ユスセリ 監視
「何をしている」
廃墟に独り大きな漆黒の翼で自身を包み込むようにして広げ祈りの姿勢で組んだ両手へ俯かせる彼女はReisetu世界からの来訪者だ。そんな堕天使の背後から厳しい声を掛けたのはユースティスであり、呼ばれたセリアは閉じていた瞼を上げハイライトの無い瞳で彼を見る。
「ユースティス様」
「何をしていたのだと聞いている。堕天使」
「…Reisetu世界の人界へ祈りを捧げていました」
棘のある話し方に臆する事も無く静かに答えたセリアの話に人界?と密かに眉を寄せるユースティス。夜風がさらさらと二人の柔らかな髪を撫で、影が二つぽつりと月夜に照らされ廃墟と化し人気の無いレンガや銅像へ伸びている。
無言で見つめ合いながらもユースティスは内心に浸る。
────彼女は油断ならない神だ。
事の発端は我がシンフォニアを統治する神ジュピターへ土足でお近づきになった異世界の創造神Nとの外交であり、今や大量発生する魔物討伐を中心とした同盟関係だ。彼女セリアは見知らぬ外交の接触により真相を突き止めるよう統治神ファラグからの指示でシンフォニアへ来訪してきたのだ。
ジュピターからの指示に従い来訪神セリアの監視をするユースティスは、未だReisetu世界との接触に納得していなかった。何故ならば異国への信用が無いのとセリアはこの廃墟で魔物発生の要因であるネイロと接触しているからである。
ユースティスはその目で目撃し何度か問い詰めているが、途中でセリアの補佐スミレに噛み付かれ話が中断された事や彼女自身もネイロの目録を知り歩み寄りを選択し続けている。
通達によりこの情報はジュピターやフィネピアに行き届いており、いつReisetu世界との破局が決まるかも分からない蜘蛛の糸で繋ぎ止めている同盟関係をセリアは悲しげにしかし微笑んで黙っていた。彼女自身裁きを受ける可能性だってあるというのに。
ユースティスはセリアの考えが理解出来なかった。
「祈りと言いながら奴と接触してるんじゃないだろうな」
「いいえ、今は干渉されていませんよ。魔物討伐が順調ですから彼にも時間の有余が無いのでしょう」
そう言ってセリアは満月をどこか寂しげに見上げる。優しい闇夜の瞳の奥が読み取れずユースティスは己の腰に装備された剣の鞘へ手で触れながら低い声で吐き捨てる。
「フン、良いか?貴様らが何を目論んでいるかは知らんが、この剣で翼をへし折り二度と空と共に揺蕩えぬ体に出来る事を肝に銘じておけ」
鞘から剣を抜き取りチャキリと刃をセリアへ向ける。
忠告にセリアは袖口を揺らし片手で何やら動きを示す。恐らく近くで見張っているスミレへ静止の指示を出したのだろう。
「…私はファラグ様のように分身を置く事は出来ません。不在の期間天使達に任せていますが…せめて加護が消えないようこの世界から祈りを届けていました」
そうしてまるで抵抗の意思がない事を現すかのように両手を前膝へ置き瞳を閉じ続ける。
「ネイロ様との干渉は貴方へ報告した通りです。魔物討伐は貴方達に任せる代わりに、ネイロ様の事は私にお任せください」
「貴様の言葉信用出来るとでも思うか」
「はい。貴方は無闇にその刃で切り捨てない事を、私は信用しています」
「…何故だ…何故信用出来る?私にも、奴にも何故そこまで…奴の同情を買って何になるというんだ…!?」
「────似ていますから、でしょうか」
ざあ。と風が吹き荒れ二人の間を潜り抜ける。徐々に声を荒げるユースティスへ動揺も無くただ微笑むセリアを眩しげに、困惑しながら見つめ返す。
似ていると。ネイロという影の存在と己が似ていると、そう話しているのだろうか。
「………ものか、」
「…?」
「似ているものか。貴様と奴の共通点など……」
今日はじめて僅かに目を丸くしているセリアへ苛立ち乱暴に剣を納めるとばさりとマントを揺るがし背を向ける。
「いや、大体貴様は神の名はあるがその姿は堕天使だろう?何故貶めた人間に慈悲を持つんだ」
「貶められたと考えてはいませんよ。ましてや私の存在を知らず生きている人間達に罪は…」
「ああくそっ…分からん奴だな!とにかく私はまだ気を許していないからな。勘違いするなよ、良いな!?」
「え、あの……?」
一体何に腹を立てているのだろうか。当たり所を失ったユースティスはそのままセリアを置いて立ち去る。
「急に怒鳴って何がしたかったんだ、アイツ」
取り残されたセリアの元へゆっくりと姿を現し毒を吐くのはスミレだ。二人で背中を見守った後様子に気が付いたスミレがセリア様?と首を傾げる。
「……"まだ"……、ですか」
少しだけ気が抜けたように笑った。
