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 07 

「今回の任務は猫探しです」
「…」
『何回目だそのくだらねえ任務』
「この虎猫さんを探して下さい、飼い主が困っているそうなので」
「…」
『聞けよバカム野郎』

そろそろ肌寒くなってきたこの季節でも、ぷちりょーしゅかの人達は今日もてきぱきと働いている。ファフもその一人でいつも通りに応接室へ向えばニコニコと微笑むカムチャッカが待機していた。猫の絵が描かれた依頼書を手に持ちながら、カムチャッカはシャフの姿が視える事無く説明に入る。いつもの様に呼び出されいつもの様に任務を渡されいつもの様にこなしていく。本当はぷちりょーしゅかの集団といえば表上で処理出来ない任務を受けるのが通常なのだが、ファフにその任務を背負うにはまだ早いと言い聞かされ今の状態にある。小さな任務でもファフは戸惑う事無く首を縦に頷く。理由は人の役に立てる事なんて夢のまた夢だと思っていたのが実現しているからである。お蔭様で近くの住民に話し掛けられるほどまで信頼が高まりつつあり、ハリーもその事についてはとても褒めてくれた。ファフにとっても嬉しい事であり、ぷちりょーしゅかの印象も良くなりつつあるようだ。…一人除いて。

『ったく、少しは鈍った体動かせる様な任務寄こせってんだ』
「…動いてる…」
『意味が違えよ』

静かに廊下を歩くファフと、ふわふわと宙に舞いついて行くシャフ。どちらかと言えば戦闘任務よりこうした平和的な任務の方が自分に合っていると思えるファフとは真逆で、シャフは何故か戦闘を好む。元々の性格なのか、それとも何かに目覚めたのか。本人いわく、「何も考えなくて良い」からだそうだ。それは本人にしか理解出来ない事でもあるので特に否定するつもりは無いが、

「エコーさんに相手してもらったら…」
『…お前最近鋭いよな』

そう言えばこれである。苦く行き詰ったような表情を浮かべ唸るシャフに、ファフは小さくため息をついた。エコーとの件以来よっぽど腹を立てていたのか話題を振ればとても嫌そうな顔をする。彼の挑発振りと扱い様はある意味凄いと思うが、シャフの頑固さもいろんな意味で凄いと心の底でこっそり思うファフ。あれから大分共に過ごして来たが、最初は怖くてまともに話も出来なかったシャフに対していつの間にか眺める様になっていて、不思議と恐ろしさも完全ではないが少しずつ無くなっていっている。複雑だ。きっとそう思い始めたのはシャフの性格を理解してきているから。
「そんなに悪い人じゃない」
そう思いながら。

「…記憶…どう…?」
『…記憶の変化は大して変わっていない。だが…ユンから貰う情報は役に立つ』
「…」
『屋敷の場所もアイツは知っているらしい。時間が合えば聞き出す』
「…仲、良いんだね…」
『あ?馬鹿かてめえ』

ユンはシャフにとって貴重な情報源だ。風の様に現れて嵐の様に去っていく彼は何故かシャフの事を少しであるが知っている様だった。
それからというものの二人は定期的に情報交換をしているらしく、おかげでシャフの記憶が戻るまで残り僅かとなった様に思える。ユンが情報を持ってくる代わりにシャフが交換するのはいわゆる「頼み事」。共にとあるお宝を探しに行ったり、力のあるシャフへ依頼事をしたり。特に依頼事についてはぷちりょーしゅかを勧めた事もあったがどうやらユンはやらかした事があったらしく、それだけは勘弁と頭を下げていた。そういえばハリーが怒り狂って斧を振り回しながら「あの盗賊小僧がぁぁぁドリーを誑かしおってえええ」と走り去っていたのを見た気がする。

