、迷うなあ。…あ!でもシャフ此処からほとんど出た事無さそうやし船とか海とか見た事無いんとちゃう?」

わからない。彼の考えが。彼自身が。楽しそうに隣で喋るユンの姿が映る。

「じゃあまずはそこからやな!」

そんな事話して何になる。俺と「ともだち」になって、何になる。

「そんで俺、海賊になるのが夢なんや」

けれど

「それでな、俺今決めたわ。シャフ、お前にいつかでっかい海っちゅーもんを見せたる!めっちゃ綺麗なんやで。俺が海賊になったら船にも、海にも、いろんな場所にも…」

約束や

 

 

 

日が暮れる前に彼は手を振りながら自分の場所へと帰っていく。
ユン、お前の言った事 本当は嬉しかったんだ。胸が苦しいほど、悲しいほど 確かに俺は、揺れていたんだ。
また同じ繰り返しをしてしまうかもしれない。また同じ目にあうのかもしれない。あの時の事が忘れられない俺にとって、ユンを信じる事は怖かった。ユンだけではない。人間も、身の回りの人達も、自分と同じ様に「バケモノ」扱いされる奴らも、みんなみんな怖くて、苦しくて、悔しくて。
けれど。

『俺ら、もう友達やな!』

ユンの笑顔を見た時、とてもあたたかかった。
きっとこれは『嘘』じゃない。けれどこれも『嘘』だと思わなければならない。
いずれ俺は人を喰らう事になるのだから。俺が貴方に『嘘』を付いてしまう事に、なってしまうから。

bottom of page