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柚トラ/夜のギリシャ(柚視点)

こちらの柚視点





私の家だった場所。

そう先生はどこか懐かしむような、寂しそうな声でいつもより小さな声でポツリと呟いた。俺は一瞬掛ける言葉を失いかけたが動揺してないふりをする。


「せんせーが取り壊したの」

「ああ!必要のないものだったから」

「ふーん」


嘘だ。先生の目はいつもよりゆらゆらと揺らいでいるのが分かる。

その目は俺にも見覚えがあるから。"仕方がなかったんだ"と言い聞かせる目だと。その目は今の俺の瞳と全く同じ揺れ方をしているのだから。


「両親は………人を売っていた。金のために」

「………そう」

「…驚かないんだな?」

「一応驚いてる」

「はは、柚は本当に表情筋が死んでるな。………酷いよな。私の両親がしたことは許される事じゃないし、許されるべき事じゃない。…そう私は、思った」


だから私は全部暴いて全部突き出した。

決意をあらわにした言葉は廃墟と化した草原や風と共にさらさらと消えていく。


(人身売買、か)


ニュース等で聞いたことがある程度で柚自身知識が豊富な訳では無い。特に先生は海外出身であり、少なくとも俺がいる国よりは珍しくない事なのだろう。それでもいざ言葉の意味を考えると先生の決心が付くまでどれほどの苦難が待ち構えていたのかは未経験なりの予想がつく。


分からないのは海外旅行をしてまで何故この場所に俺を連れてこようと思ったのか。

哀れんでほしいのか、同情してほしいのか、共感し寄り添ってほしいのか、知ってほしかったのか、再度この場所に立つ勇気が欲しかったのか、懺悔を聞いてほしいのか。

そんな事を考えながら静かに彼女の隣に並ぶ。


「それでせんせーは後悔してるの」

「……いいえ。後悔はしてない」

「そう?後悔が無いなら此処に来ないと思うけど」

「て、手厳しいな…」


先生は苦笑いしながら空を見上げ、話を続ける。


「嫌われたくないのに、なんでこんな事喋ってるんだろうな」

「………」


そうか。先生も分からないのか。

先生も彷徨ってるんだな。

俺は目を細める。


「何を話されようがガキの俺が大人の先生に言える事なんて限られてるけど、少なくともせんせーの過去に対して興味無いよ。俺が知ってるのは今のせんせーだし」

「ゆず、」

「けど、いいんじゃないの。俺の前では堅苦しい先生を演じなくても。せんせーの本性を知ってるのは今此処にいる俺だけで」


「…お前、本当に高校生か?」

「それともお嬢様扱いしてほしいの?」

「いや、それは恥ずかしいから止めてくれ…」


いつもの調子に戻ったところで二人で再び廃墟を眺める。さらさらと流れる風を受けながら今度は空と一緒に。

俺は先生の手をさりげに取って握る。先生は目を丸くしてこちらを見たようだが俺は廃墟を見つめたまま黙り込む。


先生がいた場所をこの目で焼き付けるまで帰らない。

それは興味からではなく、今の先生が何処かに行ってしまわないように。










何処かに行ってしまわないように?

それは本当に、先生の事を言っているのだろうか。

胸の中にあるキラキラ輝いた"アイドルとしての兄が笑顔で手を振っている光景"を俺は知らんふりした。

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