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≣ 01 ≣

味方二人に引っ張られた私は抵抗出来ないまま次のステージの上へと降り立つ。
見上げれば既にチームの詳細なども宙に表示されていて、今回相手側にタンクやスプリンターはいないようだった。
相手チームにはあの蛇目くんがいる。
味方の一人が呟いた「石化する」というのはどういう意味なのか。初対面なだけあって私にはまだ想像がつかない。自身から不安と緊張の高まりを感じた。

 

【バトルの始まりです】

 

あの無慈悲な機械の声が試合の始まりを告げる。直後味方二人はすぐさま近くのポータルキーを取りに走り出した。

 

「鏡よ、」

 

私は遠くのキーを獲得する必要があると判断しやや遅れがちに己の鏡に問いかける。持って歩くには不便な大きさの鏡は私の言葉に反応すると青色に光り輝き、宙を舞う。
私はその鏡の中へ飛び込み、ごぼぼと水音が流れるのを聞きながら目的の場所へ誘導されていく。やがて鏡から出て地に足を付け辺りを見渡すと、まだC拠点は制圧されていないようだった。僅かに私は安堵しポータルキーへ手を伸ばす。

ぶわり。

キーが鮮やかな青色に変化したのを確認したその瞬間私は全身に鳥肌が立つ。
今まで感じたあの欲に満ちた殺気とは違った、けれども大きな威圧を感じさせる空気を背中に受け私は振り返る。
日本刀を両手に持った蛇目くんが近くまで来ているのが見てとれた。

 

「……っ!」

 

私は咄嗟に鏡を盾にしようと前に振りかざすが、蛇目くんはチラリと視線を送ったかと思えば逸らされ私の横を走り去った。

 

「っ、え……っ?」

 

焦りを隠せないまま思わず目で追い、次には止めに入らなかった事を後悔した。
ざく、ざく、とやけに重たい音が響き渡る。回り込むようにして敵陣に向かおうと私の近くまで来ていた味方二人が一瞬にして刀で斬られたのだ。二つの刀をいとも容易く振り回す蛇目くんの判断はとても素早く、叫びながら残りの力を振り絞り殴り掛かろうとした一人の腹を蹴り上げ遠くへと突き飛ばすとポータルキーの元へ走る。
あまりの出来事に私は目が離せないでいた。

 

「あいつ全部キーを取る気だぞ…!キチガイが!!」
「こっこっち来るなあああ!」

 

僅かな体力しか残っていない味方が他の敵軍に倒されていく。思えばこれが相手側の作戦だったのだろう。
現状は3-2。あのポータルを奪われたらさらに状況は悪化する。思考が停止していた私はハッとすると反射的にその場から離れ走っていった蛇目くんを追う。
馬鹿、C拠点から離れるなと怒鳴る声と、助けてと叫ぶ声。私には選択肢が限られていた。

 

「っああああ!」
「!」

 

振りかざした蛇目くんの刀が私の右肩に突き刺さる。
痛みで吐き気が込み上げてくるのを無理矢理抑え、そのまま一瞬動きが止まった蛇目くんへ鏡を向け味方を守る態勢に移る。
嫌だ。
味方はあの期待の眼差しを私に送ってきている。
嫌だ。嫌だ。
頭の中で連呼する悲痛な訴えを無視して私は鏡にこう問いかけた。

 

「割れろ、割れろ、私の鏡」

 

+++++

どんなに足掻いてもどうにもならない時はある。
特に今回の相手チームはある程度の協力も出来ているように見えた。逆に此方側は力頼りだったのだろう。
4-1と表示され残り時間も僅かになった頃、私はようやく蛇目くんとしっかり目を合わせた。何度も相手チームに殺されたはずの私は傷もまともに癒えずぜえ、と荒い呼吸を繰り返している。蛇目くんはそんな様子を静かに見下ろしていて一見攻撃しない雰囲気があるものの、未だに刀は強く握りしめ私に向けたままだ。
足に力が入らず上手く立ち上がれない。私はまた殺されるのか。けれど此処を離れる訳にはいかない。死んでも守らなければと自然に考えている自分にゾッとした。
もう痛いのは嫌なのに。
今すぐにでも逃げ出したいのに。

 

「…そこを退いて頂けませんか」
「…っ!」

 

びくりと肩が震え上がるのを見て蛇目くんは目を細める。

 

「もう良いでしょう、力の差は歴然です。残り時間も僅かですし諦めてはいかがですか」
「い…いや、っす…っ」
「…何故です?見たところ体力も限界でしょう。何故そのような状態になってまで『そこ』を守るのですか?」
「それでも…!」

 

