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≣ 03 ≣

”バトルアリーナでマッチング中です”
そんな文字の羅列をぼんやりと眺める。
この世界に訪れてからもうどれくらい経つのだろう。約一、二ヶ月といったところか。この生活にも大分慣れてきた自身に驚きを隠せないでいる。

 

(あ…、)

 

キラキラと淡い光が私の周りを囲む中でふと、隣で光の粒が集まり人影が映り込む。コツリと靴の音を鳴らし地面へ降り立った彼に思わず目を丸くして見つめてしまう。
蛇目くん、と控えめに声を掛ければ彼はゆっくりとこちらへ視線を向け、次には納得したような表情を見せた。

 

「ああ、今日は鏡夜くんと同じチームですか。やっと一緒のチームになりましたね」
「よ、よろしくっす…!なんだか新鮮っすね…」

 

そう、今目の前にいるのは以前傷を負っていた私を医療施設へ連れて行こうと共に探してくれた蛇目くん。
結局この世界において傷の手当ては不要である事が判明し出血していた箇所も時が経てば無事塞がったのだけれども。
蛇目くんもこの世界に訪れてまだそんなに馴染めていないのか案内人の説明を新鮮な表情で聞いていたのをよく覚えている。コンパスという世界は未だ謎に包まれた空間だと私は思う。

その後彼とは時々遭遇はするものの戦闘に八合わせる事は無くそのまま数日が経とうとしていた頃だった。
この場所で会話をするのは久しいがそれでも蛇目くんは初対戦の内容を記憶している様子で、少しだけ緊張が走る。

 

「やはり戦闘は慣れませんか」

 

不意打ちに効いてきた蛇目くんの言葉に一瞬肩を揺らしてしまう。
ああ、やはり彼には気付かれてしまうんすね。後もう少しで試合開始の合図が出ると覚悟はしていたがきっと顔が強張っていたのだろう。私の様子にすぐ気が付いた蛇目くんの赤い瞳がじっとこちらを見ている。
その目で見つめられるのはそれこそもう何度目だろうか。私は震えている自らの手を隠す様にして反対の手で覆いながら僅かに笑ってみせた。

 

「は、はい…情けないっすよね。チームメンバーがこんなんじゃ…」
「…」

 

いくらこの世界のシステムに慣れてきたとはいえ、戦いをすんなり受け入れる事は未だに出来ずにいた。それどころかいざ戦闘が始まると相変わらず足がすくみ、思うように動けない時がほとんどで。
終いにはバトルアリーナではなくフリーバトルの方へ飛ばされるほどで、そこでもまだ自身の臆病さが解消されることは無かったのだ。我ながら重症だと思う。

密かに落ち込んでいた私に蛇目くんは一時考える素振りを見せると

 

「前線に出るのは僕と一緒に行きましょう。鏡夜くんは援護をお願いします」
「えっ…」

 

さらりと提案してきた内容に思わず私は再度目を丸くした。

 

「で、でもそれじゃ、相手に先にポータルキーを取られちゃうっすよ…?それに私の能力は…私が、前線に出て、し…死なないと…」
「これはあくまで陣を取り合う試合です。敵を倒す事が全てではありませんよ。それに先に取られたキーも後から取り返せばいい話です」

 

彼の話を聞く内に何を考えているのか思考が追いつく。
蛇目くんは、私に気を使ってくれている。私が戦いを怖がっているのが分かるからだろうか。負担を減らそうと話を持ち掛けてきた蛇目くんの判断に私は何か言える言えるはずもなく、戸惑いを隠せないままやがて小さく頷いた。

基本的に私自身戦闘の場に向かった事は無く、今回も見知らぬ誰かによって連れて来られたようなものだった。戦いに慣れていないというのにそれだけこの能力は便利なのだろうか。使われる事でしか存在意義を証明出来るものは無いと思っていた私は今までと違う対応をされて困惑している。
ああ、この気持ちは。何だろうか。

 

 


+++++

 

 

僕は作戦通りC拠点を目指します。

そう蛇目くんは言うと一足先に拠点へと走り始め、慌てて私も続いた。思わず裏返った声で返事をすると蛇目くんはふと足を止め振り返る。B拠点まですぐ目の前だ。

 

「鏡夜くん、やはり怖いですか?」

 

蛇目くんの言葉に私は一瞬躊躇ったものの今度は素直に答えた。

 

「こ、怖いっす……怖いけど、蛇目くんの足を引っ張らないように頑張るっす…!」
「そんなに心配せずとも僕がついてますから安心して下さい」

 

怖いはずなのに足手まといにならない様頑張る、という自身の言葉に違和感を覚える。
断ればいいのに、逃げればいいのに、それでも何故か今は蛇目くんの台詞に引っ張られるようにして必死についていこうとしていた。あの時優しく手を引いてくれた彼の温度に影響を受けたのだろうか。

 

「…それに、もしもの時は僕の目を見れば大丈夫ですから」
「目を…」

 

蛇目くんは生き物を石にする能力を持っている。
その事を思い出した私は何となく気まずくて僅かに視線を逸らしてしまった。ただでさえこうして見つめられると私の体は硬直してしまうというのに、能力を使用されたらどうなるのだろうか。
考えている間に蛇目くんは背を向けC拠点へ向かってしまう。行動する時間は限られている。私も急がなければ。そうして私もB拠点を制圧しに走り出した。