「だってお花ちゃんかわええやん」
「…」

まさかね。







+ + + +

『…おい』
「…」
『おい、聞いてんのかYOU』
「聞いてる…でも、猫、探さないと…」

只今何回目かになる猫を探す依頼に挑戦中。

まるで駄々を捏ねる子供の様に話し掛けて来る様になったのは、果たして本当か気のせいか。元々冷静に見えてそうでもなさそうな事が分かったファフは、シャフの対応にも慣れたものだ。そんなさり気ないファフの行動にしかめ面をしつつ回りを見渡し一応猫を探すシャフ。町中も穏やかなもので、レンガの壁が続く道中をゆっくりと見て回るファフと普通の人には視えないシャフはすれ違う人達の注目がそれていても気にせず歩き進んでいく。何度か猫を見かけたが目的の虎猫は見つからず。
そのまま、昼が過ぎようとしていた頃。いい加減うんざりしたシャフの様子に休憩を取ろうと近くの小さな店に入り座席へ腰を下ろすと、小腹程度の物を頼み静かに時間を過ごす。ふわりと舞う木の香りに心を落ち着かせ、和式の部屋にぽつりぽつりと座った人達をぼう、と眺める。

 

今度は何処を探し回ろうか。そんなことを考えていると優しそうなおばあさんが注文した餡蜜を持って来てくれ、慌ててぺこりと軽く頭を下げる。餡蜜はカムチャッカの勧めによって食べた物の一つである。その勧められた物はどれも始めて食べる物ばかりで、ファフにとっては新鮮そのものだった。リンセにもチーズケーキを教わり、少しずつであるが此処の食事にも慣れてきている。欲を言えば、村の人達にも食べて欲しかったとひそかに思う。
と、その時。


にょおん。

ふと、近くで猫の声が聞こえた。
思わずぱっと顔を上げると、向かいに座って餡蜜を興味津々に見ていたシャフと目が合う。シャフにとっても新鮮だったのだろうか。少し目を丸くしている所を見ると、猫の声は聞き取れていないようだ。

が。
にょおん。

『……食ったら行くか?』

今度は耳に届いたらしい。ファフは一時迷ったが、そのまま見失ってもしその猫が探している猫だとするとやはり優先すべきは依頼だ。腹が減っては戦は出来ぬ。しかし時と場合があるのは確かだ。

「あ…あの、お金…此処に置いて行きますね…」

一目確認して違ったら戻って来れば良い。そう判断したファフはその場から立ち上がり、机にちゃりんと小銭を置き少し緊張感を持って店を出ると、奥の方で見えた黒と橙色の模様がある猫が建物の角へと消える。

「…しま、ねこ…っ」

ビンゴだ。
きょろきょろと見回していたファフは気付くと、歩いていた足を速め猫を追いかける。白く長い建物の角を曲がると、細い道へと繋がりファフは別れ目の無いその場所を走る。すると。

淡々と駆けていた猫の前にたん、と音を立て一人の女性が姿を現す。くせっけのある銀髪を整える為に手で軽く撫でると身軽そうな白服に目立つ様に入る青いライン付きの袖を下ろし、今気付いたかのようにこちらを見た。真っ直ぐと見つめてきた蒼眼に吸い込まれ思わずファフは足を止め、その場にとどまる。一見ときに変わった武装などしていない為一般人に見えたが、一体何処から目の前に現れたのかまったく把握出来なかった。猫に集中し過ぎたのか。いや、この一本道で猫のみを見ていたとしても必ず視界に入るはずだ。疑問を浮かべながらも眺めていると、相手の方も見つめてくるファフに不思議に思っているらしく、そのまま動く様子は無い。
…が。

にょおん!

「「 ! 」」

真ん中に挟み込まれた猫が元気良くその場で一声鳴くと、二人の緊張は一瞬で解かれた。

「……その猫…き、君の?」

さっきまで無表情だった顔が今は赤面しながらもぼそぼそと話し掛けてきた相手にファフは目を丸くし、一時しておずおずと首を振り「…猫探し……依頼なの…」と小さく答えた。それを聞いた女性は「そ、そう」とうんうんと頷きその場にしゃがみ込むと、じっと猫を眺め始める。恥ずかしいのか触ろうとしないものの、毛づくろいを始めた猫を嬉しそうに見る相手。こうして見るとなるほど動物が好きらしい女性に対して思わず微笑ましいと感じ、くす…と笑えば相手も顔を見合わせ微笑んだ。

「君みたいな小さい子が依頼なんて…時代も変わったね」
「え…」
「…何でもないよ。君、名前は?私はヒヨウ」
「…ファフ…」
「!…ぷちりょーしゅかの新人…君がそうなのか」

