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EP 1-7

「あ、スウロ」

新人アークスとしてこの世界に飛ばされてから数日後。
くるりと巻かれた黒い羊の角が特徴的な彼、スウロは様々な惑星の調査を任命される日々を送っていた。

それもあの初調査時、警戒レベルにまで増幅し出現した「ダーカー」という宇宙全体の敵らしい生物が原生生物や他のアークスに襲い掛かり、その最中彼は仲間の援護に入りながらも的確にダーカーらと相手してみせてからになる。
スウロの行動に誰かが噂したのか、どこかの上官の判断か、その後はいくつもの調査任務が与えられ、アークスや研究員の顔見知りも増えた。同じように行動を共にしていたアフィンも忙しいらしく、よく呼び止められているのを見かけた。

惑星アムドゥスキアの地表部に存在する浮遊大陸にも既に何度か足を運んでおり、今日も龍族と会話を交えながら任務を終えロビーに戻って来た頃、後ろから控えめな声が掛けられる。
振り返るとそこには長い白髪をツインテールに結んだ少女、マトイがメディカルセンターの近くに立っていた。

「頭痛はもう大丈夫なのです?」
「うん、今日はいつもよりもなんだか調子が良いみたい」

それはよかったのです。マトイの返答にスウロは安心しニコリと微笑めば、彼女もつられて笑い返した。

マトイは最初に訪れた惑星ナベリウスの森林探索の途中で出会った少女だ。
ダーカーの群れを退治する中、助けを求める声が何度も聞こえる事をアフィンに伝え同行してもらったところ、森の最奥に立つ大樹の下で倒れ込んでいたのだ。アフィンが言うようにアークスのような雰囲気は無く、何者かは未だに明かされていない。しかし、警戒レベルが低下したとはいえ近くには狂暴な原生生物やダーカーが潜んでいる為、放っておけず救出に至った。酷く衰弱していた彼女だったが、メディカルセンターで適切な治療を受けたおかげか今は幾分と落ち着き始めている。

話を聞くほどマトイは不思議な少女だ。「記憶喪失」というものらしく、過去の事をほとんど覚えていないらしいが、何故かスウロの名前は知っていた。自身は他の世界から来た、という認識でいたスウロにとってこれにはただただ驚きを隠せなかった。

「スウロの方こそ、怪我は無い?この間とても大きな緊急指令が来ていたみたいだったから…」

​緊急指令、というのは恐らくつい最近起きたダーカーの襲撃の件だろう。
アークスシップ第百二十八番艦『テミス』内市街区画へのダーカー侵入。

幸い襲撃の波が収まるまでの間、スウロ自身致命傷を負う事もなく救援へと出撃する事が出来た。それでも評価を受けた彼の力や、アークスらの力を持ってしても、救えなかった命は数多くある。
特に今回の件はアークスのように戦い方を熟知している人達ではなく、一般市民の人々にもダーカーは容赦なく襲い掛かった。肉体的にも、精神的にも休養が必要な人も少なくはないだろう。僅かながら日が経ったが簡単には癒えない惨状。そんな中、自分自身怪我も無く、無事だとはっきり言って良いものなのだろうか。
スウロは返答に困ったような素振りで笑いかける。

「そっか…うん、大きな怪我はしていないみていでよかった」

ゆっくりと彼を見つめていたマトイはそれ以上詳細を追求しようとはせず、静かに目を伏せ呟く。その顔は安堵と不安が入り混じった表情だった。

「ねえ、スウロ。良かったらこの間のお話の続き、聞かせてほしいな」

わたし、スウロと話していると落ち着くんだ。
しばらく沈黙が続いたのち、まるで宥めるように話題を切り替える彼女のお願いに、スウロも物腰柔らかく受け入れる。

「そうですね、です。しばらくゆっくりお話出来ていませんでしたし、お時間宜しければ喜んでなのです」
「ふふ、それじゃあ、あそこのソファーに座ってお話しよう。あまり離れると、またフィリアさんに怒られちゃうから…」

