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02
「なんや、こっちにどデカイ屋敷があるって噂にとんで来たのに…屋敷燃えた後やん」
「あーせっかくお宝手に入ると思ったんやけどなあ」
「けど…何やろ」
「懐かしい感じが、する」
+ + + +
「ハリーさぁーん!ま、待って下さいよー」
「さっさと俺に着いて来んか、置いて行くぞ」
「だってハリーさん歩くの早いんですよー、もっとゆっくり進みましょう?」
「そんな余裕は無い!」
「そんなあ…」
きっぱりと言ってみせたハリーに、しょぼんと落ち込む彼・カムチャッカの帽子が寂しそうに揺れる。
ハリーはとあるメッセージを貰っていた。
弱々しい魔力で誰かに頼る様な「助け」のメッセージが書かれた紙飛行機。元々自分の務めている職が職なので似合わない事だと知りつつもその言葉に秘められた胸騒ぎがどうしても離れず、結局この森へと足を運んだのだった。本当に小さな事かもしれないのに、何気に張り切って深い森を突き進む姿はとても武装集団「ぷちりょーしゅか」には見えず。
――――ぷちりょーしゅか。
その言葉は有名であれば有名で、そうでもなければそうでもない。良く言えば何でも屋。悪く言えば裏社会始末の担当者達。その団体名を知る者は腰を浮かせて逃げ出すほどで、普段はあまり本性を出さない彼達を知らない者は裏社会を知らない者当然である。
「それにしても…この辺り何処を見ても森ばっかりですね…」
「俺達がこんな所でびびってどうする、精神がなってないぞ!」
「僕はハリーさんの精神を疑います…」
「何か言ったか?」
「いえ!なんでもないでーすっ」
えへへと笑うカムチャッカにハリーは疑う様な顔をする。すると一番後ろからゆらゆらと着いて来ていたもう一人の連れ・エコーが緊張感の無い口調で問いかけてきた。
「ハリー、今更だけど聞いて良いか」
「何だエコー」
「何でオレも此処に着てるんだろう」
「それは道に迷わん様にだ!」
「僕ら方向音痴なので…」
「…はあ…」
太陽が見えない森。そんな中ずんずんと進み出ていくハリー達に、エコーは苦笑いを浮かべた。
+ + + +
「多分、あそこです」
カムチャッカが指差す場所を見ると、そこには古びた小さな村がぽつんとみえた。中へと足を踏み入れると、ちらほらと村の住人が姿を現し始める。どの人も着ている物は乏しいもので、全体を見るより他すぐに貧しい場所だと理解出来た。
「おい、この紙飛行機を送ったのはこの村か?」
「え…あ、あああ…!この飛行機を見て下さったのですか!?少しでも魔力を学んで良かった…!お願いです!この村を救って下さい、お願いです…!」
「おい…!?」
「どうやら、本当の様ですね…」
「あ、ああ…」
近くで座り込んでいた男性に声を掛けると、男性は嬉しさのあまりがしりとハリーの手を取って何度も頭を下げてみせ、村の住人達に声を荒げながら走っていく。やがて目を丸くしているハリー達の周りを囲む様にして人々が集まって来た。
「お願いです、吸血鬼を退治して下さいませ…!」
「吸血鬼?」
「昔から一年に一度、森の中心に生贄を捧げる様言われてきました。最初は森の神様への捧げかと思いきや、吸血鬼の餌となっていただけだったのです…!」
「しかし、生贄を捧げ続けなければ吸血鬼は村中の血肉を喰らうと…」
「へえ…で?どうする」
吸血鬼という言葉に興味を示していたエコーがハリーへ目を向けると、ハリーは難しい表情を返す。
「どうするも何も、その吸血鬼とやらをぶったぎれば良いのだろう?その依頼、引き受け…」
「おい、あれ…!」
人々の視線が違う場所に集まっている事に気付き、後ろを振り返ると木へ両手をついて身体を支えながらふらりと立ちすくむ少女の姿があった。
「!酷い傷…」
「触れてはいけません!!」
ば ん
と、村人の一人が少女を突き飛ばした。力無い少女はその場で倒れる。その光景にハリー達は目を見開いた。
「何をするんだ、その子は大怪我をしているんだぞ!お前達の子じゃないのか!?」
「その子は生贄に捧げた子…何故戻ってきた!吸血鬼がこの村を襲ってきたらどうする…!」
「このままじゃお怒りに触れてしまう…いや、もう手遅れかもしれないぞ…」
「そんな…!早く、早く元の場所に戻りなさいよ…!」
「あたいらを殺す気かい!?」
「この村は終わりだ…!」