まさか彼女の口からぷちりょーしゅかの言葉が出るとは予想していなかった為ファフは動揺する。

「…ああ、驚くのも無理もないか。……まあ…ぷちりょーしゅかって結構有名だから、知らない人の方が少ない気もするけどね」
「…そう……です、か」
「うん。…情報がたまたま出回っていただけだよ。悪用するつもりはないから、安心して」
「…」

穏やかに話すヒヨウに猫は伸び伸びとしていて、ファフは思わずシャフを見上げると予想した通り、瞳を細めて黙り込んでいた。敵視されているヒヨウは気付く事無く延々と話すとその場から立ち上がり、夕日が見え始めた辺りを眺めながら「じゃあ、もう行かなくちゃ。またね」と言い残すと、さっさと反対の方向へと背を向け去って行った。姿が見えなくなるとファフは深いため息を付き、胸を撫で下ろす。
難しい表情で口を閉ざしているシャフを見上げた後ゆっくりと視線を外し、寝転がっている猫をそっと持ち上げながら立ち上がった。来た道を戻ろうと足を進めるファフを待っているのは、相変わらず一本道が続く白。夕日の光が当たってコンクリートが薄い橙色にキラキラ輝いている。地面の色と交互に見ながら小幅で歩いていると先ほど来た分かれ道が見え、そろそろ餡蜜を食べ損なった店が見えてくる頃。大通りに何やら騒がしい物音と、人込みが見えた。食器のキンとした音と混ざって荒々しい足音が聞こえ、それを囲む様にして人々が集まっている。

『……代われ。てめえはトロいからな、巻き添え食らったら面倒だ』
「…うん…ごめん……」

ぐるん
シャフの言葉にファフは小さく頷くとお互いが目を瞑る。一瞬にして姿形が入れ代わったシャフは、先ほどファフが抱えていた猫をめんどくさそうに「自分で歩け」と地面へ降ろす。
と。

「ぎゃああああおおお女は嫌だァァァァ」
「アンタが逃げてどうする、席付きな!」
「っ、」

どん、と背後から強い衝撃を受けシャフは足場を崩しよろけるが、目の前に猫がいる事を意識したのかなんとか倒れずに済んだ。

「うお、す、すまん大丈夫か…ぎっぎゃあ女!!?」
「…」

どうやら衝動の犯人の様であの人込みの中をかき分けて来たらしいその男は、最初謝罪したもののシャフを見た瞬間髪の色と同じ位に真っ青になりながら物凄いスピードで後退る。ぶつかって来た事に苛立ったのか、「女」と言われた事に腹を立てたのか。どちらにしろ機嫌を損ねたらしいシャフは男を睨み上げた。すると心臓バクバクな状態だろう男の後ろで負けない位の長身を持つすらりとした女性が耳を引っ張り大声で叫んだ。

「ナグス!人にぶつかっておいて謝りもしないの!?」
「ぬあああやめろランタナあああ」

必死になって逃げようとするナグスと呼ばれた男はばたばたともがくが、女性ランタナの力がよっぽど強いのか離れる事が出来ず。なんとも奇妙な光景に呆れた様子で見るシャフの視線にランタナは気付くと、掴んでいたナグスの耳から手を離し話し掛けて来た。

「ごめんね、コイツ女恐怖症なんだ。怪我は無い?」
「俺は男だ」
「……ナグス、あんたって奴は…」
「なっなんだその目は!!一瞬しか見えなかったんだ、テメエみたいなチビ分かる訳ねえだろうが!!」
「んだとてめえ!」

にょおおん。

「…」
「…」
「ん?その猫は?」
「…猫だ」
「いやそれは見りゃ分かるけど」
「うるせえ頼まれたんだよ」
「…ふーん。随分懐いてるわねえ。偉い偉い、コイツとは大違いだわ」
「お、おい!黙って聞いてれば好き勝手言いやがって…!」

すりすりとシャフの足元で甘えている猫にはははと笑いながら話すランタナに向って納得のいかないナグスは後ろの方の建物に身を潜めながら声を張り上げて主張しているが、その光景はなんとも虚しい。むしろ必死さが伝わってくる。見た目はしっかりとした身体付きにサメの様に鋭い瞳で、今では羽織った長い緑のマントで包み込み鳥肌の立った腕を隠しているらしい。んなトコ隠れてないでさっさと謝りな、と怒鳴るランタナに周りの人達も驚きを隠せない表情で眺め続けている。なんとまあ勇敢な女性だ。

