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ファラデス/猫の日(こじつけ)

作者:ろころころさん

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アルバートは本日何度目かわからない溜息を吐いた。


どうしてこうなってしまったのだろうか。

そう思っているのは、決して彼だけではないだろう。例えば──────少し離れたところに、チラチラと見える黒い王冠の持ち主も、恐らく困惑しているに違いない、とアルバートは思った。


「どうしてこんなこと……ひっ…!?…い、今舐めましたか…!?」


まだ人の姿を手に入れて少ししか経っていないその青年は、湿った生温いものにべロリと舐められる感覚に肩を震わせると後退る。

ああ、ご愁傷さま。南無阿弥陀仏。


何が起きているのか。簡単な話である。

異国からやって来たファラグ・テインと呼ばれる光の神は、あの囲まれている青年…デストロイヤーと割と近しい関係性にいるらしい。

さて、そんなこんなで共に朝の散歩…などという老人のような日課をこなしていた二人の目の前に、突如姿を表した女がいた。


「にゃは、ナントカ・ナントカとデストロ!今日のルニはごきげんだから、プレゼントをあげるねぇ」


そう言って謎の小瓶を差し出してきたのは、ルーイン…つまりデストロイヤーの後輩にあたり、そして現在では二人と敵対しているとも言える相手であった。

しかし、この時の彼女にはいつもの如くちょっかいをかけてくる様子は無かった。ただ小瓶を差し出し、じゃね〜!とご機嫌にどこかへと飛んで行った。


「おやおや、随分と元気なお嬢さんですな?」

「……そうでしょうか?ところでその、それって」


デストロイヤーは男の手の中の小瓶に視線を向ける。ガラス製の小瓶の中には、若葉のような鮮やかな緑色の液体が入っていた。

ふむ…と白手袋の指で男は顎に触れる。


「何やら"プレゼント"と仰っていたようで。プレゼントということは、きっと素晴らしい物なのでしょう!」

「……そうですね、送り主が彼女じゃ無ければ私もそう思います」


しかし、好奇心旺盛のこの神の耳にデストロイヤーの嘆きなど入っているわけもなかった。


「ええ、プレゼントということであればその好意に甘えていただきましょうか!」

「えっ?─────あっ、ちょっと!そ、そんな得体の知れないもの飲むなんて正気の沙汰とは…!?」


──────といった感じで、神なる男がその謎の小瓶の中身を飲み干したのが今朝の出来事であった。

しかし飲み干した男の身体に特に異変は無く、神に薬など無効だとデストロイヤーは判断していたのだ。


その数時間後に事件は起きた。


「………おい、今度は何をやらかしてくれたんだクソ野郎。返答次第では貴様の臓物を引き摺り出してプリズムタワーの頂上に吊るすぞ」

「ぶ、物騒な…」


目と目があったその瞬間、胸ぐらを掴みかかってきた物騒な不死者に呆れつつも、彼が珍しく焦っている様子から只事では無いと察する。


「私は何もしていませんが…ええと、何がトラブルが?」

「……良いか、その腐った耳をかっぽじって聞け。貴様の神が複数体、俺の棺桶から出てきた」

「私の神様が貴方の棺桶から複数体出てきた???」


アムリタは言う。あれは何ともおぞましい光景であったと。

曰く…数分程前、いつも通り無駄にでかい棺桶を背負って歩いていたアムリタは背中に振動を感じ何事かと足を止めた。彼の棺桶には常に猫が入っているが、猫達がこのようなアムリタの身体ごと揺らすほどの振動を起こしたことは無かった。訝しんだ彼は棺桶を下ろそうとしたその時──────棺桶の蓋が勢いよく開き、中から某異国の神…つまり、てるや〜んことファラグ・テインがぞろぞろと出てきたのだと。


「意味がわからん」

「いや、私も意味がわからないです」


確かにデストロイヤーとてるや〜んは共に日々を過ごしている事も多く、彼が自分の元を尋ねるのも納得が行く。しかし、起きた出来事については世界が滅びようと納得出来るはずのない混沌であった。


これらの話は救助隊にも広まり、アルバートを中心とした隊員達は事の解決に追われることになった。何せ、7柱に増えたてるや〜んはそれはそれは好奇心旺盛で、あっちこっちに向かっては救助隊の設備を弄り、高いところへ飛び乗っては飛び降り、中にはネズミや鳥の死骸を自慢気に見せびらかす者までいる。

