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 03 

あれから何日が過ぎただろう。
短い時間の中沢山の出来事があり過ぎて、ただただ頭を縦に振る事しか仕事をしていない気がした。
そんなファフは今日もカムチャッカと共にお茶会。カムチャッカは不思議な人で、ファフが自信を無くし黙っていてもにこにこと笑ってくれる。そのおかげで、話し掛けてくれるカムチャッカに嬉しさを覚えつつ耳を傾ける機会が増えた。聞いている内にぷちりょーしゅかという機関の事や、ハリー達の事などなんとなく把握してきている日々でもある。

 

少しでも早く理解出来るようになって役に立てる様になりたい。少しでも此処に居させてくれる事に感謝の気持ちを込めて、恩返しをしたい。それがファフの何よりの願いだった。ほんの小さな事だったのだ。
…そう、

『………くあー…』
「…。」
「ファフちゃん?どうかしましたか?」

この人が現れるまでは。

相変わらずこの人・シャフの姿はファフ以外見えない様で、暢気に欠伸をしながら隣でじっと見てくる視線に息詰まると、カムチャッカが問いかけてきた。何でもないというサインをする為に首を横に振ると、カムチャッカは?マークを頭に浮かべながら再び紅茶に口を付け一息。

シャフ。吸血鬼の記憶を失った吸血鬼。
彼の条件は、彼自身の記憶を全て取り戻す事。失った物が手に入れば、シャフはファフの身体から離れる事を約束した。こうして、一時ぷちりょーしゅかのお世話になっている訳だが。はっきり言って、慣れない。

「あ、そういえばファフちゃん。ハリーさんから伝言なのですが…」

ファフちゃんは、戦う覚悟があるか?って。突然の質問にファフは戸惑ってしまった。

「僕やハリーさんの考えはなるべく危険な目に合わせたくないのが本音だけど、シャフ君の記憶を取り戻すにはいろんな場所に行かなければならないと思うんです。見た所シャフ君にはある程度の戦闘能力を持ち合わせているみたいだから、戦う事も出来るかなと…」

ただ、ファフちゃんの気持ちの整理が…ね。
と、控えめに話すカムチャッカに対してファフは目を丸くし次の言葉に困った。確かにいつまでもじっとしていては記憶が戻るとは限らない。ましてやあれから3日が経とうとしているがシャフ自身特に変化は見られなかった。
最近知った事だが、ぷちりょーしゅかの団体は住んでいる場所と言うものが定まっていないらしく、いつもならあちこちを点々としているのだと言う。依頼や武器といった物はぷちりょーしゅかのいわゆる『大元』から来ているのだそうだ。そこにはきっと、立派な物が建っているに違いない。とにかく共に行動すれば危険もあるという事だ。
ボクにそんな覚悟があるだろうか?
黙って考えていると、カムチャッカが「ゆっくり考えて良いですから…無理は駄目ですよ」と宥めてくれた。
―――――しかし。

『代 われ』

ぐるん、と視界が変化した。待ってと言う前に許可無く入れ替わったシャフにカムチャッカはぽかんとしている。

今までのおどおどとした雰囲気とは正反対で、シャフは腕組みをした状態でカムチャッカを真っ直ぐ見返す。自然に満ち溢れた庭に置かれた白いテーブルと椅子の温度は下がり、ピリピリとした空気が流れ始める。

「俺は戦う」
「えっ、そ…そうですか…けれどファフちゃんは…?」
「記憶が戻らない限り俺はコレにとりついたまま。手段を選ぶ必要も無えだろ」

まるでファフに言っているかの様な口調に、ファフは不安そうな表情になりながらも見守る。けれど彼の言っている事は本当の事なのだ。時間は限られている。

『…シャフさん…』
「あ?」
「え、僕何も言ってませんよ…?」
「違う。言いたい事があるなら言え」
『…ハリーさんの所に行っても…良い…?』
「……フン、決まりだな」

ファフの言葉にシャフは目を細めると、話が掴めていないカムチャッカがいれた紅茶を飲み干す。飲み終えて椅子から立ち上がりその場を離れようとしたシャフに、カムチャッカも慌てて席を立つ。

「何処に行くんですかっ?」
「おい、熱血野郎の居場所を教えろ」
「ハリーさんですか?今の時間だと部屋に戻っていると思いますが…」
「…」
「…あの、シャフ君」
「何だ」
「ハリーさんの部屋、こっちですよ…?」
「……早く言え」
「わああ、すっすいませんそんな殺気立てないでっ」

庭から繋がった長い廊下を歩き、ハリーの部屋とは逆方向へ足を運んでいたシャフを呼び止めたカムチャッカ。その一言により一層不機嫌そうな顔で睨み付けられ、カムチャッカは慌てた様子で言葉を付け足す。
しかしカムチャッカは何故か、嬉しそうだ。怖くは無いのだろうかと、ファフは密かに思う。

「こうやってシャフ君とお話しするの、初めてですね」
「…」
「前から気になってたんですけど、ファフちゃんと入れ替わる時って服も全く違う物になるんですね。そこが二重人格とは違う所なのでしょうか、僕びっくりしちゃいました」
「うるせえ、黙って歩け」
「あ、待って下さいよー」




 

 


