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 04 

ざぁ、と涼しげな風が地面から駆け上がる。

その風は足元から雲一つ無い青空へと寄っていく。日差しが強い中、風は唯一の助けと言うべきか。

「準備は良いな?」

そこは大きな草原の塊。緑の香りがふっと舞ったかと思えば、ガンッと地面を叩く音が響いた。地面は巨大な斧でめこりとヒビが入る。緑の長髪を靡かせ、自身有り気な表情でハリーは相手を見た。相手は長い夜色のコートを合図の様に揺らし、吹き荒れる風と戯れる紫髪を手でかき上げ、その髪で見え隠れする赤い瞳がギロリとハリーを睨んだ。






+ + + +

ほんの数分前の事である。

「今日はどれだけ戦えるのか見る為に、俺と勝負してもらう」

ハリーの最初の一言にファフは驚いた。カムチャッカやアルトレーデからピクニックの誘いを受け、この広い草原まで着いて来たファフは、ハリーの言葉が本来の目的だという事を理解する。元々ぷちりょーしゅかの団体が「戦の隊」と呼ばれているぐらいなので当然、それなりの体力作りも必要になってくるのだろう。

「あの…ボク……戦った事無いです……」
「ああ、分かっている。勝負して貰うのはもう一人の方だ。どれくらい実力があるのか見る必要があるからな。」

「…もう一人は、戦い慣れているのだろう?」ハリーが答えるとファフの後ろから小さく『は、』と鼻で笑うもう一人の声が聞こえた。確かにもう一人・シャフの今までの行動を見る限り、戦闘経験が無い訳ではない様だった。しかし問題は記憶喪失が原因で自分の戦闘スタイルを失っている可能性があるという事。大丈夫なのだろうか?

「ファフ、そういう訳だ。もう一人に交代を頼むぞ」

ファフは不安でいっぱいだったが、話を続けるハリーを見て控えめに一つ頷くと、隣に立っているシャフへ視線を向ける。   

ぐるん
ゆっくりと瞼を瞑り、次に瞳を開いた時の目付きはファフとは違った凶暴なルビー色で、そのままハリーに向けた。

 



そして、今に至る。
今まで様子を伺っていたカムチャッカとアルトレーデは遠くの木陰でハリー達を見ている。カムチャッカは不安そうな表情をしていて、アルトレーデは面白そうに眺めていた。

「どうなるんでしょうね…」
「さあ…けど、あの子中々出来そうだよねー」
「あまり傷を負わなければ良いのですが…」
「まあその為に僕らが居るんだし、大丈夫でしょ」

 


「一つ聞く。貴様に攻撃したものはファフに影響はあるか?」
「…無い」
「そうか、それを聞いて安心したぞ。思いきり戦れるからな!」

 

 


「…ってやる気満々じゃん。ハリーらしいけどさー…」
「ハリーさん…」 

がっくしと肩を下げる二人に気付かないままハリーはシャフを見ると、シャフはさっさと始めろとでも言いた気な態度で見返していた。ハリーは腹を立てると「その態度ぶった切ってやる!」一気に突撃した。

「…っ、ぐ…!」

振り下ろされた斧にほぼ直撃な状態。一応手加減はしているのか斧の杖の部分で腹を殴る形になり、攻撃を受けたシャフは吹っ飛ばされて向こう側の木々にぶつかる。けほ、と息を切らしギッとハリーを睨みながら起き上がるシャフに少し違和感を覚えながらハリーは攻撃を続ける。

「どうした!何も攻撃しないのか!」

ぐっと足に力を入れ、シャフの元へと一気に走り斧の杖で身体を突いていく。
正直、驚いた。あの時の攻撃は一体何だったのか。ハリーは考えながら攻撃を続けていく。一振りするだけで空気が引き寄せられ、暴風が靡く。様子を見ているカムチャッカ達もきっと目を丸くしている事だろう。
所詮は口だけか。ハリーはそう確信した。しかし、ファフは違った。 

(シャフ…っ)

ファフは必死にシャフに問いかけていた。シャフには吸血鬼の記憶が無かったのだ、あの時の挑発もまぐれだったに違いない。そう考えるとこの勝負をする必要など、何処にあるというのだろう。

