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 09 

「え?」


そう僕は呟いた。

『今日から貴方のお父さんよ。どうか、一緒に居てあげてね』
 

僕は待っていた。戦の為に家を出て行った父の帰りを。

父が大好きだった。いつも僕に甘い甘いさくらんぼをくれた。噛めば噛むほど甘さは増し、太陽よりも赤いさくらんぼ。けれど父が居ないだけで噛めば噛むほど鉄の味が増し、血よりも赤いさくらんぼ。

戦は槍<刃>
痛みと、苦しみと、悲しみの3つの槍<刃>
それを惜しまず抱え出て行った父。さくらんぼの様に赤い火の海に溶け込んで。

「ねえいつまで待ってるの?」
「お父さんが帰ってくるまで」
「…そっか」
「…うん」
「じゃあ、まだかかるだろうね」
「ルアイには分かるの?」
「風がそう言ってる」
「…そっか」
「うん」

僕は待っていた。いつもの様にさくらんぼを摘み取って、いつもの様に別れた場所で待つ。
今日は何時まで待とう。今日はお母さんは来るだろうか。
今日は…

 

 



「本当は知ってはるんやろ?」
「…」
「手紙、読んだやろ?」
「…るさい」
「あれから60年は経って。信じたくないだけやろ?」
「うるさい」
「お前の父は、死んだって」

「うるさい!!」

いつもの様に問いかけてきた死神に、僕の心は震えた。

 

「死神なんて大嫌いだ!お前が、お前がお父さんを連れて行ったんだ!」
「…」
「返せ!!」
「…」
「返せよ…!」
「…」
「かえ、してよ」

お父さんは、人間だった。

人間はどうしてこんなにも命が短いのだろう。人間はどうしてこんなにも心に残るものなのだろう。忘れられない。忘れたくない。どんどん込みあがって来るのはきっと、相手が人間だから。僕の、たった一人のお父さんだからだ。
それが、

 

『今日から貴方のお父さんよ。どうか、一緒に居てあげてね』

 

代わりの者が来たとしても、あなたしか意味が無いんだよ。
だから待つの。
ずっと。ずっと。いつまでも。

 

ねえいつだったかな。僕に「かりん」という名前をくれたのは。人間と同じような気持ちになれると、そう言って僕に名前をくれた。
今僕は人間らしい気持ちでいますか。今僕は人間らしい行動をしていますか。
待ち続けたいと、そう願う心は、これは人間と同じ感情ですか。
ねえ、お父さん。

「忘れたくないと思う心、そこにもう居るはずなんやけどな」


最後に残した死神の言葉は僕に、届いていない。
ねえ、お父さん。今日はいくつさくらんぼを持っていこうか。

一瞬だけ暖かく感じた心

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