「まあ良いけどさ、とりあえずあの馬鹿がやらかしたお詫びに何か奢るわ。着いて来なよ」

突然でしかもきっぱりと言い切り、くい、と奥の店を顎で指すランタナにシャフは一瞬ぽかんとして動かないでいた。ファフのこの状況に動揺していると、シャフの後ろからいつの間に戻って来たナグスがひょいと片手で軽々と持ち上げる。

「て、てめっ放せ!俺は行くとは一言も…!」
「暴れんな餓鬼!酒が飲めるんだ、有難く思え!」
「ほら、早くしな」

有無も言わさずぱっぱと歩き始めるランタナとそれに続くナグスに振り回されつつあるシャフは、抱えられた腕をはがそうと必死にもがくが離れず。ナグスの肩の上に乗っかる状態で足をバタつかせているシャフを見ながら、ファフはどうすれば良いのか分からず慌てて着いて行く。依頼等どうなるのだろうと、着いて来る猫をちらちらと見ながら。








+ + + +

「あ、ランタナお帰りー。ナグスは落ち着いた?」
「酒だ!酒を持ってきやがれええええ」
「変わらないな」
「変わらないね」

ズカズカと入り込んでくるナグスに知り合いらしい何人かが反応した。わいわいと賑わう人達の中、手を招かれたランタナは「仲間だよ」とシャフに笑いかけ奥へと進む。まだ抵抗があるものの、めんどくさそうにゆっくりと足を踏み入れるシャフはとある違和感に気付いた。

「…てめえは…」
「ん?」

ニコニコとまるでカムチャッカの様に振舞っているのは…間違い無い。以前木の実を摘んでいたファフとあった鎧の少年・ティミリアだ。
シャフは知っていても、姿の視えなかったティミリアは覚えが無い様な表情で「えっと、どこかで会ったっけ?」と話し掛けて来た。

それもそうか。シャフはひそかに目を細めると、何かを探る様な口調で静かに話し始める。

「…噂を聞いてな。強いと」
「え、そうなの?噂かー」
「有名になったって事だねえ」
「す、凄いね。ティミリアくん」
「えへへ、何か照れるなー」

もちろん噂の内容はたった今シャフが考えたものだ。なるべく怪しまれない様に。しかし、シャフが本当にしたい事はそういうのではなく。

「俺と戦え」

辺りが一気にしん、となる。シャフが考えている事は噂の持ち上げでは無く、己の記憶を確かめる為に相手と一戦交わす事だった。あの時に見た記憶に続きがあるのなら、この機会を逃す訳にはいかない。

「それって、勝負ってコト?」
「ああ」
「ち、ちょっと待ってよ!初対面なのにいきなりそんな…」
「噂を聞いたら確かめたくなるのが普通だろ?」
「ああ、今の言葉確かに一理あるねえ」
「もうっ、碧さんまで!」
「て、ティミリアくん…」
「んー…とりあえず、自己紹介からしよっか」

彼の答えはあまりにも暢気なモノだった。
ピリッとしていた空気は一気に力が抜け、唯一返答を期待していたシャフは

「………は?」

今までに無い反応でいた。

そんな反応をさせた彼、ティミリアは変わらない笑顔でそのまま続ける。

「改めてになるかもしれないけど、ボクはティミリア。ティミで良いよ。で、ボクの隣で焦ってたのはアイリス。白魔法が使えるんだよ」
「ティミくん…自己紹介って…」
「諦めろ、アイリス。彼のゆるさは今に始まった事では無いだろう?」
「そりゃ…そうですけどお…」
「おっと失礼、私は碧だ。…君も実に興味深いな。どれ、さっそくで何だが是非私の新しい実験台に…」
「ストーップ!碧、初対面って事忘れんじゃないよ。…あ、ちなみにアタシはランタナ。こっちは筋肉馬鹿だ」
「筋肉馬鹿じゃねえナグスだァァァ!」
「………」
「あれ、アメルは言わないの?」
「えっあ…あのっ、ぼ…ぼぼぼぼくは…っ」
「あはは。人前に慣れてないんだ、この子。アメルって言うんだよ」
「…よ、よろしく……」
「他にも二階の方に仲間が…」




