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アムシャフ/選択肢

「───あ、いた。アムリタ、レオンが呼んでるみた、い……」


人気のない殺風景な部屋の小済で腰を下ろし目を瞑る彼を見つけるとシャフは思わず黙る。

午前中の活動を終えFF救助隊本拠地で昼食を取っていた救助隊メンバーは午後の会議前に自由行動時間を取っていたところ、時間になってもアムリタの姿がいない事に気付き手分けして探している最中だった。

よく見るとあの大きな棺桶を背もたれにして眠っていて彼の度胸の強さにシャフは苦笑いをする。


(レオンには申し訳ないけど、もう少しそっとしておこう)


彼を起こさないよう丁寧に扉を閉め、気配を消し彼に近付く。カーテン越しにゆるやかな風が部屋に入り込み、アムリタのふわふわな茶髪やマントが揺れる。あまりにも穏やかな光景にシャフはなんとなく気になって向かいまで来ると、しゃがんで彼の寝顔を見つめる。


(そういえば…しばらく見てなかったな……戦闘続きだったもんな)


昼間だろうが所構わず睡眠を取る性格である為アムリタがこうしている様子は珍しくはないが、長きに渡る戦の環境に慣れ些細な物音や気配でも起きる事が多い。アムリタだけでなく、この世界にいる者達は毎日のように多発するテロなど殺伐とした場所で生き抜いているのだ。きっと彼と同じく眠りが浅い者も少なくないのだろう。


だが、そんな世界にも異世界との接触や神様同士の激戦からの和解により終止符が打たれようとしていた。人を殺める為の武器を捨て、平和的に過ごし、活躍を見せようと努力し動いてくれる者達が以前よりも随分と増えた。

それが例え一時期のものであったとしても、この世界にとって救済レベルの革命であったのだろう。


シャフはアムリタの寝顔を眺めながらふと、自身をこの世界に召喚した創造神Nの言葉を思い返す。





『この世界は一度消滅し、君の奇跡の唄で修復された。そして次に異世界同士の喧嘩にもこの世界は生き残った』

『…うん』

『今度はこの世界の者達が力を合わせ自力で立ち上がり次の世代を築き上げる番だ。そこに俺等は本来いないはずの存在だ。別世界からの来訪者だからな』

『………うん。きみの言いたいことは分かるよ。俺の召喚された役目は終わったんだよな』

『そういう事だ。……まあこの先も聞いていけ。君の選択肢は二つ。此処に残るか帰還するか、だ』


『え、"残れる"…の?』

『…ま、契約破棄ってやつだな。花畑くんは契約を此処の上司に引き渡す事で成り立ってるし、籠鳥くんは…どうやったのかは知らないが魔力の燃料である心の宝石達でエデン世界に訪れていたみたいだ。あいつは商人だからな。何かしら手があったんだろう。…君の場合、俺との契約を破棄すれば自由の身だろ?花畑くんやモノマネちゃんみたいに契約でしか外に出られない存在じゃないからな。君は普通に転送魔術で召喚されたようなものだよ』

『あ………そっか……そう、だよな。気が付かなったな…』


『……さて。それで君はどちらを選ぶつもりなんだ?』

『………え、と………、…………。』

『……籠鳥くんはきみを召喚した対価で魔力の燃料である心の宝石を全て俺に渡している。帰還出来なくなる事を覚悟した上でな。あいつは認めないだろうが、それほどスパイくんと過ごす日が大切になったんだろう』

『………』

『花畑くんも契約の移動に文句はなかったし、しばらくは上司といるだろうさ』

『……………、』

『……鳥籠くんとスパイくんの場合、スパイくんは人間だ。籠鳥くんも分かって最後までいるつもりだろう。…だけどお前達は不死身で、きっと棺桶くんも長く生きる』




"ゆっくり考えたら良いんじゃないか?まだ時は長いだろ?"









あの時、何故アムリタの事を触れたのか聞くとNはさあ。何故だろうな。と笑うだけで答えはなかった。

シャフはアムリタの事は協力関係であり同じ不死身としての親近感もあれば、若い内にどっしりとした己の考えと信念を持ち大胆に行動する様子に惹かれるものがあった。

彼の誰も寄せ付けようとしない鉄壁の心の奥底に触れたいと思い始めたのはいつからだろうか。単なる好奇心からでなく、もっとこう、人情的な何かが…


それが何なのかは、未だに答えは出ていない。




「………はあ………、」

(別れは慣れてると思ってたのにな…)


一緒にいる期間が思った以上に長かったから。…長かったから?それだけ?

もちろんまだ今後どうするかも決まっていない。レオン達にはある程度の事情は話したが、何故かアムリタにだけ未だに言えずにいるのだ。彼はきっとどちらでも引き止める事は無いだろうと分かってはいるというのに。

仮にもし共に生きることを選択したとして、彼はまだシャフよりも遥かに若い。普通の人間に戻りたいかどうかも聞けていなければ、永い時を自分と過ごさせて良いものなのだろうか。


シャフは小さく溜め息をついて閉じていた瞼を上げると…










──────しっかりアムリタと目が合った。



「………………」

「………………」

「……………い、いつから覚めてたの……?」

「お前が部屋に入ってきた時から」


寝てるふりをしたのか無自覚でそうなったのか真実は謎だがそんな事を言う前にシャフはボ、と顔が赤くなる。別に悪い事はしていないがアムリタの寝顔をまじまじと眺めていた自分に恥ずかしくなったのだ。


「俺の顔を数分ほど眺めていたのは何故だ?」

「………へあ………」

「溜息もついていたが」

「………な、なんでもない…………」


しばらく質問攻めが続きそうだったのでなんとかして誤魔化そうと話題を変える。


「あのな、レオンが呼んでる。会議の時間だよ」

「…そうか」


少々面倒そうな表情をするものの棺桶に手を置きその場から立ち上がる。彼のこういうところは未だに慣れないが、静かな時間を共に過ごす事が密かな楽しみになっていっているのも事実だ。


(……ゆっくり、考えよう)


ゆっくり、ゆっくりと。















「……で、堂々と会議に遅れたかと思えば貴方一体シャフさんに何したんですか」

「何も」

「嘘おっしゃい。シャフさん顔真っ赤じゃないですか」

「何されたのかは知りませんがシャフサンはもっと蛮族を手懐けるくらいに動揺しない鉄の心を持った方が良いと思いますヨ。良かったらオススメのアイテム紹介しましょうカ?」

「だ……大丈夫だから、会議を進めてくれ………」




 
 
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