top of page

EP 5-5

「―――ああああああああああ」

 


壁一つ無い真っ白な世界の中で悲痛の声が虚しく響き渡る。
普段から好戦的な彼ではあるがここまで誰かに対して声を荒げたのは、惑星地球でケイネと対峙した時だろうか。今やあの時以上にノイズもNと呼ばれた少女も重傷を負い、とても戦える状態ではなかった。

「N様、N様、N様…!!!」

それでも彼ノイズは自ら武器を投げ捨て、剣が無数に突き刺さった状態の身体を引きずりながら倒れているNの元へ歩み寄る。剣が地面へ抜け落ちる度にノイズの口から血が溢れ、かふりと苦しげな呼吸で彼女を呼び続ける。そんな彼の声に誘われ遠退いていた意識がゆっくりと戻っていく。薄暗かった辺りが段々明るくなり、やがて眩しささえ感じるほどの光となった。それがNの目覚めるきっかけか、閉じていた瞼を静かに開き白い視界が一瞬にして広がる。

こうして最初に見えたのは辺り一面に広がる白く冷たい世界と、Nをまるで割れ物を扱うかの様に慎重に抱え上げ、弱々しく見下ろすノイズの姿。ノイズは子供の様に顔をくしゃくしゃにし大粒の涙を流している。
Nは理解する。ああ、本来の彼はこんなにも幼いのかと。
ぽたぽたと切り傷を負ったNの頬に雫が流れ落ち、彼女はぼんやりとした意識で見守る。
眺めている内に身体から激痛が走り顔を顰めればノイズが小さく反応し、唸った。Nは視線だけ見下ろし、負傷した腕や脚が思うように動かせないのを確認する。纏っていた衣服は泥や血で汚れ、白い世界の辺りには今にも形を忘れそうな色素の薄い武器が散らばっていた。

「どうして」

ぽつりと呟かれた声。Nとノイズは顔を上げ、向かいで悲しげに二人を見下ろす守護輝士シャフと目が合う。青の熱帯魚が泡をぷくりと作りながらゆらゆらと泳ぎ、見つめ合うシャフ達の様子を見守っている。

思えばシップ内襲撃事件からこの二人と何度目の対面だろうか。オメガ探索を優先するようシャオに指示されていた上でシャフは何度も顔を見合わせ、彼らの行いを目撃してきた。
オラクル艦橋シップ内も、市街地も、マザーシップ内も、地球も、その度に二人の復讐劇を阻止してきた。それは回数を重ねる程に彼らの殺意は高まり、襲撃の被害も拡大した。しかしここでシャフ達はとある疑問を抱き始める。

 

「どうして、俺を庇ったの」
「自惚れんなよクソが!誰がてめえなんかを…」
「でも、あのまま放っておけば俺を殺せたはずなの、に」

 

違和感に気付いたのは被害報告をシャオから聞いた時だった。
Nとノイズによる襲撃はどれも規模が大きく負傷者も続出したが、不思議な事に誰一人死者は出ていなかったのだ。データ収集を終えたシャオの口から明かされる事実に、マトイを始め誰もが困惑の表情を浮かべた。
単なるまぐれか、シャフの奇跡の唄が反映した可能性か。演算を得意とするシエラやシャオもこれには最初は首を傾げたものの、優先順位を考え助かった命に素直に安堵する。

シャフはここでNやノイズの目的を再度考え始める。刃を向けているのは別の対象なのではないか?と。スウロも同じ事を考えていたらしく、刃を交える内に彼らの復讐は警告の可能性へと気持ちが変化していく。万が一警告が目的ならば、オメガの中で起きている出来事やシャフ達がこの世界に訪れた原因と繋がってくる。

彼らとは五度目の決闘だった。
イス=アルス都市でダークファルス【双子】との騒動を終え、精神上での同化を果たし帰還した数日後に彼らはシャフを狙った。
此処白き世界はN達が連れ込んだ場所であり、誰にも干渉を許さない空間。ここにきて突然守護輝士に狙いを定めた理由が定かではないが、シャフは覚悟を決め戦いに挑み、二人へ問い掛け続けた。
そうしてお互いに負傷した状態で突如、それは起こる。