スウロの答えにパア、と喜びの表情を見せた後、フィリアに言われた事などを思い出したのか気分が沈むマトイの姿。出会った頃よりもコロコロと感情が見え隠れし始めた彼女の進展、緊張の解れ具合にスウロはクスリと微笑む。

フィリアはメディカルセンターにいる医療人の一人で、弱りきっていたマトイを匿ってくれた女性だ。謎が多い彼女を受け入れてくれたフィリアは変わらずマトイの看病をしてくれているようで、心強い。マトイ自身は治療を受ける事が何故か苦手らしく、時々抜け出してきたマトイを追いかけ心配する彼女の姿も見かけていた。

​「アフィンから聞いたんだけれど、探し物…してたんだよね。あれから見つかったの?」

マトイはフィリアだけでなく、少しずつだが他の人達とも会話を交えるようになってきていた。マトイの存在に中には不審に思うアークスらもいるようだが、不思議と深追いする者はいなかった。特に最初に出会ったアフィンとは僅かに心を開いてきている様子だ。
マトイの質問にスウロはコクリと頷く。

「はい。ばらばらになっていた武器なのですが、最後の欠片も手に入れる事が出来たのです」

先輩のゼノさんやエコーさんも手伝ってくれたのですよ。
スウロはこれまであった出来事を振り返るかのようにゆったりと話し出す。凍土探索時に発見した武器の欠片の事。それはばらばらになっていて、ジグの依頼により残りの欠片を集めていた事。そしてアフィン達のおかげで最後の欠片まで集める事が出来た事。
しかしダーカー襲撃でテミスに被害が及んだ時、修復最中だったその武器は何者かによって奪われてしまった事。

「スウロ」
「いつもいつも、ありがとう」

​そこまで話し終えたところで、相槌を打ちながら聞いていたマトイが口を開く。

「ごめんね、突然こんな事言って。でも…スウロのお話を聞いていたら、わたし…」

​その表情は先ほどテミス事件を聞いた時に見せた、安堵と不安が入り混じったものだった。スウロはふと、ダーカーの件や緊急指令を聞く度にマトイはきまって目を伏せ悲しんでいた事を思い出す。彼女自身アークスやダーカーについて、何か思うことがあるのだろうか。
マトイの言葉を待つスウロに、彼女はロビーの天井を見上げながら続ける。

「今の感謝は、ふつうの感謝だよ。あなたたちが戦ってくれてるからわたしたちは平和でいられる。わたしには、感謝することしかできないから、せめてそれぐらいはきちんとしないとね」
「…でも、平和って何なんだろうってわたし、時々思うんだ。わたしや街の人は、平和に過ごしてるけど、アークスのみんなは戦って傷ついて……平和と無縁の場所にいる」

まるで見えない星々を眺めながら、マトイは話す。
​その素振りは、悲しげな表情は、マトイと同じ時期に出会ったシオンという女性と似ていた。謎が多い二人には共通点があり、たった今スウロは気が付いたのだ。
ただひたすらに思考を描き、ただひたすらに謝罪し、ただひたすらに平和を願っている。

「何を平和っていうんだろう。どうしたら全部が平和になるんだろう。思い出せない。ううん、わからない」

平和って、どういうことなんだろう。
ぽつりと呟いたマトイの声は、遠くで賑わっているアークス達の声でかき消される。だが隣に座って耳を傾けていたスウロにはしっかりと伝わった。
​マトイは気まずくなったのか、天井から目を離しスウロへと顔を向け遠慮がちに笑う。

「……また変な事言ってるね、わたし」
「いいえ。マトイさんの気持ち、とても感謝していますのですよ」

素直に感謝を述べたスウロにマトイはようやくいつもの笑顔を取り戻した。






+ + + + + + + + + +

「シオンさん、」

今日も此処にいたのですね、とスウロはショップエリアの中心で一人「彼女」に声を掛ける。
時刻は深夜を回り、静まり返ったこの場所に立っていたのは、普通は視えないはずの、それでも確かにそこに存在している「彼女」シオンだった。シオンはスウロが来るのを待っていたかのようにゆっくりと振り返る。辺りは薄暗い為、シオンの身体がいつもよりも神秘的な光を帯びているのが分かる。その輝きは、存在は、まるで海を想像させた。