(シャフ…知らせなきゃ…)
「…」
(戦い方、思い出して無いって…)
「……」
(このままじゃ、怪我が広がっちゃう…、シャフ……っ) 

「…YOU……」

その一言が、はたしてハリーの耳に届いたのだろうか

 

 

 



が      あ       ん

「な…!?」

突然の出来事に一同が固まる。今まで抵抗一つせずに攻撃を受け続けていたシャフが、最後の一撃を素手で止めたのだ。引き剥がそうとするがその力は思ったよりも強く、ハリーが一歩も動けないでいた。その間、

「…ファフ、てめえのそれ採用させて頂くぜ」
『え…』

初めて名前を呼ばれたファフは動揺して答えられなかったがシャフは無視して掴んでいた斧をハリーごとブン投げた。地面に叩き付けられたハリーは怯み、シャフはその隙に素早く自分の指を噛み血で刻印を宙で描くとその模様はシャフの首元へと吸い付く。まるで蛇の様に絡まっていき、やがてファフが付けている十字架と似た形が完成する。

違うのは、サファイアに輝く青色。

「そんなもの装備して何の意味がある!チャンスを逃したな…!」

起き上がったハリーが落ちた斧を片手で取るとシャフの腕に向かって今度は刃の部分で攻撃を仕掛けた。シャフはその斧をガンッと殴り弾き返し、拳が所々擦れ切れ血が吹き荒れる。その思い掛けない行動に戸惑いを見せたハリーにシャフは構わず、ハリーの腹に向かって肘を突いた。

「ぐあ…!」

今度はハリーが吹っ飛ばされる間、シャフは間合いを取らない様ハリーの下へ突撃する。

「速い…!」

アルトレーデが驚いて思わず口にするほどそのスピードには隙が無く、あっという間にハリーの前まで近づいていた。シャフが腕を前へ振ると、黒い墨の様なものが十字架から現れ、その黒は徐々に形取っていく。

『あれは…矢…?』

弓矢の≪矢≫だと分かるその黒を掌に浮かばせ、ハリーに向かって振り下ろす。キィインッと耳鳴りを響かせ一直線に向かう。ハリーは咄嗟に斧を盾に身を屈めるが、間に合うか否かシャフはその事を予想していたのか次々に≪矢≫を作り出しハリーへ勢い良く振り下ろそうと――――

「――――そこまで!!」   

パ ァ   ン  ッ    
と、≪矢≫がギリギリハリーに命中される前に浄化され、砂の様に消えていった。驚いてハリーがシャフを見ると、シャフはカムチャッカが振り下ろそうとした手を掴んだ事によって攻撃を止められていた。シャフも目を見開いていて、掴まれた手に力が入らない。

「シャフ君の実力は皆さん理解出来ましたね?なので此処までです」

カムチャッカの素早い行動でこの勝負は引き分けに終わった。
が。

「…おい放せ。殺すぞ」
「…」

シャフ自身納得がいかない様でギロリとカムチャッカを見上げる。その瞳は血に飢えたまさに紅い吸血鬼である。

そのルビー色の瞳を、カムチャッカはじっと抵抗して見つめる。一時睨み合いが続いた後、シャフは諦めたのか小さな溜息をすると乱暴にカムチャッカの手を弾く。

と、その時シャフがふら付き慌ててカムチャッカが身体を支える。

「大丈夫ですかっ?傷が大きいです、手当てしなきゃ…」
「うるせえ触るな!」

抵抗をするものの力が出ないのかあまり攻撃を受けずに終わった。支えてみて思ったがこんな小柄な体の何処からあの力が発揮しているのか不思議だとカムチャッカは密かに思う。

「はーい回復してあげるから二人共来てねー」

アルトレーデが遠くで手を振っている。ハリーは自分で立ち上がると、シャフを睨む。

「…確かに実力は分かった。しかし!今回は手加減してやったんだからな、俺が貴様に負けるはずは無い!」
「ああ!?ぶっ潰すぞてめえ!」
「ハリーさん引き分けですって…」

お互い傷だらけなのに口は元気でモノを言い合っている二人にカムチャッカは苦笑いをした。      

(これが、戦い……)

無理矢理連れて行かれるシャフを眺めながらファフは動揺していた。
戦い。初めて見て、鳥肌が立った。はたして、これから自分はこんな状態で生き残れるのだろうか



 