「あなた達はいつもそうだ。俺達に対して止めを刺そうとしない。本当に復讐が目的なの?」
「当たり前だろうが!てめえら全員ぶっ殺して何もかも消し炭にする事がN様や俺様が此処にいる意味だ…!」

 

 


「―――だったら、どうしてこの刃はあなた達を狙ったんだ」

 

 


この剣達は一体、何?
シャフの問いにぐ、とノイズが息詰まる。
彼の身体に幾つも突き刺さっている剣達は白き世界の頭上からばらばらと落下し、あろうことかN達目掛けて飛んできたものだ。あまりの量とただ事ではない展開にシャフは戦闘を中断し反射的に動き、ノイズ達を守ろうと前に出て飛翔剣を構える。刃は様々な形に変え一直線に二人を定め完全に防衛を諸共しない様子で、少年はりんと鈴のような奇跡の唄を響き渡らせた。途端底から一面の海が生まれ、魚達と共に刃を波へと巻き込み力を放流させる。
水をコントロールしている最中シャフは無数の武器に囲まれる形となり、ついに刃が少年へ向かって。

そこをNがシャフを渦の外へと押し出し、ノイズが矛先を引き受けた。
ざくざくと生々しい音と共に突き刺さっていく二人を見て、シャフは目を見開き絶望する。
本来シャフ達に復讐を宣言していた二人が守護輝士を庇い、重傷を負った。

シャフのルビーのような赤い目がゆらゆらと揺れる。
Nはもはや布切れと化した目隠しからひっそりと瞳を覗かせ、しばらく守護輝士を眺める。やがて彼女は小さく返答した。

 

「私の目を見ろ」

 

Nはシャフへそう答えると、残りの力を振り絞り瞳孔をより大きく開かせた。サファイアを連想させるその瞳の色にシャフは驚き、不思議と目が離せなくなる。
吸い込まれていく。
集中していく。
集中していく。
集中していく。
集中していく。
集中していく。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 


「ねえ、聞いてくれる?」
「いいよ」
「話し相手になってくれる?」
「いいよ」
「優しくしてくれる?」
「いいよ」
「抱きしめてくれる?」
「いいよ」
「友達になってくれる?」
「いいよ」
「私を庇ってくれる?」
「いいよ」
「私の味方でいてくれる?」
「いいよ」
「私の盾でいてくれる?」
「いいよ」

「私間違っていないから怒らないでね」
「私のやってる事は正義だから刃向かわないでね」
「私は違うけど貴方にとっての特別は私だよね」
「私は傷付きたくないし手を出したくないから、貴方が手を出してね」
「私いつも文句を言うけれど私は幸せじゃないから許されるよね」
「貴方は幸せそうだからその幸せ奪っても許されるよね」
「だから私の事いつでも慰めてくれるよね」
「だから私に同情してくれるよね」
「だから私にお金持って来てくれるよね」
「だから私に権力持って来てくれるよね」
「ねえ」


「私は正義がいい。だから貴方は私の為に悪者になってね」

 

 

 

 

 

 

 

「―――――っ!!」

背筋が凍り、冷や汗が止まらない。
精神的に訴えてきた回答に己の限界が訪れる前にバッと目を逸らす。Nの目を見る事で流れてきた情報の量にシャフは思わず口元を手で押さえる。
映画のフィルムのように溢れ出た大量の言葉。一瞬では決して把握しきれない現状の中、シャフは必死に辻褄を合わせようと考える。
まるで答えはそこで貰えと言わんばかりに合わせられた瞳の先に見えたものは、確かに全て人間から生み出されたもの。

