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 06 

「誰だてめえ」

シャフの容赦無い一言に、腕を掴んでいた相手はより一層目を見開いた。

「…っ俺や、ユンや!」
「気安く触んな」

ぱし、と乱暴に腕をのけるとシャフはギッと相手…ユンを睨み上げる。

エコーからの依頼『とある老人の手伝い』を引き受け、シャフとファフは先ほどその手伝いを終えた所だった。そして我が機関ぷちりょーしゅかの元へ戻ろうと町中を歩いていたシャフを止めたのは、黒髪を一つにまとめ、アクセや腰からの赤いマントなど全体的に派手な格好をした青年。傷を負っているのか片方だけの瞳でシャフを見ていたユンはよほどショックだったのか、呆然としている。

「……そう、か…昔の事や、覚えてないのも…無理もない…な…」
「…」
「…」
「…てめえは俺の事を知ってんのか」
「え、何でそんな事聞く…」
「答えろ」
「……吸血鬼、やろ」
「……」

間違い無い。ユンは俺の記憶を知っている。そう確信したシャフは目を細め、しばらく黙り込む。
そして、

「場所を変える。来い」

顎で軽く別の方向を指しながらシャフは言い放つと、さっさと背中を向け再び歩き始めた。言われたユンは一時迷った表情をしていたが、後からゆっくりと着いて行く。ユンには見えていないだろうファフはシャフの後を追いながらちらちらと様子を見る。そうして気付いたのは、ユンのどこか寂しそうな表情だった。





+ + + +

「なあ、こんな人気の無い所まで行ってどうするん…?」
「…他の連中に聞かれると厄介だからな」

ある程度町中を抜け出し、あまり人が通らないココ・とある空き地まで来ると、シャフはようやく足を止める。振り返り静かに見やるシャフにユンは何かを察したのか真剣な表情で見つめ返した。

「ぷちりょーしゅかを知っているか。俺は今そこに『居る』」
「ぷちりょーしゅかって言ったら…あの裏社会で有名な機関の…?!」
「…詳しいな。表上ではプライバシーの関係である程度隠されているはずだが?」
「そりゃ…あの辺になってくると知らん奴の方が少ないと思うで?それに俺の情報力は結構広い方やし」
「……情報?」
「せや。情報収集は俺の特技の一つやで」

「足の速さだけは俺のモットーなんや」と話すユンに対し、シャフは本当にこいつとは知り合いだったのだろうかと考える。情報収集に長けているのならばユン自身シャフについて調べれば分かる事もあるだろう。最悪の場合、その得た情報を使ってシャフに近付く事。だが何の為に?シャフは内心警戒しつつ、慎重に話を広げようと試みた。

「…シャフ、本当に俺の事覚えてへんの?」

どくん。
しかし、ユンの言葉によって一瞬シャフの心を止める。

「お前は信じてなかったかもしれん。けど、俺は」

何だ この違和感は

「あの時言った事」

『音』の記憶とは違った、どこか、懐かしい…




 



         俺、海賊になるのが夢なんや

 

 



「――――!!」

びくりとシャフの体が跳ねた。頭の中にガンガンと響き渡る声。声。声。

ズキリと頭痛がシャフを襲い、シャフはくしゃりと自分の髪を掴む。今までの記憶とは違った、とてつもない量に追いつかず動揺するシャフの様子に、ユンは驚いて駆け寄った。

「シャフ!?だ、大丈夫か」
≪ お前、吸血鬼なんやろ?――――で…度、聞 ≫

「………っ寄るな!!」

支えようと伸ばしたユンの手が止まる。

(シ、シャフ…っ)