 



+ + + +


「あれ?ホズキの実が無いや」
「なんだと!?あれほど行く前に確認しておけと…」
「だってこんなにズタボロになって帰ってくるなんて思ってなかったしー。深い傷は治したんだし二人共そのまま帰っても良いんじゃない?」
「き、貴様怪我人を何だと思っているのだ!?」
「まあまあホズキの実でしたらこの近くにも生っていますし…」
「よしアルトレーデ、行って良し!」
「えー何それ!?ねーシャフーファフちゃんに代わってホズキの実取って来て貰えないかな。これぐらいのちっちゃくて赤い実でそこの森ちょっと進めばいくらでも生ってるからさ!」
「…」
「…うわ怖っ。シャフサンコワッ!!」
「人に押し付けようとするからですよー」

アルトレーデの頼みに今まで黙って聞いていたシャフは明らかに不機嫌そうな顔をした。木陰で腰を下ろし、休憩と共に傷の手当てをしていたアルトレーデは、空になった小さなバックを抱えて苦笑いをしているカムチャッカの後ろへ隠れる。ドカリと座り込んで一時動く様子の無いシャフに対し、ファフはおどおどしながら話しかけた。

『シャフ…、ボク…行く…』
「…」
『少しでも役に立ちたいの……』
「……チッ」

お願いと言う前にシャフはめんどくさそうに小さく舌打ちをすると、ぐるんと視界が入れ代わった。目の前にいるハリー達が驚いている所を見ると、ファフが表に出た事が分かる。

「ファフちゃん!も、もしかしてOKって事…!?」
「お願い、したの…ボクが出来る事なら…したい、から」
「しかし…一人で行くのは危険じゃないか…?よし、俺も行こう」
「え、結局ハリーも行くの?」
「…大丈夫…」
「しかし…」
「くす、過保護なハリーさんを見るのは初めてかもしれませんね」
「心配性な親父って感じ?」
「なっ!?」
「………おとう、さん…?」
「…」
「…」
「……行って、くる」

一時の沈黙が通り過ぎると、ファフは俯きながらその場を立ち上がり、小走りで近くの森へと入り込んで行った。姿が見えなくなった頃、ハリーが「貴様が変な事を言うから落ち込んでしまったではないか…!」と慌てた様子でカムチャッカに怒鳴るが、「あれは照れているんですよ」と微笑んで見せたのだった。






+ + + +

森の中へと足を踏み入れたファフは空を見上げる。あの森とは違って光がファフに向かって差している。大きな木々達が多い囲むようにして並んでいて、盛り上がった草むらによって地面の色らしいものもあまり見当たらない。どっちが道なのか分からないが、とりあえず進み出れば良いかもしれない。
横でふわりと付いて来るシャフはイラついた表情でファフを見ている。そんな目で見ないでほしい。しかし何も言わない所を見ると、やはり思ったより傷が深いのだろうか。あれだけの攻撃を直で受けていれば、無理も無いが。

 

口をきゅ、と閉めて黙々と歩いていると、やがてぽつぽつと赤い色が小さな木々に生っているのが見えた。近付いてみると、苺より小粒の赤い実が沢山顔を見せていた。きっとこれの事だ。ファフはそう思い、慣れない手つきで一つずつ取り始める。ドリーに作って貰った黒がメインのドレスを少し持ち上げてその上からホズキの実を丁寧に置いていく。
と、シャフは一歩早く気付き、ふと視線を後ろへと向けた。
―――――がささ、 

「あれ?こんな所で何してるの?」
「!」

後からファフも物音に気付き、振り返るとしっかりとした武装をしている少年が立って不思議そうにこちらを見ていた。何処か気の抜けたその声と、見るからに戦闘服だと分かる格好とのギャップにファフは驚く。グラデーション掛かったマントに、青重視でデザインされた鎧や兜で表情は見え辛い。何よりも目に止まったのは左腕に張り付く様に固定された奇妙な形をした剣だった。ファフは警戒して一歩身を引くと、相手は雰囲気で分かったのか気楽に話し掛けてきた。

