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交流▶空白夢2

✔よその子/

冬宮さん、ミナトちゃん、トキハちゃん

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「ん。美味い」


ザクリ。とたい焼きの尻尾の部位をかじればカリカリとした食感と共にふんわりと甘い粒あんの味が口に広がる。


「おい、トキハ達の分まで食べるなよ?」

「んじゃあ灰猫ちゃんの分を貰っちゃおうかな」

「残念でした。もう食べたよ」

「そうかそうか」

「…何ニヤニヤしてんだよ気持ち悪い」


もとよりいたいけな子どもから楽しみを奪うほど落ちぶれてはいない。べ、と舌を出す灰猫ちゃんをよそに隣に座り少し離れた場所で戯れる若い少女達を眺めながら引き続き甘味を楽しむ。


研究室に引き籠もり気難しい書類とにらめっこして数日が経とうとしていたある日外の空気を吸いたくなったのだろう灰猫ちゃんは、獣人族の少女達とたまたま近くで暇をつぶしていた俺と共に人気の少ない広場に訪れた。

チラリと灰猫ちゃんの顔を盗み見すれば薄っすらとだが目の下にクマが出来ているのが見て取れる。恐らく帰還次第キリルにまとめて睨まれることだろう。それを察しての現実逃避の可能性もあるが。


俺はそよそよと涼しい風にあたりながら揺れる木々を見つめ、ふと先ほど灰猫ちゃんに言われた台詞達を思い浮かべる。


(きみに友人と言われる日がくるとは)


そうした中印象に残ったのは友人という言葉。

不思議な話だ。出会った頃はあれだけ警戒心丸出しで猫が逆立った印象だったし知り合ってそんなに期間も経ってないだろうに。

俺という存在に興味を持つ者も、恐怖する者もそう珍しくはない。だが灰猫ちゃんのように自ら関係を口にされるのはそんなに多くないのだ。


「なあ。友達って具体的に何をするもんなんだ?」


ぽつりと疑問を投げかければ灰猫ちゃんがこれでもかというくらいに目を丸くする。どうした?と笑いながら首を傾げれば訝しげにこちらを見てくる。そう、初対面の時もそんな顔で見てきたっけ。


「君からそんな話題が出てくると思ってなかった」

「そう?」

「だって、その言い方じゃ…」


君の存在に矛盾が生じるじゃないか。

そう言いかけた灰猫ちゃんは言葉を詰まらせ黙り込む。僅かに困惑の表情を浮かべる灰猫ちゃんが言いたいこともなんとなく分かる。俺は自由解釈存在で俺の意思も意志も相手がいてこそ成り立つ。何もそこに存在しなければ、想像という名の意識や願望がなければ俺は何も生み出されないただの塊になるだけなのだろう。

人はそれを機械と呼ぶ。機械が裸になった時、人はなんと呼ぶのだろうか。


「…いや。悪い。別に否定してるわけじゃないんだ。君という存在は感情さえも全て確定されるものではないと、なんとなくそう感じていたから…驚いた」

「いいよ、そんな顔しなくて。鏡が突然喋ったらびっくりするだろ?それと同じさ」

「……今の話は、その例えは、君の本心?」

「どうかね。俺も俺の事よく知らないから、」

「?…仮面野郎?」


ピタリと🌐🎹の動作が止まる。

普段のようなヘラリと笑って冗談交じりで話す様子もなくまるで異物を感じ取ったかのような硬直。🌐🎹の空間だけ時が止まった。そんな🌐🎹の表情は仮面でよく見えず、冬宮の胸騒ぎを高まらせるばかりだ。


「おい、どうしたんだよ?」

「………」

「おいってば、」


トキハ達用に残しておいたたい焼きはすっかり冷めてしまっている。

痺れを切らせて🌐🎹の肩に触れ軽く揺らし、












「ーーーーーかふ、」

「っおい…!?」



吐血した。

下半身がベンチから地べたへと崩れ落ち座席を机代わりにした状態で丸まり突然咳き込み始める🌐🎹に冬宮はぎょっとして距離を詰めた。

ボタボタと口元から流れ落ちる鉄の匂いが鼻につきくらりとめまいがする。こいつは現実に存在する概念さえも抜け落ちる印象だったがどうやら今目の前で咽ている存在は『本当』のようだ。

様子がおかしい事にいち早く気付いたミナトがトキハと共にこちらに向かおうとした為冬宮が手でその場から動かないよう指示する。

自分が問いた事が発端でこのような事が起こったのか、負の感情を無理矢理飲み込み今は🌐🎹の容態が落ち着くまで背中をさすり様子を伺う。


「■■■■」

「え…なんて?」

「■■、■■■■」

「……ごめん、その言語は分からない。とにかく今は無理に喋るな」

「………」


果たして🌐🎹が口にしたものは言葉なのだろうか?冬宮は冷や汗を密かに流しながらも脳内の思考は止めないよう意識する。

季節外れの肌寒さの中ようやく数分が経った頃だろうか。


「……悪いな。止まったぜ」


口元の血を手の甲でぬぐい深く呼吸をする俺の顔色や口調は戻っていた。冬宮も緊張の糸が解けため息をつく。


「あー。びっくりした」

「こっちの台詞だ馬鹿野郎」

「はは、すまんすまん。流石の俺でもこればかりは予測出来なくてだな」

「……こういうのって、たまにあるの?」

「んー…どうかね」


心配そうにこちらを見ている少女二人にも俺はヒラヒラと手を振り無事を伝える。そうして考えるのは己の事。


(やっぱ聞こえねえかあ)


自分が発した声は恐らく誰にも聞き取れない雑音だ。分かってはいる。理解は出来ている。

灰猫ちゃんは力無く俯き何やら考え込んでいる様子だった。恐らく自分を責めているのだろう。そういうところが人間らしくて案外俺も気に入っている面だ。灰猫ちゃんの頭をわしゃわしゃと雑に撫でながら話を続ける。


「多分『自由解釈存在から外れた時』に引き起こすんだと思う。だから灰猫ちゃんが気に病むことじゃないよ」

「…頭撫でんな。髪がぼさつくだろ」

「はーい」


不服気な灰猫ちゃんの表情を見て満足した俺はひらりと手を遠ざけ再びベンチに座る。風邪をひいた時のようなゴロゴロとした喉の違和感はあるがその内治まるだろう。


拒絶反応?嫌な気持ちは別に無い。

防衛反応?嫌な過去があるわけでも無い。

引っかかったものはどの言葉に、どの気持ちに、どの容姿に、どの存在に反応を示したのかは分からない。だって己の事なんて自分が一番よく分かってないから。

知ろうとすればそれはシステムの矛盾であり、バグであり、シナリオ上に載る予定のない設定だ。


「甘いもん食いてえなあ」

「さっき食べただろ」

「口ん中ジャリジャリしてて忘れちゃった」

「…飲み物持ってくるから休んでろ」

「お。いいね。サンキュ」


そう言って立ち上がる冬宮を見送る際声をかける。


「なあ。『きみが望む友達のありかたを俺に教えてくれよ』」


言葉をすり変えて話す俺に冬宮は小さくため息を漏らしビシリと指をさしながら答える。


「嫌だね。友人は機械じゃない。自分で考えろ」

「そうか。残念」


俺は肩をすくめて笑い青空を見上げる。

瞳を閉じれば一瞬とある魔女と目があった気がした。

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