じゃあ、あの刃は、全部。

がくりと腰が抜け座り込んでいたシャフは呼吸を整えながらゆっくりと見上げ、再度Nと目が合う。今度は先程のような心臓を握り潰されるような感覚は無かった。

「さあ。もはや自分のものか、誰かのものか、ましてや誰からかさえも判断の仕様が無いな」

​長年生きているのなら私よりも解るだろ。
口にしていなかったシャフの想いが読まれ、彼女はつかみどころのない表情で淡々と答える。無表情のNを見て、今度こそシャフは確信した。
そして無数に飛んできた剣達に関してシャフはこれ以上踏み込む事は出来なかった。ノイズも彼女が放った言葉に口を挟むような事はせず、唇を噛み黙り込んでいる。

彼らは人間であり、人間だった存在。人間の影の存在。
人間の負の感情を受け持った存在。
彼らが言う復讐はこの世界を、人間を潰す事が目的ではない。
彼らは人間の影そのものであり、あくまで存在意義を果たしていたにすぎない。
――――だが気付かない内に、想像以上にNやノイズの存在は大きくなっていた。
彼らの成り立ちが崩れるほどに何度も着実に、長年掛けて、ひしひしと。

「ごめんなさい」

力なくNの手を握り涙を流すシャフ。その表情は絶望のシャフが見せた時のものとよく似ていた。
静まり返った白き世界の中でようやく出た少年の言葉に、Nやノイズはちらりと顔を見合わせ、彼女が話を続ける。

「結局は私達≪人間≫の問題でしかない。謝る必要性が無い」

ただ、私達のかわりに謝ってくれてありがとう。
はじめてシャフへほんの僅かに微笑みかけた彼女の手は思った以上に小さく、戦闘続きで身体共にボロボロだった。シャフはNやノイズの成り果ての姿にまた泣きそうになるのを抑え、一つ一つ唄うように言葉を紡ぐ。

「俺、唄うよ。…ううん、これからも唄い続ける。あなた達という存在の傷がいつか癒える日を願って、ずっと」
「…癒えるかどうかも分からないのにか?」
「うん。それでも俺は、光を信じ続けるよ」

 


それであなた達が救われるのなら。

 


「……扉が開いた。行けよ」
「え…、でも」
「てめえが唄うべき場所は此処じゃねえだろ」

シャフの純粋な意志にNは答えず、代わりにノイズが少年の後ろを指さす。振り返るといつの間に彼らの前に現れた頑丈な黒い扉がシャフ達を見下ろし、静かに笑みを浮かべている。見上げれば見上げる程、不思議と扉からは懐かしさとあの魔女を連想させる。
恐らくこの扉を潜れば白き世界から抜け出す事が出来るのだろう。落ち着きを取り戻しつつある今のシャフであれば、確かに己の足で歩く事が可能だ。しかし未だにその場を動こうとしない負傷したNとノイズを不安げに見る。何時またあの刃がN達へ牙を向けるか予測が出来ない。

「貴方達が光を見せる限り、私達も刃も現れない」

シャフの感情を組み取ったNがぽつりと呟き、少年は目を丸くする。
未だ押し殺す様にして涙を流すノイズを見上げながら、Nはそんなに時が経っていないだろう戦闘での出来事を脳内に思い浮かべていた。

Nやノイズはこの守護輝士に、今を生きている者達に、かつての自分自身に、全てにとって光である存在に復讐を持ち掛け、負けた。
足を引きずってでも何かを踏み台にしてでも、光として立ち続ける彼らの物語を降ろすつもりでいた。
最初に出会った時から既に彼らにとって衝撃であり、薄々感じ取っていただろう。二人はアークスやスウロ達でも異世界の住人でもなく、全てにおいて人類が生み出した影の存在であると。そして二人に殺されれば彼らも光として存在出来なくなると、何度も襲撃に合う内に理解し始めていた。

彼らは意外にも諦めなかった。
スウロも、シャフも、スミレも、ケイネも、創作者と復讐者へ決まって願うような強い眼差しを向けてきた。二人と戦い存在を知っても尚、彼らは前に進む事を諦めなかった。Nやノイズが彼らの想いに影響を受け始めるのには十分な期間があった。