この光景には、いくらトラブル慣れしている救助隊と言えども頭を抱えざるを得なかった。



「もしもし、救助隊の皆サマ方。あの自称エリートが何処をほっつき歩いてヤガルかご存知ありませ………ハァ???」


さて、そんなこんなしている間に新たな参戦者が姿を現した。大きな片角に長い三つ編みを揺らした異国の商人。彼はどうやら同居人の居場所についてアルバート達に聞きにやって来た様だが、ここに来れば嫌でも視界に入るであろう異様な光景に顔を顰めた。


「……わたくしのことはどうか忘れていただいて〜!それでは失礼い」

「待て」


商人は不死者の手により逃亡ギリギリのところ、マントを引かれ捕まった。


「チッ……………どうなさいましたか不死者サン〜?…エエ、それは勿論、普段から貴方がたにさお世話になっておりますから協力したい気持ちは十分あるのですが…残念ながらわたくしのような、しがない商人に出来ることなどこれっぽっちもありませんのでネ…」

「おい商人。何か無いのか?飛んでみろ。その無駄にでかいマントの中に入っているんだろう?出せ」

「捕まえたと思ったらやることがカツアゲカヨ!?エセ警察と言いパチモンが出揃ってヤガりますよネこの大陸…」


そんなこんなしている間に、例の小瓶の薬を怪しんでいたデストロイヤーは救助隊の医療班に小瓶を渡していた。中身を飲み干したとはいえ、小瓶の内側には液体が少しだけ付着しており、その結果が丁度彼らの元に届けられたのだ。


「皆さん!先程デストロさんからいただいた小瓶から得た情報をお持ちしました!」


エステルが駆け寄ってくる。彼女は早速と言わんばかりに、検査結果を述べて言った。


「ええと、まずあの薬品の効果についてですが────猫さんを、飲まれた方に化けさせる…という効果がありました」

「えぇ?ね、猫?……あっ、そっか…ウェンの棺桶の中には猫がいるから…そいつらがファラグになった…ってこと…」

「はい。おそらくは…ええと、ウェンさん。棺桶の中には何匹の猫さんがいらしたのですか?」

「ふむ…確か5匹だ。今はそんなに入れていないんだ」


彼らの会話を横耳に、商人は棺桶の中に猫がいることについて誰も突っ込まない現状に顔を顰めていた。この大陸には気狂いしかいないのか。


「5匹……ん?もうちょいいる気が…」

「ええと………見渡す限りですと、7人程いらっしゃいますよね?」

「…………ホンモノが混じってたりします?コレ」

「…その可能性が高いですね。私が瓶を医療班に預けた時から姿が見えないなと思っていたのですが…おそらくこれ、御自身が増えた現状を楽しんでらっしゃいます…」


シンプルに厄介な神だなと、商人は思った。


「ふむ?であれば、残り一匹はなんだ?人狼か?」


彼らは皆で顔を見合せた。

そんな彼らの元に一柱のてるや〜んがやって来た。


「おやおや、皆様お揃いで。お近付きの印にこれをどうぞ!」


差し出されたのは、鼠の死骸だった。


「きゃあっ!?ね、鼠…!?」

「これは偽物ですね」


それを機に、他のてるや〜ん達もぞろぞろ寄って来る。


「爪を磨ぐ際は60°の角度が最も適切なのだと…私は60°派以外は同胞とは認めませんとも!」

「愚かな人間共め!私の偉大なるパワーにひれ伏すがいい!食らえ────猫パンチ!」

「賑やかで楽しいですね。おや、私にも"お近付きの印"とやらをくださるのですかな?」

「にゃーん」

「デストロくん、貴方の部屋の寝台下の引き出しに官能小説を仕込んでおきましたよ。貴方がどのような滑稽…可愛らしい反応をされるか楽しみですな!」

「私が本物のてるや〜んですぞ!私が本物ですぞ!」



「ウルッッッッサイんですヨ貴方達は!!!」


商人はブチ切れた。


「なんかその…明らかに違うのが何人かいるよな…」

「不思議ですね…てるや〜んさんなのに、動きが猫さんのようです…!」

「正直気持ち悪いぞ」

「わ、私の部屋になんてことを…!?」


それぞれが反応を示す中…彼らの元に少年が走って来る。


「お、おい!大変だって!」

「えっ…?どうした、テオ…」

「ま、街が…街がその男で溢れかえってるんだよ…!」


その男──────テオが指差した先には勿論、てるや〜んの姿。


「……………あっ、さっき猫の姿が変わるって…」

「そ、そうです…!猫さんは街にもたくさんいますから…も、もしや…」



彼らは気づいてはならない真実に気づいてしまった。


こうして、エターナルシティに何千柱にもよるてるや〜んが解き放たれたのであった。





〜完〜

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