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 08 

サイレン。サイレンが鳴る。
白い車は道路に止まり、後ろに並んだ黒い車はゆらゆらと、あちこちからクラクションの音が聞こえる。あちこちから人々の声が聞こえる。何でそんなにうるさいのかなあ。

「 あはは 」


そんな白い車と黒い車の間で両手いっぱいに手を広げ太陽を見上げあたしはぽつりとわらった。むき出している笑み。子供が見せるような笑み。
ひら、ひらり。
風は桃色の花弁を運びあたしの周りに散っていく。

ひら、ひらり。
踊るようにあたしの髪もさらさらと揺れる。あたしはわらう。けれど辺りの光景は少しも笑い返す事は無く。

「 あはは 」


あたしはわらう。地面には動かなくなった物と共に赤く染まった刃物。どんどん灰色のコンクリートが赤色に変わっていく。どんどんサイレンの音は大きくなっていく。

それなのにあたしはわらっていた。


「いやあああああああああああああああああああ」

悲鳴をあげた女性。赤くなった地面の上にへたり込み、紅く赤いそれの頭を抱き上げ蹲る。


「――――――――人殺し!!!」
 

やがてあたしに向かって叫んだ。

その顔には怒りと憎しみ、そして悲しみがこもった表情だった。涙を流し、泣きじゃくり、あたしを、睨みつけ、殺気が、殺意が、そんな女性をあたしは見ながらまたわらう。
 

「人殺し!!!」
「 あはは 」
「人殺し!!!」
「 あはは 」

「―――――人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し」

女性が赤く紅い刃物を持ってあたしの視界を切った。

ああ、やっと静かになった。

 

 

 

 



「…お前さんも哀れやねえ」

誰かの声。聞き覚えの無い声。叫びわめいていた女性とは違ってひどく落ち着いた呟き。あたしはゆっくりと瞳を開き体を起こす。辺りを見回すと、何も無い『白』が永遠に続いていた。
何処を見ても白色、壁も何も無い。

呆然としているあたしの目の前で何が楽しいのか笑みを絶やさないその人。いつの間にか立ってあたしを見下ろしているその人。まるで何もかもお見通しの様な橙色の瞳。長髪で金色に輝く『ススキ』の様で。
――――そして気味が悪いほど左手に持った大きな「鎌」と似合っていた。
気味が悪いほどその「ポジション」は目に沁み、まるで狂ったニンゲンのように。

「死神は警告。警告は死神」
「あなたは死神さん?」
「そう、死神」
「あたしを知ってるの?」
「ああ。今さっき女に刺されて死んだお前さんやろ?」
「…死ん、だ?死んでないよ?死んだのは、…」
「いーや、お前さんにはもう生きる価値もあらへんなあ。身体が無ければ誤魔化しても無駄無駄。」
「……う…そ…」

 

死神は人差し指をあたしに向ける。思わずあたしはソレを見る。


「 お前は死んだ 」
「――――――」


考えられない恐怖。どうして。こんなはずじゃなかったのに。足がずしりと重くなり、小刻みに震えた。瞳を大きく開き、どうしてどうして何でという言葉しか頭が回らない。

「……は…はは」
「…」
「あはは…」
「私は死神。そんな私の役目はお前さんの魂を導く事。普通は二択ある。一つは記憶を全て失う変わりに生まれ変わる事。もう一つは亡霊になり永遠に彷徨い続ける事」

間を空けた後、指していた手を下げ瞳を細めてこう告げた。

「せやけどお前さんは普通やない。人を殺した罰は重いと思え」
「あたしは…、どうなるの」
「試してみるか?」

 

恐る恐るあたしは死神に問いかけた瞬間だった。
ブツンと、何かが切れる音。
ああ、この感触前にもあった気がする。

警告をした死神は鎌を振り下ろす前まであたしのように、わらっていた。
 

 

 

 


あたしは鳥が好き。
いつかあんな風に飛べるようになったら良いのに。
そう思っていた。今も思っている。理由は特になかったけれど、何でも良いから「ここ」から何としてでも出たかった。

あたしは飛びたい。飛んで、どこか遠くへ行きたい。皆飛べるのに、あたしだけ飛べない。

この頑丈な檻のせいで一緒に飛ぶ事が出来なかった。
 

人は皆、鳥。綺麗な翼を持った人間。

じゃあ、あたしは?