誰かにとっての影となる事が、正義となる事が、どんなに身を削る思いか。
シャフ達が見せてくれた人間らしさに、どんなに心の数々を思い出させたか。


救われたか。

 

 

 

 

 

 

 


+ + + +

 


「お前はいつまで泣いているんだ、ノイズ」
「だ、だってN様…!」

シャフが楽園の扉を潜り抜けるのを見届けた後、Nは頭上からの鼻をすする音に気が付き半ば呆れた様子で問う。

「悔しいんです。あいつら、絶対N様の復讐の意味を理解してねえ。あいつらは知らないから光でいられるんだ、人間がどれだけ薄汚い生き物なのかを知らない!」

ギリ、とNの肩を支えていたノイズの手に力が入る。
シャフとNのやり取りを終盤比較的黙って聞いていたノイズだったが、彼なりにやはり鵜呑みに出来ない想いがあるのだろう。
それもそうかと、Nは怒りが収まらない様子のノイズをぼんやりと見上げながら溢れ出る言葉を受け止める。
創作者Nが人類にとって影の存在なのであれば、復讐者ノイズはNから生まれた影だ。憎悪の塊といえるノイズのその感情が消えるとするならば、それは彼自身の消滅と同じだ。

「人類はこれから先、もっとどん底に落ちていく。醜い争いであいつらの光が消えて無くなるのなら、命が無駄になるくらいなら、一度全てを無に帰してやればいい。皆ぶっ殺して何もかもを失くして創り治せば…!」
「…何かにとって、誰かにとって光で居続ける事も、私達の存在と同じくらいに血反吐が出る想いなのかもしれない、な」
「え…」
「だって私達は元々、光を信じていた人間側だったのだから」

消え入りそうな声で話を続けるNに、ノイズは驚いた様子で私を見た。

信じる人がいた。
それは光となった。
その人は人間が好きで、何を言われても疑わなかった。

 

疑う理由が分からなかった。
疑う方法を知らなかった。
疑う事が、出来なかった。

 

その人は出来る限り何でも言う事を聞いた。
その人は精一杯人の幸せを願った。
その人は常に誰かにとっての正義を考えた。

 

だがそんな人でも出来ない事が一つ、あった。
それは全てを救うこと。

 

誰かが言う幸せとは何か。
誰かが言う不幸の基準はどこか。
何処かの問題解決は何処かの問題が発生する事を知った。
怖がられる事や否定される苦しみを知った。
何かの願いを受け入れる事は何かの犠牲になる事を知った。

 

疑う人がいた。
それは影となった。
その人は初めて人を疑う事を知り、耳を塞いだ。

 

本来の自分は何処か。
本来の自分は何か。
本来信じていた事は。幸せだと感じていた事は。築いてきた信頼は。繋いできた友は。紡いできた夢は。感謝していた環境は。歩んできた人生は。受け入れてきた過去は。願ってきた未来は。

 

身近にあったはずの平和。
誰でもすぐ傍にあるはずの大切な愛情。
全て自分で否定し、自分で消し去った。


「…そうです、N様」

Nの話を聞いている内に流れ出ていた涙は止まり、幾分か落ち着いたノイズが一つ、大きく頷く。

「その怒りや悲しみが形になった人間の存在がN様です。そのN様の影が俺様です。先の見えない物語の終焉の為に俺様は人間でいう『復讐』の存在として形取った」

ここまで話が終えたところでNは自分の声が枯れている事に気付く。
今一度見渡せば、ぱらぱら、ぱらぱらとNやノイズと一緒に白き世界が鏡のように脆く崩れていく。彼らにとって安らかな休息が訪れようとしている。それが例え一瞬だとしても。現実に反映されなかったとしても。
ノイズが普段の彼とは思えないほど優しくNを抱きしめ俯いたまま、かすれた声で話す。