ファフの声が聞こえる。しかし今はそれ所では無いとシャフは抑える。

その内、意識が……遠く………


―――――――
―――――――――――――
おまえは  なんだ






暗いくらいクライ。

限りなく続く深い森に人々は恐れる。

「バケモノ!」

寒いさむいサムイ。
誰も存在しないしかし広すぎるこの屋敷は雪の様に冷たい。

「こっち来るな…!殺される!」

いつからだろうか。バケモノ(吸血鬼)と呼ばれる様になったのは。
いつからか俺は自分自身のバケモノを認め、人間を憎み、この屋敷に住み着いていた。誰からも親しまれず、誰からも求められないまま、ただ意味も無くココに居た。しかし人間は噂を聞いた瞬間目の色を変え、潰しに掛かった。自分の都合の悪い事を殺そうとした。
そうして、俺は思う。ニンゲンとは、なんて卑怯な生き物なのだろうと。

いつの日か自分の痛みを全て、鉄の味へと変えてやろうと。
そう、俺がイケニエを捧げる様ニンゲンを襲い始めたのはその頃からだ。

紅く紅く染まっていく爪は肉を裂く感覚を知り、耳に響くのはどす黒い音。音。声。
俺が求めていた物は、こんな物だったのだろうか。俺が欲しかった色は、こんなに紅かったのだろうか。
こんなに、紅いのに

『 俺ら、もう友達やな 』

どうして、お前の笑顔を忘れられないのだろう
おまえは なんだ






+ + + +

――――かすかな日差し。
うっすらと目を開くと、一番最初に見えたのは真っ青な空とそれを覆う様に立っている木の枝だった。さらさらと風が鳴り、心を落ち着かせる。

「気が付いたか?」

ゆっくりと体を起こして辺りを見回すと横でリラックスしながら座り込み様子を覗き込むユンと目が合った。どうやらあの後気を失っていたようだ。あの痛みが嘘の様に消えている事に気付きつつ、シャフはユンから目をそらし木に寄りかかる。

「ここは」
「ああ、涼しい場所の方がええと思ったから、移動してる」
「…礼は言わねえからな」
「はは、素直やないのも変わってないな」
「…」

落ち着いた様子で話すユンを横目で見ながら、シャフはあの記憶を思い浮かべる。あの笑顔の意味を思い出すには、まだ時間が掛かる可能性がある。しかし少しでも早く取り戻す為に、言ってみる価値は…あるのかもしれない。

「……記憶が無い」
「ん?」
「気付いたらこの体にとりついていた。本来この体は俺のじゃねえ。俺の体が生きてるのかも、何処にあるのかも知らん」
「な…何言ってんのや」
「最悪の場合、死んでる」
「……それ、本気で言ってるんか」
「試してみるか?」

明らかに動揺しているユンに目を細めるとその場から立ち上がり見下ろす。ゆらゆらと生きているかのように風と踊るコートに合図する十字架はキラリと青色に輝く。しん…とした中、シャフは赤い瞳を静かに閉じていき…

ぐ         る      ん

「……!!」

ユンの目の前に立っているのはシャフではなく、黒いドレスをふわりとさせこちらも戸惑いの表情でいる少女の姿だった。ファフ自身も入れ代わるとは予想していなかった為、目を丸くして固まっているユンにどう声を掛けて良いか分からないでいる。

「……あ…あの…」
「…お…んなの…子…?」
「は…はい。あの…フ、ファフ…です……よろしく……」
「あ、ああこりゃご丁寧にどうも……っていやいやそうやなくて!」

思わず自己紹介したのちペコリと頭を下げると、ユンも慌てて頭を下げようとしたが途中で自分にツッコミを入れる。困惑しているようだ。

「つ…つまりキミが…本体って事か?」
「…はい……」
「シャフが高速で着替えたんやなくて?」
『潰されてえのか』

恐らく聞こえていないだろうシャフの言葉にファフは息詰まる。

『ファフ、伝言だ。俺の言葉を繰り返せ』
「……うん……」
「何や?」
「…シャフから…伝言…」

『てめえの夢は海賊になる事』
「…貴方の夢は、海賊になる事…」
「!」
『てめえに関しては、まだそれ以外思い出せない』
「貴方に関しては…それ以外まだ思い出していない…」
『俺は全ての記憶を取り戻す為に、この体から離れる為にぷちりょーしゅかで情報を集めている』