+ + + +

「…おいてめえ、言えるな?」
『…え…』
「俺が行っても警戒されるだけだろ。てめえの問題でもあるんだ、話しつけて来い」

カムチャッカに言われた道の通りに進み、ついに目の前の小さな扉にたどり着いたシャフはファフにそう言い残すとまた、視界が一変した。戻った。今はファフが地面に足をつけているきょろきょろと周りを見渡すが、シャフの姿は無い。


――――ボクらはお互い意識をしなければ姿も会話も見える事は無い。
どんな能力かはともかく、本当に一人で話を付けろという合図でもある。ファフはじっとドアを眺めたまま一時動けないでいたが、やがて控えめにノックをした。「入れ」という言葉が聞こえ、ハリーが居る事が分かるとファフはドアノブに手をかける。

「まぁ…貴方が、ファフ様…?」

ゆっくりとドアを開き視界を広げれば、ベットや小物類を入れ込むタンス等が見えた中、ドア斜め横に立っていた女性が振り返る。ふんわりとした表情で、しかし立派な武装をしていた。

(綺麗な、ひと…)
「ん?おお、ファフか!」

奥の方で大きな机の上に積み重なった書類を見ていたハリーがファフの存在に気付くと椅子から立ち上がり、二人の下へと歩む。女性の隣に並ぶと「よく来たな」と笑う。緑の長髪に凛々しい姿。こうして見ると、性格は違うものの雰囲気がそっくりだ。

「妹だ。数少ない女性の一人になる。仲良くしてやってくれ」
「はじめまして、ファフ様。フレドリカと申します、ドリーと呼んで下さいな」
「は、はじめまして…」

ファフと向かい合うとドリーはにこりと微笑み挨拶をすると、ファフは緊張しながらぺこりと会釈をした。

「…と、用事があったんだったな。ファフ、椅子に座るか?」
「…あ、あの…大丈夫です…すぐ終わりますので…」

もう少しで自分の用件を言いそびれる所だった。深呼吸をして気を取り戻し、ファフは背の高いハリーを見上げながらおずおずと、しかし何か決心した様な口調で一つ一つゆっくりと口にし始めた。

「…カムチャッカさんに、話を聞きました…」
「…そうか…」
「………あの、ボク…出来ればハリーさん達の役に立ちたい…。シャフさんの記憶も…取り戻せる様に……だから…」
「…」
「ボクを…、連れて行って下さいませんか…?」

ぽつりぽつりと一生懸命に言葉を絞りながら話していくファフの姿を見て、ハリーの固くなった表情が柔らかくなる。そして、言い終えて不安気に見上げるファフの頭を優しく撫でながらにっと笑った。

「よし!決まりだな。これから宜しく頼むぞ」
「…」

許して貰えた。大きな手に撫でられ、ほう…と安心する。
それはもう会う事の無い家族を思い出す懐かしいこの気持ち。じわりと瞳が熱くなるのを感じ、隠す様に俯いて小さく頷いた。

「あ、あの…」
「何だ?」
「………ありがとう、ございます…」

ファフの言葉にハリーとドリーは顔を見合わせた後、笑みを浮かべた。







+ + + +

ある程度会話をした後、ファフはハリーの部屋から出て行った。ぱたんとドアを閉めると同時に糸が切れたかの様に力が抜け、一気に足が重くなった。「シャフ、さん」ふらふらとしながら必死にシャフを呼ぶが、相手がその意志にならなければ二人は姿を見る事も話をする事も無い。どうする事も出来ないまま長い廊下をゆっくり歩いていると、精神的に限界が来たのか、ファフは足場を崩し…

『だらしねえ、話は終わったか』

視界が元の位置に戻った。
どうやら運良く意識が一致したらしいシャフが一瞬だけ入れ替わり立たせた様だ。いつの間にか隣でめんどくさそうにファフを見つめるシャフの姿を見て、ファフは緊張する。「許可、貰った…」と小さな声で伝えると、シャフは目で確認した後そのまま逸らした。

「……あの…シャフさん」
『…』
「………さっきは、ありがとう…」
『うるせえ』
「ご…ごめんなさい……」
『…』
「…」

気を取り直して再び歩み始めたファフに、シャフは宙に浮いた状態でふわふわと着いて行く。
ふと、ファフとシャフを見ると目が合い、慌てて逸らす。沈黙がちくちくと痛い。ファフは身を縮めて俯きながら歩いていると、黙っていたシャフが口を開いた。

『おい』
「…は、はい…?」
『名前呼び捨てにしろ。敬語もいらねえ』
「え…」
『さん付けすんなっつってんだよ』
「………」
『……聞いてんのか!』
「!は、はい…!」

突然の言葉に反応しきれないでいると、シャフが怒鳴り反射で返事をするファフ。この会話きり、二人とも黙ったままでいた。
沈黙。
しかし不思議とさっきまでの重さは無かった。

 

分からない、彼の考えが。外見も性格も、会話をしてみると普通に居そうなイメージを抱くというのに。時々恐ろしいほどの冷たい雰囲気を持つ、そんな彼。
自分の部屋に入り、ドアを閉めると静けさが襲う。部屋の明かりを付け、再びシャフを見ると、シャフは何かを考え込んでいる様だった。

「…シャフさ…。――――!あ、」

勇気を振り絞って話しかけようと声を掛けたが、さん付けするなと言われた事を思い出し、口元を押さえて停止するファフ。シャフは一瞬不愉快そうな表情をした後、『寝ろ』と一言残し、フ…と姿を消した。

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