「俺様はこれからどうしたらいいのでしょうか。このまま何も出来ないまま…消えるのか、」
「​…ノイズはどうしたい?」

気になったNが素直に問いかけると、ノイズは力なく笑ってみせた。

​「なに、言ってるんですか。俺様は貴方様なのに。N様が望んだから生まれたのに」
「……」
「でもN様は出来なかった。復讐の役目を果たす事も、シャフ達の存在を消す事も、ましてや誰かを憎む事も。結局、俺様に指示してくれませんでしたね」
「…怖くて出来なかった。この期に及んで情けないな」
「はは…貴方様らしいですよ、本当に」

――――生きている限り創作者は、復讐者は何度も生み出されるだろう。

私達は人類の影の存在だ。誰かの裏側の塊だ。
怒りも、憎しみも、妬みも、苦しみも、全て知っている存在だ。
平和という言葉を見失った者達の末路で、全てを救う事は出来ない現実を叩きつけられた影達の訴えだ。

その存在を知った上で彼らは生きる事を選んだ。光を捨てない事を選んだ。
それが誰かにとっての犠牲となる。それが誰かにとっての救いとなる。

全ての覚悟は、導きは、貴方の心の中にありますように。​
それを突き進めるだけの強さを思い出す事を、持ち続けてゆける事を私達は願います。


「せめて最後に、俺様に願いを下さい」

ぱらぱらと世界が崩れていく。私達の世界が崩れていく。
Nはいつの間に流れ出ていた自身の涙に内心笑いながら、ノイズに、私達自身にはじめて願いを呟いた。

「もうすこしだけ、みとどけ、たい」

​​

その言葉はこの世界の最後になり、始まりとなった。
その言葉を聞き届けたNの目隠しは塵となり、影となり――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「――――これで何回殺した?」

ぽつりと呟かれた言葉は意図も簡単に歪み、砕かれ、空しくも荒れ果てた地面へと落ちていく。
白き世界はダークファルス【仮面】による時間遡行の影響ですっかり色付き、真っ赤で真っ青な異空間と化していた。そこにはかつて使い果たし傷付いた剣達が無数に散乱し、それは視界のどこまでも続いた。
ごうごうとたつ土埃は倒れて動かない白い彼女マトイと黒い彼ノイズを隠していく。


「あなたは何度も殺した。一人の少女を救う為にあなたは世界の影となった」


そんな異様な光景をNは静かに、しかし感情的に見下ろす。
禍々しくもどこか懐かしさを感じさせるその剣を出血した手で強く握り締め、そうして再び刃を向けた。その刃がやがて自身へ向けられる事も覚悟の上で彼女は問い続ける。

マトイは問いに答えない。
ノイズは問いに答えない。


「あなたは私達であり、だけど私達ではない。あなたの本来の居場所は此処ではない。私達や幻影を何度も殺したところであなたの未来も、彼女の未来も変わらない」


その声は誰にも届くはずのない問いだった。
しかし長い年月を渡りふと、わずかに声が届き始めていることに気付く。
【仮面】がこの世界に疑問を抱き始めていることに気付く。
やがて眠っているかのように安らかな表情でいるマトイは、自身の身体を貫いた光の杖クラリッサを手放した。するりと小さな手から零れ落ち、白錫は砕け散る。
光の粒を眺めながら、真っ赤で真っ青な空を見上げながら、密かに唇を噛み締める。


「これで何回殺した?未練があるから何度も繰り返しているんだろう?動かなくていいのか。目覚めなくて、いいのか」


存在を失った守護輝士マトイは答えない。
幾つもの「世界」√が突き刺さった復讐者ノイズは答えない。
例えマトイが【深遠なる闇】となっても、例えノイズがNと同じ表情で【仮面】を睨み上げようとも。
楔は未だに外れない。楔は未だに外れなかった。

 


「なあ。アッシュ。あなたが光となる事を願う世界はすぐそこにあるんだよ」

 

楔はついに外れようとしていた。
白き世界の色彩が戻ったその日から。
誰かにとっての影が見えなくなったその日から。
誰かにとっての刃が消えたその日から。

彼アッシュが物語の決着をつける為に目覚めたその日から。

bottom of page