『待っていた』

貴方を、待っていた。
シオンは毎回会う度にその言葉を使う。何度か話す内に彼女の存在をより認識出来るようになったスウロは、はじめの頃よりも落ち着いている。

『新たなマターボードが生まれた。比は事実と真実の端境期にありしもの』

新たな「可能性」、新たな「歴史」が誕生した事を告げるシオンの言葉にスウロは頷いた。言葉数が多くない二人の間に沈黙が流れ、しばらく見つめ合っていたが、スウロが先に口を開く。

「今日、久しぶりにマトイさんとお話出来ました、です。時間を忘れつい夕方まで語り合ってしまいまして、フィリアさんに怒られましたのです」

ふふ、とスウロが笑う。シオンは笑いはしないものの、不思議とその表情からは穏やかな雰囲気が見て取れた。

「そうしてお話している内に、気付いたことがありました、です」

マトイさんも、シオンさんも、同じ平和を願っているのだと。

オラクルの平和を願っているのはシオンやマトイだけではなく、少くとも此処にいる人達も同じ気持ちだろう。僅かながら、この世界の人達と共に過ごしたスウロ自身も思っている事だ。
しかしこの二人からは特に強い想いを秘め、とても似ていた。まるで人々に、ましてやダーカーに、この世界に謝り続けながら、随分と長い年月願い続けているような。

「あなた方が何に罪悪感を持ち、ぼくたちに託しているのか…いつか分かる時が訪れるのでしょう。その時が来るまでに、あなた方が願う平和が訪れることを、ぼくは祈っています」
『…再度、魔女の存在を聞かないのか?研究者を、問わないのか?』
「そうですね。例えぼくがこの世界に飛ばされた理由を、ラビナやロルフッテの居場所をシオンさんがご存知だとしても、あなたを悲しませてまで聞こうとは思わないのです」

シオンと出会い気付いたのは、「知徳を思わせる」雰囲気だった。それは真実であれ、思わせ振りであれ、初対面ですぐにスウロは、「この方はラビナやロルフッテを知っている」と感じたのだ。
しかし居場所を聞いてもシオンは目を伏せ、ただただ黙り混む。その表情は無表情に見えてどこか悲しげで、やはり先ほどのマトイの時とそっくりだった。
スウロはあの時以来、シオンにラビナ達の居場所を聞くのをやめている。
ラビナと旅をしていた時と同じように、自力で探し出す事を決意したのだ。

『…わたしは、わたしたちは謝罪する。貴方を…貴方達を在るべき場所から遠ざけてしまった事を。そして、これからも会わせることが出来ない現実を』
「そんな事はないのです。ぼくはこの世界で新しい方々と出会うことが出来て、とても嬉しいのですよ」

この出会いを大切にしたいのです。そう話す彼をシオンは見つめている。スウロは構わずそのまま静かに微笑む。

『…わたしとわたしたちは信じる。貴方の成就と結末を。貴方はどうか、貴方を信じてほしい。貴方の成した事を、為すべき事を』
「はい。ぼくに出来ることがありましたら、いつでも声を掛けて下さいね、です」

シオンはその言葉を最後に全身が夜に溶け込み透け始め、やがて完全に姿が視えなくなった。スウロはその様子を見送った後、薄暗い夜空を見上げ、マトイの時のように目を伏せ想いを寄せる。

(ラビナ、ロルフッテ。あなた方を必ず見つけます。だからどうか、この想いが、祈りが届きますように)

再び再開できる日を夢見て奇跡を願う黒魔法使いに、


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またあの悲しげな唄がちりんと耳に届き、深い海の香りがした。

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