「――――――ざけんな!てめえらのお仲間ごっこなんざ聞きたくねえんだよ!!」

びくりとファフは肩を震わせる。
それは今まで聞いた事の無いほどの、怒りだった。恐る恐るシャフを見ると、シャフは完全に頭に血が上っているのが見て取れ、何故か光線の様なものがパチリと体を通っていた。これはきっと、魔力が漏れ出している様なものだろう。自分が予想していた返答とはあまりにも違っただけでなく、何やらシャフは「仲間」という言葉にかなりの抵抗を持ったらしい。他のお客達はおびえ、次々に外へ出て行く。「お、お客様困ります…!」とオーナーの悲鳴。
アメルはますます怖がり、支えていた自分の帽子を硬く握り直す。そんなアメルを守る様にして前に立つアイリスと碧。逆に感心そうに眺めるのはランタナとナグスの二人。一番動揺していないのは、真ん中に立つティミリア。最初は目を丸くしたもののすぐにニコッと笑みを浮かべるティミリアの反応に、シャフはより一層殺意の目を向けた。

「お仲間ごっこじゃなくて、仲間だよ」
「……さい」
「ボクにとって、大切な…心強い人達」
「うるさい、」
「キミはどうして、『仲間』を否定するの?」


「うるさい!!」

パ  ア  ン ッ

シャフが叫んだ瞬間、周りの窓ガラスが破裂した。粉々に散ったガラスがパラパラと床に落ちていく。

「い、今のは…」
「音魔法か…しかもアイツの声に反応してるみたいだね」
「ハッ、似合わねえ技使いやがるぜ」

「下種が」

シャフの様子に何かを察したランタナとナグスはひそかに攻撃体勢に入る。ゆらゆらと揺れるコートはシャフを覆う様に舞い、チャリ…と首元の十字架が音を奏でた。ティミリア一行とシャフ以外、この一階の酒場には誰一人いない。ガランとした中、ただならぬ殺気がティミリア達を襲う。

「仲間?大切な人達?おめでてえこった、傷の舐め合いにもならねえ」

低い声で吐き捨て、ギロリと睨み付けるシャフの様子に、ファフはやはり「人を信じる」という事に一番の抵抗があるのだとひそかに思う。シャフが話していた記憶を聞く限り、どれも良い思い出では無かった事を覚えている。まだ全ての記憶が戻った訳ではないが、明らかに人間と吸血鬼の間に何かがあった様だった。

人間にバケモノ扱いをされ、追い出された吸血鬼。そしていつの日か、何かを信じる事を…やめた。
そんな彼は記憶を失っていても尚、身体の反発か。こうしてティミリア達といがみ合っている。

「…何か、あったんだね」
「!」

しかし、ティミリアは違った。そのまま言葉を続ける彼の姿にシャフは目を見開く。

「何があったのかは知らないけどさ、キミにも『仲間』は沢山いると思うよ。そこの猫が証拠」

そう言ってくい、とシャフの足元で指をさすティミリア。後を追って見ると、シャフの近くで尻尾をゆらゆらと振りながら大人しく座っているあの猫がいた。

「…仲間なんだ言ったあげく、俺に同情だと」
「いや、そーゆーのじゃないと思うんだけど…」
「ふざ、けんな……っ、剣を取れ!」

 

 


―――――――――カランコロン!
 


「あーーーー!見つけましたよシャフ君!」

どう反応したら良いか、微かに困惑していたシャフは相手に悟られぬ様振り払うと話を切り出した。
が、その瞬間誰も近寄ろうとしなかった扉が勢い良く開き、たんたんと入って来たかと思えば突然身を乗り出していたシャフの腕を掴む。驚いて見上げると、そこには見覚えのある顔カムチャッカが少し慌てた様子でいた。

「帰りが遅いので心配して来て見たら…駄目ですよシャフ君、お酒は二十歳になってからです!」
「は、離せバカム野郎!今はてめえに付き合ってる暇は…」
「ば、バカム!?ひっヒドイですシャフ君!そんなあだ名初めて付けられました…!」
「いやつっこむトコそこかよ」

思わず横からナグスが口を挟む位に、今までの緊張感が嘘の様に消え失せていた。ぎゃあぎゃあと言い合うカムチャッカとシャフの姿に、一応構えていたティミリアはきょとんとしていて、後ろの丸い机等に身を潜めて様子を眺めていたアメル達も目が点になっていた。