今回の試合はいつも以上に張り詰めた空気を漂わせ、気を抜く事は許されなかった。
ポータルキーの奪い合いが続き拮抗する中ふらつく足を無理矢理立たせる。何度目か分からないC拠点をまた奪い返し、蛇目くんは僅かに上がった息を誤魔化すようにしてチャキ、と刀を握りしめ直す。
私も二回ほどHSを使用した為、体力的にも精神的にも正直限界だった。痛みで身体が震え上がるのが分かり冷や汗が流れる。新井足音が聞こえ相手がこちらへ向かって来るのを理解した。人数は二人、どちらもアタッカーで火力も強く蛇目くん一人で立ち向かうには不利な状況だった。
私は鏡を蛇目くんの前に差し出そうと手を動かしたその時。

 

「鏡夜くん。貴方は僕が守ります」
「蛇目くん…?」

 

突然彼は私に向き直り真剣な表情で見つめてきたのだ。私は驚いて自然に見つめ返す形になる。

 

「何も心配する事は無い、貴方を死の恐怖から解放して差し上げます。…さあ、僕の目を見て、」

 

ぶつかり合う金属音と共にやけに大きく聞こえたその声で蛇目くんが能力を使用するのだと理解した。
理解して、戸惑う。蛇目くんは動じない。反射的に一歩だけ後退る。蛇目くんは動かずこちらを見ている。私は視線を外し焦ったように辺りを見渡した。相手が此方へ走ってくるのが見える。一方で必死にポータルキーを守りながら戦っている味方の姿が見える。

 

「…っ」

 

今の状況で私の能力は役に立たないのだと悟り、自分の無力さに耐え切れず目を瞑る。もう手段を選ぶ事は出来ない。
私は彼の赤い瞳を見る為前を向いた。
そこからの記憶はぼんやりとしていて。
それでも一瞬にして石化した私の姿を見た彼の表情が、その後の言動だけは印象に残っていた。

 

「石になった貴方はとても美しいですね…」

 

赤い瞳は、表情は熱を帯びていて、呟かれた声と共に私の耳に絡みつく。
石化していた為私がその様子に息を詰まらせていた事には気付かなかったのだろう。そしてその後の行動も普段の蛇目くんとはかけ離れたものだった。

 

「くそっ!間に合わなかったか!」
「石になった奴ってどうにかどかせないのか?」

 

「――――壊すな…!!」

 

石化した私を破壊しようと武器を向けた相手に彼は先程の割れ物を扱うような態度からガラリと変化し、怒りの声を上げる。
豹変した彼の様子に動揺する相手チームへ刀を素早く突き出し容赦の無い一撃を食らわせた。相手の苦痛の声がステージ中に響き渡る。
ひ、とひきつる声がまるで聞こえていないかのように彼はその固く握りしめた刀で攻撃するのを止めない。2対1、あるいは3対1の不利な状況と言ってもおかしくない中、彼は相手の攻撃をすり抜け確実に心臓や首などを狙い追いつめているのが分かった。それどころか今後行動に支障が出るよう手足にも斬り込み負担を増やしている。

じわじわと逃げ道を破壊していく彼の行動力、洞察力は並大抵のものではないと理解してはいたが想像以上だった。
いや、彼がこうして戦闘に立ち向かうのは能力はどうあれそこまで気にする事では無いのかもしれない。
私はそう感じてしまった。それよりも目立っていたのだから。だって彼はあの時、あの張り詰めた試合の中一人だけ最後まで

蛇目くんは、笑って相手を斬り捨てていたのだから。

 

 

 

 

+++++

 

 

 

鏡夜くん、と蛇目くんに声を掛けられ思わず肩が上がる。試合は勝利に終わり、相手側のチームや味方だったヒーロー達が恐怖の色を顔に浮かべた様子で彼や私から離れた後だった。

 

「あの、お疲れ様でした。…すみません、結局貴方に負担を掛けてしまいましたね」
「…蛇目くん。蛇目くんは、もしかして、その…」

 

緊張した様子が見て取れたのだろう、控えめに話す蛇目くんは自身の取っていた言動にあまり気付いていない様だった。それとも気付いていないではなく、あれが「普通」だと彼は思っているのだろうか。
だとしたらなんて残酷なのだろう。一体どれだけの過酷な環境で育ったのだろう。
私は次の言葉が、掛ける言葉が見つからず濁らせた。

 

「う、ううん、なんでもないっす…!私こそ、蛇目くんに迷惑かけちゃって本当にごめんなさい…そ、それじゃあまた」
「は、はい…また」

 

どこか納得して無さげな表情でいる蛇目くんへ心の中でもう一度謝りながらお辞儀をしその場から立ち去ろうと隣をすり抜ける。

 

あの時も今回も、周りから見れば異常なのかもしれない。人が言う「化け物」なのかもしれない。
けれど私はそんな彼に何度も助けられたのだ。あの時優しく頬に触れ手を引いてくれた温度は今も忘れていない。
彼はただ、人を守りたかっただけなのだ。彼の行動は、意思は私よりもずっと立派な「人間」だった。異常なのはむしろこの状況で未だに震えが止まらない私の方だ。

 

じわりと我慢していた感情が今になって高まり涙で瞳が潤う。ど、ど、と早まった心臓が苦しい。

 

(蛇目くんと、もっと上手くお話出来たら、良いのに)

 

いつの間にか私は彼ともっと話がしたい気持ちでいっぱいになっていた。理由ははっきりしないけれどもっと彼の事が知りたい。
せめて助けてもらったお礼が出来たらと私は心の整理がつかないままそう考え、やがて落ち着かせる為に一つ、深呼吸をした。

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