退いて下さい、と話す蛇目くんには鬱陶しく見えたかもしれない。それでも私は必死に彼を見つめ返しながら首を横に振る。それが私の役目だから。だって私にはこれしか無いのだ。私には人の盾になる事以外に存在意義が無いのだ。
蛇目くんはもう一度同じ言葉を呟く。それでも盾にしている鏡から手を緩めない私に彼は小さくため息をつき、

 

「仕方ありません」

 

そう答えればチャキリと金属音が鳴るのが耳に入り、ぶわりと冷や汗が流れる。
…来る。持っていた刀が無情に振り下ろされるのが容易に想像でき、私は再度自身の能力を解放した。
もうこの能力を使用するのも三度目になるが耐えられる。精神を保てばきっとまだ大丈夫――――


 

―――――――――――――ずきり。
ずきりずきりずきりずきりずきりずきりずきりずきりずきりずきりずきり。

 

「――――!い、いた、あ…あああああ!!」

想像以上の強烈な痛みに思考停止した私は立っているのがやっとだった足が崩れついに蹲る。
痛い。痛い痛い痛い痛い痛い。
喉元、腕、足、胸、頭、何度も刃で刺され広げられている様な痛みが次々に込み上げてくる。

 

しまった。完全に「鏡に蝕まれた」。
限界を超えてしまったのだろう私の体には幾つもの鏡の破片が生み出され、盾にしていた大きな鏡の中の『人々』はそんな様子を凝視し嘲笑っている。こうなっては守るどころか一歩も身動きが取れない。悲鳴を上げボロボロと涙を流しながら苦痛に耐えている異常な光景に蛇目くんはどう感じたのだろうか。

 

「せめて貴方を石にする事が出来ればその苦しみからも解放して差し上げられるのですが…今はこれしか方法がありません」
「ぐっ…う」
「じっとして」

 

彼が言った言葉を理解する前に強い振動が迫りかふ、と自身の肺の音が聞こえた。綺麗に私の心臓に突き刺さった刀はじわじわと血で汚れる。激しい痛みが続いていたがやがて意識が遠退いていくにつれ治まっていくのが分かった。

 

「あ…」

 

目が霞む中私は無表情で見つめてくる蛇目くんの瞳を眺めながらぱん、と鏡ごと砕け散る。次に目覚めた頃には最初にいた自身の拠点に戻り試合終了のアナウンスを聞く事になる。


 

 

 

+++++

 

試合を終えた後不満気な表情でいた今回の味方二人と別れ特にする事も無く途方に暮れていると、ふと蛇目くんが近くで自身の刀を納め一息ついている事に気付いた。涼しげな表情でどこか遠くを眺めている彼を見て私はあの時の言葉を思い出す。
蛇目くんはせめて貴方を石にする事が出来ればと、そう言った。蛇目くんにとって誰かを石化するというのは救いの手を差し伸べる事と同じ意味なのだろうか。冷徹で容赦の無い彼だがもしもあの時私に一撃で止めを刺したのは長く痛みが続かないようにするための行為だとしたら、味方が言った気味悪いという言葉からはかけ離れた言動をした事になる。確信は無い。けれど。

 

「あ、あの…っ!お疲れ様っす」

 

勇気を振り絞り彼の傍まで駆け寄り声を掛ければ、蛇目くんは少し考える素振りを見せた後「ええ、お疲れ様です」と短めに答えた。私は上がっていた呼吸を整えペコリと控え目に頭を下げた。

 

「あと、あの…さっきはありがとうございました…」
「え?」
「最後、あんまり痛くないようにしてくれたんすよ…ね?あ、いやでも、やっぱりちょっと痛かったっすけど…っ、でも…」
「…」
「気遣ってくれてありがとうっす」

 

もしかしたら私の勘違いかもしれない。それでも、少なくとも痛みが長く続かなかったのは事実だと感じた私は素直にお礼を述べた。返答を待っていたが数秒経っても反応が無く不安になった私は顔を上げると、僅かだが驚いている様子の蛇目くんと目が合った。

 

「…本当に不思議な方ですね、貴方は」
「えっ、ふ…不思議?」

 

じっと見つめられたその瞳は鮮やかな赤色で私は再度釘付けになってしまう。
何だか全てを見透かされているようで目を逸らす事も出来ない。緊張で肩に力が入る私へ蛇目くんは僕からもお礼を、ときり出して来た。

 

「お礼?」
「バトルの前に僕の瞳が綺麗だと言ってくれたでしょう。あの時少しだけ嬉しかったです」

 

試合前思わず彼に向って呟いた私の言葉が嬉しかったのだという。あの時は本当に自然に出た言葉だったものだから、思い出した後思わず笑みがこぼれる。そっか。嬉しかったんだ。私も少しだけ気持ちが楽になった。

 

「次のバトルでは同じチームだと良いですね」
「は、はいっす!」

 

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