あたしは、何?
皆と一緒に飛びたいのにどうして私の翼は鎖だらけなの。
誰か、誰か、この檻を壊してあたしを導いてよ。

外にも、友達を作ることも、学校にも行けない。

こんな人生いらないよ。こんな運命いらないよ。こんなの『鳥』じゃない。
こんなの、『人』じゃない。

「こんなの間違ってるっ、間違ってる!!!」
「良いかい、お前は外に出ちゃいけない身なんだ」
「どうして!どうして、何で!!」
「……」
「何で何も言わないの?ねぇ、お父さんお母さん。何で何も言わないの……!!!」

破壊音と、狂い果てた悲鳴。何回も刺した後が見上げているあたしの親は赤色のリビングと一緒に溶け込んでいた。

あたしは泣いた。涙が返り血と混ざり濁っていく。

失ってはじめて知った。あたしを閉じ込めた親がこんなにも簡単に死ぬだけで、憎かったのに、なぜか涙が出た。自分の大切な『何か』だったのだ。自分で終わらせてしまった。それにやっと気づいたのだ。そう、あたしの親は一番あたしの事を分かっていたのだ。
それなのに
それなのに

よろよろとあたしは外に出る。歩く度に血液が流れ落ち地面に点々と跡が残っていく。人々がざわめき始め、なつかしいと思う、外の世界。裸足で直接感じるコンクリートの暖かさで、あたしは意識が遠退いていく。

パーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「おいっ、危ねぇだろうが!!」


あたしの腕を男は無理矢理引っ張った。ああ、あたしの身体はもう思うように動かないというのに、この男は気付かず道路の外に連れ出そうとしている。

お願い、これ以上精神を刺激しないで。これ以上あたしを束縛しないで。

心がいくら叫んでも届かない。声に出そうとしても口が動いてくれない。

動くのは意志の無い一本の刃。
 

サイレンが鳴る救急車。
あたしの両手は男と共に赤く染まり癖がある鉄のにおい。
ひら、ひらり

「人殺し!!!」

ごめんなさい。

「人殺し!!!」

ごめんなさい。

 






 

勝手な思い込みね、死神さん。あたし、結局何の為に生きていたのか分からなかった。
ただ皆と同じような生活がしたくて、皆と一緒に生きたくて。その願いの為に犠牲が出て、その願いの為に他の人々が不幸になる。
その時思ったのが、皆と平等に生きる事は出来ないという事実。
なんて思い込みなのかしら。
ねぇ、死神さん。

「ルアイーーーっ」


木の上で鳥と話をしていたあたしの名を呼ぶ声。手の上に止まっていた小鳥をそっと枝へと移す。木から地面へ降りると手を振って合図している彼女が目に映った。あたしは笑うと彼女の方に向かって走る。


「とーちゃーく!」
「ルアイって相変わらず走るの速いねー」
「だって『鳥』だし」
「『鳥』は飛ぶのが速いんでしょーが」
「速いよ。…だって、あたし成長期だもん」
「なんじゃそりゃ」

 

二人は顔を見合わせて笑った。あたしが望んだ生活。他の人から見ればごく普通の生活。
しかしこれは普通ではない。だってここは存在するべきではない影の世界なのだから。

「ねぇルアイ、見せたい物があるんだ」
「何?」
「ついて来る気ある?」
「興味津々ー」

森の方へと案内され、あたしは彼女の背を追っていく。何処までも続く道を、何処か懐かしく感じた。
ざあ。
ふと、あたしの肩に何かが舞い落ちる。羽だろうかと思い取って見ると、それは桃色の花弁だった。

どこかで、見た気がする。あちこちに散るそれは、
ひら、ひらり
ひら、ひらり

 

「これ、は」
「うひゃー、こりゃ桜満開だわ」

 

同じだった。桃色、桜が辺り全体に踊るように舞っている。

あの時の、風景も。形も。色も。何もかも全て同じ。暖かな日差し。暖かな風。

暖かい…この気持ち。

「る、ルアイ?」

いつの間にか、あたしはぼろぼろと涙を零していた。

「…ねぇ、かりん。この桜は、何処にでも存在するよね」
「ルアイ…?」
「みんなみんな、存在してるんだよね。みんなみんな、一緒なんだよね」
「………うん…そうだね…きっと、そうだよ」
「うん…っ、うん…!」

優しく答えてくれるかりんに、あたしは何度も頷いた。

やっぱり、そうだった。みんなみんな、ここにいるじゃないか。自分が思うかぎり、自分が願うかぎり、きっと自分の求めるモノはここにあるって。

「あたし、桜大好きになった。今も昔も変わらない」
「僕も、好き。これを見た時、此処にもこんな綺麗な物があるって分かったから」
「そうだね。きっと、どこにでもあるんだよ。きっと…ね。――――」
「?何か言った?」
「ううん、何でもない。かりん、此処他の皆にも教えようよ!」

『ごめんなさい。そして、ありがとう』

あたしは忘れない。

自分が思う限り、自分が願う限り、記憶というモノがなくならない限り絶対に忘れないだろう。
あたしは笑うよ、何時になっても。あたしは桜が好きだよ、今も昔も。
あたしは――――――

あたしは生きるよ この世界で

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