top of page

レオララ/山羊商人はエージェントの夢を見るか

作者:ろころころさん

-----------------------------------







(ここは──────?)


ふわり、と意識が浮上する。

見知らぬ機械音に見知らぬ冷たい空気。それらが体内に侵入してきた瞬間、身体の底から冷え込むような寒気が背筋を突き抜ける。


長い髪に大きな片角と欠けた片角のアンバランスさを持つ青年は、辺りを注意深く見渡す。


壁一面に広がるファイルの数々。綺麗に並んだデスクには無機質なコンピュータがずっしりと一本足で精密な造りの本体を支えている。

機械独特の埃っぽい匂いが鼻を擽り、あまり見なれない光景に青年は警戒心を高める。



「──────おや、お目覚めですか?」


静かに、されど芯を持った声が、その静寂に包まれた無機質な空間によく響いた。

青年は顔を強ばらせたまま、声の主を見る。その心に、声に対する既視感を抱きながら。


「…………貴方ハ、……………いえ………………お前ハ、誰だ?」


決して警戒心を解いてはならない。例えそこに立っていた男が恋人によく似た姿を持っていたとしても。決して解いてはならない。


「……おや、手厳しいですね。私は貴方の愛しいレオンサン、とやらでは無いので?」


男の笑みを、感情を失ったかのような白けた表情で睨みつける。


────似ている、とてもよく似ているのだ。

自分のよく知るあの男と。声のトーンから笑った顔から。何から何まで全て。

おそらく彼は、この青年…サイスの恋人、レオン・クローヴィスである。


けれども、青年は確信していた。

彼は確かにあの男だ。それは共に世界滅亡だとか、敵襲だとか、様々な理不じ…困難を乗り越えてきた青年だからこそこの様に言い切ることが出来るのだ。顔も声も気配も感じ取れるエネルギーも何もかも。全てが、眼前の彼が"レオン・クローヴィス"であるということを、青年に訴えかけていたのだ。


しかし、同時にこうも理解していた。

彼は確かにレオン・クローヴィスであるが、青年が愛したレオン・クローヴィスでは無いのだと。


「確かニ仰る通り、貴方はレオンサンだ。しかし──────貴方はわたくしの知るレオンサンでは無いのでしょう?全く…普段からわたくしがどれだけあの騒々しい声を聞いているとお思いデ?」


舐められたものです、ヨヨヨ…と道化のように泣き真似をしてみせる青年を、男は少々感心した様子で見ていた。


「成程。どうやら腐木の如く脆い"私"であっても、他者を捉える眼は衰えていないようですね。少々安心いたしました」


自分のことだろうに何とも酷い言い草をする、と青年の方もまた胡散臭い笑みを浮かべながら思考する。

そう、自分のこと。

この頭の回転が早い青年は既にこの時、大体の状況を理解しつつあった。


「して…何の御用でショウ?わたくしの知らないレオンサン?お探しのモノがあるのなら今回だけは特別に、ポップアップストアとして開店しても──────」

「おや、私が偽物では無いと理解した瞬間に元気になりましたね?ええ、とても健気で、可愛らしくて良いことかと」

「相っ変わらず口が減らないところはどの世界の貴方も同じなようデ…」


ああ言えばこう言う。こう言えばああ言う。

彼の展開する理屈の理は、すなわち理不尽の理。そんな嬉しくもない要素を世界を超えてまで共有しているとは、このエージェントの性悪さは流石と言うべきか。青年は割と真剣に悩んだ。


「私が貴方との対峙を望んだ理由、でしたか。簡単ですよ。ただの興味です」

「…そんな巫山戯た理由で人の商売の時間を奪うのはやめていただけマス?」

「ふふ、そうですね。気分を害されたのなら謝罪しましょう」

「その薄っぺらい謝罪は謝罪とは言わねーんダヨ!はぁ、全く…可愛げの無い分余計にやりずらい。愛嬌があるまだあちらの方がマシでしたたヨ…」

「惚気ですか?」

「違ェヨ!!!」


本当にああ言えばこう言うなと、青年は本日何度目かわからない溜息をついた。


「さて。折角来ていただいたので、貴方に贈り物をと思いまして。大したものではありませんが」


デスクに足を揃えて腰掛けていた男は、軽く着地をすると優雅な佇まいで青年に近寄る。

そして懐から、淡く輝く何かを差し出した。

青年は白手袋からそれを受け取る。

それは、小さな何の変哲もない水晶だった。


「………これハ?」

「周囲のクリスタルエネルギーを吸収する装置…とでも思っていただければと。実際はクリスタルを持ち運び可能なサイズに加工しただけのものにはなりますが」

「──────はぁ。これを売り捌けというお話デ?」

「いえ。貴方、"私"と共に暫くエデンに滞在されるのでしょう?貴方は何故エデン大陸が外部からの侵入を拒否しているかご存知ですか?」


エデン大陸は、観光客含めた外部からの人の侵入を拒んでいる、所謂"鎖国"のような状態の大陸である。テロ組織の存在も理由の一つではあるが、それよりも更に大きな理由。


そう、クリスタルエネルギー波により"欠損者"が生まれてしまう…という危険性。


「貴方は今までご自身の能力で多少の被害は防がれていたようですが、とはいえエネルギー波による体内のクリスタルエネルギーの蓄積は徐々に積もりゆくものです。無論、貴方が"能力者"として覚醒する未来に賭けても面白…良いとは思うのですが」