 

 


『本当に俺の事を知っているのなら、その気があるのなら記憶集めに協力しろ』

それはとても強引な提案だった。おどおどとしながらシャフの言葉を一つ一つ復唱していくファフに、ユンは驚きの表情から除々に落ち着いて見返していく。

「…どうやら、いろいろあったみたいやな」
「…」
「……分かった、協力する。ファフやったか?よろしくな」
「…あ…は、はい…」
『…』

あっさりと交渉成立した事にファフは目を丸くしながら、差し出された手を控えめに握り返し握手する。ちらりとシャフを見ると、シャフは未だ眉間にしわを寄せユンの様子を見ていた。
まだ、警戒しているのだろうか。ファフには嘘を言っている様には見えなかった。だがシャフ自身納得がいかないのだろう、しばらくはこのままの状態に違いない。

「で、さっそくの情報やけど…。シャフ、お前の屋敷が焼けた事は知っとるか?」
「!」
『…何だと?』

シャフの声にファフはびくりと肩を震わせた。

まさかこの人が知っていたなんて。いや、あの後どうなったのか一切知らないのはむしろ、私達の方だ。もしかしたら一部の人達に情報が回っている可能性がある。

「最初俺も気付かなかったんやけど、調べてみたらお前の場所だという事が分かった」
『…俺の事を知っているのなら調べる必要は無いはずだろ』
「…シャフの事、知っているのにどうして調べたの…?」
「知ってるって言っても…俺はシャフと一度しか会っとらん。それにもう10年ぐらい前になるからな、建物まで全て全て覚えとるって事は無いやろ」
『…ますます気に食わねえ。一度きりで何故これほどまでに俺に関わる。一体何が目的だ』

シャフの吐き捨てた言葉にファフは一部納得してしまった。確かにユンの考えている事が分からない。しばらく黙っていると重い空気に気付いたのか、ユンはかすかに笑みを浮かべながら話を続ける。

「…信じられんって顔やな」
「……シャフが…」
「シャフも信じてくれへんの?ちょっと傷付くなー」
「……ユンさんは、」
「ん?ユンでええよ」
「…ユンは、何が目的…なの?」
「……目的、なあ」


 

 


「――――――――――海。海を見せてやりたいなあ」

 


「え…」
「はは、まあ今は信じてくれなくてもええで。けど力にはなるさかい、情報が欲しくなったらいつでも頼ってくれ」

ぽつりと言われた言葉と、へらりと笑うユン。
そんなユンの姿を見て、ファフはあの時の寂しそうな表情を思い出した。何か引っかかっていたのはこの笑みだ。一番最初に会ったシャフの表情とほぼ同じだったのだ。

この人も、この人なりにいろいろあったのかもしれない。シャフに関して何か深い『理由』が、あったのかもしれない。ファフはシャフの記憶が戻る事に、少しためらいを見せていた。またあの頃の吸血鬼に戻ってしまうのではないかと。しかし今日の、依頼を手伝ってくれたシャフの様子を見ながらファフは小さな可能性にかけてみたいと感じ始めていた。まだ、自分からあの時のシャフを話す勇気は出ずにいる。けれどユンの話は信じても良いのではないかと、ファフは思う。むしろユンの話でシャフに変化が訪れ、ファフから話をしても納得して貰える様になればと。

『 人を信じる事が出来る 』様に、記憶の時よりも精神が落ち着く様に。
シャフの心を救いたい。そう願いながら。

「…ユン、」
「ん?」
「……本当は…シャフは…優しい人なの……だから、許してあげて…」
『な…』

ファフの思いがけない言葉にユンは目を見開いていたが、やがて嬉しそうにはにかんで見せた。
逆にシャフはなんだか余計に、機嫌が悪くなった気がした。無理もない。

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