「あのー…もしかしてカムチャッカさんとその…シャフって子…知り合い?」
「あ、そういえばアイリスさん達には紹介がまだでしたね。シャフ君はぷちりょーしゅかの一員なんです」
「っおい!こいつらは…そこの女男はハリーの敵じゃねえのか、何故戦わない!?」

アイリスの疑問にさらりと答えるカムチャッカに対し、シャフは眉間にしわを寄せながら言い放つ。『敵』という言葉にちらりとティミリアを見た後、カムチャッカは静かに微笑む。

「少なくとも、ここで戦う必要はありませんよ」
「だったら今すぐ外に連れ出してでも…」
「シャフ君。今回は、やめておきましょうよ。ほら…この猫ちゃんもいる事ですし。…ね?」
「……っ」

カムチャッカの宥める様な言葉にシャフは一瞬息詰まるとばつが悪そうな顔をする。そして瞳を閉じため息を付くと背中を向け、壊れたドアへと足を運び始めた。

「あ、シャフ君待っ…」

が      ん っ 
              ごろごろ…

 

 


「…あー…」
「相当キレてるな」

出て行く際近くにあった空のタルを蹴り上げ、無様にタルは転がっていく。「すみません、事情があるんです」とカムチャッカが申し訳なさそうに謝罪すると、ティミリアはへらりと笑った。

「なーんか怪しい奴ー…」
「何だアイリス、ティミリアが喧嘩吹っ掛けられた事に怒ってんのかい?熱いねえ」
「な!ななな何言ってんですかランタナさん!私は、別に…ごにょごにょ…」
「ケッ、自惚れやがって。それよりも酒だ酒、とっとと持って来い!」
「アンタも十分自惚れてるわよ」
「なんだと!?」
「なにさ?」
「ち、ちょっとナグスさんもランタナさんも落ち着いて!」

シャフの行動が気に食わなかったアイリスにランタナが茶々を入れる様子を居心地悪そうに見ていたナグスがつっこむ。その対応にむ、としたランタナがさらりと口答えすればあっという間にわいわいと賑やかになり始めた。

「皆元気だなー」
「テ…ティミリアくん、大丈夫?」
「うん、へーき!」
「では、僕もそろそろ失礼します」

避難していた人達もまた少しずつ戻って行き、元の酒場の姿へと雰囲気が変わって来た頃、ティミリア達の様子を見ていたカムチャッカが軽くお辞儀をする。そして一足先に出て行ったシャフの後を追う様にその場所を後にした。





+ + + +

「待っていてくれたんですね」
「…コイツ探す様頼んだのはてめえだろうが」

外へ出ると少し離れた場所で腕を組み、じっと立ち尽くすシャフの姿があった。驚いてそう問い掛けるとシャフは強い口調で言いながらずかずかと近付き、大雑把に掴んでいた猫を前に突き出す。がやがやと人の話し声や足音が回りに響く中、「それだけだ」とぼそりと言うシャフにカムチャッカは笑い、差し出された猫を優しく抱き上げる。広くも狭くも無い商店街を歩き、すっかり夕日が沈み暗くなり始めた辺りに似合わず人々は賑わう。

「シャフ君ぎゅっぎゅー」
「口で言うんじゃねえよこの天然」
「えっ僕天然じゃないですよ」

えへへ、と笑うカムチャッカに顔をしかめながら言い放つシャフ。そんな二人を見守るのは元気の良い一匹の子猫と、人には視えていないファフ。

「僕、弟や妹の様に思っています。シャフ君とファフちゃんの事」
「…」
「とても、嬉しくて。楽しくて」
「…」
「…迷惑ですか?」
「………」

ぐ    る  ん

「あれ?」
「……あ…、」
「入れ代わっちゃいましたね」
「……ごめんなさい…」

いつの間にシャフからファフへと姿を変えた事にカムチャッカは目を丸くしたものの驚いている様子は無い。何度も見て今ではすっかり慣れたカムチャッカは楽しそうに笑みを浮かべながら「なぜあやまるんです?」と言う。それから一時無言で街中を歩いていたが、もしかしたらその間ファフはシャフと何か会話をしていたのかもしれない。どちらにせよカムチャッカには聞こえないだろうが。

「……カム…」
「はい?」
「……ありがとう…」

この日、ファフはカムチャッカに対し初めてふわりと
ほんの少しだけ微笑んだ

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