「――――あんなに《お前は良い子だね》ってあやしてやったのに…!」
びくり、と少女は俯いたまま肩をすくめる。人々の静まらない言葉の刃にハリーは黙って聞いていた。
が。
「大丈夫だ、この者達が助けて下さる…!」
「そうだ…!吸血鬼を殺せば全てが終わる、俺達の未来も遠くない!」
「この子は俺が引き取る」
期待の眼差しを浴びる中、ハリーは厳しい表情で一言呟いた。たった一言で、あまりの雰囲気の変わり様に辺りが一気に静まる。
しん、とした中ハリーがカムチャッカへ視線を向けるとカムチャッカはこくりと頷いてみせ、小さな少女をひょいと抱き上げた。
「行くぞ」
「はい」
「あ、あの…吸血鬼退治は…」
「さあ?好きに暴れさせておいて良いんじゃない?オレらはそんなに良い人じゃないんでね」
何も答えず背を向け歩き出す二人の代わりに嘲笑いながらエコーは言葉を吐き捨てると、後を追って行った。
その後村がどうなったのかは、知りもしない。
――――――――――――――
「…ここ、は…」
白い視界。
そんな天井を見上げている状態だと気付いたのは、自分の瞳が部屋の灯りに慣れてきた頃。ベットから降りようと裸足で床に乗れば、きしりとかすかに軋む音がした。
…村。私を捨てた村。仕方の無い事だ。元々生贄の身だったのだから、拒絶される事は分かっていた。
でも。それでも。
「………っ、」
苦しい。村中が拒絶するあの目を思い出し、恐ろしさに胸が締め付けられる。夢だと思いたいが、あの紫髪の人に抱えられた暖かさが忘れられない。
「ここから…出なきゃ…」
これ以上他の人が自分のせいで悪化する場面など見たくもなかった。扉以外に抜け出せる場所を探そうとすると、ふと小さなタンスの上にあるアクセサリーが視界に入る。
幼い頃に貰った唯一の宝物。その十字架にあの吸血鬼を燃やすほどの威力があったと一体誰が予想出来ただろうか。そんな事をひしひしと感じながら、ファフはゆっくりとした動作で十字架を手に取り…
パ リ ン
突然の強風に耐え切れなかった窓ガラスがいとも簡単に砕け散った。
「っ!?」
驚いて隣の窓へと目を向けるが、見えるのは青い空のみ。他に変化は見られない。
―――――――いや、違う。
どくどくと、血の流れが早くなっていくのが分かる。
緊張が解けない。胸騒ぎが取れない。この感覚には、覚えがあった。
キラキラと落ちていく、ガラスの破片。
キラキラ。
パラパラ。
キラキラ。
パラパラ。
―――――しん
『 お い 』
「………!!」
がたんと、背中から聞こえた声に考える他振り返りながら後退り足が縺れ視界が揺らいだ。
見えるのはひらひらと舞う夜色のコート。鬼灯の様に赤い瞳。青みがかった紫の髪。あの炎の渦へと巻き込まれていったはずの少年が。あの吸血鬼が生きていたのだ。
≪殺される≫
そう肌で感じ、ぎゅっと瞳を瞑った瞬間である。
『…何やってんだ、だらしねえ』
「ぁ…」
痛みが無い。
恐る恐る顔を上げるとあの少年がイラついた表情でこちらを見ていた。ふわりとファフの身体が宙に浮き、元にいたベットへと座らされる。突然の事でファフは何を言われたのか理解するまで時間が掛かった。
『何処だ、ここ』
「…」
『…聞いてんのか、てめえ』
「!…ぁ…は、はい…っ」
「どうかしましたか!?」
勢い良くドアが開かれるとそこには見覚えのある紫髪の人が驚いた表情をして立っていた。
「これは一体…何があったんですか?」
「…」
「あ…こ、怖がらないで?僕はカムチャッカ。キミを放って置けなくて、此処に連れて来たんです」
「…カム、チャッカ…?」
「はい、カムチャッカです。あの、貴方のお名前は…?」
「……ファフ…」
「ファフちゃん、ですね!怪我は大丈夫ですか?」
未だ心配そうに顔を覗き込むカムチャッカにファフは戸惑いつつもこくりと小さく頷く。するとカムチャッカはほっと胸を撫で下ろしながら「良かった!」と微笑んだ。ファフとは違って立派な武装の格好をした青年・カムチャッカを見てファフは口ごもりながらもお礼を言おうとベットから立ち上がる。が、黙って聞いていた少年がカムチャッカの元へすたすたと近づき、ひゅ、と人差し指を向けた。
次の瞬間、ビュウッと強風が吹き荒れ、カムチャッカは頭に付けた帽子が飛ぶと同時に「わーっ!?」と間抜けな声を上げながらドアの向こう…廊下へと転がっていった。
がたーんっ
「か…カムチャッカさん…!」
