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私は雪女。

私が住んでいる山は『冬月山』と呼ばれております。私は生まれた時からこの山の神として生きてきました。
どうして此処に生まれたのか、どうして此処に居るのかそれは私にも分かりません。ただ分かるのは、此処には私以外誰も住んでいないという事。
人の温かさも、太陽の温もりも、何も、ありません。

けれど私が雪を降らす事によって喜ぶ旅人達がいました。私が此処の冬を支える事によって生きていける動物達がいました。

ならば貴方達の為に私は雪女で居続けようと、そう、思っていたのです。

「あなたはだあれ?」


そんなある日。私の姿を見てはしゃぐ二人がいました。
一人はさくらんぼをたくさん持ってくる子、もう一人は風と共に戯れている子。
たくさんお話をして、たくさん外の世界を聞きました。とても、楽しい時間でした。誰かとこんなにお話をしたり、どこかに出掛けたりするのは、雪女の私にとって初めてだったのです。
この時私は気付きませんでした。
彼女達と会話し、近づけば近づくほど私は雪女で無くなっていく事を。

 

雪女の役目を生まれた時から持つ私は低い低い温度でこの山を守ってきた。
けれど今の私は?

私の温度はもう、人間と同じ温度でいた。

「お前さんが雪女か?」
「そうですわ。貴方は?」
「死神は警告。警告は死神。貴方は一体何をしているのかしら」
「え…」
「雪女が、山の神様がそんな高い温度でええの?雪女でなく、今のお前さんはただの人間と同じ。人間が山の神になったとしたら、山はどうなるやろね」
「…!!」

私は愕然とした。
私は雪女。

私は低い低い体温を持つ、
私は―――――

「 そん、な 」


積もっていた雪が溶けていく。

「 だめ 」


支えられていた動物達が消えていく。

「 だめ…!! 」

消えないで。お願い、消えないで。

私のせいで、山が無くなっていく。私は、もう、雪女じゃ、ない。

 

 

 


「泣かないで!!」

遠くから聞こえた声。

「泣かないで、梅里!貴方のせいなんかじゃない!」

それはあの時の、二人だった。

「私は雪女。けれど今はただの人間。人間と同じ体温を持ってしまった私は、この山を支える力も、この山に冬を与える力も、何も…残っていないのですわ。私、は、私は……っ!」
「違うよ、梅里。周りを見て!貴方の周りにはこんなにもたくさん緑が生まれている。これは貴方に春が生まれた証拠。この山は確かに雪も、冷たい風も無くなってしまった。けれど新しい命を生み出す事が出来た。貴方の冬が一生来ないわけじゃない。貴方の春を拒絶する人なんていない。だって生き物は皆、」

暖かい温度を、持っているのだから

「そう、なの…?」
「そうだよ!」
「本当に…?」
「うん!ほら、見て。太陽が貴方を歓迎しているよ」

見上げれば光り輝く太陽が生まれた緑を優しく包み込んでいる。鳥の鳴き声が聞こえる。静かな水の音が聞こえる。ささやくように風が通り過ぎていく。

「あたた、かい」

雪女はもう一度、あたたかい涙を流した。それは雪の結晶となって地面に落ちていく。
きらきら、きらきらと。

「生き物って不思議だよね。動物も、人間も、自然も、暖かいものを持っていて、その温度が過激になる時もあれば時に静かになって、雪が降る時もある。でもそれはこの世界に必要な事で僕らが生まれた時からあるもの。梅里はそれを知らなかっただけ。人間はその暖かさを知ったらどうなると思う?」
「どうなるんですの?」


「 笑顔になる! 」

私は雪女。
私が住んでいる山は『冬月山』と呼ばれております。私は生まれた時からこの山の神として生きてきました。
どうして此処に生まれたのか、どうして此処に居るのか、それは私にも分かりません。
ただ分かるのは、私が笑顔になれば、貴方が笑顔になれば此処には春が来る。

 

その暖かさをお互い共感する為に、きっと此処にいるのですわ。

こうしてまた、冬が来て春が来る

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