「今面白いって言いました?」

「………用途は簡単ですね。ただ肌身離さず持っていてください。それだけで貴方の肉体に降りかかるクリスタルエネルギー波を防げますから」


華麗にスルーをした男を少し睨みつつも、青年は手元のひんやりとしたそれに視線を落とす。鉱石特有の硬さと肌触り。透き通ったその石に彼の述べる程の力が秘められているとは思えないが…とはいえ彼も商人。宝石を取り扱ったことだって何度もあるのだ。だから、この石がただの水晶でないことは、一目でわかった。

ただ、一つ気になることがあるのだとすれば──────


「………それなら、有り難く受け取っておきますガ…何故貴方はわたくしにこれを?」


純粋な疑問だったが、男は一瞬きょとんとした表情を見せると、それからそうですね…と相変わらず薄っぺらい笑みを浮かべた。


「エージェントの皮すら被れず"レオン・クローヴィス"の顔に泥を塗った愚か者に、UNIONの執行者として制裁を与えてやろうかと思いまして」

「私怨カヨ……というか、それでわたくしを助けてもレオンサンには何の効果も無いのデハ?」

「いいえ?自分を最も理解しているのも自分自身、と言いますからね」


男は薄っぺらい笑みを貼り付けたまま、頑張ってください。と青年の方に白手袋の手を置いた。青年はなんの事かわからず訪ねようと口を開く──────


が、その時。

辺りを光が照らし始めた。


「…おや、そろそろお時間なようで。時間が経つのは早いですねぇ。トップの演説中もこれくらい早く感じてくれると有難いのですが」

「…………一つ、伺っても?」

「なんですか?」


青年の藤と山吹の瞳が、男の青白い瞳と重なる。


「この世界のレオンサンは──────貴方は、この世界の破滅を願っているのデ?」


男は、不意を付かれたかのように瞬きをする。

そして、薄らと笑みを浮かべた。


「おや、私のことも気にかけてくださるとは随分とお優しいのですね?嗚呼それとも、其方の私が随分と愛されていると言うべきでしょうか?」

「…話を逸らさないでいただけマス?時間が無いのデ」


辺りを満ちる光が強くなり、視界が薄れる中。

青年は、自身の鎖骨の辺りに痛みを感じた。

この感覚は──────噛み付かれた…!?


「………!?…ちょっと貴方、ナニを…!」

「──────世の中には、知らない方が良いことも沢山あります。貴方も身に覚えがあるのでは?」


視界が光でいっぱいになる。

頭に響くキンキンとした音の中、彼の声が微かに聞こえた気がした。


「どちらにせよ。私は全てを述べることは出来ません。エージェントには、守秘義務が定められておりますから」
















視界を晦ますほどの強い光は、やがて穏やかな朝日へと移り変わる。


暖かな風、柔らかな鳥達の鳴き声。

そんな普段の朝という日常に訪れた、少しの非日常は──────


「警察相手に浮気とは、随分とまぁ良い度胸をされておりますね?商人の割に中々勇敢だとは思っておりましたがまさかこれ程とは。いえ、感服しているのです。勇敢とは、言い換えれば後先を考えずに突っ込む馬鹿…とも言えますから」


彼が目をつけたのは寝巻きの無防備な襟元に見えた歯型である。このような場所を恋人本人が自分で噛むなど出来るはずも無いし、自分が着けた記憶も無いと言うのならば──────考えられるのただ一つ。


「言いなさい。誰のですか?」

「……貴方のですガ。そこまで疑うのなら、貴方の歯型と合わせてみなさいナ」


青年の言い分は決して間違ってはいない。歯型だってぴったりと合うだろう。何せ、この痕をつけたのは彼以外の何者でもないのだから。


「貴方、昨日の夜は随分と飲んだくれてましたよネ?誰がベロンベロンになったバカの世話をしたと思ってやがりますカ」

「そ、それは……」

「その恩も知らずに、起きて早々浮気を疑われるトハ……わたくしはもう悲しくて悲しくて涙が溢れそうですヨ…シクシク……」


そう言われ、確かに昨晩の記憶が無いことに気がついたのであろう警察官は気まずそうに目を逸らした。



さて、そんなこんなで誰かさんの厄介な置き土産を適当に逃れた青年は、もう一つの置き土産が手元に残っていたことに気がつく。


何の変哲もないただの水晶。


これに関しては青年が普段から鉱石を商品として扱っていることもあってか、恋人に特に追求されること無く終わった。


けれども、鏡でしか見えぬ位置のこの痕が消えたとしても──────この水晶という存在は、確かに青年の生きる道に一つの足跡を残したのだ。




「悪は滅せねばならない。ですから私はこの狂った世界の滅亡を望んでいます。そして、私が光に手を伸ばさないのは…一度でもこの世の光を見てしまえば、その光によって視界を眩まされてしまい、私の信じる道を辿ることが出来なくなってしまう。只々、そういう理由なのです」




Fin.

 
 
bottom of page