『こいつ、俺の姿視えていないらしいな』
「え…」
『おいてめえどういう事か説明しろ』
「………ボクの事…覚えてないの…?」
『知らねえから聞くんだろうが』
記憶が、無い。
考えられるのは、記憶喪失の可能性。ファフは信じられない様な表情をしながら一言、一言口にしていく。
「…貴方は、…吸血鬼…」
『きゅう、けつ』
「きお、く…失って…多分ボクの中に、乗り移ったんだと…思う…」
『…分からねえな。なら何故俺の肉体が無えんだ。記憶喪失と何の関係がある?』
「それは…」
≪貴方がボクを殺そうとして、十字架による罰が与えられたから≫
その言葉を口にする事が出来ず、ファフは黙り込んでしまった。この少年の態度を見る限り、吸血鬼の記憶を失っているのは確か。
まさか、魂が自分の身体へと憑依してしまった等と、取り返しのつかない状況である。どうすればいいのだろう。
ファフはとても恐ろしかった。記憶を取り戻せばまた自分が喰われるのではないかと。いや、自分だけでなく此処の人達まで…
「あの…僕には視えないのでアレなのですが…その様子を見ると何か居るみたいですね」
すると、飛ばされた場所からほこりを軽くはたきながら再び部屋に戻って来たカムチャッカにファフはようやく反応する。
「…吸、血鬼が…いるの…」
「吸血鬼、ですか。…。ファフちゃん、少し皆でお話しませんか?」
「…え…」
「皆さんファフちゃんの事とても心配していましたし、ね?」
「でも…」
俯いてしまったファフにカムチャッカは優しく頭を撫でると「大丈夫ですよ」と安心させようとする。微笑むカムチャッカにファフは落ち着くと、「ごめんなさい…」と小さく呟いた。
「レオンハルト・アーヴィングだ。ハリーで良いぞ!」
「初めまして!キミがファフちゃん?僕はアルトレーデ、宜しくね」
「…エコー・レヴァメンテ。ま、宜しく」
「………宜しくお願いします……」
結局、話に付き合う事になったファフはたくさんの人達に会い動揺していた。
村の住人に一喝したあの人…ハリーはこの集団のリーダーなのか他の皆より生き生きとした感じが見られた。村に訪れたのはハリーとカムチャッカと…さっきから観察する様に見てきているエコーの3人だった事を覚えている。もう一人初めて会うアルトレーデは「ニヤニヤするな」とハリーから怒鳴られていた
「ファフちゃん、大分落ち着きました?」
「…は…はい…」
「良かった。ハリーさん、そろそろ自己紹介も終わった事ですし…」
「うむ」
広いリビングの中でそれぞれの椅子に座って話していたハリー達は、ファフを見る。
「さっそくですまないが、いくつか聞きたい事がある。答えてくれるか?」
「…はい…でも…」
「でも?」
「…ボク、皆さんに迷惑、かけてしまっているから…だから…」
「…」
「全部話したら…出て、行きます…傷、手当てしてくれて…ありがとうござい、ま…」
「俺は一言も、そんな事は話していないはずだが?」
「え…」
「お前は此処に居て良い。いや、残るのだ!」
「で、でも」
「言葉に甘えるべきだよーファフちゃん。行く当ても無い女の子を追い出すなんて事性に合わないモンね。ハリーやっさしー」
「ばっお前という奴はよくもまあペラペラと!」
「まあまあ本当の事なんですから」
「とにかく!来たからには此処の生活に慣れて貰うからな!」
「連れて来たのは僕達ですけどねー」
これが彼らのいつものムードなのか。賑わうハリー達を見てファフは少しだけ笑みがこぼれる。ハリーは改めて咳払いをした後、話を続けた。
「で、お待ちかねの質問についてだが…良いな?」
「…はい」
「よし。まず…ファフ。お前が住んでいたと思われる村についてだ。」
「村の連中が言っていた吸血鬼の話は本当だな?」
「…はい。生贄が必要になったのは、10年ほど前からだと…思います…」
「…?最初から生贄が必要だった訳では無いと言う事か?」
「…昔から、森の奥に古いお屋敷があって、吸血鬼がいると…言われていたので、多分…そう、です…」
「いつから住み着いてるんだろーねえ」
「ふむ…次だ。お前は生贄に選ばれたと聞いたが、どうやって村まで戻って来た?」
「それは……」
言葉につまった。全てを話すと決心したものの、言葉にして良いものなのだろうか。あの出来事を。燃えてしまったお屋敷を。十字架を。…視えていないだけで隣に存在している、吸血鬼を。
