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 01 

「ファフ、お前は良い子だね」

そう言われながら、手を引かれる。

もうどれくらい歩いただろう。ぞろぞろと蛇の様にゆっくりと一列に並ぶ村人達を見上げながら、ファフは思った。
 

森。

それは何処までも広く深く続く緑。無数に伸びた黒い木の枝はまるでこちらを今にも掴みかかりそうな手のよう。暗いくらいクライ夜道が続き、寒いさむいサムイ風にせかされ、辺りの空気は重い。まるで森自身が「憎い」と訴えているかのように。

「…あの」
「…」
「どこに、いくの」
「お前は良い子だね」

何度も聞いたその言葉には、一体何が含まれているのか。ファフには、分からなかった。
木々に囲まれた場所まで来ると村人達は「すぐに戻ってくるからね、此処で待っているんだよ」と言い残し、
また来た道をぞろぞろと戻っていく。一度も振り返らず、一言も喋らず、村人達は足を動かす。ゆらゆらと並ぶ影を追いかける勇気も無く、一人の少女はただ、眺めていた。まるでヘンゼルとグレーテルだ。
もう戻って来ない気が、した。

 

しんとしてファフを覗く長い長い木々達にぞっと鳥肌が立ち、思わず体を小さく縮めながらワンピースを手でぎゅっと握る。
何処を見ても森、森、森。

「ここは、どこなの」

返事は無い。

「ボクは…此処で待たなきゃ、いけないの…?」
「どうして」
「ボクは何の為に此処に残された、の」
「ボクは…」






「捨てられたな お前」

ざぁ。
かすかな声だが辺りの静まりに影響して、ファフにはとても大きく聞こえた。

びくりとファフは身体に緊張が走り硬直する。後ろから聞こえたその声以降、周りは動きの無い空間へごろりと変化した。自分の深く息を呑む音と耳に貼り付けられる様な心臓の音が嫌に焼き付き離れない。だれ?

「捨てられた?」
「そう、捨てられた」
「ボクは…一人?」
「そう、一人」
「……あなた、は…?」
「俺を知って何になる」
「あなたは、どうして此処にいるの…」
「そうだな」

ぽつりとファフは問いかけると静かに、

「俺も一人だから此処にいる」

少年は姿を現した。
透き通った声。雪の様な肌。その雪が溶けて消えない様に覆ったコートは夜と一体化していて。
ファフにはその姿が、とても綺麗に見えた。けれど同時に恐怖さえ、感じた。

「あなたも一人なら、ボクと…同じ…ね」
「どうしてそう思う?」
「だって、ボクとあなた…似ている、もの」

赤い瞳も。髪の色も。立場も。少年はルビー色の瞳を細めると、少し長めにカットされた横髪がふわりと揺らぐ。

「そうだな。俺達は、似ているのかもしれない」

けれど。とん、と押された気がした。ゆっくりと意識が遠退いていく。

足が崩れ少年に支えられた時、一瞬だけ

「俺はそんなに、綺麗じゃない」

悲しそうな、表情で







――――――――――――――

「今年も、子供が減ってしまったな」
「しょうがないじゃない、渡さなければ私達が喰われてしまう」
「村の為なんだ」
「村の為なんだ、許してくれ。ファフ」


「お前は良い子だね」
 

 

 

 


目が覚めると、ファフは戸惑った。一人部屋にしては広すぎる此処には、今まで見た事の無い高価な物がそろっている。ゆっくりとベットから起き上がれば、それを待っていたかの様に思考が回る。
古い屋敷。冷たい空気。

ファフは思い出す。村の中で噂が絶えなかった、吸血鬼の話を。
…あぁ、そうか。自分は捨てられたのか。一年に一度の、生贄に。

あの悲しそうな瞳をしていた少年が、きっと吸血鬼なのだ。けれど、何故?なぜあのひとは、苦しそうな表情でいたのだろう。
 

ばたん。と、荒い音が部屋に響く。一回り大きい扉を開いたのは、あの少年だった。まるで生きているかの様にゆらりと夜色のコートが舞う。ボロボロになったワンピースを着ているファフと、身分の高そうな服を着こなす少年。違うのに、似ている。そんな想いを寄せながら。

…しかし

「あなたは…ボクと同じ…一人…?」
「同じ?一緒にするな。てめえは此処で、消える」

おかしい。この人は本当に出会った少年だろうか。

気を失う前に見た瞳は、寂しそうな色をしていたというのに。今の瞳はまるで、吸血鬼だ。

「どうだ、生贄に選ばれた気分は。泣きたいか?怖いか?哀れなてめえに一度だけ願いを叶えてやる。逃げても良い、俺を殺そうとしても良い。だが最後は死ぬ。赤いアカイ血を、俺に見せてくれよ?」

唄う様に話す少年の声を、ファフはぼう…と聞いていた。冷え切った笑みを浮かべる少年が一歩、一歩と近づいてくる。
動かない。
深く考える訳でもなく、ただ見つめ返すファフの目の前まで来ると、手首をがしりと掴む。
動けない。
ボクは、喰われてしまうのだろうか。
死?
失?
それは

「お前、何故俺を見て怖がらない」

ぞわり。

 

とても恐ろしい事だ。
真っ赤な瞳に見つめられ、ファフは釘付けになる。
初めて感じた寒気に鳥肌が全身を駆け巡る。

「望みは何だ」
「ぁ…」
「答えろ」
「ボ、クは」

しにたくない。
ぎり、と強く握られ手首が悲鳴を上げる。

 

怖い。
怖い怖い怖い。
音も無い世界に入り込んだかの様に周りの気配は無い。部屋の壁に追いやられ、ドンと肩がぶつかり、目を逸らす事も出来ず、瞬きをする事も許されず。
動けない。動けない。
どくどくと自分の大きな鼓動が耳に響き、気分が悪くなる。もはやどんな表情でいるのか判らない吸血鬼。逃げれない。少年の顔が目の前を通り過ぎる。首元に吐息が掛かる。
死にたくない。死にたくない。しにたくない


 

 

 

 

 


「――――――いや……!!」

目の前の『死』に耐え切れずファフは思いきり少年を押したその時だった。

「ぐ…がァアア!」
「!」

真っ赤な夕日色の炎に包まれもがく少年の姿に、ファフは何が起こったのか分からなかった。苦しむ吸血鬼の声に呆然としていると火の粉が散乱し、部屋のカーテンや床に炎が広がっていく。

「て、めえ」
「!だ、誰か…!」

怒りに満ちた少年を包み込む血の色をした炎。よろめきながら額を手で押え野獣の様にギロリと逃げ出したファフを睨む。部屋を転がるように飛び出し、助けを求めながら広い階段を下りようと足を動かす。

「待て…!」
「…!!」
「何で、てめえがそれを…!」

そう叫びながら指したのは、ファフが首元に付けていた赤い十字架。しかし威嚇した瞬間焼かれる痛みに耐え切れず、少年は足を崩した。ファフは目の前の光景に怯え、後退り、ふるふると顔を横に振ると問いかけられた言葉に答えられないまま、走った。燃え上がる屋敷の外へ、ただひたすらに森の奥を突き抜けていく。

あかく あかく そまったおやしき
くろく くろく しずんだきゅうけつき

少女は振り返る事無く走り続けた ゆらりゆらりと首元で踊る赤い十字架と共に

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