「あ、ごめんごめん。この格好じゃ怖いよね」

そう言うと自ら兜を外し顔を見せる。鮮やかな空色を一つに束ねた長髪がふわふわと風で撫でられ、整える為に軽く首を振ると瞳を開き、ファフを見た。耳にはじゃらじゃらとピアスが付けられ、赤い瞳はシャフの様な鋭さは無く、落ち着いた表情でいる。

「結構ごついのかなあこの武装…ま、これで大丈夫かな」
「…あ…あの…」
「ん?なあに?…あ!そっか名前まだ言ってなかったね!ボクはティミリア、ティミで良いよ。君は?」
「……ふ…ファフ…」
「ファフだね!宜しくー!」
「ひゃ…」

名前が分かった途端相手、ティミリアは戸惑っているファフの両手を取りブンブンと握手してきた。なんてお気楽な人だ。

「それは…もしかしてホズキの実?」
「…怪我してる人が、いるの…」
「そっかーそれで沢山採ってたんだね」   

《て、ティミリア君ー!》
《駄目じゃない!地図と違う方向行っちゃ…》
《まったく、君の行動には毎回驚かされるよ。…まあ私は面白いから良いけどねえ》

遠くから何人かティミリアを呼ぶ声が聞こえた。

「あ、此処抜けようと思ってたんだっけ。忘れてたー」

自分の目的にようやく気付いたのかティミリアはアハハと笑う。

「ファフはこの森抜けられそう?」
「…う、うん……」
「そっか、じゃあ心配無いね。あ、ごめん長話しちゃったや」
「…ううん、ほとんど…治してくれているから…その…」
「ん?」
「……ごめんなさい…」
「あはは、ファフは面白いね」

ニコニコとしているティミリアを見て、ファフは誰かに似ている様な気がした。そんな違和感を持ちつつもぺこりとお辞儀をした後、両手いっぱいにホズキの実を潰さない様そっと持ち上げながら来た道へ戻っていく。

「不思議な子だったなあ」

ファフの背中を見守りつつぽつりと呟いていると、遠くからまたティミリアを呼ぶ声が聞こえた。

「今行くー!」

今度は元気良く返答すると、ちらりと消えて行ったファフの方角を見ながら自分の下へと走って行った。


 




+ + + +

「――――うん!これだけあれば十分だよ、ファフちゃんありがとう!」
「…いえ…」
「怪我も無くて良かったです。もう少し掛かりそうでしたら迎えに行こうと思っていたんですよ」
「はーいハリーおっきく口開けてー」
「なっホズキの実は塗るものであって食うものでは…ぶほっ!!」
「……?」
「ファフちゃん?どうかしましたか?」
「……シャフが、反応しない…の…」
「シャフ君が?」
「ふんっ、体力の限界が来たんじゃないのか?貧弱な奴め」
「うっわハリー普通に食ってるし」

二十分ほど経った所で無事帰って来たファフに、ハリー達は安堵していた。ホズキの実が効いてくるまで再びこの木陰で待機していたが、ふとファフはハリー達が賑わう中違和感を感じた。シャフの反応が、あの少年ティミリアに会った時からぶつりと消えたのだ。心の中で問い掛けるも気配を消しているのか変化が無い。

ファフは不安になる。そんなファフに気遣ってボリボリとホズキの実を噛みながら言い放つハリーに、アルトレーデは呆れた表情で見ていた。

「休んでたらその内ひょっこり現すんじゃない?そんな訳だから僕らは帰ろっか」
「…ハリーさんと…カムチャッカさんは…?」
「ハリーが寄る場所があるんだってさ」
「え、僕もですか!?」
「当たり前だ!奴が近くに居るらしくてな、俺は向かわねばならん。行くぞ!」

ずるずるとハリーに引きずられていくカムチャッカに唖然として見ていたファフだが、アルトレーデに声を掛けられ、その場から立ち上がる。

「あの……奴、って…?」
「ああ、奴ってのはハリーが敵視しているティミリアっていう少年の事だよ」

驚いて固まったファフにアルトレーデは「どうしたの?」と尋ねるが、ファフは首を横に振り高鳴った心臓の音を隠す為に両手を胸辺りに置いて深呼吸をした。

「ハリーって右目が隠れてるじゃない?ティミリアと一戦交わした時やられたみたいでさ」    

敵視 あの人が、ハリーさんの敵?とてもそうには、見えないのに…

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