思わず、戸惑いの表情で視線を吸血鬼へ移す。そして初めて気付いた。黙って聞いていた吸血鬼の表情にもかすかに戸惑いが見える事に。
困惑するのも無理は無い。何時から覚えているかは謎として、確かにこの吸血鬼は知らないと発言したのだ。こんな状態で、話せる訳がなかった。固まっているファフに不思議そうな顔をしてハリーが「どうした」と問いかけてきた。
この人達には悪いが真実を話すのは止めよう。
口にして吸血鬼が怒り狂って周りに迷惑を掛けるなどと、ファフには耐えられなかった。自分で背負わなければ。ファフが誤魔化しの言葉を口にしようとしたその時である。
『―――おい』
「え…」
『代われ』
「……っ、?」
『 ……≪ 代われ ≫ 』
不機嫌そうな声が聞こえたと同時に、何かが代わった。
ぐるんと視界が回り、目を見開いてはっ、と周りを見渡すと、驚いた表情のカムチャッカ達。眩暈がしただけかと思ったが、ふと異変に気付く。視線が私ではなく、隣。
「き、貴様何者だ!?」
ハリーが叫んだのはファフの姿を見てではなく、あの吸血鬼が突然現れた為である。いや、吸血鬼はずっとファフの隣に存在していたのだ。
そうか、これが「代わる」か。ファフは理解した。
姿が今視えたかの様に驚いた表情で指をさし、椅子から立ち上がるハリーに、カムチャッカがゆっくりと静止し続ける。
「貴方が吸血鬼ですね?ファフちゃんは何処へ」
『ボク…此処にいる…』
試しに声を出してみるが皆聞こえている様子は無い。完全に入れ替わっている事が吸血鬼にも分かったのか、ゆっくりと口を開いた。
「…フン、やってみるものだな。これでやっと話せる」
「質問に答えんか、貴様!」
「うるせえギャーギャー喚くな、言われなくとも俺の全てを話してやるさ」
「な…なんだと…!何だその口の悪さは!」
「ま、まあまあハリーさん落ち着いて…!」
張り詰めた空気の中、赤い瞳でギラリとハリーを睨み付ける吸血鬼にファフは戸惑う。こんなはずではなかったのに。ファフと似たセミロングの紫髪。まるでもう一人のファフを見ているよう。
「俺の名はシャフ。…女は今俺の立場に居る。要するに入れ替わったって事だ」
「入れ替わった…二重人格か」
エコーが興味を持った様子で呟くと、吸血鬼・シャフは小さく首を横に振る。
「そうとも言えるし、違う。……俺は吸血鬼だからな」
「その吸血鬼がなぜファフちゃんにとりついているのですか?一体何が目的です」
「知らん」
「「!?」」
あっさりと答えたシャフに皆が唖然とする。そんな様子に小さくため息を付くと、シャフは話を続けた。
「記憶が無い。気が付けばこの女にとりつく形になっていた。…肉体の行方も、俺が本当に吸血鬼だったのかさえ、分からない」
「貴様…ふざけているのか?そんなはずある訳が無いだろう…!」
「……」
ハリーの意見にシャフは黙って目を伏せる。言い返すほどの証拠が無い為だろう。しかしこの状況で嘘を言っている様には見えなかったカムチャッカは口を開く。
「…シャフ君の言っている事…僕は信じます」
「な、カムチャッカ!?」
「…疑わねえのか」
「記憶があったら、もっと攻撃的だと思いますので」
「今の状態でも十分攻撃的だと思うけどなー特にハリーに対して」
「ハリーに喧嘩を売るとはねえ」
「貴様ら感心してる場合かああ!」
「……はっ、そこの熱血野郎以外は理解力があるらしい」
「なんだと!?」
眉間にしわを寄せ言うハリーに吸血鬼はすうっと瞳を細め――――
どん
「!?」
直後、ハリーの真横を風が通り過ぎ背後の壁が砕け散った。煙を上げる凹んだ壁を見て驚いたハリーは、今度は敵意の目でシャフを見る。
「次はその顔ぶっ飛ばすぞ」
「上等だ!この銀眼のハリー様を舐めるんじゃないぞ、ぶったぎるぞ!」
「や、止めて下さいハリーさん!」
「子供相手にそんな態度しちゃ駄目だって!」
今にも飛び掛りそうな勢いで怒鳴るハリーの両腕を押さえながら必死に止めているカムチャッカ達に対し、どっかりと座り込んでいた椅子から立ち上がりシャフは指をさし凛と声を張り上げた。
「聞け!確かに俺は今この場で女の意志を殺し、のっとる事も出来る。が、生憎そんな趣味は無い。だからと言ってこのまま去るなんて事もまっぴらごめんだ」
「どうする、おつもりなんです…?」
「条件だ」
―――俺がこの女から離れる代わりに、俺の記憶を全て取り戻せ
その言葉から、決して逃れられる事は無い小さな物語が始まろうとしていた